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No.201

アメリカ横断ボランティア紀行(第32話)
魚類野生生物局でのボランティア開始

Issued: 2011.12.13

魚類野生生物局でのボランティア開始[2]

経済課インタビュー

 ピーターさんは、業務の合間に局内のキーパーソンとの面会の機会を設けてくれた。初めてのインタビューは、経済課課長のシャボノーさん(Dr. John Charbonneau)だった。

 FWSでは、野生生物保護区指定による地域社会への経済的な利益などを評価する取り組みを行っている。日本でも、ちょうど公共事業の事業評価としてB/C(費用便益評価)の導入が大きな課題となっていた。
 FWSでは、既に「野生生物保護区指定による地域社会への経済的な利益(Banking on Nature: The Economic Benefit to Local Communities of National Wildlife Refuge)」、「水力発電プロジェクトの再承認に関する経済的分析:ガイドラインと代替案(Economic Analysis for Hydropower Project Relicensing: Guidance and Alternative Methods)」などを発表し、政策決定に経済的な視点を組み込んでいた。前者は野生生物保護区の経済的効果分析の概要をとりまとめたものであり、後者は野生生物局が通常用いている経済分析の手法が記載されている。
 「経済課では、特に重要な生息地にかかる費用(Critical habitat cost)、自然資源に対する被害の評価(Claim natural resource damage evaluation)、規制的措置導入の際の経済的評価などの業務を行っています」
 自然資源に関する経済的な評価は、次の2つの価値を論理的に推定することにより行われるという。
 1)復旧のための費用
 2)消費者余剰、生産者余剰

 「例えば、連邦議会に提出された法案による経済的な影響が、1年間当り100万ドルを超える場合、その他OMB(行政管理予算局)により重要案件と判断されたものは、連邦議会において30日間の審議期間が設けられます。これは通称『100万ドルルール』と呼ばれます」
 野生生物保護区の指定は、例えば、ガンカモ類の飛来地となるウェットランドなどを保護区として指定するような場合には、そうした湿地自体の経済的な価値は小さく、むしろ保護区を指定する方が利益の方が大きいことが多いので 経済的な負の影響は小さいが、重要な野生生物生息地(critical wildlife habitat)の指定などについては、保護区の指定により損なわれる機会費用が大きくなることも少なくなく、しばしば審議の対象となるという。
 「例えば、フロリダ州のマナティーの生息地などがそういうケースにあたります。野生生物保護区は政治的に重要視される場合が多く、結果的にはFWS関係の案件は他の案件に比較して注目度が高く重要案件とされることが多いのです。また、CCP(Comprehensive Conservation Plan: 国立野生生物保護区の総合管理計画書)には、必ず野生生物保護区管理による経済的な影響に関する項目を設けなければなりません。このような理由から、野生生物保護区等の保護区を設ける場合には、それに先立って経済的な分析が行われます」
 なお、FWSの経済課は、1994年にOMBの要求により設置された。それまでも経済課の機能は予算担当部局の一部として存在していたが、OMBが独立した部署の設置を求めてきたという。
 経済的な評価については、なかなか難しく理解できなかったが、こうしたことにしっかり取り組んでいることが印象的だった。

科学プログラムに関するインタビュー

 次にピーターさんが設定してくれたのが、科学プログラムに関するインタビューの機会。FWSの副科学担当アドバイザーのビル・ナップさんだ。原子力生物学者(Atomic Energy Ecologist)としてFWSに採用されて以来、32年間の勤務経験がある、とても偉い方だ。1985年に絶滅危惧種課の課長となり、その後現職に就任した。
 「魚類野生生物局における『科学』プログラムについて話をするには、10年前、魚類野生生物局本局に所属していた研究者が全員米国地質調査局(USGS)に配置換えされてしまったことから始めなければならないでしょう」
 当時の政権により、政府機関に散在していた科学者を、一元的にUSGSに集めてしまったのだ。
 「魚類野生生物局は科学的知見を失ってしまっただけではなく、科学的な学会や一般の研究者などとの接点も失ってしまいました」
 つまり、魚類野生生物局は、科学というツール、能力、そして接点を同時に失ってしまったことになる。
 「科学が重要なのはワシントンDCではなく、現場です。現地職員の役割は、地元住民などに対して正確な科学的な知見を提供することです。本来のDC本部の役割はそのために必要なお金をかき集めることなのです」
 こうした予算はなかなか認められないそうだ。

 一方、魚類野生生物局には様々な課題が山積しているという。
 「FWSの将来的な課題は、気候変動、外来種、及び遺伝子組換え生物だと考えています。これらの課題はいずれも困難で、科学分野の強化が必要です。気候変動の影響では、存在する種の40%が生存できないおそれがあるといわれています。遺伝子組換え魚類の環境導入の恐れがある一方で、遺伝子組換えの保全分野への応用の可能性もあり、いずれにしてもこれから急成長する分野です」
 保全分野では、科学、倫理、政策の3つがどのようにバランスをとっていくか、まだ答えが得られていないという。
 「優れた科学的知見があっても、それを行政官が生かしきれない、予算が不足して政策を実施できない、社会的な倫理観が成熟していないなど、科学の成果を十分生かしきれる状況には至っていません」

 インタビューが終了してから、ピーターさんから以下のようなお話をうかがった。
 「魚類野生生物局の科学部門がUSGSに統合されて以降、組織の科学的なレベルが著しく低下しました。その結果、特に現場でいくつかの致命的な過ちを犯してしまいました。市民の信頼も失墜してしまっています。魚類野生生物局の科学的なレベルを回復することにより、このような状況を打開しなければならないということが、このイニシアティブ を提案するもっとも大きな理由になっています」
 またその一方で、魚類野生生物局の内部には、今回の科学分野へのてこ入れは、現在の共和党政権が、科学を政治的に利用するためのもの手段ではないか、と懸念する声 もあるという。
 「いずれにしても、魚類野生生物局の科学的な能力の低下は今後も大きく尾を引くでしょう」

テイコさん

内務省魚類野生生物局の予算要求書「グリーンブック」
内務省魚類野生生物局の予算要求書「グリーンブック」

 テイコさんは日系アメリカ人で、FWSの幹部を構成する長官補の一人だ。長官補は特別職であり、日本の役所で言えば「局長級」といわれる人たちだ。連邦議会と関係する仕事も多く、連日ワシントンDC市内にある内務省とFWSとを往復している。
 「はじめましてミスタースズキ。私は“ニッケイ”です。日本語は話せませんが、ぜひ今度ゆっくり話を聞かせてください」
 いつもニコニコしながら声をかけてくれる。

 テイコさんは、FWS国際部門の予算取りまとめの総責任者でもある。これまで、国立公園局の予算書を少し読んだことはあったが、難しくてよくわからなかった。せっかくなので、予算書について教えてもらうことにした。
 米国政府機関の予算要求書には、次年度の予算要求内容だけではなく、これまでの事業の成果などについても十分な記述がある。アメリカの要求書はそれ自体が組織の業務説明書を兼ねているように見える。そのため分量も半端ではない。その一方で、日本のような細かな積算資料はついていないため、細かい事業内容まではわからない。むしろ、組織の全体像を把握するのに適した資料といえる。
 「FWSの予算を学びたいんですが」
 テイコさんの事務所を訪ね、さっそく相談してみた。この日もテイコさんは内務省での折衝に向けて忙しそうに準備作業をしていた。
 「まずは、グリーンブックを読んでみたらどうかしら」
 それがテイコさんからの提案だった。グリーンブックとはFWS全体の予算要求書の通称で、名のとおり薄黄緑色の表紙がついている。ご本人はいつも忙しそうなので、読み進めていきながら、わからないことを聞いてみることにする。

 こうして、時間が空いているときは、その分厚い予算書を読んでみることにした。重要そうな表を英語でエクセルに入力し、その上で日本語に翻訳する。予算の概要についてもあわせて翻訳しておく。疑問点には付箋を付けておいて、まとめて質問する。幸い、予算書は国立公園局のものよりわかりやすかった。また、少ないものの、予算の内訳も記述されている。
 調べていくうちに、FWSの予算には多くの特別会計が存在しているということがわかった。狩猟切手収入からはじまり、猟銃、弾丸、釣竿、小規模レジャー船舶やその燃料に対する課税などだ。当然ながら特別会計は、一般会計とは異なり、ハンターや釣り人など特定の利用者グループから直接に納付される。連邦政府議会が関与する度合いが小さいため、予算の確保は比較的容易で安定している。その一方で、それらのグループは利益者団体としてFWSに対し強い影響力を行使できるようになるようだ。野生生物保護区で狩猟や釣りが認められていることとも何か関係がありそうだった。

妻のひとこと

ワシントンDCのケネディーセンターにて
ワシントンDCのケネディーセンターにて

 私たちが入居したボランティアアパートは、ボールストンというところにありました。ここは、ワシントンDCからも近い地下鉄の駅を中心としたオフィス街です。アパートもありますが、賃料はいずれも相当高いようでした。
 ここで私が経験したのは、「カルチャーショック」のようなものでした。これまで、ケンタッキー州のマンモスケイブやカリフォルニア州北西部のレッドウッドなどで経験してきた暮らしとは全く正反対のものだったからではないかと思います。
 これまでの2ヵ所では、自然がゆたかで広々としていて、時間もゆっくり流れていました。日本食などは売られていませんでしたが、そのおかげで豆腐や納豆などの作り方を覚え、それなりに楽しかったと思います。
 ボールストンに来てみると、何でもそろっていました。車で20分ほども走れば韓国系のスーパーがあり、納豆も豆腐も味噌も売られていました。日本と同じネギやごぼうもありましたし、大西洋産ですがサバもありました。日本のラーメンもベトナム料理もあります。テレビやラジオの番組はあふれんばかりで、以前のテレビが映らず、ラジオが1局のみという暮らしとは大違いです。
 生活は便利になったのですが、なぜか急に窮屈で忙しくなってしまいました。帰国まで4ヶ月を残すのみでしたのでいいリハビリにはなりましたが、田舎での暮らしがとても懐かしく感じられました。

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記事・写真:鈴木渉(→プロフィール

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