一般財団法人 環境イノベーション情報機構

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No.131

Issued: 2007.10.11

シリーズ・もっと身近に! 生物多様性(第4回)『生物多様性と自治体の取組み:愛知県名古屋市 東山動植物園の試み』

目次
名古屋市の環境に関わる歴史
進行中のプロジェクトの概要と計画の枠組み
東山の森づくり:5つの森
「くらしの森」の里山再生活動 ──名古屋市と市民による協働作業
動植物園の再生 ──東山動植物園再生プラン基本構想より
万葉の散歩道と生物多様性
市民が具体的に行なえること
謝辞

 「里山」という言葉が国内外で注目を集めています。資源の持続可能な利用が営まれてきた場と言われる里山。薪や刈草、落ち葉などを集めてきたり、山菜などの自然の恵みを採ったりと、生活の用に高度に供されてきた身近な自然空間です。熱帯雨林やサンゴ礁など人が踏み込まない原生的な自然の中で形成・維持されてきた生物多様性に対して、人間の営みによる自然への継続的な働きかけがあってこそ成り立つ生物多様性といえます。
 2010年に行なわれる生物多様性条約の第10回締約国会議の招致に向けて立候補している愛知県名古屋市では、里山の保全とその持続可能な利用に関するプロジェクトが計画されています。名古屋市街に残された「東山の森」という丘陵地において、住民が参加しながら里山を再生する試みです。
 今回は、愛知県名古屋市における里山と動植物園の再生の試みを取り上げます。

名古屋市の環境に関わる歴史

再生計画と森づくりの位置づけ
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 近年、名古屋市では、環境の保全と持続可能な利用のバランスをめぐるいくつかの重大なできごとがありました。ごみ埋立処分場計画の予定地から一転ラムサール条約登録湿地となった藤前干潟の保全や、「自然の叡智」をテーマに掲げた国際博覧会「愛・地球博」の開催。また、地道なごみ減量にも取り組んできています。その過程では、さまざまな議論が起こり、多くの課題に直面しながらも着実に成果をあげてきました。
 しかし、一方では、1990年から2005年の15年間で5%の緑地が消失しており、市の行政の中で課題となってきました。現在、解決策の一案として、東山丘陵にある動植物園【1】の再生と森づくりを通じ、緑地を保全しながら、その持続可能な利用について学び、伝え、また多様な楽しみの場を提供していく計画が立てられています。人口200万人を抱える大都市・名古屋市にとって、東山丘陵は貴重な緑地です。
 東山における動植物園の再生と森づくりは、名古屋市が目指す「環境首都なごや」【2】の一環で、その拠点とすることを目指しています。
 生物多様性条約の目的として地球規模で激しく議論が交わされている「保全と持続可能な利用」の問題が、都市レベルの問題として違った形で議論されていると言えます。


進行中のプロジェクトの概要と計画の枠組み

東山動植物園となごや東山の森の地理
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 現在進行中のプロジェクトは、東山動植物園の再生と、動植物園を含む東山丘陵全体の森づくりの2つに大別できます。地理的に中核的な位置を占める東山動植物園の再生(生まれ変り)を行ないながら、同時に隣接する里山林である東山の森づくりを行なうというものです。
 東山という地名の通り、名古屋市内の東側に位置していますが、丘陵地は南北に伸びていて、総面積は410ヘクタールになります。

 2010年に開催される生物多様性条約の第10回締約国会議の開催地が決定するのは08年にドイツのボンで開かれる第9回会合での決議によります。ここで名古屋市への招致が正式に決まれば、各国・地域の政府機関や非政府組織、産業界からなる多数の参加者が訪れ、多くのゲストにとって初めて“里山”に接する機会を得ることが見込まれます。保全と持続可能な利用とのバランスの取り方に興味を抱き、目の前の景観に加えて、その自然生態系が成立する背景や形成のプロセスにまで高い関心が寄せられることが予測されます。

東山の森づくり:5つの森

5種の森の位置と説明
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 東山では、動植物園の区域を含めた長期的な森づくりに取り組んでいます。東山の森では、目的や機能に応じて5つの種類の森を育成していく計画を立てています。北から順に、以下の森づくりを行なっています。

  • へいわの森   (墓園)
  • くらしの森   (里山)
  • ふれあいの森  (動植物園)
  • いのちの森   (環境学習エリア)
  • うるおいの森  (水源の森、サンクチュアリ)

 古来より、森は木材を生産する場としてだけではなく、さまざまな形で人々の生活と深い関わりがありました。例えば、鎮守の森では、その地域本来の植生に近い生態系が残され、宗教や精神的な活動の場を提供してきました。東山では、戦災復興で市内の墓地を集約し整備した都市計画墓園を、「へいわの森」として育成する計画です。
 「くらしの森」として整備される区域では、在来種のメダカやホタルの再生を目指して水田を再現し、保全されます。また、「ふれあいの森」は、動植物園での体験の場を提供し、調査研究や希少動物の保全と繁殖などにも取り組む」計画です。「いのちの森」は、生物多様性の回復をテーマとして、自然復元の森、森の遷移、生き物の観察の場を作っていきます。「うるおいの森」では、市内では貴重となった湿地帯、湧水池の保全と再生を行なっていきます。

「くらしの森」の里山再生活動 ──名古屋市と市民による協働作業

くらしの森の計画図:潜在する自然資源を尊重したゾーニング
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 すでに作業が進行している計画も数多くあります。ここでは、「くらしの森」の里山で進行中の活動を中心に紹介していきます。
 「くらしの森」は、5つの森の中心に位置し、地域古来の生活様式の中で活用されてきた雑木林や水田、段々畑を再生し、もともと生息していた動植物種が戻ってくることを目標に活動を進めています。

 東山の森づくりは、長年、現地で自然観察会の開催をしてきた市民グループによる提案がきっかけでスタートしたものです。提案は、東山の森の将来像を市民と行政の間で共有し、協働しながら森を守り育てていこうというものでした。これを受けて、名古屋市では東山の森づくりを「名古屋新世紀計画2010」の先導的プロジェクトに位置づけました【3】
 平成11年に名古屋市による東山の自然や市民活動についての調査が実施され、この結果を踏まえて、翌年から市民・行政・学識経験者の協働組織を立ち上げ、現地調査やワークショップなどの研究活動と、それらの活動を踏まえた基本構想の作成作業が開始しました。こうした成果を受けて、平成15年7月に「なごや東山の森づくり基本構想」が策定されています【4】
 翌年2月、同基本構想に基づいて、より具体的に東山の森を守り育てていくための実践組織「なごや東山の森づくりの会」が、市民・企業・行政の参加・協働で発足しました【5】。基本理念は、「人と自然の生命(いのち)輝く東山の森づくり」。平成18年5月からは、市と協定書を締結した認定団体「緑のパートナー」のひとつとなっています。
 名古屋市では、こうした流れも受けて、平成17年に改正された緑のまちづくり条例【6】の第6章に「市民との協働による緑のまちづくり」を定めています。
 現在、東山の森づくりは同会の160名余の会員を中心に、雑木林の手入れや湿地の再生作業や里山学校の活動など、「森で汗をかく」「森で学ぶ」「森で遊ぶ」活動を行いながら、行政とともに将来の計画づくりにも取り組んでいます。


里山の家は森づくり活動の拠点

里山の家は森づくり活動の拠点

湿地再生に取り組む市民ボランティア

湿地再生に取り組む市民ボランティア

動植物園の再生 ──東山動植物園再生プラン基本構想より

アジアの水辺のパースの完成予想図

アジアの水辺のパースの完成予想図

 東山の森づくりの中核施設と位置付けられている東山動植物園では、再生する東山の森と動植物園との一体的な活用を実現し、来園者が「娯楽」と「学習」を両立できるような施設となることをめざし、それらを「市民」と「行政」の協働により進めていくことを重視しています。また、併せて、動物園と植物園の融合や、「見るもの」と「見られるもの」の垣根を取り払った園としてのあり方を検討・工夫、また希少動物の「保護」と「増殖」に貢献することを掲げています。これら6つを再生の基本方針としています【7】

 「動物園と植物園の融合」に関して、東山動植物園では動物と植物の相互関係について関心と理解が及ぶように、その生態系ごとの特色を見せるような形での展示が心がけられています。
 これまで、動物園でも植物園でも、特定の動植物種の姿形を“カタログ的”に眺める展示が主流となってきました。しかし、自然界は、動物だけ、あるいは植物だけといった偏ったものにはなっていません。東山動植物園の発想は、様々な植物と鳥や昆虫などの生き物が共生する空間を作り上げたり、動物園の中を植物で満ちあふれさせたり、植物園の中にさりげなく動物がいるような「動物園」と「植物園」との融合をめざすものなのです。


 また、「見る」側の人間と「見られる」側の動植物という動物園・植物園の旧来の図式から脱却し、来園者が生きものたちと空間を共有するような体感を得て、自然とのつながりを実感できるような施設をめざし、「娯楽」と「学習」を両立させながら、体験・体感型の展示を展開していきます。結果として、自然の感じ方や関わりが少しでも変わっていけるようにと意図したものです。

万葉の散歩道と生物多様性

植物園 万葉の散歩道

植物園 万葉の散歩道

 万葉集といえば、日本の代表的な古典文学です。ただ、実際に万葉集に詠われている植物や動物を観察したことのある人はそれほど多くないかも知れません。東山動植物園では、万葉時代の情景を想いつつ、散策できるコースが準備されています。
 日本の古典では、俳句の季語などに代表される多種多様な動植物が詠まれてきました。俳句の「季語」は、生物多様性の宝庫です。万葉集には、4,500余りの歌があり、その約3分の1が植物を詠んだものになっています。
 東山動植物園の「万葉の散歩道」では、住民を中心に公募した結果によって、万葉集から百首を選び、植物園内の自然景観にあわせて植物を配置し、歌碑や歌看板を設置しています。学生時代、学校で、万葉集が好きだった人もあまり得意でなかった人もホッとできる空間が広がり、合掌造りの家や、流れのある日本庭園、滝、お花畑、梅林のある散策道も準備されています。天気のよい日には、御岳山、伊吹山も見渡せます。


市民が具体的に行なえること

 名古屋市の東山の森づくりの事例に見られるように、生物多様性は国際会議の場で議論されるだけのものではなく、日々の生活や文化、レジャーに深く関わってくるものです。
 よく、「地球温暖化の防止に関しては、市民にできることもイメージしやすいものの、生物多様性の保全に関しては具体的に何をすればよいのかわからない」という声を聞きます。
 実際には、両方の問題への対応で重複する部分もあるため、両方の問題にとってよいこと・悪いこともあります。例えば、森づくりや植林は、地球温暖化にも生物多様性にもプラスの影響があると言われています。ただ、生物多様性の保全には、森林の面積や木の本数といった「量」だけでなく、地域の生態系の中で育まれてきた固有種の保全・再生などの「質」も重視されます。
 個人の行動として日常的に気を付けることとしては、「ペットを捨てない」「食卓の材料に興味を持つ」などが挙げられます。また、自分の住む地域の自然がかつてどんな環境だったのか、元々どんな動植物がいたのかといったことを調べたり、近所の年配の方や祖母や祖父から話を聞くのもよい方法です。今回紹介したような、地域社会での活動に参加するのも手です。
 2010年に開催される生物多様性条約第10回締約国会議で注目されるのは、景観的な美しさや地域の成功事例だけではありません。保全と持続可能な利用のバランスをどうとって、その意思決定過程でどのような課題や困難に直面しているのかというところが大事なポイントとみなされます。
 国際社会が、生物多様性の損失に対して「学習しながら実践をしていく」という手探りの方法で対処している現状で、地域の成功談も失敗談も貴重な共有財産となり得るのです。COPの会議の場は、そうした経験やノウハウを共有するための機会としても機能することになります。

謝辞

 名古屋市緑政土木局には、写真の提供をはじめ、原稿作成に当たってご協力をいただきました。

【1】東山動植物園
東山動植物園
【2】環境首都なごや
「環境首都なごや」をめざして(OECD愛知名古屋国際シンポジウムの報告)(PDF)
名古屋市環境方針(名古屋市政)
第2次名古屋市環境基本計画を刊行しました!(名古屋市政)
【3】名古屋新世紀計画2010
名古屋新世紀計画2010
名古屋市基本構想に基づく第3次の長期総合計画。
目標年次を2010年に定めている。平成10年度に計画策定に着手。当計画の総仕上げとなる第3次実施計画が、平成19年6月に策定されている
【4】なごや東山の森づくり基本構想と、東山の森づくりの経緯
なごや東山の森づくり(名古屋市政)
なごや東山の森づくりの会
なごや東山の森づくり基本構想
【5】なごや東山の森づくりの会
なごや東山の森づくりの会
【6】名古屋市緑のまちづくり条例
名古屋市緑のまちづくり条例(名古屋市政)
【7】名古屋市東山動植物園再生プラン
名古屋市東山動植物園再生プラン(名古屋市政)
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なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。

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記事:香坂玲

〜著者プロフィール〜

香坂 玲

東京大学農学部卒業。在ハンガリーの中東欧地域環境センター勤務後、英国UEAで修士号、ドイツ・フライブルク大学の環境森林学部で博士号取得。
環境と開発のバランス、景観の住民参加型の意思決定をテーマとして研究。
帰国後、国際日本文化研究センター、東京大学、中央大学研究開発機構の共同研究員、ポスト・ドクターと、2006〜08年の国連環境計画生物多様性条約事務局の勤務を経て、現在、名古屋市立大学大学院経済学研究科の准教授。

※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。