環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを、環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。
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第15講 「Hキョージュのやぶにらみ環境倫理考」
第14講 「BSE愚考、廃家電横流し雑考」
第13講 「都市の生理としての環境問題−花粉症・ヒートアイランド・都市景観」
第12講 「2004新春 環境漫才」
第11講 「浄化槽と下水道 ―浄化槽法20年」
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No. 第14講 「BSE愚考、廃家電横流し雑考」
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Issued: 2004.03.04
H教授の環境行政時評 (第14講 その1)
牛丼挽歌―BSEと食の安全性を考える

Aさん―センセイ、牛丼が食べられなくなっちゃったよお(泣きべそ)。それに鶏も鳥インフルエンザだとかで、やばくなりだしました。ワタシたち何を食べたらいいんですか。

H教授―食の安全性か、考えてみると結構この問題は根が深いんだ。

Aさん―これもやっぱり環境問題なんですか。

H教授―環境省はほとんど関係してないけど、広い意味ではそうだろうね。安井至先生はそのホームページ(http://www.yasuienv.net/)で、環境問題を14の類型に分けておられるけど(「環境問題の変質」1−6)、そのひとつにBSE問題が挙がっているくらいだから。

Aさん―どういう類型に分けておられるんですか。

H教授―(1)水俣型公害問題、(2)交通公害型問題、(3)POPs型問題、(4)日の出町型最終処分地問題、(5)豊島型不法投棄問題、(6)ダイオキシン問題、(7)リサイクル問題、(8)温暖化問題、(9)持続可能先進国型問題、(10)持続可能途上国型問題、(11)RoHS型問題、(12)CSR・EPR問題、(13)BSE型問題、(14)その他の問題に分けて、原因、加害者、被害者、対処法を述べておられる。自然保護とか生物多様性の話は入ってないけど、必読だね。

Aさん―で、センセイはBSEをどういう風に考えてるんですか。

H教授―リスクをどう考えるかということだよね。われわれは絶えざるリスクに晒されている。例えば、今こうして話している5分後に隕石が落ちてくる可能性だって皆無とはいえない。

Aさん―そんなこと考えてたら安心して生きていけないじゃないですか。隕石が落ちてくる可能性なんてほぼ皆無なんだから無視、無視。

H教授―そう、絶無とはいえないけど、ほぼ皆無なリスクは無視というのが現実的には正しい選択だと思うよ。
でも交通事故の死者は年間1万人くらいいる。となるとそのリスクはものすごく大きい。だから社会的にも、個人的にもできるだけリスクを低減させるよう努めなければならない。
こういうおっきなものから無視できるものまで、さまざまなリスクにどう対応しようかという問題だ。

Aさん―同じリスクっていったって、人間活動や事業活動からくるリスクか天災かどうか、それから個人の努力で避けられるリスクかどうかでもリスクの考え方は変わってくるんじゃないですか。

H教授―お、キミも進歩したねえ。

Aさん―バカにしないでください! ワタシだってたまにはリスク学の大家、中西準子先生のホームページ(http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/)くらいは目を通してますから。

H教授―そうか、えらいえらい。
それから、ベネフィットの伴うリスクかどうか、そのベネフィットを受ける者とリスクを甘受しなければいけない者が同じかどうかでも大きく変わってくる。

過剰死亡率や平均余命で比較する健康へのリスクだけでなく、生態系へのリスクというのも考えなくちゃいけない。環境問題を論じるには、こういうリスク学をきちんとやらなきゃダメなんだ。

Aさん―へえ、センセイ、リスク学をやったんですか。統計とか確率は大の苦手で、数式みるだけで、頭が痛くなるんじゃなかったですか。

H教授―うるさいねえ、キミは。いまはBSEとか鳥インフルエンザの話だろう。

Aさん―あ、そうだ、忘れてた。BSEをリスクという観点からみればどうなるんですか。

H教授―そのまえにBSEの基本だけ抑えておこう。キミ、どこまで知ってる?

Aさん―BSEとは牛のかかる牛海綿状脳症、いわゆる狂牛病のことで、脳がスポンジみたいにスカスカになって死んでしまう病気ですよね。原因は病原体生物でなく、プリウスとかいうたんぱく質...。

H教授―ばか、プリオンだろう、異常プリオン。

Aさん―そうそう、そのプリオンで、まだまだ感染・発病のメカニズムには謎が多いんですよね。

H教授―学者のなかには、ただのたんぱく質が感染させるはずがない、絶対に病原体生物がいるはずだと考えている人もいまだにいるみたいだしね。
はい、つづけて。

Aさん―BSEで死んだ牛の牛骨粉を牛の飼料にしたりすると、牛→牛の感染になることがあるし、BSEに感染した牛の脊髄や脳といった危険部位を食すると、人間もかかることがあります。もともとヒト社会でもごくまれに同じようなCJD(クロイツフェルト・ヤコブ病)という病気があるんですけど、BSE感染牛から感染・発病したものをvCJD(変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)といい、どちらも致死性の病気です。感染してから発病までの潜伏期間が10年くらいあるそうです。

H教授―つまり、一見健康そうな牛でもヒトでも感染していて潜伏期間中ということがあるわけだ。

Aさん―そうです。センセイもそうかもしれませんよ。いや絶対そうだ。

H教授―うるさい、はい次。

Aさん―で、BSEは'80年代半ばからイギリスで知られ、欧州全体に拡大していきました。日本ではBSE発生国からの牛肉や肉製品、牛骨粉の輸入を禁止、国内での牛骨粉の飼料化も規制していたのですが、なんらかのルートで入ってきたらしく、国内では一昨年にBSE発病牛が発見され、大騒ぎになりました。

そして、米国でもBSE発病牛が発生、輸入禁止にしたから、安価な米国牛で成り立っていた牛丼がなくなっちゃった、とまあこういうことですね。

H教授―ま、そんなところかな。大体、牛はもともと草食動物なんだから、牛骨粉なんて食べさせるべきじゃないんだ。家畜糞尿や死骸をただ燃やすのはもったいないから、有効利用は考えるべきだと思うけどね。
ところでヒツジにも同じような病気があって、スクレーピーというんだけど、これはヒトや他の動物へは感染することはないらしい。またBSEは、豚や鶏なんかには感染しないみたいだ。CJDはヒト社会では昔からごく稀にあるし、食人習慣のあった頃のニューギニアなんかでは伝染性があって、クールー病と呼ばれてたけれど、これもCJDの一種だね。また、CJDにかかった人の硬膜移植でかかる場合もあって、裁判沙汰になっている。

Aさん―そのBSEと、BSEからのvCJDのリスクの大きさはどうなんですか。

H教授―そう、そこが一番の問題だ。なにも対策を講じなければ、牛がBSEに感染、発病する率は決して小さくない。安井先生の孫引きだけど、イギリスでは18万頭がBSEを発病、400万頭が感染・発病を疑われて焼却処分されているそうだ。

牛骨粉を餌にすることを禁止し、BSEを発病した牛を殺処分するだけでも、BSE感染牛は相当減るみたいで、イギリス以外のヨーロッパではBSE発病牛は2,200頭程度にとどまっている。
たとえ知らないうちに感染牛を食べたとしても、危険部位さえ食べてなければヒトがvCJDにかかる率はほとんど無視できるそうだ。もともと感染牛の危険部位を食べたとしても、ヒトへの感染・発病率は低いんだけどね。これまでも発病者は全世界で、20年間で200人足らず、その大半はイギリスだ。
肉骨粉を禁止したり、輸入制限をしても、BSEは潜伏期間が長いから、すでに感染していて、今後、発病する牛が日本でもまだ出現するかもしれないし、ひょっとして発病前のBSE感染牛の牛肉をすでに食べた人もいるかもしれない。とはいえ、いずれにせよヒトがそれで感染・発病する確率はきわめて小さい。ましてや、危険部位以外のところを食べているぶんには、数年にひとりも出ないんじゃないかなんて話を聞いた。

Aさん―でもそのひとりになったらヤダ!

H教授―交通事故で死ぬひとは年間1万人だよ。去年は随分減ったそうだけど、やはり四捨五入すれば1万人だ。つまり確率的に言えば、われわれ2〜300人のうちひとりくらいは、交通事故で死ぬんだ。

いわゆる発ガン物質なんかは、絶対安全という濃度はないとされている。でも発ガン物質の環境基準【1】を決めるとき、『VSD(実質安全量)』という考え方があって、統計的に生涯リスクで10万人にひとり、あるいは100万人にひとりぐらいガン死者が増えるくらいのラインだったら、実質的に安全とみなしてVSDにしようというのが、世界の大勢になっていて、ベンゼン【2】なんかもこういう考え方で環境基準が決まった。
いずれにせよ、リスクの大きさだけからいうと、BSEに関しては段違いに神経質だねえ。

Aさん―センセイ、つまり米国の牛肉の輸入再開をせよというんですか。そりゃ、ワタシだって、牛丼は食べたいけど、そんな発言すればまた総スカンですよ。センセイは反ブッシュじゃなかったんですか。
【1】 環境基準
環境基本法(1993)の第16条に基づいて、政府が定める環境保全行政上の目標。人の健康を保護し、生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準。政府は公害の防止に関する施策を総合的かつ有効適切に講ずることにより、環境基準の確保に務めなければならないとされている。大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音などについて定められている。また、これら基準は、常に適切な科学的判断が加えられ、必要な改定がなされなければならないと規定されている
環境省>環境基準について
【2】 ベンゼン
水に溶けにくく、各種溶剤と混合しよく溶ける。化学式はC6H6、分子量は78.11、融点は5.5℃、沸点は80.1℃。常温常圧のもとでは無色透明の液体で独特の臭いがあり、揮発性、引火性が高い。
かつては工業用の有機溶剤として用いられたが、現在は他の溶剤に替わられている。自動車用のガソリンに含まれ、自動車排出ガスからも検出される。その許容限度は大気汚染防止法(1968)により1体積パーセント以下と規定がなされている。日本では、労働安全衛生法(1972)において特定化学物質、大気汚染防止法において特定物質、水質汚濁防止法(1970)において有害物質に指定されている。白血病に対する疫学的な証拠があること、そのことについて閾値がないとされていることなどから、大気中の環境基準は年平均値が0.003mg/m3以下であることと定められている。

H教授―関係ないだろう!! 現時点では輸入再開は反対だよ。だって、米国の言い分はもっともらしいけど、一方じゃBSEを理由に日本の牛肉の輸入を禁止しているじゃないか。完全なダブルスタンダードだもん、こちらを直すのが先決だね。
でもねえ、海外に毎年160〜170万人渡航して、日本で輸入を禁止している牛肉を外国で日本人がぱくぱく食ってるのには、なんにも言わないし、今回の米国の牛肉だって、輸入済みのものは「最後の牛丼」になったんだけど、これだってリスクは同じはずだから、なんにも規制措置をとってないのは、おかしいといえばおかしいよね。
Aさん

Aさん―その部分は自己責任ってことですかねえ。でもそれで万一vCJDが発生したりしたら、また大騒動でしょう。
行政はこういう場合、どこまで対策をやればいいんですか。

H教授―費用対効果っていうのがあって、ある程度のリスク削減までは投資効果が高い。でもそっから先は莫大な費用をかけてもなかなかリスクは削減しにくくなるんだ。
交通法規や信号や歩道がなければ、交通事故の死者は年間10万人にはなるだろう。それをこういう対策をとることで1万人ぐらいに納まっているけど、これから何百兆円かけても何百人というオーダーにはならないと思うよ。

BSEでいうと規制強化や検査体制の強化はもちろん必要だけど、全頭検査まで必要かなあ。
むしろ、牧場、農協からレストランまでの牛の履歴の完全表示義務を課すべきだと思うなあ。まあ、牛だけじゃないけど。
それに、現在の対策でのリスクをわかりやすくきちんと公表するべきだね。宝くじで1等が当たる確率と較べてどうとかね。個人ベースでのリスク削減の方法を知らせるとともに、われわれ自身がそういう知識をもつべきだよね。

Aさん―完全表示義務を課しても、ウソの表示をするかもしれないじゃないですか、何年か何十年かにひとりvCJDで死ぬ人が出てもいいというんですか!

H教授―法の網を潜り抜ける輩は何億円という罰金や重罰を課せばいい。不幸にしてvCJDにかかった人が出てきたときは──将来ともかかる人がいるかどうか疑問だけど── 症状からすぐわかるんだから、国家が損害賠償じゃなく、相当額の見舞金を出すシステムをつくるべきだと思うよ。
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