環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを、環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。
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第50講「我、疑う故に我あり ──反温暖化対策論考」
第49講「IPCC第四次報告書と生物多様性保全」
第48講「2006年の総括と2007年の展望 ―附:ハワイ秘話」
第47講「秋の夜の環境冗話 ―COP12、大阪湾青潮、読者のお便りを巡って」
第46講「動物愛護とミティゲーション」
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No. 第49講「IPCC第四次報告書と生物多様性保全」
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Issued: 2007.02.08
H教授の環境行政時評(第49講 その3)
気候変動の生態系影響とツボカビ

Aさん―ところで、今年は暖冬ですねえ。雪も少ないし、クマが冬眠しなかったり、スキー場が開店休業だったり、梅の花が綻び始めたりしていますけど、これも温暖化の影響ですか。

H教授―うーん、直接にはエルニーニョのせいらしいけどね。
あとIPCCの第四次報告書で海水温が上昇、それが深層まで及んでいること、さらには海水の酸性化が進むことを指摘しているが、個人的にはこのことは重要だと思うな。
来世紀以降には第43講(その1)で言った海洋大循環【7】が弱まる可能性がかなり強いし、超長期的にはグリーンランドの氷床はすべて溶け、7メートルくらいは海面上昇が起きるそうだ。
そしてもっと差し迫った話としては温暖化などの気候変動が生態系に及ぼす影響が無視できないだろうということだ。

Aさん―北極の話はよく聞きますけど、他にもあるんですか?

H教授―いっぱいあるさ。
ほんの少し海水温があがるだけで、サンゴは白化現象を起こし、死滅する。エルニーニョの年に白化現象が起きるのはよく知られているけど、海水の温暖化が進めばサンゴ礁がどうなってしまうか心配だ。
日本近海でもエチゼンクラゲが増えている。シリカの供給が三峡ダムの建設で絶たれたからだなんて、本当かウソかわからないような話を聞いたことがあるけど、これだって海水温の上昇とまったく関連していないって言い切れるのかどうか。
また爬虫類などでは雌雄の性別を決めるのは染色体ではなく、孵化時の温度で決まるものもいる。こうしたものにも影響が出ないか心配だよね。
総じて自然の気候変動ならゆっくりと適応していくんだろうけど、人為的な気候変動じゃ適応するだけの時間がなくて滅びていくものだってあるんじゃないかな。

Aさん―そういえば世界的にカエルが減ってるそうですね。

H教授―うん、一時期環境ホルモンのせいじゃないかなんて言われたこともあったけど、どうやらツボカビが原因らしい。

Aさん―ツボカビ?
【7】 海洋大循環について
第43講(その1)「温暖化から一挙に寒冷化?」

H教授―うん、両生類の皮膚に含まれるケラチンなどを分解して生きている真菌、つまりカビの一種だ。ヒトには感染しないが、水を介して両生類に感染し、90%と致死率が極めて高いらしい。
80年代に発見されたんだけど、どうやら原産は南アフリカ。オーストラリアや中米で流行し、カエル類が激減したらしい。それが日本でも昨年暮れにペットショップで見つかって、環境省も戦々恐々としている。

Aさん―温暖化と関係あるんですか。

H教授―よくわからないけど、関係あるという説もあるらしい。気候変動により、ツボカビの生息に適した範囲が広がったんじゃないかというわけだ。

Aさん―南アフリカ原産だとしたら、それがどうして海を渡ったんですか。

H教授―ウシガエルなどツボカビに強い種もいるらしくて、そういうのに付いて持ち込まれたんじゃないかという話だ。だとすれば外来生物の影響ということになる。
これはまったくの思いつきだけど、気候変動で砂漠化が進むとともに上昇気流が強くなり、それに乗ってツボカビの胞子かなにかが海を渡ったなんてことはないのかな。

Aさん―カエルが絶滅すると、とりあえずは虫が増えちゃいますね。

H教授食物連鎖が狂っちゃうのは確かだけど、それだけじゃなくツボカビが全世界的に広まる過程で突然変異を繰り返し、ヒトにも感染するようになるなんてことが、まったくないという保障はない。
鳥インフルエンザにしてもそうだけど、生物世界のことはまだまだわからないことだらけだ。乱獲や生息地の破壊、汚染物質だけでなく、人為的な気候変動が生物多様性に大きな影響を与える可能性があることを忘れちゃいけないと思うよ。
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生物多様性保全を巡って

Aさん生物多様性の保全って、よくわからないなあ。センセイから授業で生物多様性というのは種の多様性、遺伝的多様性、生態系の多様性という三つのレベルがあると教わったけど、その三つの多様性の関係がよくわからない。

H教授―はは、ボクだってわからないさ。ただ一般的に自然保護と言った場合、きれいなものや珍しいもの、貴重なものの点的な保護保全、つまり種の保全に傾きがちだったけど、それだけじゃいけない、もっとトータルな生態系の保全を考えなくちゃいけないぐらいの意味だと思うけどね。

Aさん生物多様性条約というのがありましたね。

H教授―うん、CBD(Convention on Biological Diversity)と略している。92年に採択、翌年日本も条約を締結し、93年に発効した。ほとんどの国が締約国になっているんだけど、ここでも米国は未加盟だ。

Aさん―どうしてですか。

H教授―条約の目的は生物多様性の保全だけじゃなくて、「生物多様性の構成要素の持続可能な利用」と「遺伝資源の利用から生ずる利益の公正で衡平な配分」というのを上げている。
この最後の文言が多くの遺伝資源の原産国である途上国を利する、つまり途上国の生物などから薬などを開発した米国の利益が減ると判断したんだろう。
まったくしようがない国だよねえ。イランや北朝鮮のことを言えるんだろうかと思っちゃうよ。

Aさん―センセ、センセイ。そういう話はほどほどに。

H教授―わかった、わかった。ところでCOPというのは気候変動枠組条約締約国会議のことだと思われがちだけど、実は "Conference Of the Parties"、つまり単に条約の締約国会議のことなんだ。だから多様性条約の締約国会議もCOPで、開催回数の数字をつけて、COP6とかCOP10などと言うんだ。
多様性条約のCOPは一年おきに開催されているんだけど、2002年のオランダのハーグで開かれたCOP6で「2010年目標」というのが決められた。
内容は簡単で、多様性の損失速度を2010年までに顕著に減少させるというもので、COP6以降その具体的な分野別の目標や評価方法などをまとめてきた。

Aさん―生物多様性の損失の現状ってどうなってるんですか。

H教授―地球規模生物多様性概況(Global Biodiversity Outlook:GBO)【8】というのを条約事務局がまとめている。2006年にはGBO2を報告・公表しているんだけど、生物多様性の健全性を測る15の指標のうち12の指標で悪化しているとしている。
また、その中では2000年以降、毎年600万haの原生林が消失したとか、1970年から2000年の間に水系の生物の個体数は50%、陸域生物の個体数は30%減少したと評価している。また地球規模での生物資源に対する需要は、生物資源の再生能力の20%を越していると評価している。
つまり、生物多様性の観点からすれば、持続可能な社会では決してないと言ってるんだ。

Aさん―ひぇえ、ロンボルグの言ってることとだいぶ違いますね。

H教授―ほかにも国連が2001年から2005年までかかってまとめた「ミレニアム生態系評価」(Millennium Ecosystem Assessment:MA)というのがある。
それによると過去40年間で河川湖沼からの取水量が倍増したとか、1980年以降にマングローブが35%失われ、サンゴ礁の20%が破壊されただとか、窒素の海への流入量は1860年の倍に達するとか言っている。
さらに魚類資源の少なくとも4分の1は漁獲過多に陥っていると評価している。
先月、マグロについての国際会議が神戸で開かれ、漁獲規制の話が決まったけど、漁獲過多はマグロだけじゃないんだね。
で、結論的には人類により引き起こされた絶滅速度は自然状態の約100から1,000倍だと言ってるし、来世紀までに鳥類の12%、両生類の32%が絶滅すると評価している。
【8】 地球規模生物多様性概況(GBO)について
CBD > GBO1(英文)
CBD > GBO2(英文)
地球規模生物多様性概況第2版(Global Biodiversity Outlook 2: GBO2)の概要

Aさん―その評価の中には、人為的な温暖化などによる間接的なものは入ってないんでしょうね。温暖化が原因だなんて、なかなか確かな証拠がないですもんね。

H教授―いや、それが入っているようだ。他にも過剰なリンと窒素の流入などによるものも入っているそうだ。

Aさん―ふうん、その目標年が2010年ですか。もうすぐですね。

H教授―うん、その節目の年に開かれるCOP10の開催国に日本が立候補することを先月閣議了解した【9】。開催地は大阪と名古屋が手を挙げたんだけど、名古屋に決まった。

Aさん―立候補しただけで、決まったわけじゃないんですよね。

H教授―来年ドイツで開かれるCOP9で決まるんだけど、他に立候補国がないようだから、すんなり決まるんじゃないかな。
この条約のもとにカルタヘナ議定書というのがあって遺伝子組換生物の取扱いについての国際的な枠組を規定している【10】。この議定書締約国会議も同時開催されるということだ。

Aさん―じゃあ、日本も本格的に生物多様性保全に取り組まなきゃいけないですね。
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【9】 生物多様性条約COP10等に関する閣議了解について
生物多様性条約第10回締約国会議等に関する閣議了解について(平成19年1月16日環境省報道発表)
【10】 カルタヘナ議定書の発効
第15講(その3)「カルタヘナ議定書と遺伝子組換え」
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