環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを、環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。
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第18講 「キョージュ、無謀にも畑違いの原発を論ず」
第17講 「SEAの必要性・可能性 ―付:S湾アセス秘話」
第16講 「環境ホルモンのいま」
第15講 「Hキョージュのやぶにらみ環境倫理考」
第14講 「BSE愚考、廃家電横流し雑考」
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No. 第17講 「SEAの必要性・可能性 ―付:S湾アセス秘話」
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Issued: 2004.06.03
H教授の環境行政時評 (第17講 その2)
S湾巨大開発計画の顛末

H教授―そうだなあ、もう20年も前の話、ボクがある県の環境部局にいるとき、S湾の石油備蓄基地のアセスに関わったことがある。

Aさん―S湾?

H教授―これも長い歴史があってねえ。
S湾の海岸は日本有数の長大な砂浜で、国定公園になっている。
県はその砂浜を全面的に埋め立てて、コンビナートにするというとんでもないプロジェクトを昭和43年に県のビジョンとして出したんだけど、昭和46年、このプロジェクトを中核とする「新O開発計画第一次試案」というのを発表した。
地元は推進派、反対派に二分、地元のみならず、全国的な大問題になった。反対派のリーダーが言った「スモッグの下でのビフテキより、青空の下でのお握りを」が流行語になったほどだ。
北の「むつ小川原」(青森県東北部)とならび全国の世論を二分したといっていいだろう。

Aさん―へえ、知らないなあ。

H教授―あーあ、昭和は遠くになりにけりだな。
新O開発計画の目玉である、S湾を埋め立て大コンビナートにするという計画には、S湾一帯が国定公園でもあったため、環境庁(当時)も難色を示した。そのため一次試案は廃案になった。その後、計画は縮小を重ね、新O開発計画は昭和55年県の計画として決定したけど、国レベルではオーソライズされることなく、事実上凍結されて、2つの具体的なプロジェクトが残った。
つまり、県が新O開発計画の一環とみなそうがみなすまいが、環境庁はこれら2つのプロジェクトを新O開発計画とは係わりないものとして審査するとして、まず北端の港湾整備についてOKした。

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石油備蓄アセスの思い出

H教授―そして、もうひとつが、南端の漁港付近での石油備蓄基地構想で、これをどうするかが焦点になった。
結局、海浜埋立てでなく、出島方式を県が提案。昭和57年、それを環境庁が「検討に値する」と言明することにより、事実上のゴーサインが出たんだ。

Aさん―へえ、もうひとつの「むつ小川原」はどうなったんですか

H教授―「むつ小川原」は国定公園でなかったせいもあり、強い反対を押し切って計画を決定し、膨大な工業用地を造成した。だが、その後の経済情勢の変化で立地企業は数えるほどで、いまやペンペン草が生え、膨大な借金だけが残った。
いま、使用済み核燃料サイクルをどうするかが大議論になっていて、いずれ、この話もとりあげたいと思っているんだけど、この再処理工場が建設中だ。
ま、いずれにしても、当初計画どおりだったら、S湾も同じ轍を踏むことになっただろうな。

Aさん―で、センセイはどうかかわったんですか。

H教授―ボクが県の環境部局に着任した昭和59年当時、さっきも言ったように、もう実質的なゴーサインは出ていたのでアセスが行われていた。
日本型システムでは実質的なゴーサインが出てはじめて環境アセスにかかるんだ。アセス法ができたとはいえ、この構造は今日でも基本的には変わってないね。だからこそ、SEAが求められているんだ。

Aさん―そのアセスというのは、いわゆる「閣議アセス」ですね。

H教授―ちがう、ちがう、個別法 ──即ち、公有水面埋立法にもとづくアセスだ。
公有水面埋立法では、事業主体である県知事が環境アセスメントを行ったうえで、免許権者である県知事に免許出願を行う。免許権者たる知事は免許をおろすに際しては運輸大臣(当時)の認可が必要となる。認可申請を受けた運輸大臣は規模の大きいものは認可前に環境庁長官(当時)の意見を聞くということになっている。そして、ボクがかかわったときは、ちょうど環境庁長官の意見を聞く段階に入っていたんだ。

Aさん―運輸大臣、つまり現・国土交通大臣が、環境庁長官、今でいう環境大臣とトップ会談を行なって、意見を聞くわけですか?

H教授―なにを小学生みたいなことを言ってるんだ(笑)。
長官の意見を聞くということは具体的にいうと、アセスメント結果、つまり「アセス図書」の内容を環境庁の審査官(課長補佐クラスで、窓口課の他、各局にいる)が逐一チェックして、さまざまな質問を運輸省に投げかけるんだ。
第一次質問では通常数百問に及ぶ。運輸省はそれに逐一回答するんだけど、ボクがかかわったときは、実際に回答案を作成するのは事業・計画主体すなわち県の企画・開発部局で、運輸省の担当はまるでメッセンジャーボーイのようだったな。
その回答に対してまた環境庁側が質問するという形で、通常、第三次質問・回答ぐらいで事務的には手打ちになる。
この質問・回答は非公式なメモの往復で、ふつうは2、3ヶ月かかるんだ。

Aさん―そんなことになんの意味があるんですか。もうゴーサインが事実上出てるんでしょう?

H教授―そんなことはないよ。これは単純に疑問な点を聞くというだけでなく、公式には出てこない詳細な環境保全上の対策の言質をとっておくという意味があるんだ。
で、それが終わると、最後に環境庁長官名の公文で、環境保全上の注文を「意見」として述べ、運輸省はその「意見」の内容を条件として県に認可を行うんだ。

Aさん―じゃ、センセイは県、すなわち開発サイドに立って、その回答を書いたんですか。

H教授―ちがうよ、回答案を書くのは企画・開発部局だよ。環境部局は企画・開発部局から要請があれば助言程度はするけれど、基本的にはノータッチのはずだった。
でもねえ、どこからか──たぶん、環境庁の方からだと思うけど、県の環境局長に非公式な要請があったらしい。ボクにこの件で、企画・開発部局とのパイプ役になってくれというんだ。
一次質問に対する回答が出てきたが、環境庁としては、環境保全の面から、とても話にならない回答ばかりで、これでは到底前に進めない。質問の隠された意味を読み取り、それなりに環境庁の意向を汲んだ回答で、質問―回答を絞り込んでいかないと、いつまで経ってもケリが付かないというんだ。
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