環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを、環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。
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第52講「独断と偏見のキューバ社会論」
第51講『キョージュ、「拡大」国内排出権取引制度を論じる』
第50講「我、疑う故に我あり ──反温暖化対策論考」
第49講「IPCC第四次報告書と生物多様性保全」
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No. 第52講「独断と偏見のキューバ社会論」
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Issued: 2007.05.10
H教授の環境行政時評(第52講 その3)
キューバ研修と環境研修のあり方をめぐって

Aさん―ところで、センセイ、前講では先送りにしましたけど、キューバへは何しに行かれてたんですか?

H教授JICA(国際協力機構、旧・国際協力事業団)では、昔から途上国の役人や技術者を対象にした研修を行っていたんだけど、新たな試みとして6年前に国別特設研修というのをはじめた。その第1号がキューバだったんだ。

Aさん―国別特設研修?

H教授―うん、それまではいろんな途上国からの混成部隊で英語を用いた研修だったんだけど、一国を対象に毎年10人を5年間呼んで、その国の言葉で研修を始めることにしたんだ。

Aさん―その第1号がキューバだったんですね。

H教授―うーん、というよりキューバになんとか唾をつけておきたいということで、考え出したという方が正確じゃないかな。今のところ第2号が出てこないもんな。

Aさん―どういうことですか。

H教授―キューバは、米国がヘルムズ・バートン法などという稀代の悪法をつくって経済封鎖を行っている。国際法上からおかしいと国連でも再三非難されていて、日本も一応は反対している。なにしろ昨年の国連総会では米国非難決議に賛成183、反対はわずか4で、米国、イスラエルそれに米国の保護領のようなパラオ、マーシャル群島だけ、棄権が同じくミクロネシア1カ国。でも当然のごとく、ブッシュさんは馬耳東風。
それでも、日本は米国に遠慮して未だにキューバに対する本格的な援助ができないでいる。一方、冷戦構造崩壊以降はヨーロッパやカナダなどがキューバに相当の援助をしてきた。だから本格的な援助まではいかないにしても、ポスト・カストロのことを考えて、今のうちに唾をつけておきたいということなんじゃないかな。
そしてテーマが「環境」だったら、日米関係にも影響しないだろうということで、対象を環境マネジメントの研修ということにした。

Aさん―そうか、カストロさんは先日大手術を受けられたですもんね。
もう80歳でしょう?

H教授―うん。で、その研修の委託を受けたのが大阪にある財団法人のGEC(地球環境センター)。ここはUNEPの支援法人でJICAなどの委託で途上国からの研修生の研修などを行っている組織で、大阪府、大阪市と旧環境庁、そして外務省の肝入りで作られたんだ。
で、ボクは昔、環境庁の環境研修センター所長をしていたもので、研修のプロとして、研修プログラムをどうしたらいいかなどを議論する委員会の座長を引き受けさせられたんだ。

Aさん―(疑わしそうに)研修のプロ? ホントかな?

H教授―(慌てて)ま、多少はそういうのもあったと思うよ。
本音のところは、事務局の言うことをちゃんと理解してくれる役人OB、それも顔見知りの奴がいいということになったのかも知れないけどね。

Aさん―うん、それならわかります。でもセンセイ、スペイン語はおろか英語もできないくせに、よく受けられる気になりましたね。

H教授―“窮鳥懐に入らずんば”ってやつだな。

Aさん―またわけのわからないことを。

H教授―頼まれたらいやとは言えないだろう。それに、もし現地訪問ということになってもスペイン語圏だと通訳さんが付くだろうしね。
あと前講でも言った通り、やはりキューバという国自体にすごく興味があった。あんなちっぽけな国が隣の超大国から徹底的にイジメを受け続けているのに、ソ連が崩壊したのちも毅然とした対応をとっているなんて、すごいじゃないか。

Aさん―要はキューバに行かせてもらえるかもしれないというので飛びついたんだ。
で、6年前、キューバに行かれたんですね。

H教授―うん、研修の内容について合意を取り付けなきゃいけなかったからな。
行きしなにメキシコに寄ったんだけど、メキシコシティーではすさまじいクルマに閉口。それに較べてキューバはクルマは少ないし、ハバナの街はのんびりとしていて、貧しいけれど人々は平和そうだった。スラムもストリートチルドレンもない途上国なんてまずないんじゃないかなあ。別世界のようだった。
その帰りに乗り換えのためメキシコシティーで降りたときがちょうど9・11だった。おかげで何日も足止めを食らったから、よけい印象は強烈だった。

Aさん―で、研修がはじまったわけですね。

H教授―うん、ボクも講師を引き受けた。それで5年間が過ぎた。キューバ側からはもっと続けてほしいという要望があったし、ボクたちもそうしたかったんだけど、情勢が変わった。

Aさん―え? どうしたんですか。

H教授―JICAのトップが緒方サンになった。緒方サンは高等難民弁務官だった。緒方サンは、JICA予算はもっとも貧しいアフリカにシフトすべきだとの強い意志をお持ちで、一方じゃあODA予算も減る一方。
結局、JICAの担当が要望を出していた研修経験者によるキューバ現地セミナーの予算は付かなかったようだし、キューバ政府から公式要請のあった研修の延長、つまり第2次キューバ研修計画も難しそうだ。
ただ、研修経験者による現地セミナーはJICAとGECの共催のつもりで、GECではすでに予算化していた。で、GECが試しにキューバ側に打診したところ、ぜひやってほしいとのことだったので、GEC単独で開催することにし、ボクも特別講演をやるということで連れて行ってもらうことになったわけだ。

Aさん―じゃあ、JICAはノータッチだったんですか。

H教授―いや、側面から援助してくれた。JICA専門員で世界を飛び回っておられるT先生も現地で落ち合って講演してくれることになったし、JICAメキシコの担当者も同行してくれた。

Aさん―で、日本からはどなたが行ったんですか。

H教授―ボクと同年輩のGECのTさんが団長。いやあ、この人は楽しい人だったなあ。そして日本語オンリーだったのはこの団長とボクの2人だけ。だから意気投合して…というか、いじけあって毎晩ボクの部屋で2人して飲んでいた。
そして事務担当として、GECの見目麗しい女性2人、そしてメキシコからは美貌の通訳さんも一緒だった。

Aさん―ちぇっ、鼻の下を伸ばしちゃって。
女性3名に取り囲まれたんですね。福の神というか女神3人に取り囲まれて──

H教授―うん、うん(ニコニコ)。

Aさん―…取り囲まれた貧乏神がどこへも逃げ出せなかったというわけだ。可哀想に。

H教授―う、うるさい!

Aさん―ところで、キューバ側の反応はどうだったんですか。

H教授―いやあ、熱烈大歓迎。どこへ行ってもかつての研修生が出てきて、日本の研修をこういうふうに生かしたって話を延々とされたし、急遽開催を決めた現地セミナーだったけど、20名ほどの研修生が参加、向こうの副大臣や環境庁長官まで出席され、おおいに盛り上がった。あんなに日本の研修が歓迎されたのは初めてだって、GECの人たちも感激していた。
ただねえ、熱心すぎて土日も遊びに行けなかった。ボクとしては前回はずうっとハバナだったから、今回はいろんなところに行けるかと思ったけど、結局はずうっとハバナで、2日間のセミナー以外の日は、ずうっと現場視察。それも前回行ったのとまったく同じところ、つまり研修経験者のいる環境関係の職場回りだけだったのが残念だったな。休日までその職場の長以下全員がボクらのために特別出勤するって言うんだから。

Aさん―(無視して)キューバ側はもっとこの研修をもっと続けてほしかったんでしょうね。

H教授―うん。正規に要請もしているしね。
で、ちょっと思ったことは日本の戦後の発展の一翼を担ったのは日本人の海外での研修じゃなかったかなということだ。1人が外国で研修を受けて帰ると、学んだことを自分の周りに広げ、それを聞いた人はまた周りに広げていく。そういうふうに海外での研修の成果があっという間に国内に広がっていった。それは多分、当時の日本社会の精神的風土に根ざしたものだったんだろうな。
今では日本が途上国の人たちを研修する立場になったわけだが、残念ながら途上国では必ずしもそうはなっていないようだ。途上国から来た研修生が日本で得た研修の成果はしばしば研修生個人の財産になってしまうことがあるようで、なかなかその国に広がるということにはならないようだ。
でも、キューバはまさに日本の昔と同じで、その成果を周りに広めようと一所懸命なんだよね。ひょっとするとそれは現代の日本ではもはや希薄になってしまったものかもしれない。

Aさん―ふうん、センセイは環境庁の環境研修センターにおられたんでしょう。そういう環境研修ってどの程度役に立ってるんですか。

H教授―うん、環境研修センターの研修ってのは主として自治体や各省の出先機関の環境担当などを何十人か集めてする集団研修なんだ。専門のコース別で年間何十コースとやっているんだけど、1コース当たり、短いもので10日、長いものなら1ヶ月以上の合宿。
最新の技術や知識を習得できるって直接的な効果はもちろんのことなんだけど、同じような仕事上の悩みを抱えた連中の固い連帯ができる。「同じ釜の飯を食った仲間」ってわけだ。そうした何十人かが元の職場に戻った後も何か困ったときには電話やなんかで相談しあえる。それが一番大きい効果じゃないかと思う。
そういう横のつながりを持った全国に散らばるグループが毎年何十もでき、トータルではおそらく何千人となるだろう。その効果を定量的に測ることは不可能だけど、自治体の環境行政担当者同士のインフォーマルな連携を図る上できわめて大きい効果があったと思うよ。

Aさん―キューバ研修も同じなんですか。

H教授―だと思うよ。各地や各省の環境行政を担当する毎年10人の横のつながりを持ったグループが5つ誕生した。それぞれのグループに同じ職場の人もいたりして、タテのつながりもできて、トータルで50人の層が誕生したわけだし、セミナーでは同窓会も作ることが決議されたんだ。

Aさん―他の国の場合はそうはいかなかったんですね。

H教授―今までは世界の途上国からバラバラに1人ずつ、10人やそこらを集めて研修してたんだけど、それが終わったあと、例えばGECがNET上で情報交換の場を作ったりしているんだけど、必ずしも十分に機能してないみたいだ。まして現地でセミナーを開催しようとしても、これまではうまく行かなかったみたいだ。

Aさん―だとすると途上国研修のやり方も考えた方がいいですよね。

H教授―うん、国別特設研修コースがもっとも効果的だと思うけど、それがダメならせめて地理的にも近く、似たような環境の状況にあり、同じコトバを話す数カ国から数名ずつ集めるような研修コースに改めた方がいいと思うな。

Aさん―で、環境研修が具体的にキューバの環境改善にどの程度役に立ってるんですか。

H教授―(渋い顔で)うーん、研修生をはじめ、環境関係者は一所懸命だし、それなりに効果はあるんだろうけど、やはり生産設備そのものがおっそろしく旧式の劣悪なものをだましだまし使っているような状況だし、モニタリング機器も圧倒的に不足しているからなあ。
例えばハバナ湾の汚濁問題の解決にしても牛歩の歩みで、抜本的な解決のメドは立っていない。
そんな中、環境研修だけでなく、日本からは特定課題に対応する専門家を派遣して、改善計画なども立案しているんだが、とにかくキューバ側には先立つものがないというのが、正直なところのようだ。
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