環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを、環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。
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第15講 「Hキョージュのやぶにらみ環境倫理考」
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No. 第15講 「Hキョージュのやぶにらみ環境倫理考」
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Issued: 2004.04.08
H教授の環境行政時評 (第15講 その2)
人間中心主義か自然中心主義か

Aさん―じゃ、「地球にやさしく」は撤回しますけど、でもそれだと環境保全は人間のためにやるように聞こえますよ。それは人間のエゴイズムじゃないですか。人間も含めた生物すべてのためじゃないんですか。

H教授―うん、それはじつは環境倫理を考えるうえでの大問題なんだ。
人間はいずれにしても他の動植物を食べないと生きていけないよね。それは生物としての宿命だ。
一方、人間はスポーツとしての狩猟だとか釣りを楽しんだり、戦争で大量虐殺を引き起こしたり、他の生物には考えられない、生存の目的には不必要な残酷なことをする。
そのくせ、愛情だとか哀れみだとか悲しみだとか、生物に不要な過剰な感情も持ってしまった。
これはおおきな矛盾だよね。この矛盾を解消するために、<動物の権利訴訟>だとか、<動物の解放>だとか、<ディープエコロジー>だとか、<ガイア仮説>だとか、さまざまな環境倫理論が提唱されているんだけど、やはり人間と自然を二項対立させてしまう欧米の思想の文脈じゃムリだと思うな。
万物に神が宿るとし、無用な殺生を慎む一方、やむをえず殺生するときは感謝と崇拝の念を抱くという、東洋的というか、アニミズム的というか、縄文人的な感覚の復権が必要なんだろうと思うよ。

Aさん―ふうん、人間のための環境保全か自然や生物のための環境保全かってのは大問題ですねえ。

H教授―理念と言うか、観念のうえではね。でもじつは政策とか行動とかいうレベルで考えれば、そんなたいした差はないさ。

Aさん―はあ?

H教授―だって昔は人間は神の代理人であり、他の生物は人間の管理下にある、人間のために他の生物はどうなってもいいんだというのが欧米の主流の思潮だった。
でも、いまは表立ってそんなことを言う人はまずいない。
同じ人間中心主義でも、人間も生態系の一部であり、人間のためにも生存の基盤である生態系をむやみに破壊しちゃいけないというように変わってきた。ま、そのとおり行動してるかどうかは別にしてね。となればつまり人間中心主義者も自然中心主義者もやることはそんな大差ないと言うことになる。
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獲るべきか獲らざるべきかそれが問題だ 〜クジラ〜
Aさん―そんなことないでしょう。例えば捕鯨の問題なんかはその2つの立場の対立じゃないんですか。

H教授―確かにそうみえるかもしれないけど、本質はまったく別だと思うよ。ベジタリアンが言うなら別だけど、一般的には鯨肉を食べる文化と食べない文化の対立なんだ。
何年かまえに日本で開かれたIWC(国際捕鯨委員会)の総会では、絶滅の恐れはなくなったとして、商業捕鯨再開を求める日本などの要求が、またもや米国を中心とする勢力に否決された。
そのシッペ返しで、イヌイットなどに認められていた生存のための原住民捕鯨枠の延長までも否決しちゃった。
世論調査では、日本でも商業捕鯨賛成派よりも反対派のほうがやや上回ったらしいけど、キミは捕鯨再開に賛成、反対?

Aさん―よくわかんない。ワタシ、クジラなんて食べたことないもの。

H教授―はは、美味しかったらいいというのか。名答だ。

Aさん―そんなこと言ってません!

H教授―ま、いいや。病原体生物や衛生害虫については保留するとして、人為による動植物の種の絶滅はなんとしても避けなくちゃいけない、というのはわかるよね。
クジラについてはかつて捕鯨のため頭数が減り、絶滅に瀕しているというキャンペーンが盛んになされた。
でもその背景には、あんな可愛い、高い知能を持った動物を殺すのは可哀想という欧米の情緒的な世論があったんだ。
一部の種類を除いては絶滅に瀕していない、というのが大多数の科学者の意見だったらしいんだけど、衆寡敵せずで、商業捕鯨は中止、以降は細々と調査捕鯨という形で実施されるだけで、その結果、鯨肉はいまや貴重品になってしまった。

Aさん―美味しいんですか。

H教授―昔は牛や豚よりも安く、給食でよく食べたんだけど、その頃は美味しいと思わなかった。いまは珍味だから美味しいと思うけど。

Aさん―いちど食べさせてくださいね。ところでクジラは減ってるんですか。

H教授―うん、そこが問題なんだ。調査捕鯨のデータなどが集積し、もはや絶滅に瀕するどころか、増加傾向にあることは科学的にはだれも否めないところまで来ている。そこで、IWCがどうするか注目を浴びたんだけど、やっぱり再開はならなかった。

Aさん―でもやっぱりクジラやイルカを殺すのは残酷じゃないですか。

H教授―きみはマグロや牛や豚は食べないの? ぼくは昔、養豚場を見学したことがあるけど、ほんと子豚って可愛いんだぜ。それをわれわれは食っちゃうんだ。もちろん、食肉用の家畜なんだから、野生の動物とはまったく別だという論理はそれなりに正しいけど、ときには人間の生存のために殺される動物に対し、心の片隅で感謝と痛みを忘れるべきじゃないと思うな。

Aさん―でもセンセイ、ハエだったら平気で殺すでしょう。

H教授―うーん、それはそうだ。一般的には、小さいものより大きいもの、殺される動物の苦痛を理解できないものより理解できるものの方が、なんとなく殺すことに目覚めが悪いし、ヒトに被害や迷惑を与えるものだったらそれほど気にせずに殺せるということはあるな。でも、一茶なんかは、やれ、打つなハエが手を擦る足を擦ると言ってるぞ。

Aさん―やはり食文化のちがいなんですかねえ。韓国のイヌ食も欧米に非難されてますよねえ。

H教授―だけど、クジラの捕獲や利用は欧米の方がもっとえげつない歴史を持ってるんだよ。

Aさん―え、そうなんですか?

H教授―日本では昔は獲ったクジラは食べるだけでなく、余すところなく利用し尽くした。
大体日本では、明治になるまで人為のため絶滅した動物なんてなにひとつ知られていないんだよ。
欧米では鯨油を取るだけのために乱獲した歴史があるし、太古の昔から絶滅させた動物は枚挙にいとまない。
だから珍妙な陰謀論がでてきた。

Aさん―え? なんですか。その珍妙な陰謀論って。

H教授―梅崎っていう人の書いた「動物保護運動の虚像 ―その源流と真の狙い─」(成山堂書店)だよ。C・W・ニコルが推薦している。
これによるとね、欧米のエスタブリッシュメントは、「地球を自分たちが支配できる規模に保つために、有色人国家の経済と人口の成長を、できるだけゼロに近づける戦略を持っている。その一環として、環境・動物保護運動を起こしている」そうだ。
そのためローマクラブに「成長の限界」などを書かせて、正当化を図ったんだが、その先兵がグリーンピースなどの捕鯨反対運動だっていうんだ。クジラは愛らしい知能の高い動物だ、というキャンペーンで世論を誘導したというんだよね。
まあ、それなりに筋は通っていておもしろいけど。

Aさん―センセイはそれを信じているんですか?

H教授―まさか。だったらブッシュの──あ、いけない、同盟国の元首を呼び捨てにするとはなにごとかなんて投書もあったから言い直すけど──、ブッシュ大統領の反環境路線なんて出てくるわけないじゃないか。

Aさん―で、結局センセイは商業捕鯨再開に賛成なんですか?

H教授―賛成は賛成だけど、それほど積極的じゃないなあ。
絶滅に瀕しているわけじゃないから、他の動物と同じで、獲ったっていいとは思うよ。
でもイヌイットはともかくとして、われわれはクジラは食べたいけど、別に食べなくても生きていけるし、ちょっと可哀想かなあっていう気もしないわけじゃない。
それに、商業捕鯨を再開しようと思っても、もう設備を廃棄しちゃってるから、本格的な再開は無理じゃないかと思うよ。

Aさん―なんか歯切れが悪いですねえ。

H教授―うーん、ヒトとヒトの共生、ヒトと自然との共生、ヒトと動物との共生とかいうのを具体的にイメージするとき、理性で考えた答えはしばしば感性と衝突する。
このヒト特有の過剰な感情をどう扱うかが、むつかしいねえ。
正直言って、我家の美生(ミオ)が死んだりしたら...。

Aさん―ミオ? なんですかそれ。

H教授―我家のでぶっちょメスネコだよ。キミより百倍も大事な存在だ。もし彼女が死んだりしたら、知識でしか知らないアフリカの何十万人の餓死のこともすべて忘れて、嘆き悲しむと思うよ。

Aさん―ハイハイ、一所懸命そのデブメスネコを可愛がってやってください。
でもヒトのメスだけは手出ししちゃダメですよ。出そうたって、相手にされるわけないですけどね。

あ、それ以上近づいちゃダメ! ダメだって、キャー!!

H教授―バカ、でっかい蚊がいたから叩こうとしただけじゃないか。だれがキミなんかに。

Aさん―バカ言わないでください。まだ蚊がでる季節じゃないでしょう!

H教授―う、そう言われればそうだなあ、じゃあ、なんだったんだろう。

Aさん―それって飛蚊現象でしょう。老人のかかる目の病気の前兆だそうですよ。センセイの場合、それを言い訳にしたセクハラかもしれませんけどね。

H教授―うるさい。それに温暖化やヒートアイランドで蚊の出現時期や蚊の種類だって変わる可能性がある。マラリアが将来は日本に北上するかもしれないし、西ナイルウイルスだって蚊が媒介するって話だ。

Aさん―もうだいぶ貴重な誌面、というかどうか知らないけど、使いましたよ。さっさと最近の環境行政時評に行きましょう。

H教授―そうだな、生態系というか生物多様性の話に関しては、2つばっかり新しい動きがあった。

Aさん―なんですか、例の亜鉛の排出基準(→第7、8、9講【1】)ですか?
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