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事例9-2:にぎやかな草原の生物“生物多様性”と現場をつなぐ事例集

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9.草原の自然が育む生物多様性 人とのかかわりが「二次的自然」維持

[9]草原の自然が育む生物多様性 人とのかかわりが「二次的自然」維持(塩塚高原)

事例9-3:茶栽培や放牧に利用

秋のススキ原(大野頼男さん提供)

塩塚高原は、冬に積雪が1mにも達し、「樹木生ぜず、只(ただ)、草茅を生ず」(『宇摩郡地誌』)という厳しい自然がある。少雨、寒冷さらに年間を通じて強風のために、樹木の生育が悪く、潅木が育つのを抑えて採草地として利用してきた。 四国山地の急峻な地形で耕作地が少ないこの地域では、草原はかつて大部分を入会山として利用し、そこで採取する茅やススキなどは貴重な資源となった。山焼きのほかにも、採草や放牧といった草原の利用によって、豊かな生物多様性が保たれてきた。


■乳牛の放牧地にも利用

草原の草は家畜の飼料となり、また草原に家畜を放牧して直接草を食べさせることができる。放牧すれば、牛への給餌や糞の処理などの世話が不要で、人間の側の労力を省くメリットがある。同時に、草が牛や馬に食べられることで、草原の遷移が止まり、ササやススキだけのような単調な植生ではなく、多種類の植物が育つことができる。背の高い草が牛に食べられると、背の低い植物でも太陽光を受けられるようになって育つのだ。

草原の草は、飼料や牛舎の敷料としても使われた。牛糞を含んだ敷料が有機肥料として田畑の土に還元され、家畜と草原が結びついた里山の物質循環が成立していた。

農業に牛を利用することは以前の日本ではごく普通のことで、江戸時代中ごろ旧新宮村でも806戸が289頭の牛を飼っていた。現在と比べると小型の牛で、狭い棚田を耕すには向いていた。明治に入っても同じように3戸に1頭の割合で牛がおり、戦後は1960年の313戸、315頭がピークだった。戦後は耕運機の普及によって農耕牛の必要がなくなるなどして、1960年代中ごろから飼養頭数が激減した。

塩塚高原では乳牛が飼われたこともある。旧新宮村では1967年から74年まで、塩塚高原で乳牛の育成牧場が営まれた。一時は村全体で80頭を越すまでになったが、乳価の下落、廃用した牛の価格下落などのために、飼育農家が減って88年にすべてなくなった。牧場では74年に発生したピロプラズマ病が大きな打撃となった。この病気はフタトゲチマダニというダニによって媒介される放牧に大敵の病気。現在ではダニを殺す薬があり、原野での放牧は問題なくできるが、当時はそうしたものがなく、牧場は翌75年度に休牧となった。ほかに馬も放牧されたことがあるが、長続きしなかった。

■草原の草を茶畑の肥料に

茶畑にすき込まれた草

塩塚高原の周辺は、急峻な地形で古くから茶が栽培されている。高原の東西にまたがる徳島県側の三好市山城町と愛媛県四国中央市新宮町では、急傾斜地に筋を描いたお茶畑を見ることができる。

塩塚高原のススキをお茶の栽培の肥料として利用しており、毎年夏から秋にかけて草刈りをする。現在でも新宮町の脇製茶場は30年間農薬を使用せず、塩塚高原の草をお茶の栽培に利用している。

二代目で会長の脇博義さんは昔の記憶を呼び起こす。

「田畑の肥料にするために、草を刈って荷車一杯に積み込んで運んでいました。そりゃあ、重労働でした」

草原の草を利用する農業は、地元の人々の暮らしにも影響を及ぼしていた。

「草を運び込むには面積が小さい田畑の方が労働効率がよかったので、相続するときは跡取りの兄には面積の小さい田畑を数カ所、弟には一枚で広い田畑を譲ったといいますよ」

脇製茶場は自園以外に約220戸の農家から茶葉を買い取り、加工・販売している。急傾斜地に散在する茶畑は、機械作業には不向きで作業効率は悪いが、茶の栽培に適した土壌と昼夜の気温差や季節の寒暖差が大きい自然環境が、丈夫な茶樹を育てている。もちろん茶の味も格別で2000年には中国で開かれた国際銘茶品評会で、国際的銘茶と判断される金賞を受賞した。

脇さん方の茶畑は、日本固有種のヤマチャの栽培に準じた有機的な栽培が特徴だ。自然を守り人間の生命も大切にする有機栽培の方法を編み出し、1980年代から全村が無農薬になっている。収穫量の減少や病虫害の発生などが危惧されたが、それらは杞憂に終わった。「これは神がかり的なことではなく、現実のことなのです」と脇さんは自信を見せる。本場の静岡からも視察に来たほどだ。


茶畑

脇博義さん


脇さんによると、茶の4大害虫はハマキムシ、ウンカ、ダニ、クワシロカイガラ。ナミテントウムシが増えたときには、天敵のクモを放す。ハマキムシにはハチ類や寄生菌、ダニにはコバチなどハチ類、クワシロカイガラムシにはナミテントウムシ、寄生菌が有効…。経験を重ねる中で、自然から学んだ防除法だ。

脇さん方の茶畑を見ると、樹の間に敷かれた草が自然に土に還る様子がわかる。脇さんは「草を敷くと雑草避けのマルチにもなり除草作業が楽になります」と、草利用の効用を説明する。草を入れられない茶園では代わりに完熟堆肥を使っている。

地元の人々の生活に溶け込んでいる塩塚高原。脇さんの茶栽培に見られるように、限られた資源を持続的に使う知恵や自然への畏敬は、その草原と人々の長年のかかわりが育んできたようだ。


この特集ページは平成22年度地球環境基金の助成により作成されました。