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環境を巡る最新の動きや特定のテーマを取り上げ(ピックアップ)て、取材を行い記事としてわかりやすくご紹介しています。

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No.180

アメリカ横断ボランティア紀行(第26話)
大陸横断(デンバー)

Issued: 2010.07.15

大陸横断(デンバー)[2]

メリーランド州石油流出事故と保全イーズメント

 2000年4月に石油14万ガロン(約53万リットル)が流出する事故がメリーランド州で発生した。500羽以上のアカオタテガモが犠牲になり、事故を起こしたPepco社は、補償としてカモの繁殖地域保護を行うことに合意した。
 「この補償は、事故が発生したメリーランド州ではなく、ノースダコタ州のイーズメント費用に充てられたのです」
 事故現場での対策と繁殖地での対策費用を比較し、より効率の高い方が選ばれたのだ。
 「これにより、犠牲になったカモよりもはるかに多くのアカオタテガモやその他のガンカモ類が保護されることになりました」
 この事例を見ると、イーズメントという制度は、生息地の代償ミティゲーションのツールとしても有効なことがわかる。具体的な対策費用が算出しやすく、被害総額との比較が容易である。
 「補償交渉の過程では、これまでのモニタリングデータが大きな威力を発揮しました」
 被害総額の算定根拠となる死亡個体数や、それを回復するための対策とその効果などの推定に、保護増殖対策のデータが大きな効果を発揮することは容易に想像できる。ただ、ここでも「数が増えればいいのか」という単純な疑問が残る。海岸の環境も渡りルートの重要な経由地として重要なはずである。他の生物に対する被害対策が考慮されていないことも気になる。
 ガンカモ類の繁殖促進を効果的に行うイーズメントと捕食者対策。政策目的を達成するための制度としてはすばらしいが、何かひっかかるものも残る。次のワシントンDCでの本部研修では、ぜひこうした野生生物行政の背景や組織としての方針を明らかにしたいと思った。

国立公園局デンバーサービスセンター

 デンバー滞在最終日に訪れたのが、デンバーサービスセンター(Denver Service Center: DSC)だ。このセンターは、国立公園局の事業計画や施設建設計画などを立案するナショナルセンターであり、大きく施設(facility)部門と計画(planning)部門から構成される。前者は、全国の国立公園ユニット内の施設設計などを行い、後者は各公園ユニット管理の基準となる総合管理計画(General Management Plan: GMP)【3】等の計画を担当している。このGMPについては、自然資源プログラムセンター同様、計画予算を一括して要求し、配分された予算を公園に配分する。これにより、各公園の予算事情に左右されない形で、より長期的な計画を立案することが可能となる。
 また、計画部門は、VERP(Visitor Experience and Resource Protection)【4】に基づく、公園ごとの実情に合った利用者管理の手法、及び施設部門での大規模建築物設計などにも取り組んでいる。

デンバーサービスセンター
デンバーサービスセンター

 インタビューで困ったのは、いつものような担当職員との1対1のインタビューではなく、テーマによって複数の担当が入れ替わりで対応する形式となったことだった。それも、アポイントを申し込む際に使用した英語の肩書き(Assistant Director)を誤解して、かなりの役職の人間が訪問すると勘違いしていた節がある。当然ながら先方の説明内容も多岐にわたり、また質疑の質も高い。これまでのカジュアルなインタビューに慣れていた私たちにはかなり厳しい内容となった。


VERPの背景

 VERPは、森林局のLAC(Limit of Acceptable Change)をもとに開発された、自然環境の収容力と利用環境を両立するための計画手法である。
 「LACは、自然資源の質や面積などから直接人数制限を算出するものなのですが、VERPは利用者の満足度など、社会科学的な要素も含めて利用容量を検討するものです」
 「言い換えれば、立ち入りを防止するだけではなく、どのようにビジターを誘導するのか、受入れのためにどのような施設を作るかということが重要な計画の要素になるということです」
 いくら利用者数を限定しても、利用者誘導や施設がうまく設置されていなければ、自然資源へのダメージは大きくなる。反対に、駐車場や展望台などの施設が適切に設置されれば、許容できる人数は増えることもある。
 VERPの基本的なコンセプトは、「国立公園などビジターの主要目的がレクリエーションである場合には、自然が本来もつ容量とともに人間の感覚を重視すべきである」との考え方に基づいている。
 LACが、基本的にウィルダネス地域への適用を念頭において構成されているのに対し、VERPはレクリエーション目的の利用者が訪問するような場所を対象としている。
 「VERPでは、まず、その地域の『あるべき姿』を明確にすることが求められます。目標を明確化することにより、管理のオプションが明らかになるのです」

 国立公園における管理オプションは、(1)人数制限、(2)行動様式の管理(behavior management)、(3)誘導(distribution management)などがある。これらをうまく組み合わせて、利用者にも満足できる範囲で規制を行い、自然を守る。そのためには、明確な目標像が共有されている必要がある。
 「国民からは、それぞれの公園について明確な利用者数上限を求めるべきとの声が強いのです」
 VERPは、もともと公園全体というよりは、主要な利用拠点について利用者数の上限を明らかにするものだ。例えば、ヨセミテ公園で実際にVERPの手法により策定されたマーセド川原生河川管理計画【5】は、河川の利用区域のみに関する計画である。ところが、こうした区域限定の計画でもいろいろ問題が生じている。

ヨセミテ国立公園を流れるマーセド川とハーフドーム
ヨセミテ国立公園を流れるマーセド川とハーフドーム

 「いったん数値目標を定めてしまうと、とかくその数字にこだわり過ぎる傾向があるのです。数値を計算することはそれほど難しいことではないのですが、それだけで管理が適切に行われるわけではありません」
 「また、明確な数値を打ち出すことによって意見の対立が明らかになってしまうことも多いのです」
 「そのため、公園の総合管理計画書(GMP)に、利用者数上限などの数値目標や基準を含めたがらない傾向があります」
 法律では、GMPに利用容量に関する具体的な数値を盛り込むことが求められているのだが、実際にはVERPの計画手法を用いて数値を計画に盛り込んでいる公園はまだ少ないという。
 VERPにより利用上限が定められた公園もしくは利用拠点は、利用者数や利用状況をモニタリングし、ある一定の基準を超えた場合に適切な措置(利用者を分離させる、入場を制限するなど)を講じる。
 「利用人数に応じて利用を制限するだけではなく、掲示板、注意標識によりビジターの行動を変化させることも効果的です」
 つまり、比較的空いている施設に利用者を誘導することで、利用者を平準化する。
 「単に、人数が多いから立ち入りを制限するのではなく、利用状況全体を総合的に管理することが重要なのです」
 場合によっては、利用者が過度に集中する既存の施設を撤去して利用圧を低減することもあるそうだ。

 「GMPに限らず、近年政府は、計測可能な指標を計画の中に定めるよう要求しています」
 その代表的な取り組みが、政策目標を数値化する「ストラテジックプランニング(戦略計画)」だ【6】。これは行政機関の政策目標を、5カ年間の政策目標を含む計画として数値化するというものである。目標を数値化するという点ではVERPに似ているが、VERPが実施段階の計画(implementation plan)に数値的な目安を提供するのに対し、戦略計画は計画立案段階における目標設定といえる。

 「ただ、利用者満足度などについては双方に共通化する指標といえます。それにより管理水準の目標水準とモニタリングが可能になります」
 ここで問題になるのは、個別の公園について数値化された目標が設定されていないのにもかかわらず、国立公園局の所属する内務省の全体のストラテジックプランでは、各政策目標がすべて数値化されてしまっているということだ。
 「積み重ねではなく、政策目標だけがトップダウンで数値化されてしまっているのです」
 言い換えれば、政策に関するストラテジックプランニングのプロセスだけが宙に浮いていることになる。

 もう一点は、予算の確保に関する点だ。各公園ユニットの最上位計画であるGMPの予算は、自然資源プログラムセンター同様、このDSCを通じて配分されるため、予算は必ず確保される。これに対して、その下位計画となる個別利用拠点の利用計画については、独自予算から捻出する必要がある。そのため、下位計画は比較的予算のかからない従来の方法で立案されることが多い。そうすると、どうしても、トップダウンで立案されたGMPの理想が利用計画に反映されにくく、大きなギャップが生まれてしまう。また、肝心のGMPの実施が進まないだけではなく、それをモニターするための数値指標の設定も困難になる。
 さらに、数値化された指標や基準は、計画策定当時の実情に合わせたものになっているため、時間が経つにつれて誤差も大きくなる。個別の利用計画の実施状況に関する正確なモニタリング結果に基づく見直しが行われない限り、長期計画には不向きである。

 計画や目標の数値化は、私の研修テーマの中でも重要な柱の一つでもあるのだが、意外なところでおもしろいお話を聞くことができた。

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