一般財団法人 環境イノベーション情報機構

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エコチャレンジャー 環境問題にチャレンジするトップリーダーの方々との、ホットな話題についてのインタビューコーナーです。

No.023

Issued: 2013.11.11

根本崇・野田市長に聞く、地方自治体による自然共生の取り組み

根本崇(ねもとたかし)さん

実施日時:平成25年10月29日(火) 11時〜11時30分
ゲスト:根本崇(ねもとたかし)さん
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎

  • 1945年生まれ、東大法卒、70年建設省入省。
  • 85年静岡県島田市助役、89年建設省大臣官房政策企画官、90年関東地方建設局用地部長、91年野田市助役を歴任。92年野田市長就任、現在6期目。
目次
自然と文化を考えるとき、江戸川の対岸も利根川の対岸も含む「下総国」という単位が有効な場合もある
利根運河を利用して生物多様性の保全・再生を図る
自然環境保護対策基本計画は、開発から保全へ舵を切り替えるために作成したもの
ごみ処理費用より安価で、土壌改良材としてもきわめて有効な堆肥づくり
自然再生のシンボルにしたのが、この地域の田んぼでかつては食物連鎖の頂点にいたコウノトリ
開発が進んだ関東でエコロジカルネットワークの試みが成功すれば、日本全国に広げられる

自然と文化を考えるとき、江戸川の対岸も利根川の対岸も含む「下総国」という単位が有効な場合もある

大塚理事長(以下、大塚)― 本日は、EICネットのエコチャレンジャーにお出ましいただきありがとうございます。根本さんは自治体の長として、自然と共生する地域づくりを目指し精力的に活躍されておられます。本日は、地域という視点から、自然共生社会あるいは新しい人間と環境との関係などについて、お考えを伺いたいと思います。どうぞ、宜しくお願いいたします。
早速ですが、根本さんが市長をお務めの野田市について、自然共生とも関係の深い地理的な特徴や歴史を含めてご紹介ください。

根本さん― 野田市は東京の30キロメートル圏に位置します。江戸川と利根川に挟まれ、さらに、両河川をつなぐ利根運河に囲まれています。どれもが人工河川です。東京湾に注いでいた利根川の流路は、江戸時代初期に洪水の防御を目的に東方に移されました。江戸川は、奥州街道経由と銚子から利根川経由という、東北地方からの2つの物流ルートの確保のために切り開かれたのです。
野田市は10年前に、現在の市の北部にあたる関宿(せきやど)町と合併しました。野田は、古くから江戸川の舟運という立地条件を活かし、醤油醸造業が栄えた街です。関宿は、利根川と江戸川の分岐点にあり、江戸時代から舟運の要衝として栄えた街です。
野田市はかつての「下総国」【1】に属します。下総台地の北端に位置し、谷津田【2】が広がり、現在の江戸川と利根川沿いの大水田地帯は、常陸と武蔵野の台地につながっています。自然と文化を考えるとき、江戸川の対岸も利根川の対岸も含む「下総国」という単位が有効な場合もあります。

野田市の位置と形

拡大図

野田市の位置と形

拡大図

野田市の位置と形

利根運河を利用して生物多様性の保全・再生を図る

大塚― 根本さんは市長として、地域開発と自然共生を2本柱とされてこられましたが、まずは自然共生にかかわることをお伺いします。ただ今のお話からもわかるように、野田市では河川整備が大きな関心事と思います。市長にご就任後の取り組みを中心にご説明ください。

根本さん― 野田市は、江戸川と利根川の洪水により過去に何回も大水害に見舞われてきました。そのため、河川改修が何よりも大切で、野田市の地先で行なえることとしては河道の整備と堤防の強化があります。私は江戸川改修期成同盟会の会長として、その早期の実施を国土交通省にお願いしてきました。しかし、改修が進めば進むほど自然が壊されてきたのも事実です。河川敷にあった池沼、ワンド【3】、河畔林などが消失してしまったのです。治水のためには仕方がないと思っていましたが、1997年の河川法の改正で、法律の目的に、治水と利水のほかに河川環境の整備と保全が加えられたのです。

大塚― 環境重視の方向性が打ち出されたわけですが、市の行政としてどのような展開を図られたのですか。

根本さん― 最初に申し上げたように、野田市は江戸川と利根川のほかに利根運河にも囲まれています。利根運河は明治時代に舟運のために整備されたのですが、物流体系の変化で舟運の役割が終わってからは、治水機能を分担する利水施設として使われてきました。しかし、利水施設としての役割も2000年に終え、周辺から都市排水が流入するだけとなり水質が急激に悪化しました。
野田市は、流域各市と共同して、利根運河への環境用水の導入をお願いしてきました。2006年に、国は利根川・江戸川の河川整備計画を変更し、利根運河の位置づけを、治水目的の河川から、「緑豊かな水辺の回廊として人と水辺空間のふれあいの場」とする環境河川に変えたのです。

大塚― その中で、利根運河を活用し生物多様性の保全・再生を図るというアイデアは大変素晴らしいと思います。

根本さん― 野田市は2006年以来、利根運河に流入する江川という小さな川の流域で自然保護の取り組みを行っていました。しかし、生物多様性を維持するには、江川地区だけのスポット的な保全では不十分で面的な広がりが必要です。利根運河をコリドー【4】として、周辺の自然とつなげられないかと考えました。利根運河は人手がほとんど加えられてこなかったため、関東地方の自然河川を彷彿させる素晴らしい環境が残っていたのです。
野田市が発案者となり、2006年に国土創発調査費を要求しました。この調査費は、国と地方が連携し、ボトムアップ的な手法による国土の利用、開発、保全に関する施策の推進を目的とするものでした。私どもの申請は2007年に採択され、江川地区と利根運河、さらには柏市・大青田地区と流山市・新川耕地を対象とする調査を、国土交通省、農林水産省、埼玉県、茨城県、千葉県、そして流域5市で実施しました。

大塚― 調査の結果はいかがでしたか。

根本さん― 調査結果は、「利根運河エコパーク構想として、この地域がもつ多様な動植物が生息する豊かな自然環境や自然生態系がもたらす様々なサービス、運河の開削や舟運の発達により育まれた地域の歴史文化等を地域資源と認識し、これらを将来にわたり守り、伝え、残すとともに活用することによって、自然と賑わいと活力ある美しい運河空間の実現を目指す」と、まとめられました。
この結果をもとに、国、県、流域3市が利根運河協議会を組織し、利根運河エコパーク実施計画を作りました。その一環として、利根運河を軸に低地から台地へと、水や緑などのまとまりをもつ環境が有機的につながる良好な谷津環境を保全・再生し、地域の生物多様性を支えるエコロジカルネットワークの形成を図ることとしました。

大塚― 着実に成果を積み重ねられたのですね。その後の状況はいかがですか。

根本さん―  利根運河協議会の取り組みの成果として、利根川から最大で毎分0.5トンの環境用水導入の目安が立ちました。流域の下水道の整備により、流入する水質が改善されてきました。さらに、利根運河からの流入河川での魚道の確保、さらに江戸川との合流点における生き物の生息環境の整備が進みつつあります。時間はかかりますが、着実に進んでいます。

自然環境保護対策基本計画は、開発から保全へ舵を切り替えるために作成したもの

江川地区ビオトープ整備計画図

江川地区ビオトープ整備計画図[拡大図

大塚― 野田市は、制度面でも先駆的な取り組みをされています。「自然環境保護対策基本計画」や「貴重な動植物の保護のための樹林地の保全に関する条例」についてお話しください。

根本さん― 自然環境保護対策基本計画は、江川地区を対象に、開発から保全へ舵を切り替えるために作成したものです。この基本計画の骨子の1つは、江川流域の水田および耕作放棄地と周辺の斜面林からなる90ヘクタールを対象に、①NPOとの共同による水田ビオトープ等の保全管理エリア(22.0ヘクタール)、②市民参加による水田型市民農園の整備推進エリア(7.8ヘクタール)、③市民農園施設エリア(1.5ヘクタール)、④農業生産法人等によるブランド米の生産振興エリア(33.2ヘクタール)、⑤斜面林保全エリア(25.0ヘクタール)の5つのエリアにゾーニングしたことです。
そして、「自然と共生する地域づくりを目標とする土地利用の推進」、「民間企業が所有する土地を市が買い取り、他の農地を含めて可能な限りの復田化」、「水田の耕作・管理に際し希少動植物への配慮と環境と調和した農法の採用」を掲げ、水田耕作の担い手を、新たに設立する農業生産法人と野田市民のみならず幅広く募り、環境意識の高いNPOとの協働を想定いたしました。

大塚― 今お話しの農業生産法人が、2006年に市が中心になって設立された「株式会社野田自然共生ファーム」ですね。

根本さん― そうです。「基本計画」に沿って、民間の開発業者が先行取得していた土地を、「自然共生ファーム」が1平方メートルあたり500円で買い取りました。これらは、先ほどご説明したゾーニングの①、②、③のエリアに散在していました。これらの土地を共生ファームが押さえたことにより、ほかの農地所有者も「基本計画」に沿った利用をしております。また、「自然共生ファーム」は①のエリアで保全管理を行ないつつ、②のエリアの復田した田んぼで市民農園を開き、さらに④のエリアでブランド米の生産をしています。

大塚― 多角的な展開をされておられますが、今後の課題はいかがですか。

根本さん― 全体として「基本計画」で描いた内容が着実に進んでおり、自然が確実に戻ってきています。現地を見た方々が高く評価してくれています。課題としては、自然共生ファームの収入源の1つになり、市民に自然を親しんでもらう機会と思っていた市民農園の利用者数が思うように伸びていないことです。今後、東京都民をはじめ野田市以外へも呼びかけようと考えています。
もう1つは、⑤の保全ゾーンに位置づけた斜面林の保全策について、区域指定をして地主に適正管理をお願いし、地主が市に対し買取りを請求できる新たな条例を制定したのですが、この保全協定の締結が期待どおりには進んでいない状況です。

ごみ処理費用より安価で、土壌改良材としてもきわめて有効な堆肥づくり

大塚― ところで、「自然共生ファーム」が行っている環境に負荷の少ない農業の成果はいかがですか。

江川地区で見られる猛禽類

江川地区で見られる猛禽類[拡大図

根本さん― 「自然共生ファーム」が、①のエリアで水田の保全管理を行い、②と④のエリアで自然との共生、というよりは自然を優先させた農法による米づくりを行なった結果、驚くべきスピードで自然が回復しています。一例をあげれば、ニホンアカガ工ルの卵塊が1万個を数え、姿を見ることさえ難しかったトウキョウダルマガエルが畦道を歩くのをいくらでも見られるようになりました。その結果、当然ですが、食物連鎖の上位に位置する猛禽類が十数種は目撃され、オオタカ、サシバ、チョウゲンボウ、ノスリ、フクロウはまちがいなく繁殖しています。絶滅したと思っていた植物も、いつの間にか戻ってきています。
もう1つ、「自然共生ファーム」が果たしている大きな役割があります。市から受託した堆肥センターの運営です。実はこの堆肥づくりこそ、私が農業施策としてはじめて手がけたものです。従来、家庭から出る庭木の剪定枝、落葉、雑草は市のごみ処理場で焼却処分されていたのですが、これらを堆肥化することにしたのです。ごみ処理経費より堆肥化の経費の方が安価なのです。しかも、堆肥は野菜農家にとって土壌改良剤としてきわめて有効です。現在は年間4000トンの剪定枝などを集め、2000トンの堆肥を生産しています。さらに、牛糞とモミガラを加え栄養分のある堆肥を生産し有機栽培を進めていますし、牛糞と稲わらによる堆肥を用いる減化学肥料の米づくりもスタートさせています。
これらの施策に加えて、農薬の代わりに黒酢を空中散布する減農薬の米づくりも別の地域で進めています。現在、野田市の約1000ヘクタールの水田のほぼ半分で採用されています。

自然再生のシンボルにしたのが、この地域の田んぼでかつては食物連鎖の頂点にいたコウノトリ

江川地区のコウノトリ野生復帰プロジェクト

江川地区のコウノトリ野生復帰プロジェクト

大塚― 野田市のユニークな取り組みとして、江川地区でコウノトリの野生復帰を目指したプロジェクトも展開されています。今年の夏にはヒナの誕生もありましたが、このプロジェクトをはじめられた経緯や現状についてお聞かせください。

根本さん― 農薬の代わりに黒酢を使った米は消費者に評判がよく、ある程度高く売れます。しかも、この栽培方法により、田んぼにドジョウやカエルが戻り、用水路の魚の種類も数も確実に増えてきました。実は、私の環境政策の原点は、学生時代に読んだレイチェル・カーソンの『沈黙の春(サイレント・スプリング)』です。これまでの減農薬・減化学肥料の取り組みで、生物多様性の回復がある程度実現しました。しかし、野田市だけですと自己満足でしかなく、面的な広がりをもって取り組もうと考えました。2009年に、国土政策としての広域ブロック自立施策等推進調査に、野田市が受け皿となって申請し採択されたのが、「南関東地域における水辺環境エコロジカルネットワーク調査」でした。
調査の結果、南関東の豊かな自然を残すための拠点として、利根川と荒川をコリドーで結び、エコロジカルネットワークを作っていくことになりました。この中で、多くの人びとに興味をもっていただける自然再生のシンボルにしたのが、この地域の田んぼでかつては食物連鎖の頂点にいたコウノトリです。
調査に参加した自治体を中心に、推進組織として関東自治体フォーラムを立ち上げました。現在、30の自治体が参加しています。コウノトリの飼育と放鳥の拠点を作っていくことにし、野田市が先頭を切って、コウノトリの飼育繁殖に取り組んでいます。荒川流域、渡良瀬遊地周辺、夷隅川流域でも計画が進んでいます。将来的には、自然豊かな里山と田園が広がる関東の空にコウノトリが舞うことを夢見ています。

大塚― コウノトリ・プロジェクトを含め、根本さんは広域連携を精力的に進めてこられたと思います。広域連合の意義や今後の発展の方向性などについて、お考えをお聞かせください。

根本さん― 私は、地方分権至上主義者でも広域連合至上主義者でもありません。現在の国、県、市町村という三層構造の中で、それぞれが果たすべきことを着実に実行し、財源配分もそのためになされるのがいいと思っています。エコロジカルネットワークづくりのような広域におよぶ事業は、本来は市町村ではなく国が主導して進めるべきで、市町村はその中で自分のエリア内で責任をもつべきと考えています。
しかし、国の組織が動きにくい状況はしばしば起こります。私たちが2回使うことができた国の調査費は、このような問題を克服するために、地方からのボトムアップによる提案を受け、省庁横断的に使う予算でした。ところが残念なことに、この予算費目が事業仕分けによって切られてしまったのです。
「我々が動くしかない」という気持ちを込めて、「関東自治体フォーラム」を結成したのです。しかし、繰り返しになりますが、これは本来の姿ではありません。関係省庁のリーダーシップのもとに、それぞれのレベルが果たすべき役割を担い、自然再生が進むことを念願しています。

大塚― 根本さんは市長として、地域開発と地域の活性化にも取り組んでこられました。ただ今のお話とも関係するかと思いますが、根本さんにとって「地域開発」と「自然共生」とはどのような関係にあるのでしょうか。新しい時代の地域社会の在り方に向けた展望や抱負を含めてお話しください。

根本さん― 私は、市民生活の利便性を追求することが自治体の最大の役割だと思っています。野田市のように従来の集落が散在する都市では、コンパクトシティつくりのような集中投資はできません。投資配分についても、ある程度の重点化をしながら、バランスを考えて進めております。
私は今後の方針として、市街化区域を拡大せず、現在の地域区分の中で市民の暮らし易さをできるだけ高める方針で街づくりをすると宣言しています。暮らし易さを備えながら、周辺には自然あふれる田園地帯が広がる街をつくっていきたいと、考えているのです。

開発が進んだ関東でエコロジカルネットワークの試みが成功すれば、日本全国に広げられる

大塚― EICネットは企業関係者をはじめ多くの方々にご覧いただいています。最後に、EICネットの読者の皆様に、根本さんからのメッセージをお願いいたします。

根本さん― 私たちが活動している「関東自治体フォーラム」は、コウノトリをシンボルとしたエコロジカルネットワークつくりの試みを、開発が最も進んだ関東地方で開始いたしました。開発が進んだ関東で行なうことは無謀だと言われるかもしれませんが、この地域で成功すれば日本全国に広げられると信じております。未だ緒についたばかりで、実現までには多くの困難が伴うと思います。しかし、私たちの子どもたちの未来のためにも、なんとしても実現するつもりです。どうぞ見守ってください。

大塚― 根本さんが自然共生に向け、チャレンジャー精神を発揮しながら、市民の方々はもちろん、周辺の自治体や県あるいは国とも連携して進められてきた活動の一端を伺うことができました。ますますご活躍いただきたいと思います。本日は、ありがとうございました。

野田市長の根本崇さん(右)と、一般財団法人環境情報センター理事長の大塚柳太郎(左)。

野田市長の根本崇さん(右)と、一般財団法人環境情報センター理事長の大塚柳太郎(左)。


注釈

【1】下総国(しもうさのくに)
律令制時代の東海道に属する国の1つで、現在の千葉県北部を中心に、茨城県南部、埼玉県東部、東京都東部を含む地域。
【2】谷津(谷津田)
丘陵地が侵食されて形成される谷状の地形で、水田をはじめ農業用地として用いられることも多い。関東地方と東北地方に広くみられ、鎌倉地方や下総地方などでは谷津、神奈川県や東京都多摩地区などでは谷戸、東北地方では谷地とよばれる。
【3】ワンド
漢字で「湾処」とも表記される。河川の本流と繋がっているものの、河川構造物などに囲まれ池のようになっている場所で、水生植物や魚類などの生息に適している。
【4】コリドー
緑の回廊(green corridor)。人間の生活圏によって分断された野生動植物の生息地の間を、水域や植物群落が連なるようにつなぎ、主として動物の移動を可能にする空間。
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