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No. アメリカ横断ボランティア紀行(第23話) さよならレッドウッド
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Issued: 2010.01.21
さよならレッドウッド[2]
 「例えば、1970年代まで、ほとんどの公園では一般的な業務を行うパークレンジャーが資源管理を兼務していましたが、それ以降、各公園に資源管理を担う科学の知識を有する職員が雇用され始めたのです」
 つまり、こうした波の中で採用された最初の「科学レンジャー」の一人がテリーさんのような科学者のバックグラウンドを持つ職員なのである。
 こうした政策の転換にこのレッドウッド国立公園が深く関係していたのは驚きだった。

 「レッドウッド国立公園が1968年に設立された時点では、予定されていたレッドウッド原生林はごく一部しか国立公園にできませんでした。材木の価値が高かったため、所有者である材木会社が同意しなかったのです」
 ところが、1978年に大規模な公園区域の拡張が行われた時には、国立公園設立当時まで原生林だった森林のほとんどが伐採されていた。公園として売却してしまう前に、すべての大木を伐採してしまったわけだ。これは、公園予定地の原生林が伐採されてしまったというばかりではなく、下流に位置する国立公園に浸食土砂が流入することによって、国立公園内の生態系が甚大な被害を受けるという結果を招いた。
 「この事実は全米に大きな衝撃をもたらしました。このため、1978年のレッドウッド国立公園拡張のための法律には、1916年の国立公園局設置法の改正も含まれていました」
 一公園の区域変更のための法律としては極めて異例な内容といえる。
 「その内容は、『今後は、公園内の資源を損なってはならない』という規定です。レッドウッドの貴重な原生林を守れなかった反省から、国立公園システム全体の資源保護政策もついに大きく転換することを余儀なくされました」

 “後悔先に立たず”はいずれの国でも同じことだが、アメリカの連邦政府はその失敗を率直に認め、その改善を法律に定めた。過ちを二度と起こさないための枠組みが政治主導でしっかり作られたのだ。
 目次
もうひとつの戦い
政治と国立公園局の資源管理
レッドウッド国立公園における利用者管理
資源管理部門のこれから
太平洋・西部地域事務所の取組
もうひとつの戦い
 もちろん、法律ができればアメリカの国立公園の管理方針がすぐ変わるわけではない。制度や方針が変われば、それまで持っていた「既得権」を制限されるグループも必ず出てくる。

 「この後に待ち構えていたのは、全米ライフル協会との法廷闘争でした」
 1978年、国立公園局は、法律改正を受けた形で、国立公園システムのひとつである国立レクリエーション地域(NRA)内での狩猟(スポーツハンティング)を禁止した。これに対し、全米ライフル協会が、国立公園局を相手に訴えを起こした。この訴訟は、「保全(conservation)」という概念に、「狩猟」という行為が含まれるかどうか、という論争に発展した。国立公園局の設置根拠となる1916年の組織法には、目的の中に“conserve”(保全)が盛り込まれており、ライフル協会の訴訟は、「『持続可能』な狩猟はその範疇である」という主張である。

 「国立公園局は、『保全は公園の資源を守ることを意味している。狩猟は認められない』と主張しました」
 これに対しライフル協会は、「狩猟は資源の賢明な利用(wise use)のひとつであり、公園内での狩猟は認められるべきである」として、意見が真っ向から対立した。
 「この論争は、『ライフル協会とPotter【5】との闘い』といわれました」

 結局、判決によって国立公園局の主張が認められ、この論争は決着した。
 「これは、ライフル協会というアメリカの巨大な利権団体に対する勝利であり、非常に大きな意味を持っていました」
 この論争は、単に古くからの利権を取り除くことに成功しただけではなく、全米の世論にも変化をもたらした。つまり、国立公園システムでは、レクリエーションを目的とする公園地も含め、「自然を守り、伝えていくこと」が最優先されるという考え方が米国民に定着したのだ。

 世界ではじめて国立公園をつくったアメリカですら、狩猟、伐採などのいわゆる消費的利用(consumptive use)の排除が実現したのは、ほんの20〜30年前ということになる。それも、レッドウッドの原生林伐採という大きな代償を払った上でのことだった。

【5】 Potter
当時の内務次官補(Assistant secretary of the Department of Interior)。内務次官補は、アメリカ連邦政府の政治任用職員(ポリティカルアポインティー)で、内務長官 Secretary of the Interiorを補佐し、実質的に政策を実行する政府の要職である。
政治と国立公園局の資源管理
 「資源管理政策は、その時々の大統領により大きく左右されます。例えば、ジミー・カーター(元大統領 1977年〜1981年)は、アラスカに多くの保護区を誕生させました。また、レッドウッドの区域拡張を進めたのも彼の時代だったのです」
 レーガン政権(1981年〜1989年)になってからは、その政策が大きく変化し、環境関係の政策は大きく後退したという。
 「レーガン政権は、環境保全に関する法制度を『少し違った方法』で運用しました。例えば、EPA(環境保護庁)の取締部門が廃止されたのもその時代です」

 一方、地元選出の政治家も、国立公園設立に大きな役割を果たしている。
 「サンフランシスコ周辺のポイントレイズ国立海岸、ゴールデンゲート国立レクリエーション地域などの設立は、地元選出の連邦議会議員の活躍によるものです」

 レッドウッド国立公園の設立(1968年)と拡張(1978年)を実現するために、多くのNGOやジャーナリスト、環境保護団体が奔走したのもこの頃のことだ【6】。レッドウッド国立公園設立の契機となった原生林の伐採は、巧妙かつ大規模に進められていた。伐採会社は、道路沿いだけは伐採せずに原生林を残す。このため、通常一般の人々からは伐採現場が見えない。
 「市民は、『目に見えないものは気にしない』ものなのです。原生林が根こそぎなくなってしまっていても、私有地に入ってまでそれを見る人はいません」
 そこで、地元の環境保護活動家は、危険を冒して伐採現場に侵入し、写真を撮って公表した。
 「この写真は全米に大きな反響を呼び起こしました」
 この盛り上がりを受け、地元有志が政府や議会に対する積極的なロビー活動を行った結果、国立公園の設立と拡張が実現した。

【6】 レッドウッド国立公園の設立と拡張に奔走した人たち
第11話「レッドウッド国立州立公園到着」最後の参考資料参照
レッドウッド国立公園における利用者管理
 最初の研修地であるマンモスケイブ国立公園の利用者数は年間200万人弱。ところが、レッドウッド国立公園の利用者数は50万人弱だ。公園面積はマンモスケイブ(21,000ヘクタール)の倍以上(45,500ヘクタール)あるのに、利用者数は4分の1しかない。

 「オートキャンプサイトなど、レッドウッドのビジターサービス施設の多くは国立公園区域内ではなく、隣接する州立公園内に設置されています。現在のレッドウッド原生林を保存していくためには、50万人程度の利用者数が妥当であり、これ以上利用施設を作って利用者数を増やすとレッドウッドの自然が損なわれてしまうと考えています」
 レッドウッド国立公園は、古い時代に設立された州立公園部分をつなぐ形で設立されており、主な利用拠点は州立公園内にある。国立公園にも利用施設はあるものの、あまり利用を進める方針はとっていない。実際、この年の1月に国立公園内唯一のオートキャンプ場を閉鎖している。

 「オートキャンプ場の利用者により、海岸植生に悪影響が生じていたことが最も大きな理由です」
 レッドウッド国立公園は無料公園であり入り口に料金ゲートがない。料金は、州立公園内にある特定のキャンプ場などの入り口で徴収されるだけで、基本的には無料だ。その分、レンジャープログラムなどのビジターサービスは少なく、駐車場などの施設も必要最低限の規模だ。
 「ここは、もともとそれほど多くの利用者があるわけではありません。国立公園の設立経緯からしても、自然資源の保護を優先した、新しいタイプの公園と考えることができると思います」

 これまで、アメリカの国立公園は、すばらしい景観美と、充実した施設とビジターサービスにより多くのビジターを集めてきた。レッドウッドは、このような伝統的な国立公園とは一線を画す、新しいタイプの国立公園であり、そうした管理方針が明確に打ち立てられている。

資源管理部門のこれから
 最後に、私たちが所属していた資源管理・科学部門について伺ってみた。この部署は、国立公園内の自然や文化に関する調査、モニタリングをした上で、外来種除去などの対策を行っている。植物、魚類、地質などの専門家がたくさんいて、国立公園の管理組織の中でも特にユニークな部署だ。

 「資源管理・科学部門についても、現在大きな組織改革の検討が進んでいるのです」
 国立公園局では、国家環境政策法(NEPA)の施行に対応する形で、自ら行う建設事業などの環境影響評価手続きを充実させてきた。この制度の運用には、科学的情報に基づく影響評価書の作成が欠かせない。それを担うのが、資源管理・科学部門の専門家達なのだ。
 「経験豊富な職員は、NEPAをはじめとする環境法規等遵守(Environmental Compliance)手続き関係の業務に携わることが多くなってきています」
 法遵守といっても単純ではない。まず、事業予定地の自然、文化に関する情報を集め、その事業が妥当なものかどうか判断し、レポートを作成しなければならない。その際、不足しているデータは追加調査をしなければならない。私たちが従事したトレイルの現況調査【7】も、こうした追加調査のひとつだった。
 この報告書をまとめ、事業部局と事業内容の調整や助言を行う。また、パブリックコメントを行う前には公園管理事務所内での合意もとりつけなければならない。パブリックコメントの意見のとりまとめ、対応、さらに必要な場合には事業後のモニタリング調査なども行う。
 「おそらく、この資源管理・科学部は、大きく法遵守部門と、資源管理・科学部門に分かれることになります。今後の国立公園管理業務では、環境影響評価などのパブリックインボルブメントに関連する業務がますます重要になってくると思われるからです」

 一方、リエゾンと呼ばれる、複数の部署にまたがる連絡調整職員のポストは削減されてしまうそうだ。
 「こうしたポストは、組織の合理化の際に真っ先に削減されてしまう傾向にあるのですが、実際は組織にとってとても重要な役割を果たしているのです」
 オペレーションセンターにも、取締部門、メンテナンス部門などの職員が詰めており、日常的に連絡調整が行われているが、こうした職員がいなくなってしまうと、業務が滞ってしまうことにもなりかねない。

【7】 私たちが従事したトレイルの現況調査
第13話「レッドウッドのボランティア(野生生物編)」
太平洋・西部地域事務所の取組
【図4】国立公園地域事務所管轄地域図

 「ところで、国立公園局では、『新しいことはいつも太平洋・西部地域事務所から始まる』と言われているのを知っていますか? このレッドウッドの所属する太平洋・西部地域事務所は、いつも新しいことに真っ先に挑戦するのです」
 太平洋・西部地域事務所は、国立公園局の7つの地域事務所【8】のひとつで、ハワイ諸島から米国西海岸までの区域を管轄している。管轄区域にはヨセミテ、デスバレー、オリンピックなどの有名な国立公園を抱えている【図5】。
【8】 7つの地域事務所
アラスカ地域、中西部地域、山岳部地域、太平洋及び西部地域、北東部地域、首都地域、南東部地域の7箇所(図4)
【図5】太平洋西部地域ネットワーク区域図

 「この地域事務所では、『バイタルサインモニタリングネットワーク』を、モニタリングだけではなく、公園の管理を行う際のネットワークとして活用しています。
 『バイタルサインモニタリングネットワーク』とは、国立公園システムのモニタリングを行うために設けられた地域区分のこと。全米を32の生物地理学的な(biogeographical)区分に分けている【図6】。
【図6】全米バイタルモニタリングネットワーク区域図

 モニタリングの実施には相当な予算と人員が必要だ。ビジターサービスやメンテナンスと異なり、必要な予算や人員は公園面積によって決まるのではなく、調査項目に依存している。このため、公園自体は小さくても、自然資源の特徴によっては大きな公園並みの体制が必要になる可能性もある。こうした課題を解決し、小規模な公園でのモニタリングを支援するため、各ネットワーク内の主要な公園がモニタリングセンターとしての役割を担っています」
 モニタリングを支援するために設置されたのが全米32のネットワークだ。
 モニタリングセンターはネットワーク内の大公園内に設置されていることが多く、レッドウッドは、「太平洋北部海岸及びカスケード地域ネットワーク」の拠点公園として機能している【図7】。
 マンモスケイブ国立公園にはカンバーランド・ペドモント(Cumberland Piedmont)ネットワークのオフィスが設置されていた【9】
【図7】クラマス地域ネットワーク内公園地 位置図

【9】 カンバーランド・ペドモント(Cumberland Piedmont)ネットワークのオフィスが設置されているマンモスケイブ国立公園
第7話「さよならマンモスケイブ(その1)」米国南東部一帯の広葉樹林地域ネットワーク
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