環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを、環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。
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第25講 「エイリアンを巡って ─外来生物法雑感」
第24講 「2005 ─地方の時代のために」
第23講 「二つの山場と三位一体改革」
第22講 「環境戦線異状あり」
第21講 「Hキョージュ、環境行政の人的側面を論ず」
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No. 第24講 「2005 ─地方の時代のために」
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Issued: 2005.01.06
H教授の環境行政時評 (第24講 その2)
地方分権と環境行政 ―三割自治

Aさん―そうそう、政府予算案ですが、三位一体改革、辛うじて、ごみ処理施設について補助金廃止ではなく、交付金化が決まりましたね。

H教授―でも環境省の予算は減額になったし、国立公園施設整備補助金はなくなったし、環境監視の補助金もなくなっちゃった。環境省にとっては「惨身痛い改悪」にはちがいない【11】

Aさん―うーん、センセイは地方分権・主権論者だといっておきながら、そういう評価ってNIMBYっていうか、典型的な総論賛成、各論反対に見えちゃうんですよね。

H教授―うーん、そう聞こえるか。それはボクの不徳のいたすところだな。
要は税源委譲は徹底的にすべきだし、そのうえで開発に関わる公共事業なんかは地方の自己責任とすべきなんだけど、環境だとか教育だとか弱者救済に関しての切り捨てをさせちゃいけない仕組みがいるってことなんだ。それがないままの三位一体改革だったから反対した。
もちろんガチガチに国が地方をしばるってのは反対で、地方の創意工夫を最大限生かさなきゃいけないよ。とくに環境なんてのは地方行政が切り開いてきたもんな。

Aさん―ふうん、センセイは県にもおられたことだし、センセイの地方環境行政論を語ってくださいよ。
【11】 惨身痛い改革
第23講

H教授―じゃ、本講のメインディッシュは自治体環境行政論とするか。でもボクがある程度わかるのは市町村よりも県──あ、正確には「都道府県」だけど、簡単に「県」で通すよ── だから、とりあえず県に限定して論じることにしよう。
まず総論部分からいこうか。「三割自治」ってよくいわれるよね。どうしてだと思う?

Aさん―そりゃあ、法とカネと人で中央が地方を支配しているからでしょう。
だから地方行政は“痴呆行政”だって言っているヒトもいますよ。

H教授―ま、法はしょうがない。国が制定したもんだから、法の解釈などは国がするのは当然だ。もちろん連邦国家にするんなら──そしてボクは決して反対じゃない── 話は別だけど、実現性のない話をしたってしかたがない。
カネというのは?

Aさん―税収は、国税3・地方税2だけど、それを使う段階では国2・地方3となり、その分、国から地方に補助金や地方交付税交付金が流れます。このカネが中央支配の源泉ですね。

H教授―それだけじゃない、地方税を新設したり、地方債を発行するにも総務省などの許可がいるし、国直営の事業だって自分の地域でやってくれれば地方は大歓迎だ。

Aさん―そうしたものを背景に、県の幹部職員にも各省から出向してきているのでしょう?

H教授―うん、副知事だとか総務部長なんてのは自治官僚──あ、今は総務省だな── が大半だし、土木部長や農林部長は国土交通省や農水省からというところも多い。


Aさん―ひどいじゃないですか。三割自治どころか、一割自治じゃないですか。

H教授―だから11講で言ったように、ふつう県の職員が国の職員に会うときはアポをとったうえ、ワンランク上が対応する。国の課長には県の部長、国の補佐には県の課長ってね。しかも立ったまま応対させられることも多いそうだ【12】
まあ、財務省主計局と他省庁の関係もそうだ。主計の主査、つまり課長補佐に各省の課長が呼びつけられ、ぺこぺこ頭を下げる。

Aさん―ヒッドーイ!!

H教授―やっぱりカネが権力の源泉だ。
(ひとりごと)でも不思議だなあ。カネを稼ぐのはボクなのに、どうしてボクの方がワイフにぺこぺこ頭をさげなきゃならないのか...。

Aさん―(無視して)だから県は国にぺこぺこするんですね。
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【12】 県職員への国の職員の対応について
第11講
脱線 ―ウラガネ考
H教授―でも昔はもっとひどかったらしいよ。40年近い昔だけど、ボクが某県に出張に行ったとき、翌朝迎えに来た県職員がボクが自分で宿泊費を払ったのをみてびっくりしていた。公共事業を持っていた省庁なんかでは、宿泊費はもちろんのこと往復のキップまで県に手配させる例が、決して稀ではなかったらしいんだ。もちろん出張旅費をもらっていながらだよ。

Aさん―そんな無茶な。詐欺横領じゃないですか。センセイもそういうことしたことあるんですか。

H教授―してないよ。こと環境庁に関する限り、それだけじゃなくて、向島の料亭接待もノーパンシャブシャブも銀座の高級クラブにも無縁だったよ【13】

Aさん―へえ、環境庁の役人ってそんなに清潔だったんですか。センセイをみてたらとてもそうは見えないけどなあ。
【13】 環境庁役人の接待について
第15講 「地球にやさしく」の陥穽

H教授―うるさい。でも別に環境庁の職員が清廉潔白なんじゃないさ。要は誘いがなかったんだ。なんせ、カネ(予算)もチカラ(権限)もないから甘いお誘いなんてくるはずがない。
逆に言うと、環境庁は、厚生省の公害部局と自然公園部局を中心に、各省の環境関連部署をかきあつめて成立した省庁なんだけど、そのときいささかでも旨味、つまり、カネ、チカラに加えてヒト──「天下り先」 を加えてもいいかもしれないな── があるような部署を、決して各省は手放さなかったんじゃないかと疑ってるんだけどね。

Aさん―いちどくらい甘い誘惑ってのを経験してみたかったんじゃないですか。

H教授―ボクの役人時代の夢はね、そういう甘い誘いに対して、「役人を舐めるのか!」と一喝することだったけど、はは、まったくそういうチャンスはなかった。

Aさん―へえ、じゃ環境庁は真っ白なんですか。

H教授―そんなことはないよ。それどころか昭和54年だったと思うけど、カラ出張事件で派手にマスコミに叩かれたことがあるんだ。でもねえ、逆説めくけど、環境庁には他省庁のように地方自治体だと外郭団体だとかにつけ回しできるところがなく、カラ出張でしかウラガネを作れなかったんだよね。

Aさん―えー、環境庁までがそんなことを?

H教授―当時は接待文化、贈答文化の真っ只中。民間じゃ交際費を湯水のごとく使っていた時代だ。役所というのは決して特殊な世界じゃない。ある意味では社会を写す鏡なんだ。おそらくすべての役所でやっていたさ。
問題はそれをどういうふうに作り、どういうふうに使っていたか、ごく一部の者以外、まったく知らなかったことだ。
でもそれから以降、環境庁はウラガネづくりはぴたっとやめちゃった。おそらく日本の役所の中では一番早かったんじゃないかな。

Aさん―じゃあ、今でもやってるのは、あるいは一番最後までやってたのは?

H教授―ケーサツとケンサツ、それに一部の省の地方支分部局だとか言われている。本当のところは知らないけど

Aさん―センセイ、だんだん本筋から離れていっちゃった。自治体の話に戻しましょう。環境行政における自治体と環境省の関係です。
(一拍置いて)でもやっぱり興味があるなあ。地方自治体でもそういうウラガネはあったんですか

H教授―そりゃそうさ。ボクも県にいるときは食糧費やウラガネでお客さん接待、いわゆる官官接待をしたよ。それが当時の常識だったんだ。下戸の課長なんかほんといやいやながら、仕事としてやむなくやってたって感じだった。もちろんずうっと昔にそういうウラガネつくりはやめちゃったけどね。
なかには個人的な飲み食いまで平気で庶務につけ回しをやる管理職も結構いたけど、ボクはそういうことはしなかったぞ。

Aさん―あたりまえじゃないですか。別に自慢することじゃないですよ。
環境省と自治体環境部局の関係 ―主従か仲間か

H教授―そりゃそうだけど、自慢したくなるくらいだったということだ。
で、環境省と地方の環境行政の関係だけど、今は知らないから環境庁時代の話に限定しておこう。
環境庁では、──少なくとも課長のレベルでは── 地方支配しようなんて気はまるでなかったと思うよ。
むしろ先進的な地方自治体の環境部局には教えを乞い、そうじゃない自治体の、弱い立場にある環境部局に対してはなんとかバックアップしたいと主観的には思っていた。
だって、環境庁そのものだって、国に先んじて環境行政を進めてきた先進的な自治体が作らせたようなもんだもの。中央省庁の中で、もっとも地方と対等に近い関係だったと思うよ。

Aさん―そんな主観の話じゃありません。客観的にどうかってことです。

H教授―わかった。でもねえ同じ環境行政とはいっても、自然保護行政、というか自然公園行政と公害・環境管理行政は出自も中身も違うから分けて話をしよう。
まず自然保護・自然公園行政なんだけど、前講でも言ったように、一緒に国立公園を管理しているという意識がどちらにもあったと思うよ【14】

Aさん―え? どうして?

H教授―出自とも関係あるんだけど、戦後、国立公園行政が再スタートできたのは、国立公園に思い入れの深いGHQの指導によってなんだ。
で、レンジャー制度がスタートしたけど、それをバックアップする体制が当時の厚生省にはほとんどなく、自治体にオンブにダッコしてもらうしかなかった。
ボクだってレンジャー時代は県の無給併任技師の辞令をもらって、出張旅費だとかの面倒をみてもらった。
しかも厚生省時代はレンジャー採用者は県にも実働部隊、つまり係員だとか係長、せいぜい課長補佐ぐらいで出向し、レンジャー、本省、県をぐるぐる回ってたから、特に県のベテラン技術屋さんの方でも対等な仲間意識が強かった。環境庁時代にもその名残が色濃かったと思うよ。今はどうか知らないけど。
【14】 国立公園管理と都道府県
第23講

Aさん―じゃ、公害・環境管理行政の方は?

H教授―公害・環境管理行政を主導したのは先進的な自治体で、その実働部隊は技術屋さん。県の技術屋さんは現場を知ってるし、技術もある。一方、環境庁の技術屋さんは現場も知らないし、BODだって学生時代はともかく、役人になってからは自分で測定したことはほとんどないだろう。おまけにどちらも人数が少ないから、顔見知りになる機会もいっぱいあって、やはり別の意味で仲間意識は強いと思う。だから他省庁から環境庁に出向してきた人は、そうした県との関係には驚いていた。
それに公害規制を実際に行うのは県で、法律や規制基準をつくるのは環境庁だったけど、自治体が上乗せ基準をつくることを法的に認知していたし、環境基準生活環境項目あてはめをするのは県だから、自由度も高かった。

Aさん―でもオカネでしばってたんじゃないですか。

H教授―たしかに県の環境部局は補助金や委託費を欲しがってたけど、トップや財政部局は必ずしもそうじゃなかったところが多かった。補助金がつくというので、渋々予算化したところだって稀じゃなかったから、しばるというよりは応援したいという気持ちだった。

Aさん―その割には各県のアセス条例にしても環境基本計画にしても環境省のものと瓜二つじゃないですか。環境省がそうさせていると思われちゃいますよ。

H教授―公害規制にしたってSEAにしたって先進的な取り組みを始めたのは一部の県なんだ。
キミのいうようなことになる県が多いのは、その県の環境部局の職員の能力だとか発想が貧困なんじゃなくて、環境省のコピーみたいなものしか認めようとしない県のトップや財政・企画部局の意向の方が大きいと思う。
それともうひとつは地方公務員のもつ体質だとか文化が大きいと思うね。
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