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No. アメリカ横断ボランティア紀行(第16話) レッドウッドの見どころ
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Issued: 2008.04.24
レッドウッドの見どころ[3]
 目次
新聞報道
ひと段落
グローブ
クラマスオーバールック
新聞報道
写真18:知事一行のレッドウッド国立州立公園訪問に関する記事が地元紙に掲載された

 「鈴木さん、今朝の新聞を見ましたか?」
 都知事一行が出発する日の朝、東京都のMさんに声をかけられた。
 「これですよ、これ」
 地元紙だが、一面トップに、都知事一行のレッドウッド国立州立公園訪問を報じる記事がカラー写真とともに掲載されている。この扱い方は別格だ。
 「東京都知事/巨木の森を訪問」という見出しが踊る。
 さらに、写真をよく見ると私たちの姿も知事の両側に写り込んでいる。野外学校での昼食会で、知事がネイティブアメリカンの工芸品に見入っているシーンだった。
 「いい記念になりましたね」
 記事もかなり好意的な内容だった。国立州立公園の両所長が写っていなかったのはさすがに少し気が引けたが、しょうがない。いずれにしても、レッドウッドが新聞のトップを飾ったのには変わりがない。
 おそらく読者にとっては、
 「このボランティアは誰だろう?」
 「日本人が国立公園で何しているの?」
 そんな素朴な疑問がわいてくるだろう。
 写真の中の私たちは、おそろいのボランティア用の帽子とトレーナーを着ている。いわゆるボランティアユニフォームだ。私たち2人が知事の両側にひかえるだけで、「国立公園」にちなむ様々なストーリーやメッセージが発信されることになる。アメリカの国立公園は、こういった絵になる演出に事欠かない。また、それを市民も期待しているのだ。
 「じゃ、お二人さん、お世話になりました」
 知事はいたずらっぽく笑って、颯爽と搭乗口に消えた。
 知事一行を乗せた飛行機が飛び立つのを見送った後、さっそく新聞を買いに行く。アメリカでは、お金を入れて新聞を取り出すタイプの自動販売機が街角に設置されている。1回お金を払って扉を開けると、構造上は何部でも持ち出すことができる。せっかくなので2〜3部とろうとすると、後ろに並んでいた初老の女性が私たちに声をかけてきた。
 「この写真はあなたたちじゃない?」
 "Yes" と笑い返しつつ、1部だけ新聞を取り出して扉を閉めた。
 
ひと段落
 嵐のような3日間が過ぎ、静かな日常が戻ってきた。簡単なお礼状を国立・州立公園の両局長や私たちの所属する資源管理部門の部長にお渡しする。今回の知事訪問については、国立州立公園を挙げて対応していただいた。今回は、随行の東京都職員の皆さんにとっても、レッドウッドを訪問しなければ得られないような情報を持ち帰ってもらうことができたのではないかと思う。また、私にとっても、今回の知事一行の来訪から得たものは少なくなかった。国立公園局の組織、職員数、予算などの、重要だが分析に手間のかかるデータを整理することができた。また、知事の含蓄ある話や、ネイティブアメリカンの悲しい歴史と豊かな文化に触れることにより、大げさに言えば“人間について”、様々なことを考えさせられた。
 100年ほど前まで、このレッドウッド国立州立公園一帯はネイティブアメリカンの人々の居住地であり、聖地であった。一万年以上にも渡って引き継がれてきたその文化は、白人入植者によるレッドウッドの乱伐とそれによる大洪水、生活手段の喪失による貧困などにより徹底的に破壊されてしまった。ところが、入植者は100年足らずで森林を伐り尽くし、今はやはり貧困にあえいでいる。まだ比較的豊かな漁業資源も、年々減少の一途をたどっている。
 また、考えてみれば、このような資源の乱用と浪費は、この地域に限ったことではない。現世代の私たちが送っている、このサステイナブルでない生活様式も正に同じことなのだ。知事が言うように、わずか70年で本当に人類は滅びてしまうことになるのだろうか。
 レッドウッドの森の中に立つと、人間は今でも自然の一構成要素にすぎないことを感じ取ることができるように思える。悠久の時間の流れの中では、人間も、偶然大発生したネズミやイナゴなどと何ら変わりはしない。ここでは、どこへ行っても自然は荒々しく、人々の生活は貧しい。しかしながら、どことなくほっとさせてくれるような落ち着きが感じられるのは不思議だ。
 
レッドウッドの森には独特の雰囲気がある
写真19:レッドウッドの森には独特の雰囲気がある
レッドウッドの樹皮
写真19-2:レッドウッドの樹皮

 
グローブ
 ところで、国立州立公園一帯では、大きなまとまった面積の森は「グローブ」と呼ばれている。今回知事が訪れたジェデダイアスミス・レッドウッズ州立公園内の「スタウトグローブ」、国立公園設立の契機ともなった「トールトゥリーグローブ」などはその典型といえる。キングスキャニオン国立公園のグローブ(第14話参照)とは異なり、周りの森林とも連続している。また、小さな河川沿いの低湿地に発達した森は、その小河川の名前で呼ばれたりする。ボランティアハウス近くの「ウルフクリーク」や「プレイリークリーク」などがその例である。
 
トールトゥリーグローブにて。この森で、当時世界で最も樹高の高い木が発見されたことが、レッドウッド国立公園設立につながったといわれている
写真20:トールトゥリーグローブにて。この森で、当時世界で最も樹高の高い木が発見されたことが、レッドウッド国立公園設立につながったといわれている
スタウトグローブの歩道
写真20-2:スタウトグローブの歩道

 これらの原生林は、平坦地に発達した「巨木の森」だ。歩道にはレッドウッドの落ち葉が積もっている。乾いた歩道はふかふかとした絨毯のようだ。森に入ると杉林を歩いているようなかすかな芳香に包まれる。
 斜面上に成立した原生林は現在ではあまり残っていないが、プレイリークリークから太平洋岸のゴールドブラフビーチに至る「マイナーリッジトレイル」や「ジェームスアービントレイル」を歩くと、その雰囲気を満喫することができる。ゴールドラッシュの時代、この海岸から、量は少ないながら金が出たのがその名前の由来だ。現在のトレイル(歩道)沿いには、かつて金を求めるプロスペクター(探鉱者)たちの小屋が立ち並んでいたそうだ。
 この森のすごいところは、レッドウッドの中にダグラスモミの大木が混じっていることだ。進化上はレッドウッドの大後輩に当たるこのモミの木が、レッドウッドと競うように立ち並んでいる様は壮観だ。暗褐色の樹皮を持つダグラスモミと、明るい色のレッドウッドの幹とのコントラストは、長い歴史が紡ぎ出した「種の多様性」を目の当たりにするようだ。
 大木の根元2〜3メートルには焦げた跡がある。ネイティブアメリカンが放った火や落雷が引き起こした野火の名残といわれている。

大木の幹には焦げ跡が残る
写真21:大木の幹には焦げ跡が残る
ダグラスモミの大木
写真22:ダグラスモミの大木

 
クラマスオーバールック
 クラマスオーバールック(展望台)は、クラマス川の河口の高い崖の上にある天然の展望地点だ。クラマス川の河口と太平洋が一望できる。クラマス川は水量が多く豊かな大河川で、オレゴン州に源を発している。この川では、毎年天然のキングサーモンが群れをなして遡上するそうだ。河口には、トドやアザラシ、そしてクジラがエサを食べにやってくる。移動中のクジラはほとんどエサをとらないと言われているが、ここは別格らしい。アザラシは波乗りのようなことをして遊んでいたりもする。また、まぎらわしいことに、サーファーも時々波間に浮いている。
写真23:クラマス展望台から。クジラが河口の付近まで近づいてくることもある

 展望台には、クジラ、アザラシ、トドなどの展示パネルが並んでいる。テーブルもあり、風のない温かい日には絶好のピクニックサイトになる。双眼鏡をかまえて、のんびりとクジラの姿を待つ人などもいる。展望台を海側のトレイル沿いに下ると、崖の中腹にもうひとつの展望台がある。そこからは、トドがサケをくわえて、海面にたたきつけながら食べる様子を眺めることができる。
 「ずいぶん残酷な食べ方ねえ」
 それを見た妻は少し驚いた様子だった。
 展望台のすぐ脇には、古い軍の施設がある。以前はレーダー施設だったが、現在は国立公園とカリフォルニア州政府に払い下げられ、メンテナンス部門の事務所、ボランティアハウス、倉庫、カリフォルニア州の職業訓練施設などとして活用されている。
 このボランティア宿舎は、元は軍の宿舎だっただけに規模が大きい。そのため、レッドウッド国立州立公園は比較的多くの長期滞在型ボランティアを受け入れることができる。特に、ボランティアハウスのすぐ近くに事務所を構えるメンテナンス部門では、ボランティアの受け入れに積極的だ。このボランティアたちが、公園中のトレイルの維持に大きく貢献している。
写真24:メンテナンス部門の事務所。建物は軍隊から移管されたものだ

 例えば、ボランティアが主体の「トレイル・クルー(登山道部隊)」の働きぶりは有名だ。公園内のあらゆる歩道にでかけていき、手作業で歩道の修理や倒木の処理を行う。簡単な木段くらいなら自前で作り直してしまうそうだ。この責任者が、都知事にネイティブアメリカンの文化を説明してくれたデールさんだ。私たちと同時期にドイツから来た若い大学生は、このクルーに“抜擢”された。2ヶ月ほど経って再会した時には、皆すっかりたくましくなっていた。
 「私たちも、森林の調査をしたかったんです」
 彼らは少しうらやましそうに、私たちにそう言ったが、
 「でも、歩道を歩き回るのもたのしいですよ」と屈託がない。
 この他、私たちがいる間に、カナダ、スイスなどからも国際ボランティアが来ていた。

 ところで、この一帯は地すべり地帯で、建物の建つ敷地全体が海に向かって滑り落ちつつあるという。そのため、ここの施設は、数年後にすべて取り壊され、公園内の別の場所に移転される予定だ。
 
<妻の一言 〜セントパトリックス州立公園〜>

 レッドウッド国立州立公園と空港のあるアルカタの間に、トリニダッドというきれいな港町があります。天然の良港だったために、集落ができたのはこの地域でもっとも早かったそうです。材木の積出港などとして使われていましたが、その地位をユーレカなどに譲り、現在はひなびたリゾート地といった風情の町です。この町には作家や芸術家も多く住んでいるそうです。そのためか、町のスーパーには、オーガニックやシーフード食品が豊富で、私たちの行くような大きなスーパーマーケットよりもいい品物が揃えられていたりします。釣具やエサもあります。
トリニダッドの高台からは荒々しい海岸線を見渡すことができます
写真25:トリニダッドの高台からは荒々しい海岸線を見渡すことができます

  集落を海に向かって抜けると、高台の展望台に突き当たります。小さな赤い灯台があり、そこから湾曲した海岸線を一望の下に見渡すことができます。小さな釣り船が港に寄り添うように浮かんでいる様は、とても絵になります。この港の桟橋からは、ダンジリンクラブと呼ばれるカニや、カサゴのような魚が釣れるそうです。私たちも挑戦してみましたが、一匹も釣れませんでした。国立公園の職員の話では、釣り船をチャーターして沖にでれば、大きなタラも釣れるそうです。

 この港を少し南に下ったところにカジノがあります。この辺りにはネイディブアメリカンの経営するカジノをよく見かけます。カジノ自体には興味はなかったのですが、カジノの経営するレストランは、この地域で1、2を競うといわれるシーフードレストランです。太平洋に沈み夕日を見ながら、シーフードを楽しむことができます。
  今回の都知事一行の訪問が決まったとき、私たちが真っ先に“下見”に行ったのもこのレストランでした。親切な女性のウェイトレスがメニューなどの相談に乗ってくれました。確かに値段はそれほど安くはありませんでしたが、ゆったりした雰囲気や、日本人の口にも合う味付けなどは値段以上だと思いました。

セントパトリックス岬からの眺め
写真26:セントパトリックス岬からの眺め

 トリニダットから海沿いにしばらく北に上ると、セントパトリックスと呼ばれる岬があります。岬の展望台からは、そこからレッドウッド国立州立公園にかけての荒々しい海岸線や、ラグーンを一望することができます。この岬一帯は、カリフォルニア州の「セントパトリックス州立公園」に指定されています。干潮時間を見計らって行くと、砂浜を散策することができます。砂浜には、急な崖沿いに、細い歩道と階段をつたって下りて行きます。
  歩道の入り口には、小さなテーブルに石を並べて座っている人がいました。話を聞いてみると、この公園のボランティアでした。
  「ここには、オレゴン州でできたメノウが海流で運ばれてくるんだ」
  公園内では、メノウを含む石を自由に拾うことができるそうです。休日には、自分で拾った石を使った、アクセサリーの加工教室なども開催されています。ボランティアグループでは、メノウの見分け方、由来、品質の良し悪しなどについて“自然解説”を行っているそうです。
 
州立公園のビジターセンター
写真27:州立公園のビジターセンター

 「台風や海の荒れた直後がねらい目だよ。こぶしほどもある石が見つかったりするんだ」
 展望台から砂浜を見ると、確かにたくさんの人が砂浜を歩いているのが見えました。
 私たちもさっそくそのような人の群れに加わりましたが、なかなか見つかりませんでした。
 「今日はあまりありませんね」
 常連さんと思われる女性に声をかけられました。探し方のコツを教えてもらい、「サンプル」を一つ頂きました。
 「小さくてごめんなさいね」
 確かに小さいのですが透明で品質としてはなかなかのものだったのではないかと思います。
 天気は快晴、時折海の方から霧が流れてきます。海の方を見るとカモメやウミガモ、そして時々アシカの頭が見えます。この辺りは海が豊かなのでしょう。
 その日、私たちはメノウ数個の他、きれいな石やガラス玉、レッドウッドと思われる木の破片をお土産として持ち帰りました。
 
セントパトリックスポイント州立公園の砂浜
写真28:セントパトリックスポイント州立公園の砂浜

 ちなみに、州立公園は有料で、当時の料金は車一台あたり4ドル程度だったと思います。同じ日であればそのレシートで他の州立公園を訪れることができます。この公園以外にもいろいろな州立公園があり、日帰りにちょうどいいピクニック場や展望台もあります。国立公園に比べると、州立公園はずっと気軽に、手軽に楽しむことができると思います。

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関連情報 |
  米国国立公園の標識整備(入り口標識を中心として)
  『国立公園』(財団法人国立公園協会) November.2003(通巻658号), p.24-25
 http://www.eic.or.jp/library/pickup/img/080424/ref01.pdf
  米国国立公園の標識整備(入り口標識を中心として)
  『国立公園』(財団法人国立公園協会) November.2003(通巻658号), p.26-27
 http://www.eic.or.jp/library/pickup/img/080424/ref02.pdf
  米国国立公園の標識整備(入り口標識を中心として)
  『国立公園』(財団法人国立公園協会) November.2003(通巻658号),カラー写真のページ「米国国立公園の標識例」
 http://www.eic.or.jp/library/pickup/img/080424/ref03.pdf
記事・写真:鈴木渉

〜著者プロフィール〜
■鈴木渉
 1994年環境庁(当時)に採用され、中部山岳国立公園管理事務所(当時)に配属される。許認可申請書の山と格闘する毎日に、自分勝手に描いていた「野山を駆け回り、国立公園の自然を守る」レンジャー生活の夢はあっけなく崩壊。2年後地球環境部(当時)へ異動し、国際的な森林保全、砂漠化対策を担当。その後建設省公園緑地課(当時)への出向、自然公園での公共事業、遺伝子組換え生物関係の業務などに従事。2003年3月より2年間、独立行政法人国際協力機構(JICA)の海外長期研修員制度により、アメリカ合衆国の国立公園局及び魚類野生生物局で実務研修。帰国後、環境省自然環境局自然環境計画課を経て、2008年4月より東北地方環境事務所の国立公園・保全整備課に勤務。12年ぶりに国立公園の現場での仕事に携わる。
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