環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを、環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。
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第25講 「エイリアンを巡って ─外来生物法雑感」
第24講 「2005 ─地方の時代のために」
第23講 「二つの山場と三位一体改革」
第22講 「環境戦線異状あり」
第21講 「Hキョージュ、環境行政の人的側面を論ず」
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No. 第24講 「2005 ─地方の時代のために」
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Issued: 2005.01.06
H教授の環境行政時評 (第24講 その4)
出向秘話

Aさん―また<逃げ>がはいりましたね。ま、いいわ、ところでセンセイもそうだったけど、環境省からの県への出向って多いんですか?

H教授―さっきも言ったように、レンジャー関係では厚生省時代は実働部隊としていっぱい出向していたけど、環境庁になってからは激減した。やはり他省庁と同様、課長ポストでなきゃいやだって言い出し、県の方ではそこまでのメリットは乏しいからそうなっちゃった。
だから環境庁になってからは全国で課長ポストを数個持っているだけで、旧自治省だとか旧建設省とは大違いだ。なんせカネもチカラもないからなあ。

Aさん―県の仕事は面白かったんですか?

H教授―ああ、キミも含めて学生には国際公務員に憧れるのが多いけど、国際公務員はだれを見て仕事をするんだと思う?

Aさん―?

H教授―地球市民だ。だけど、それはきわめて観念的な話で、実際にはそんなもの見えないよね。国家公務員の相手は国民だけど、これもなかなか実感しがたく、相手は他省庁や団体の長ということになる。ま、レンジャーを別にしてね。
その点、地方公務員は県民の顔が見える分、仕事は面白いし、プライベートでも充実した時間が過ごせたと思うよ。

Aさん─要は公私ともども飲む機会が多かったから面白かったんでしょう。

H教授―へへ、ばれたか。あと、県にいると、環境庁との板ばさみになることが多く、それが苦しいといえば、苦しいんだけど、逆にいうと、板ばさみじゃなくて、両方を操っていると自分で思い込めるようになれば楽しいよ。
そしてぼくはやっぱりこれからの環境の新しい風は地方から吹くしかないと思ってるよ。

Aさん―なんか県にいたときの失敗談てないんですか。

H教授―うーん、着任早々、ある意味じゃ大きな恥ずかしい失敗を2つも重ねちゃった。

Aさん―(目を輝かせて)え? え? どんな?

H教授―やれやれ、キミはそんな話になると元気になるんだなあ。
最初は全国植樹祭のときだ。着任後、半月も経たないうちに全国植樹祭が開催され、環境庁の事務次官がやってきたんだ。当時はまだ接待文化華やかなりし頃だから、当然夜は知事招宴となる。ボクは環境庁からの出向だというので、その席に連なった。
まだ県の幹部の顔と名前も知らないなかでの、初宴席だから緊張してピリピリだったよ。
隣の県幹部らしき人がそう緊張せずに飲みなさいよと、酒を注いでくれる。
で、ボクの悪い癖はアルコールを一定量以上摂取すると、ときとしてパタンキューとところかまわず寝てしまうことがあることなんだ。なんと、これをしょっぱなにやっちゃった。
次官と知事に足を向けてグーグーと寝てしまったんだよ。あとで聞くと、隣の県幹部は副知事だった。

Aさん―(笑いをかみ殺して)一気に悪評が立ったんじゃないですか。

H教授―うん、一部じゃ大物、豪傑だって冷やかしの声もあったけど、恥ずかしかった...。

Aさん―で、もうひとつは?

H教授―もうひとつは着任1ヶ月後のことなんだけど、児童の巣箱づくりかなにかのコンクールの表彰式に環境局長の名代として、挨拶のあと、知事名の表彰状を授与することになってたんだ。
人の名前は、時として難しいことがあるから、表彰相手にはちゃんと振り仮名をつけてくれよと事務方に頼んでおいたんだけど...。

Aさん―やはり読めないのがあったんですか。

H教授―うん、表彰状を読み上げはじめて、最後に知事の名を読む段になってからのことだ。知事の姓は知っていたが、名前の正式な読み方を知らないことにハタと気づいたんだ。ええい、まあいいやと適当に読んだんだけど、間違いだった...。
児童の父母からそのことが局長に伝わり、たちまち局内の話題になっちゃった...。
読者のお便り&訂正
Aさん―よくそれで役人生活をまっとうしましたよねえ。さあ、ほかになんかありますか。

H教授―あ、そうそう。訂正とお詫びをしておかなきゃならない。

前講でアトラジンのことについて触れ「研究者はいちはやくこの報道の元ネタを調べて学術的に正確なコメントしてほしいよね」と言ったろう【16】。そうしたらさっそく琉球大学の山口先生(海洋生物学専攻)からお便りをいただいた。

Aさん―へえ、専門の研究者からのお便りってはじめてじゃないですか。

H教授―うん。それをまず紹介しておこう。
【16】 環境ホルモン騒ぎと、研究者への注文
第23講
http://www.cc.u-ryukyu.ac.jp/~coral/BiologyI/Atrazine.htm
上は私の講義のために調べた情報です。
カエルの問題は、中南米の公園内のような明らかな環境の悪化要因が見られない場所で進行中であって、それが危機感の元になっています。アトラジンの問題は氷山の一角でしょう。アメリカ大陸にはアフリカから大量の粉塵が飛来していて、その中に病原微生物などもあって、それがカリブ海のサンゴの病気を引き起こしているのではないかという仮説もあります。

やっぱりそういうことをきちんと発信しておられる研究者がいるんだよねえ。
それから第17講で「もともと白保の人たちは離島からきたらしく、海岸に住んで漁業を営んではいたけど、漁業権そのものは持っていなかった」【17】って書いたけど、これも記憶違いだったようで、山口先生からのお便りでは「白保の漁民の反対は八重山漁協全体による漁業権放棄の同意に対抗できなかったのであって、漁業権を持たなかったのではないと記憶しています。漁協の赤字経営対策で、規模の拡大のための統合が進められてしまった結果、地域の支部の声は多勢に無勢でした。当時の石垣市長が民主主義は多数決だと公言して反対派住民を押さえつけようとした経緯もありました。」とのことだった。

Aさん―ありがたいですねえ。専門の研究者でも読んでいる人がいるんだから、あまりいい加減なことしゃべっちゃあダメですよ。
【17】 白保の漁民と漁業権
第17講「新石垣空港をめぐって」

H教授―(小さくなって)はあい。
で、アトラジンの環境ホルモン作用の低用量仮説を実証したという話に関して山口先生のご意見をお伺いしたんだ。
「論文を出した研究グループはこれを主張しているし、データが正しいものであれば説得力があります。これに反論している(薬屋スポンサーの?)研究者は高濃度領域での追試をやっているだけで反論にならないし、また、暴露する時の発生時期についても「影響を受ける窓」が開くかどうかに対する検証をやっていないようです。
生命機能の現象には、カスケードという上流下流関係で反応系が一気に進むこともあります(たとえば哺乳類の性決定)ので、ある特定の短いタイミングでしか影響が起こらないことは色々あると考えられます。」というお返事だった。
だとするとヒトに対しては当面問題ないとしても、環境ホルモンの低用量仮説についてももっと研究してみる必要がありそうだな。

Aさん―なるほど。ほかには?

H教授―やはり前講の(環境リスク学を読む)のなかで中西先生の生態系リスク論について、
「個体数の減少だとか分布域の狭小化でなく、種の絶滅さえ防げればいいというのにはちょっと首を傾げたね」 ─という感想を述べたんだけど【18】、どうも誤読だったようだ。この場合の「種の絶滅」は、日本でとか世界でとかということでなく、任意の面積において適用可能な方法論として述べられたのだそうだ。

Aさん―そんなの誤読してたんですか。

H教授―面目ない。
でも同じようなお便りが中西先生のところに多数あったそうだ。だからご自身のHPの雑感284で改めて解説しておられる
http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak281_285.html#zakkan284)。
ま、漁業管理の方法論がベースになっているようで、収穫とか捕獲とかいう概念に無縁な生物群にまで適用可能かどうか、ぼくにはよくわからないけど。
【18】 中西先生の生態系リスク論について
第23講

Aさん―ま、センセイみたいな研究者じゃない環境ディレッタントには難しかったかも知れませんねえ。

H教授―まったく初春からキミはうるさいねえ。
もう一通、これに関連して前講で「タガメやメダカも...絶滅危惧種になっているという事態はやはり健全といえない」【19】と書いたことに次のようなお便りをいただいた。
【19】 タガメやメダカも種それ自体は絶滅していないが、今ではほとんどみることがなく絶滅危惧種になっているという事態はやはり健全といえない...
第23講
先生、「健全」というのはどんな状態なんでしょうか。またこの国は、いつ頃までが健全だったんでしょう。江戸時代ですか。欧米だったら、産業革命以前でしょうか。
私も時々、きちんと基準を決めずに「環境に良い」とか「悪い」とか言ってしまうんですが、もうそんな「環境カラサワギ」に繋がるような言動はやめんといかんなぁ と反省しています。
さて、「今の便利で長生きができる生活を手に入れるために、私たちはたくさんの環境を壊してきた」ことは間違いない事実です。
すると、健全な状態に戻る(あるいは、する)ということは、きっと「便利で長生きのできる生活」をかなり我慢(犠牲に?)しなければならないということにつながりますよね。
先生は、ご自身では、衣食住などのどこら辺りまで具体的に我慢できますか。あるいは、もうしてますか。私などは、今の生活にドップリつかってそんな「我慢」について行ける自信は全くないです。
いずれにしても、「健全」な状態に戻す(あるいは、する)ということは、相当の覚悟を決めて行動する必要があって、今後も環境破壊をしないで生活して行く、なんて不可能に思えるんです。
まぁ、こんなことを考えて行くと、私にとって「健全」な状態にもどすなんて、「絵空ごと」、「白昼夢」みたいなものとしか思えません。(だからと言ってこのまま手をこまねいて、環境を破壊し尽くしていいと言っているわけではありませんが・・・。)
その点、中西先生の考え方は、地に足の着いた現実的・合理的・理性的な考え方で、私たちの未来像を「絵空ごと」では無く、示してくれる唯一(?)の手法だと思えるんです。

Aさん―ふうん、随分手厳しいご批判だけど、センセイの言ったことは、そもそもこんな意味だったんですか。

H教授―うーん、今以上に不健全な状態を進行させるのはやめよう、少しでも健全な状態に取り戻すよう努力しようということで、江戸時代に返れだなんてことは言ってないつもりだけどなあ。中西先生の論をボク同様に誤読されてのことかどうか定かでないけど、中西先生も苦笑いされるかもしれないなあ。

Aさん―具体的にはセンセイはどうすべきだと?

H教授―少なくとも少子化時代に入り、人口減少は間違いないんだから、新たな大規模な面的開発はやめるべきだと思うよ。つまり海面埋め立てや森林の大規模宅地化だね。また水際線をこれ以上いじるのは極力避けるべきだ。
それとなんでも規制しろという意味じゃないけど、BAT(Best Available Technique)原則、つまり法規制があろうがなかろうが、環境汚染物質や人為的な化学物質の環境中への放出はコスト的、技術的に可能な限り抑制していくよう努めなければならないと思うよ。
そしてボクたちもこれ以上の便利さや快適さを闇雲に求めるよりは、別のものに価値を見出していくべきだと思うなあ。

Aさん―そうですねえ。センセイはDVDもなければケータイも写メールなし、メイルなし。大古車はもちろんナビなしですもんね。
で、爪楊枝の先のようなわけのわからない鉱物の結晶さえ見てればご満悦で。

H教授―う、うるさい!

Aさん―いえ、ワタシもそんな趣味があればいいなあと思って...。

H教授―もうオトコにはこりごりってわけか?

Aさん―いえ、それはまた別、えーい、ほっといてください。それよりも2005年のみどころは?

H教授―そりゃいっぱいあるよ。環境省だけに限っても、とりあえずは温暖化対策大綱がどうなるか、そして「惨身痛い改悪」後どういう体系を再構築するかだな。また環境省所管のいろんな法律がいっぱいあるんだけど、それに基づく基本方針つくりだとか、計画の見直し、さらには容器リ法など法それ自体の見直しだとか自動車リサイクル法が施行されるだとか枚挙にいとまがないくらいだ。
キミも大きな目と長い目でこうした流れをきちんと見据えるんだな。

Aさん―大きな目も長い目も必要かもしれないけど、センセイの場合、まず正月ボケから目を覚ますのが先決ですね。

H教授―...。


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平成16年12月25日 執筆完了 平成17年1月6日 編集完了
参考:「H教授のエコ講座 独断と偏見の地方環境行政論」(「瀬戸内海」第38号(瀬戸内海環境保全協会04.6))
註:本講の見解は環境省およびEICの公的見解とはまったく関係ありません。
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