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No. アメリカ横断ボランティア紀行(第22話) アラスカへ(その4)
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Issued: 2009.08.25
アラスカへ(その4)[2]
 目次
ユーコン・フラット国立野生生物保護区
利用者の管理
ユーコン・フラット国立野生生物保護区
フェアバンクス市街図

連邦政府、裁判所などが入る建物

 フェアバンクスには、周辺の野生生物保護区の管理事務所がいくつかある。それも、同じ建物に入っている。日本でいうと合同庁舎のような建物だろうか。その日は、ユーコン・フラット国立野生生物保護区の管理事務所を訪ずれた。

 建物に入ると、ロビー正面に、ブッシュ大統領とチェイニー副大統領(当時)の写真が飾ってある。もう一枚は内務長官のものだろうか。戦前の日本か、途上国の政府機関にでも来ているようだ。
 野生生物保護区の事務所に到着すると、さっそく会議室に通される。対応してくれたのは、所長のテッドさん、副所長のバリーさん、そして生物学者のダリアさんの3人だ。これまで何度かインタビューをしてきたが、これだけ厚遇されたのは初めてだった。

 所長のテッドさんは、いかにも現場経験者らしい温厚そうな方だ。
 「ユーコン・フラットは、アラスカの中ほどを流れるユーコン川の上流部に広がる野生生物保護区です。保護区は、渡り鳥の重要な繁殖地である低湿地とともに、山地などの多様な地域を含んでいます」
 保護区の面積は1,100万エーカー(約445万ヘクタール)だが、連邦政府の所有地は860万エーカー(約350万ヘクタール)しかない。
 「残りの土地は原住民の所有です。区域内には1,200人ほどの原住民が居住しています。区域内の居住地のうち、渡り鳥の生息地として重要なウェットランドについては、保護区内の山地との交換について土地所有者と交渉を行っています」

 職員は常勤職員が13〜14名、臨時職員(seasonal)が6名程度。事務所には、航空機が2機(プロペラ4人乗り、6人乗り)あるそうだ。
 「パイロットの資格を持つ職員が2名勤務しています。1名が生物学者(biologist)、もう1名が取締官(law enforcement)を兼任しています。事務所はフェアバンクスにあるため、現地管理業務のためには飛行機が不可欠なのです。飛行機で移動し、現地でキャンプしながら管理業務を行っています」
 過酷そうだがなんともうらやましい話だ。

 「保護区の職員には、この他に火災管理官(fire management)、原住民狩猟採集活動コーディネーター(subsistence coordinator)、地理情報システムGIS技術者、環境教育担当官などが配置されています」
 ところが、教育や広報などの業務は緊急性が低いため、ポストの優先順位はどうしても低くなってしまうという。兼任ポストがどうしても多くなる。
 「中には、他の野生生物保護区事務所との兼任ポストもあるのです」
 同じ建物には、翌日インタビューを予定している北極国立野生生物保護区とカヌティ(Kanuti)国立野生生物保護区の事務所もある。
 「魚類野生生物局は予算が少ないので、予算の範囲内で重要なポストから職員を埋めていきます【1】
 国立公園局で、インタープリターが重要なポストとして厚遇されていることとは対照的だ。
 「よく、『カモは投票しない(Ducks don't vote)』と揶揄されますが、国立公園のように、直接ビジターなど有権者を相手にしている組織に比べると、魚類野生生物局の予算はかなり厳しいんです」

◇ユーコン・フラット国立野生生物保護区(Yukon Flats National Wildlife Refuge)

 ユーコン川の上流部に位置する国立野生生物保護区。面積は約790万ヘクタール。1978年に、当時のカーター大統領により国立記念物公園として設立され、1980年のANILCA法により国立野生生物保護区として設立された。
 保護区は広大なウェットランドで、北アメリカでも有数の水鳥の営巣地として知られる。また、ベーリング海のサケ類がユーコン川を遡上し、保護区内で繁殖している。
 保護区には道路はなく、利用者はボートか小型飛行機で保護区を訪れる。保護区では狩猟のほか、カヌー、ボート、釣りなどが楽しめる。


【1】 この事務所を例に取れば、その順序は、所長(Superintendent)、副所長(Deputy superintendent)、許認可担当官(Permission management)、火災管理官(Fire management)、生物学者(Biologist)、教育(Education)という順番とのこと。
利用者の管理
 「ユーコン・フラット野生生物保護区の特徴は、利用がかなり自由なことです。キャンプ目的などの一般的な利用であれば、許可を得る必要がありません」
 これは意外だった。利用規制のようなことは考えていないのだろうか?
 「現在のところ、利用による影響があまりないので、特に一般利用を規制することは考えていません。このユーコン・フラットでは、一般の利用はあまり問題ではないのです」

 利用者管理については、包括的管理計画(Comprehensive management plan:国立野生生物保護区ごとに策定される管理の基本計画書)の中で大まかに定められている。現在は、利用状況に関する記録を作成しているだけで、将来利用者規制が必要となった際に、それを参考資料とする予定だそうだ。

 「今年も、主要な河川1本を、ボートで流下しながら、焚き火跡、キャンプ跡、流れを下っていく間に上空を横切った航空機の数などを記録しました」
 利用状況調査のため、空路上流まで運んでもらい、ゴムボートで川をくだって行く。キャンプをしながら利用状況を記録する。このような話だけを聞くと本当にうらやましくなる。

 「現地での調査で問題になるのはハイイログマの被害です。職員は銃の取り扱いについて訓練を受け、銃を常に携帯することが義務付けられています。銃を使う前に、まず豆袋(bean bags)やゴム弾を使用しますが、それでもダメなときには銃を使用することになります」
 原生的な保護区での調査には様々な危険がつきまとう。
 ところで、利用者数はどのようにしてカウントするのだろうか。
 「利用者の実数はわかりませんが、ほとんどがサークル市もしくはダルトンハイウェイなど限られたアクセスポイントから保護区に入ります。ですから、これらの地点で大まかな人数を推計することが可能です」
 一般の利用については、このようなモニタリングデータに大きな変化があった場合に、規制を導入する可能性もあるそうだ。その意味では、とても重要なデータであることがわかる。

 「この保護区には車道がありません。利用が困難なので、一般の利用者数はかなり限定的だといえます」
 原住民との用地交換交渉などの際にも、道路建設の要望はよく出てくるそうだ。
 「道路は両刃の剣です。原住民の中でも高齢者は道路を作ることに反対しているが、衛星テレビなどを見て育った世代は考え方が全く違います。世代交代が進むにつれ、この問題はさらに深刻になってくるでしょう」
 ここでも、デナリ国立公園同様、車道建設の問題があるようだ。

 「この保護区は、レクリエーション目的の狩猟で訪れる人がほとんどです。これらの人たちは職業ガイドを雇います」
 レクリエーション目的での狩猟には、アラスカ州の規制が適用される。また、保護区内で活動する商業的な狩猟ガイドやツアーガイドは許可が必要となる。このような狩猟を管理し、保護区への影響を防ぐためには、野生生物のモニタリングが必要となる。
 「野生生物等のモニタリングは、主に航空機による上空からの目視により行います。特に、ドールシープとムースについては、毎年調査を行います」
 それぞれ1週間、航空機を5〜6機使っての大掛かりな調査だ。航空機は、他の野生生物保護区、国立公園局、民間の借上機などで確保する。オオカミの生息数調査は主に州政府によって随時実施されているそうだ。
 「カモ類は、野生生物保護区内にある約20,000ヶ所もの湖沼に生息しています。そのため、調査はトランセクト(線状調査区)を設定して、航空機での目視調査と、補正のための現地踏査を実施します」

 調査した結果、野生生物の生息状況に変化が生じた場合には、必要な対策をとることになる。ちなみに、このカモ類のモニタリングは1950年代から行われているそうだ。
 「こうした調査から、ムースが近年減少傾向にあることがわかってきました。ムースは原住民の重要な食料でもあります」
 このため、原住民からは『ムースが減ったのはオオカミが増えすぎたためだ。オオカミを殺してほしい』というような要請がしばしば寄せられる。
 「ところが、ムースの死骸付近に落ちているフンの中の毛をDNA鑑定してみると、ハイイログマが生後1週間以内のムースの幼獣を捕食していることがわかったのです」
 原住民はオオカミを殺したがるが、実際にはハイイログマの捕食による影響が大きいことになる。

 「さらに、ムースの個体数はもともとかなり低いはずなのです。ところが、オオカミの個体数が減少していったためにムースの個体数が増えていたこともわかってきています」
 ムースの2年間生存率は25%程度とかなり低い。また、ムースの重要なエサであるヤナギの低木調査を行ったところ、個体数が増えすぎてエサ不足が発生していることも確認されているそうだ。
 「こうしたモニタリングの結果は、連邦原住民狩猟採集評議会(Federal Subsistence board)に提供され、データに応じて、原住民の狩猟採集活動などに関する規制に変更が加えられます」

 この保護区では、野生生物調査が盛んに行われている一方で、植物のインベントリー作りやモニタリングが遅れているそうだ。植物自体の分布や種構成は、野生生物の生息環境のモニタリングを行う上でも重要である。
 「植物のインベントリー調査を行うため、今年、ヘリコプターを5日間飛ばすための予算を確保しました」
 ただ、動物を対象としたものを含め、モニタリングの予算は非常に厳しい。
 「ムースの定期モニタリングは1980年代後半に開始されましたが、当初は予算が足りず、保護区を半分ずつ2年間かけて調査していました。1990年代に入ってから、ようやく毎年全域を対象に調査することが可能となりました」

 保護区の自然環境に及ぼす影響についていえば、利用者による影響よりも気候変動による影響の方がずっと深刻だ。
 「冬期の気温が華氏-40度から-30度(摂氏に換算すると-40℃から-34.4℃)に上昇し、降雪量も減少している。自然火災発生による被害は全体で年間650万エーカー(約260万ヘクタール)にものぼり、史上最大の面積になりました。保護区内だけでも被害は100万エーカー(約40万ヘクタール)にものぼります」
 アラスカ大学の研究により、湖沼などの水面が縮小していることも明らかになっているそうだ。
 「このような大学の自然資源管理関係のプロジェクトに対しては、保護区も積極的に支援を行っています。調査に必要な移動手段を提供するとともに、研究を担当する学生を臨時職員として雇用し、給与を支給することもあります」
 野生生物局が行っているインベントリー調査やモニタリングなどの基礎的データは、一般的に科学的な論文にはなりにくい。
 「大学との連携により、保護区に関する論文が多数掲載されることで、学会などに情報が提供されるというメリットもあります」
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