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環境風

2023.07.10

第3回 熱中症を巡るさまざまな動き-気候変動適応法の改正について-

国立環境研究所 客員研究員 小野 雅司

 今年は例年になく熱中症のリスクが高まっています。
 そこで、国立環境研究所の小野雅司さんに、気候変動適応法の改正の解説と対応等についてご寄稿いただきました。

目次
はじめに
1.熱中症の実態
2.熱中症危険回避のために環境省の取り組み-熱中症警戒アラート-
3.気候変動適応法の改正
終わりに

小野 雅司(おの まさじ)プロフィール

  • 国立環境研究所客員研究員
  • 1978年3月 東京大学大学院医学系研究科保健学専攻博士課程修了(保健学博士)。
  • 1978年4月 国立公害研究所(現・国立研究開発法人国立環境研究所)入所。研究員・主任研究員・室長。
  • 2010年4月~ 子供の健康と環境に関する全国調査「エコチル調査」にフェローとして従事。
  • 2016年4月~ 環境研究総合推進費プログラムオフィサー。
    専門は、疫学(特に、環境疫学)。主たる研究として、大気汚染による健康影響、地球温暖化による健康影響(熱中症)、紫外線暴露による健康影響。
  • 委員等では、環境保健サーベイランス・局地的大気汚染に関する委員会委員、オゾン層保護に関する検討会(環境影響分科会・座長)、熱中症予防対策に資する効果的な情報発信に関する検討会(座長)、熱中症対策推進検討会(座長)、などを歴任。

はじめに

 近年は地球温暖化等の影響により高温日が頻発することから、熱中症が非常に大きな問題となっており、環境省においても様々な対策がとられています。以下に事業の一部を示します。

  • 気候変動適応広域協議会(北海道、東北、関東、中部、近畿、中国・四国、九州・沖縄)
  • 熱中症予防対策モデル事業
  • 地方公共団体における効果的な熱中症対策の推進に係るモデル事業
  • 地域における熱中症対策ガイドライン策定に係る事業
  • サブスクリプションを活用したエアコン普及促進モデル事業
  • 学校現場における熱中症対策の推進に関する検討会
  • 熱中症予防対策に資する効果的な情報発信に関する検討会(→熱中症警戒アラート)
  • 熱中症対策推進検討会
  • 熱中症関係省庁連絡会議

 このうち、熱中症予防のための新たな情報発信「熱中症警戒アラート」に関連して、気候変動適応法の改正が行われ、熱中症の危険が特に高い場合に国民に注意を促す「熱中症特別警戒情報」を法定化するとともに、特別警戒情報の発表中の暑熱から避難するための施設の開放措置(クーリングシェルター)など、熱中症予防を強化するための仕組みを創設等の措置を講じることが規定されています。本稿では、この点に焦点をあて、説明します。

1.熱中症の実態

 最初に、総務省消防庁発表の熱中症救急搬送者と厚生労働省人口動態統計に基づく熱中症死亡の実態について簡単に紹介します。
 2008年~2022年の熱中症救急搬送者数の年次推移についてみると、2010年に初めて5万人を超え、それ以降5万人前後で推移していたが、2018年には過去最多の9万人超を記録しました(図1)。1995年~2021年の熱中症死亡者数の年次推移についてみると、1995年以降2009年までは200人から600人程度(2007年を除く)で推移していたが、2010年に過去最多の1,745人を記録し、その後増減はあるものの1,000人を超える年も頻発しています(図2)。救急搬送者、死亡者の増加傾向に加え、両者に共通する事象として、高齢者の占める割合が高いことがあげられます。最近では、高齢者の占める割合は救急搬送者で50%、死亡者で80%を超えており、高齢者の熱中症リスクが高いことが見て取れます。

※救急搬送者における死亡者の取り扱い
 ここで注意しなければいけないのは、救急搬送データからは死亡者の実態を正確に把握出来ないことです。参考として2018年についてみると、救急搬送者における死亡者は160人で、人口動態統計死亡者1,677人の約1割です。救急搬送の対象となるのは、救急車が要請を受け現場に到着した時点で生存している人であり、その時点で死亡している人は救急搬送の対象とはなりません。加えて、高齢者などが自宅で(熱中症で)倒れ、翌日になって家族や近所の方によって死亡が確認されるケースなど、救急車の発動要請自体が行われないケースも多いと考えられます。
 救急搬送者の詳細については、東京都及び全国政令指定都市からご提供いただいた救急搬送者データをもとに行った解析結果を下記ページに紹介しているので、そちらをご参照下さい。

図1 年齢階級別・熱中症救急搬送者数の年次推移(総務省消防庁データより作成)
[画像クリックで拡大]

図2 性別・熱中症死亡者数の年次推移(厚生労働省統計情報部資料)
[画像クリックで拡大]

2.熱中症危険回避のための環境省の取り組み-熱中症警戒アラート-

 環境省と気象庁は、熱中症予防対策に資する効果的な情報発信として、令和2年7月から関東甲信地方で、「熱中症警戒アラート(試行)」の発表を実施しました。令和3年4月からは全国を対象に、本格運用を開始しました。「熱中症警戒アラート」は、熱中症の危険性が極めて高くなると予測された際に、危険な暑さへの注意を呼びかけ、熱中症予防行動をとっていただくよう促すための情報です(図3、図4)。

図3「熱中症警戒アラート」ポスター
(環境省) [PDF:1.3MB]

図4「熱中症警戒アラート 全国運用中!」リーフレット
(環境省) [PDF:3.3MB]

背景

 近年、熱中症による緊急搬送者数・死亡者数は著しい増加傾向にあり、気候変動等の影響を考慮すると熱中症対策は極めて重要な課題です。 これまで、気象庁の高温注意情報や環境省の暑さ指数(WBGT)等によって国民に注意を呼びかけてきましたが、 令和2年度からは、環境省と気象庁が連携して、より効果的な予防行動へ繋げるための新たな情報提供を検討し、実施することになりました。

発表の基準と方法

 熱中症リスクの極めて高い気象条件が予測された場合に、予防行動を促すため広く情報発信を行う。 発表には熱中症との相関が高い「暑さ指数」を用います。気象庁府県予報区を単位として、府県予報区内観測地点のいずれかでWBGT33℃を超えると予測された場合、「熱中症警戒アラート」を発表します。また、発表内容には、暑さ指数の予測値や予想最高気温の値だけでなく、具体的に取るべき熱中症予防行動も含まれています。

情報の伝達イメージ

 「熱中症警戒アラート」は令和3年度より、従来の気象庁の高温注意情報に置き換えられ、 気象庁の発表する他の防災情報や気象情報と同じように、関係省庁や地方自治体、報道機関や民間事業者へ向けて配信されます。連絡を受けた自治体は様々な手段(防災無線等)で住民へ警戒を呼びかけます(図5)。

図5 熱中症警戒アラートの伝達とアクション(イメージ)
(出典:令和2年度第1回 熱中症予防対策に資する効果的な情報発信に関する検討会 資料2) [画像クリックで拡大]

アラート発表時に伝えられる熱中症予防行動の例

  • 不要不急の外出は避け、昼夜を問わずエアコン等を使用する。
  • 高齢者、子ども、障害者等に対して周囲の方々から声かけをする。
  • 身の回りの暑さ指数(WBGT)を確認し、行動の目安にする。
  • 身の回りの暑さ指数(WBGT)に応じて、エアコン等が設置されていない屋内外での運動は、原則中止または延期する。
  • のどが渇く前にこまめに水分補給するなど、普段以上の熱中症予防を実践する。

3.気候変動適応法の一部改正

 これまで気候変動適応法では、第一章 総則 (目的)に以下のように記されています。

 この法律は、地球温暖化(地球温暖化対策の推進に関する法律(平成十年法律第百十七号)第二条第一項に規定する地球温暖化をいう。)その他の気候の変動(以下「気候変動」という。)に起因して、生活、社会、経済及び自然環境における気候変動影響が生じていること並びにこれが長期にわたり拡大するおそれがあることに鑑み、気候変動適応に関する計画の策定、気候変動影響及び気候変動適応に関する情報の提供、熱中症対策の推進その他必要な措置を講ずることにより、気候変動適応を推進し、もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与することを目的とする。

 ここでは、気候変動影響、国民の健康で文化的な生活の確保といった一般的な表現から踏み込んで、熱中症対策の推進が追加されました(上記、赤字部分)。また第二章以降においても、熱中症対策の推進に関して、熱中症対策実行計画の策定、熱中症警戒情報の発令(従来のものを法定化)、熱中症特別警戒情報の発令、都道府県知事、市町村長への情報伝達の義務化、市町村長による指定暑熱避難施設の指定、等が定められました。
 気候変動影響の一分野である熱中症対策を強化するため、気候変動適応法を改正し、熱中症に関する政府の対策を示す実行計画や、熱中症の危険が高い場合に国民に注意を促す特別警戒情報を法定化するとともに、特別警戒情報の発表期間中における暑熱から避難するための施設の開放措置など、熱中症予防を強化するための仕組みを創設等の措置を講じるものです。

背景

 熱中症対策については、関係省庁で普及啓発等に取り組んできましたが、熱中症による死亡者数の増加傾向は続いており、近年は、年間1,000人を超える年も少なくありません。「熱中症警戒アラート」の発表を実施してきましたが熱中症予防の必要性は未だ国民に十分に浸透していません。今後、地球温暖化が進めば、極端な高温の発生リスクも増加すると見込まれることから、法的裏付けのある、より積極的な熱中症対策を進める必要があります。
 ここで想定しているような猛暑(熱波)は日本では観察されていませんが、世界各地では頻発しています。一例として、2003年ヨーロッパで起きた熱波の温度偏差分布を図6に、熱波による熱中症死亡データを図7に示しました。例年の日平均気温が20℃前後のパリで30℃を超える日が連続し、死亡者が例年(50人以下)の数倍(300人超)を記録しています。

図6 2003年の夏季の欧州各地での温度偏差分布 [画像クリックで拡大]

図7 2003年ヨーロッパの熱波における死亡数(パリ市内) [画像クリックで拡大]

熱中症対策実行計画

 現行の熱中症対策行動計画(法的位置づけなし)を、熱中症対策実行計画として法定の閣議決定計画に格上げし、これまで以上に総合的かつ計画的に熱中症対策を推進します。

熱中症特別警戒情報(一段上の警戒情報)

 現行の「熱中症警戒アラート」を熱中症警戒情報として法に位置づけました。さらに、より深刻な健康被害が発生し得る場合に備え、一段上の熱中症特別警戒情報を創設しました。法定化により、以下の措置とも連動した、より強力かつ確実な熱中症対策が可能になります。
 熱中症特別警戒情報の詳細については、現在熱中症対策推進検討会で検討中であるが、概要は以下の通りです(未確定)。

クーリングシェルター

 特別警戒情報の発表中の暑熱から避難するための施設の開放措置を意味し、市町村長が冷房設備を有する等の要件を満たす施設(公民館、図書館、ショッピングセンター等)を指定暑熱避難施設(クーリングシェルター)として指定することができるようになりました。クーリングシェルターは、特別警戒情報発表期間中、一般に開放されます。また、市町村長が熱中症対策の普及啓発に取り組む民間団体等を熱中症対策普及団体として指定する。図8に国内外の事例を紹介します。

図8 クーリングシェルターの国内外の事例 [画像クリックで拡大]

気候変動適応法の改正の流れ

  • 令和5年2月 閣議決定
  • 令和5年4月28日 可決・成立
  • 令和5年5月12日 公布

全面施行:公布の日から起算して一年を超えない範囲内において政令で定める日から施行

終わりに

 気候変動適応法の改訂では、ヨーロッパや北米などで頻発している熱波(極端な猛暑)を想定した対応が策定されていますが、一番大事なことは、私達がこれらの情報(熱中症特別警戒情報、クーリングシェルター)をどのように有効活用していくかだと思います。2021年から本格運用を始めた熱中症警戒アラートについては、まだ効果検証の段階で、十分に活用されているかどうかは不明です。
 クーリングシェルターの活用も含め、もっとも熱中症リスクの高い高齢者などに対して、自治体(民生委員等)、家族、周辺住民等による情報伝達、避難行動(クーリングシェルターへの移動等)の補助等が非常に大事になってくることが考えられます。皆様の適切なご対応を期待しています。

引用文献等


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