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No.087

Issued: 2005.12.22

COP/MOP1 モントリオール会議から(後編)

目次
アメリカは変わるだろうか
議会の動向:上院のビンガマン・ドメニチ決議
州の動向
注目されるカリフォルニア州の動き
全米市長の取り組み
民間企業でも
まとめと考察 ──アメリカは国際枠組みに戻るのか
COP11&COP/MOP1の会議終了直後に抱擁しあう、カナダのディオン環境大臣(同会議議長)とUNFCCCのキンリー事務局長代理(Photo courtesy IISD/Earth Negotiations Bulletin) 

COP11&COP/MOP1の会議終了直後に抱擁しあう、カナダのディオン環境大臣(同会議議長)とUNFCCCのキンリー事務局長代理(Photo courtesy IISD/Earth Negotiations Bulletin)
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 カナダのモントリオールで第1回京都議定書締約国会議(COP/MOP1)と気候変動枠組条約第11回締約国会合(COP11)が、2005年11月28日から12月9日まで開催されました。筆者はこの会議に12月3日から参加する機会がありました。前回紹介した会議全体に関する報告【1】に引き続き、特に今後の動向が注目されるアメリカ国内の状況についてレポートします。

アメリカは変わるだろうか

 政府間の交渉で最も注目されたのはアメリカ政府代表団の動向です。今回の会議では、アメリカが京都議定書から離脱したままでも議定書の枠組を続けようという議定書批准国の意思が確認されましたが、一方で、2013年以降の将来枠組には、なんとかアメリカにも加わってもらいたいとの観点から、最後の最後まで妥協点が探られたのです。
 政府のポジションが変わるためには、国内の状況が変わらなければなりません。幸いにしてサイドイベントでアメリカからの多様な報告を聞くと、アメリカ国内での地殻変動が確実に起こっていることが感じられました。以下、連邦議会、州、市、企業の取り組みを順に見ていきます。


議会の動向:上院のビンガマン・ドメニチ決議

 2005年6月、米国上院超党派の多数派議員が温室効果ガス排出に強制的制限の設定を求める決議を賛成53票対反対44票で可決しました。提案者の名からビンガマン・ドメニチ決議と呼ばれています。その内容は、「議会は温室効果ガス排出に対し、強制力のある市場に基盤を置いた制限とインセンティブをもたらす包括的かつ効果的な国家計画を制定すべきである」としています。提案者であるビンガマン上院議員(民主党、ニューメキシコ州)は自らモントリオールに来場し、この決議の意義を説明していました。
 決議自体は法的拘束力を持つものではありませんが、現在の米国上院の多数が、何らかの強制力を持った温室効果ガス規制政策を支持していることを示すものです。京都会議(1997年)の直前に上院で95対0の圧倒的多数で採択されたバード・ヘーゲル決議が、京都議定書に反対する米国上院の意見を反映するものと長年見られてきただけに、ビンガマン・ドメニチ決議が可決された事実は、大きな意味を持っています。




COP/MOP1会期中の様子(Photo courtesy IISD/Earth Negotiations Bulletin
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州の動向

 一方、アメリカのいくつかの州では連邦政府とは異なる、京都議定書を意識した独自の地球温暖化対策(温室効果ガス排出削減目標設定、排出量取引、自動車から排出される温室効果ガス対策など)を進める動きが見られます。
 オレゴン州では1997年に電力部門からのCO2排出量規制を全米で最初に行い、2001年にはマサチュセッツ州もこれに続きました。
 ニュージャージー州では州内の温室効果ガス排出量を2005年までに1990年比3.5%削減する目標を掲げて、企業との契約、再生可能エネルギーに関するRPS(再生可能エネルギー利用割合基準)、部門ごとの目標設定、排出量報告の義務化などの取り組みを進めてきました。2005年10月には次のステップとして、CO2を大気汚染物質として扱うことにより、気候変動対策に取り組むこととしています。
 ニューハンプシャー州では2002年に州内三基の火力発電所から排出されるCO2排出量を2010年までに1990年レベルに削減を求める法案を可決しました。最近ではワシントン州で発電所からのCO2排出の20%を相殺することを求める法律が可決されました。
 自然エネルギー利用を拡大し、温室効果ガスの排出を削減する手段として再生可能電力基準(Renewable Electricity Standard)の導入も広がっています。2005年12月現在、21州とワシントンD.C.が再生可能エネルギー基準を求める法律を定めています。この基準が実施されると、2017年までに1997年と比べて237%増(3万2千MW)の再生可能エネルギーによる電力が供給されると推計されています。
 メイン、ニューヨーク、ニューハンプシャー、バーモント、マサチュセッツなど北東部の8州では、2003年9月にニューヨーク州のパタキ知事の呼びかけにより、地域排出量キャップと排出量取引制度創設を含む地域温室効果ガス・イニシアティブ(RGGI)に合意しました。


注目されるカリフォルニア州の動き

 カリフォルニア州のシュワルツネッガー知事は、2005年6月の「世界環境デー」【2】における演説で、「カリフォルニア州が気候変動への戦いの先頭に立つ」と述べ、州の温室効果ガス排出削減目標を、2010年に2000年レベル、2020年に1990年レベルに戻し、2050年には1990年レベルの80%削減と定める行政指令に署名しました【3】。行政当局はこの目標を現実化すべく具体的な施策に取り組んでいます。
 また同州では、2002年7月に自動車から排出されるCO2を規制する法案を可決しています。この法案は2016年までに温室効果ガス排出量を約30%削減する目標となっており【4】、実際の規制は2009年から適用される予定です。カリフォルニア州だけでフランスに匹敵する経済力があり、そのカリフォルニア州のCO2排出量の56%が自動車から出ているのでこの法案の意味するところは大きいものがあります。
 アメリカの制度では、カリフォルニア州には連邦基準より厳しい独自の大気基準を設定する権限が与えられています。他州はカリフォルニア州の基準に追随することも可能で、現在ニューヨーク、バーモント、コネチカット、メイン等10州が追随する見込みです【5】。なお、このカリフォルニア州の自動車CO2排出規制に対しては、現在自動車産業界から規制を阻止すべく訴訟が提起されています。



COP/MOP1会期中の様子
Photo courtesy IISD/Earth Negotiations Bulletin
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全米市長の取り組み

 市のレベルでも動きが広がっています。シアトル市のグレッグ・ニケルズ市長は、京都議定書が発効した2005年2月16日、全米市長に対し、「米国市長気候変動保護協定」に参加するよう呼びかけました。協定に参加する各市は、アメリカの京都議定書温室効果ガス排出削減目標である1990年比7%削減に向けて市で政策を実施するとともに、州や連邦政府に同様の取り組みを求め、連邦議会に対しても排出総量抑制と排出量取引を含む法案を成立させるよう働きかけるものです。
 当時、京都議定書に批准していた141カ国に対応する141の市の参加を目標としていましたが、2005年12月現在、参加している市はすでに194に達しています。これらの都市にはニューヨーク市、ロサンジェルス市等が含まれ4千万人以上の人口を擁しています。
 気候変動保護協定は、1,000以上の市長で構成される全米市長会議の2005年6月開催の年次総会でも全会一致で採択されました。


民間企業でも

 民間企業でも自主的な削減目標の設定、排出量取引の実施、エネルギー効率の改善、再生可能エネルギーへの投資、などの対策を進めています。いくつかの企業では自ら設定した当初の温暖化対策目標を達成しています【6】。またシカゴ気候取引所では自主的な参加によるキャップ・アンド・トレード方式による排出量取引を実施しており、フォードやデュポンなど56の事業体が参加しています。
 民間企業にとって連邦レベルでは明確な気候変動政策がなく、一方、地方レベルで異なる規制が導入されていることは、将来への不確実性を高めることになります。将来の投資に対する確実性を高め社会的責任を果たすために、気候変動への連邦政府の責任ある政策を求め、中には強制力をもった規制を求める企業(Duke Energy社、Cinergy Corp.社など)も現れてきました。




COP/MOP1会期中の様子(Photo courtesy IISD/Earth Negotiations Bulletin
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まとめと考察 ──アメリカは国際枠組みに戻るのか

 以上紹介したように、現在アメリカの州・自治体・民間企業などでは多様なボトム・アップのアプローチが広がっています。ブッシュ政権の京都議定書に対する否定的な姿勢にもかかわらず、アメリカではグラス・ルーツの民主主義と環境保全思想の伝統が根強く復活しているように思われます。また、北東部諸州の知事には、ニューヨーク州のパタキ知事のように、共和党次期大統領候補と目される有力政治家も含まれています。さらに、共和党の有力な支持基盤であるキリスト教右派(なかでも福音教会派)でも積極的な気候変動対策を求める声が勢力を増しています。
 こうした動きがひとつのうねりとなり、さらには気候変動対策と市場メカニズムの活用や技術革新、創意工夫、そして地域活性化の機会が結びつき、アメリカ社会が新たに進むべき道=新たなフロンティアとして受け入れられるようになると、連邦レベルでのより積極的な温暖化対策への流れが強まることになると期待されます。
 多国間環境条約へのアメリカのかかわり方の過去の歴史を振り返ると、オゾン層保護のためのフロン規制に典型的に見られるように、アメリカ国内で対策の実績がないと、アメリカは国際レジーム(国際的枠組み)には参加しません。したがって国内での取り組み実績を積み重ね、連邦レベルで包括的かつ実効性があり、強制力をもった気候変動対策の導入を実現する道を引き続き模索していくことが重要です。
 いまひとつの可能性は、京都メカニズムを通じた取引や、燃料電池などの国際的な技術開発競争から影響を受けたアメリカ産業界が、既存国内対策を飛び越えて気候変動対策に能動的な動きをとることです。また、北東部諸州のキャップ・アンド・トレード型の排出量取引が、ヨーロッパ連合のEU/ETS(EU排出量制度)とリンクすることも、現実的な可能性として現在検討が進められています。
 連邦政府を越えて国際的な連携が進みつつあるという意味において、気候変動問題は従来の問題とは異なる展開をする可能性もあります。既述のように、すでにアメリカの国内産業の中には気候変動に関するアメリカ政府の積極的行動を求めるものもあり、また自主的に意味ある気候変動対策を実施している企業も少なからず出てきています。

 気候変動問題はこれまで科学者の警告に応える形で政府間の交渉が進められ、国際的枠組みが合意され、各国で具体的取り組みが行われるというトップダウン方式で進められてきました。京都議定書採択以降の展開の中では、世界各地や各セクターで、それぞれの開発ニーズを反映しながら、さまざまな創意工夫によるボトム・アップの取り組みが展開されています。
 連邦政府が京都議定書から離脱しているアメリカでも、州・地方自治体・民間企業、そして広義の市民社会による取り組みが着実に広がっています。こうした取り組みが連邦政府のポジションを変えるに至るかどうか、当面は楽観できないし、予断を許しません。しかしながら世界最大の温室効果ガス排出国であり、唯一のスーパーパワーであるアメリカが、その多様な価値観と奥の深さを反映しつつ、今後、気候変動という人類共通の課題にどう取り組んでいくかが、人類社会の未来にとってきわめて大きな影響を与えることは間違いありません。
 日本やEUは、政府レベルのみならず、市や県などの自治体間、そして企業間、市民社会の間で多様でより分権的な形で具体的な温暖化対策に関し、交流と情報交換をより活発化させることが必要です。これは多様なレベルにおける政策や手段の革新を促進する意味でも重要です。
 さらにEUと日本は、京都議定書に沿ったアプローチを採用している米国内の州政府・自治体・企業の取り組みとの連携を強めるとともに、これら政府以外の主体による京都メカニズムへの実質的な関与の仕方についても検討していくべきでしょう。アメリカへの働きかけに最も効果があるのは、京都議定書批准国であるEUや日本が京都議定書達成に向けて着実な努力を国内外で行い、成功事例を示していくことなのです。


【1】会議全体に関する報告
第086回 COP/MOP1 モントリオール会議から(前編)
【2】世界環境デー
2005年世界環境デー記念式典 サンフランシスコで開催
環境の日及び環境月間(環境省)
【3】温室効果ガス排出削減に関する行政指令署名(カリフォルニア州)
State of California, Fact Sheet, California’s Greenhouse Gas Emission Reduction Leadership Policy, 2005
【4】自動車から排出されるCO2を規制する法案(カリフォルニア州)
California Air Resource Board, Final Regulation Order, September23, 2004
【5】カリフォルニア州の基準と、他州の追随
Pew Center on Global Climate Change, State Poised to Require Vehicle GHG Emissions Standards
【6】企業の自主取り組み例
BP社では、温室効果ガス排出量を2010年までに1990年比10%削減。デュポン社では、2010年までに温室効果ガス排出量を1990年比65%削減。ドイツ・テレコム社では、エネルギー使用量を2010年までに1995年比15%削減、など。
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(記事:松下和夫、写真提供:IISD/Earth Negotiations Bulletin)

〜著者プロフィール〜

松下和夫 京都大学大学院地球環境学堂教授。専門は環境政策論、環境ガバナンス。
長く環境庁で仕事をするとともに、国連地球サミット事務局やOECD環境局でも勤務し、地球環境問題の展開を国内外からフォロー。国際協力銀行環境ガイドライン審査役や、国連大学客員教授も兼ねる。主な著書に「環境ガバナンス(2002年 岩波書店)」、「環境政治入門(2000年 平凡社新書)」など。

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