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No.234

Issued: 2015.08.11

名もなき人、名もなき村に新しい光を当てる

―山里の聞き書き―

 何気なく見過ごしてしまう風景も、写真家が切り取ることによってその美しさに気づかされることがある。写真家は、風景の中にひそんでいる美を見出し、それをフレームに入れて提示してくれているのだ。
 そんなふうに、一見平凡な人の人生も、そこに物語を見出し文字にして、額縁に入れることで、そのすばらしさを浮き彫りにして人に、あるいは本人自身に伝えることができる。スポットライトを当てなければ誰も見向きもしないもの。それは、語られなければ消えてなくなってしまう物語でもある。
 地域も同じ。あまたある村の1つに光を当てることで、特別な村になる。「山里やまざとの聞き書き」とは、名もなき人、名もなき村に光を当てる活動である。

あまたある村も、光を当てることで特別な村になる。

名もなき山里人(さとびと)と、名もなき都市人(まちびと)が、今日もまた出会う

 聞き書きとは、誰かの話を聞いて、それをその人の語った語句によって書くこと。たいていは録音して書き起こし、内容を取捨選択したり、語句を整理したりして読みやすくまとめる。聞き取りのスタイルやまとめ方は目的によってさまざまある。
 私が理事長を務める山里文化研究所では、山里(農山漁村地域)での聞き書き活動を2008年から行い、これまで、岐阜県、愛知県、長野県のいくつかの地域でその書籍を刊行してきた。
 そのスタイルは以下の通りで、これを「山里の聞き書き」活動と呼んでいる。
[1] 小さな地域(人口千人ぐらいの村や地域である場合が多い)で10〜15人ぐらいの話し手を選ぶ。
[2] 同じ人数の聞き手を集める。よそもの、若者がよい。プロのライターではない。
[3] 一対一で各自聞き取りをし、各自作品を作る。
[4] その10〜15篇を集めて本を刊行する。多くの場合、200〜250頁、500部程度。その際、発表会を行う。


山里人とヨソモノの対話の記録

 「山里の知恵を記録している」「お年寄りから話を聞いて書いている」と思われがちだが、本来の趣旨はそうではない。人がどのように自然を利用し、それを糧にして生きてきたかを聞くことがテーマだ。自然とかかわる術を持っている人を探すと、おのずと70代以上の人が主になり、結果としてお年寄りの聞き書きになってしまう。
 また、話し手には、元校長先生や郷土史家など「物知り」な人よりも、「普通」の人を選ぶ。「何も話すことはない」としきりに言われる人たちの話を、録音してじっくり聞いていると、どんな人の人生にも敬うべきところがあることに気づく。逆に、敬う気持ちがなければ話は聞けない。そして、厳しい自然の中に資源を見出して強く生きる姿に心が動かされる。心動かされる聞き手を見て、話し手である山里の人は「こんな話に感心するのか」と驚く。互いの異文化体験と心の交流が活動の醍醐味である。
 山里の聞き書きは、文化の記録ではなく、山里の人とヨソモノの対話の記録。ヨソモノが何を学び何に心を動かされたかが、作品として書き残されるのである。

山里人の話をヨソモノである都会人が聞き、心動かされる。互いの異文化体験と心の交流が活動の醍醐味だ。


都市の若者は山里とのつながりを求めている

 初めて活動を立ち上げたときには、地域の文化を地域の人の手で記録するということを考えていた。聞き手を募集してみると、集まったのは名古屋市や岐阜市など都市の人ばかり。地元であってもIターン者や若い人である。彼らが求めているのは記録することより、山里に触れることだった。都市にいて、山里の人と話したくてもきっかけがない。聞き書きは山里に行く理由になるし、行く場所がはっきりする。
 一方、一つの地域の話を15人程度で書き取ることで、それを集めた聞き書き集は「地域を書いた本」となる。小地域に15人のヨソモノが同時に入ること、地域の15人の物語の本ができることは、地域にとっては大きなインパクトがある。
 聞き書きは記録というよりは学びであり、人と人とのふれあいであり、地域づくりのきっかけになる。それがわかり、2回目からは、広く全国の人に活動参加を呼びかけた。遠く大阪、東京、福岡、岡山からも聞き手が集まった。活動の趣旨も、文化の記録ではなく、学びと交流になった。

本を作ることでお話へのお返しをする

聞き書きでは、作品を必ず書籍にして刊行している。
聞き書きでは、作品を必ず書籍にして刊行している。

 聞き書き活動をするグループは多々あると思うが、私たちの活動の一番の特徴は「必ず本を作る」ことだ。地味な表紙の報告書ではなく、書店に並べてもそう違和感のない、きれいな表紙の、本らしい本。気前よく無料配布する地味な報告書ではない。聞き書き活動の一応のゴールである本は、話し手と聞き手の「晴れ舞台」。地域の人も「わが村の本」として愛着を持てる。なにより、タダで話を聞かせていただく聞き手側としては、本を作ってお渡しすることしかお返しの方法を思いつかないのである。話し手に謝礼のお金を払おうとすると頑として断られるし、逆に傷つけてしまう場合もある。
 本が刊行され村に出回ると、村人たちは嬉々としてその本を読む。自分とさほど変わらない村人が語る暮らしは改めて読んでみるとドラマティックで、その背後にある村は、なぜかきらめきに満ちている。今まで取るに足らないと思っていたものが、実は宝であることに改めて気づき、村には何にもない…こともない、と思うようになる。そして、村に残ってずっと暮らしてきたことを肯定できるようになる。
 最近、小さな村が、地域づくりの第一歩として、村の誇りを創出することを意識して、山里の聞き書きの本を作るようになってきている。また、長野県木祖村では中学生全員に書籍を配布し、地域の暮らしを伝えようとしている。

どんな村でも輝く村になる

 最初の活動は、それまですでに地域の人と一緒に味噌造りや棚田の石積み、炭焼きなどの講座をやってきた岐阜県恵那市北部の地域で実施した。その後、水をテーマに、矢作川の源流地域で2回目を行い、3回目は再び恵那市北部で、1回目を深める形で行った。
 その次は、川の行き着いた先ともいえる三河湾の篠島で、次に再び遡って木曽川源流の長野県木祖村で聞き書きをした。そんなところには、今もまだ自然の中に資源を見出し、利用して、恵みをストレートに受け取りながら暮らしている人がたくさんいる。昔の話ではなく、今の話として、自然とかかわる態度を学ぶことができる。そういう魅力があるから、活動をさせてほしいとお願いした。最近は地域からのアプローチによって、そこで活動するケースが出てきている。
 私個人としては聞き書きをするときあまり人を選ばない。誰でも光輝くものを持っていることを疑わないからだ。同様に、基本的にはどの地域でも聞き書きをする価値があると思っている。光を当てれば浮かび上がると思う。が、地域の側からアプローチがなければ、よほどの魅力がない限り素通りしてしまうことが多いのは仕方がない。つまり、地域の側に、自分たちのことを書いてほしいという熱がなければ、光は当たりにくいだろう。

実際に聞き書きをするために

 書き手はプロのライターではなく、人の話を改まって聞きに行くという体験もしたことがない人が多い。そこで、活動のキックオフも兼ねて、最初に1泊2日の聞き書き塾を行っている。インタビューの実習、書き起こしの実習、文書をまとめる実習があり、地域の人の案内で集落を見て歩くこともする。夜は懇親会を行う。聞き方や風景の観察の仕方については、しっかり時間を取って説明している。この合宿で、聞き書きのノウハウを知るだけでなく、聞き手同志が仲良くなる。ここで楽しい体験を共有することが、その後の各自の聞き書きのモチベーションに大きく影響する。また、誰のところに聞きに行くかは、このときに聞き手の希望によって決める。
 その後、各自自由に話し手を訪れて聞き取りをし、作品を作る。その間、メーリングリストで報告をし合い、モチベーションを保つようにする。事務局側はひたすら見守り、励ます。途中で1回集まってお互いの作品を読み合い、勉強会をする。最終的に原稿ができるのは5カ月後ぐらい。レイアウトして本が完成するのは約7カ月後である。
 聞き取り回数は決まっていないが、通常3回ぐらいである。1回目で打ち解け、どんな話が聞けそうか探る。2回目にしっかり聞き、3回目は補足的に聞く。回数を重ねて聞けば聞くほど深い話が聞けるだろうが、超一流の文学作品を書く活動ではないので、あまり理想を高くしすぎず、誰でも参加できることを目指している。2回、3回でも薄っぺらいということはなく、みんなちゃんとコミュニケーションを取っていい話を聞いていると思う。

実際に地域に入って話を聞く前に、1泊2日の「聞き書き塾」を開催して、聞き書きの方法を習い、懇親を深める。

名人に高校生が聞く「聞き書き甲子園」

 毎年、全国の100人の高校生が、森や海や川を糧に生きる100人の名人の聞き書きをする「聞き書き甲子園」(NPO法人共存の森ネットワークによる)という活動がある。山里文化研究所では、当初、その活動をプロデュースした澁澤寿一氏や、そこで高校生たちに聞き書きを指導し、聞き書き作家でもある塩野米松氏に教えを受けたこともあり、聞き書きの精神は引き継いでいると思っている。
 聞き書き甲子園と私たちの「山里の聞き書き」との違いは、聞き書き甲子園が「全国の名人」を対象にしているのに対して、私たちが「地域」を対象にしていることである。さらには、私たちは本を作ることが重要な到達点となっていることだ。どちらも、情報収集や調査ではなく、学びの活動であり、話し手と聞き手の対話や聞き書きのプロセス自体が主目的であることは共通している。

ご当地本として

 これまで刊行したのはすべて自費出版である。地域が費用を出したものと、山里文化研究所が費用を出したものがある。助成金を受けたものもある。500冊印刷してすべて売れれば印刷費(レイアウト費含む)は捻出できる。また、聞き手からは参加費をもらう。
 本を買う人の大部分が地元の人だ。現在は文字主体の本なので、爆発的に売れるようなことは期待できない。ただ、作り方によってはもう少し部数を増やして一般受けするものにできる可能性もあるだろう。
 そもそも、本という媒体自体が売れない時代になっている。ネットによる配信や電子出版の可能性もある。印刷媒体にどこまでこだわるかは今後の課題である。要は、話し手と聞き手の晴れ舞台をどう用意するか、話し手への「お返し」をどうするかということになる。

都市山村交流の中で、学ぶ喜び、学ばれる喜び

 聞き書き活動を始めたとき、1つの分岐点があった。参加者(聞き手)を募って書いてもらうと、やはり素人なので、本として大勢の人に発表するに耐えるものができてこない。聞き手によってどうしても凸凹ができる。それを本にしようとすると、事務局側に負担がかかり過ぎる。ならば、書くことを得意とする少数精鋭のメンバーでサクサクと本を作ってしまう方がいいのではないかという話が出たのだ。しかし、それではかかわる人数が少なすぎるという点で、受け入れ側としてもつまらないだろうし、何よりもこれは聞き手が学ぶというところに意義があるのではないか。結局私たちは、負担は大きいけれど、みんなで書くことを選んだ。聞くことは簡単でも、書くことは大変だ。けれど聞くだけでなく書くことで学びが増幅する。その学びの活動を、一部の特殊な人だけでなく、誰もが参加できるものにしたかった。
 もともと山里文化研究所は、都市住民が山里に学ぶ場づくりをしていこうとしていた。都市の多くの人が自然とのかかわりを失い、自然の存在を忘れた暮らしをしている。しかし人間の本来のあり方はそうではなかったということに気づいてもらうことが活動の喜びになっていた。そして、学ぼうとする都市の人に刺激されて、山里の人こそが山里の価値を堂々と語るようにしたいと思っていた。
 山里の聞き書きは、そういう学びの場の一つとなった。炭焼きや味噌造りよりももっと濃密な関係の中での学びがある。そこでは、知恵や技を身に着けたり知識を得たりする以上に、心が動かされる。人はそれによって考えが影響を受け、行動が変わっていくのである。
 話し手と聞き手が最後に会ってからおよそ2カ月後、本ができ、刊行記念会の日を迎える。そこで再開した話し手と聞き手は、駆け寄って手に手を取り合って再開を喜び合い、頭をくっつけて1冊の本をのぞきこんでいる。特に若い学生たちは、わずか3回ほどしか会っていない話し手に心から親しみを感じ、話し手のやさしさや生きる姿にどんなに心動かされたか、どんなに尊敬しているか、どんなに感謝しているか、語り続ける。感動で泣いてしまう女子もいる。
 山里の聞き書き活動を作る側の喜びは、この姿を見ることにある。

刊行記念会で再会を喜ぶ、聞き手と話し手(鳥取県智頭町・岐阜県恵那市)

刊行記念会で再会を喜ぶ、聞き手と話し手(鳥取県智頭町・岐阜県恵那市)

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記事・写真:清藤奈津子

〜著者プロフィール〜
清藤奈津子(きよふじなつこ)。NPO法人山里文化研究所 理事長。
名古屋市生まれ。大学卒業後、7年間企業に勤め、その後、山里暮らしを求めて岐阜県中津川市に移住。
映像ライターの後、森林ガイド、森林環境教育、植生調査をしながら、2008年にNPO法人山里文化研究所を設立。山里の聞き書き活動を主催事業として行うほか、各地の団体への助言・指導も行っている。