環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを、環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。
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第52講「独断と偏見のキューバ社会論」
第51講『キョージュ、「拡大」国内排出権取引制度を論じる』
第50講「我、疑う故に我あり ──反温暖化対策論考」
第49講「IPCC第四次報告書と生物多様性保全」
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No. 第52講「独断と偏見のキューバ社会論」
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Issued: 2007.05.10
H教授の環境行政時評(第52講 その4)
独断と偏見のキューバ社会論

Aさん―なるほどねえ。で、キューバってそもそも、どんなところなんですか。

H教授―米国の鼻先にある島国だ。面積は日本の3分の1ぐらい。ただ、山が少ないから平地面積だけでいうと日本と大差はない。人口は1100万人だから日本の10分の1ぐらいかな。
キューバ革命は1959年に起きた。海外からの支援もなく、キューバ共産党も出し抜いて、カストロやゲバラがバチスタ政権の圧政を倒したんだ。当初は別に反米じゃなかったんだけど、宗主国気取りの米国の卑劣で拙劣な対応が裏目に出て、結果的にはソ連陣営に押しやることになった。

Aさん―じゃあ、ソ連崩壊後は大変だったんじゃないですか。

H教授―うん、今でも大変さ。モノカルチャー体制で農産物をサトウキビに特化させて東側に輸出し、その見返りで東側陣営からの原油や生活必需品などを格安で輸入していたんだけど、それが止まってしまった。
で、一気に経済事情は悪化。やむなく循環型の有機農業に切り替え、自給体制をとるとともに、国民の生活も大幅な窮乏化をやむなくされた。

Aさん―よくそれで体制が崩壊しなかったですね。

H教授―うん、歯を食いしばってがんばり抜いた。その後、一定の制限下で自由化を導入。個人営業なども認めるようにしたし、国民にも外貨――以前はドルだったけど、今は外貨に対応するCUCという兌換ペソ――の保有・使用を認めるようになった。観光客の誘致にも力を入れ出し、外資を導入しての観光産業はキューバ第一の産業になりつつある。

Aさん―じゃ、中国やベトナムと同じですね。

H教授―いや、それが違うんだ。中国やベトナムと違い、土地や大きな生産手段の私有は、名目的にも実質的にも認めていないし、これからも認めないだろう。小金持ちはたくさんできたようだけど、大したカネの使い道がない。高級住宅だって買えない。だから格差は開いたとはいっても、たかが知れている。
自由化のおかげで、経済は上向きはじめたし、今じゃベネズエラのチャペス大統領のような信奉者も出てきて、ベネズエラから格安で原油を輸入し、多くの医師をベネズエラの貧民街に派遣するなどして、南米ではネオリベラル政策の展開で貧富の差が拡大するなか、キューバの魅力は増してきているようだ。各国でも反米派の力が増している。
環境問題でも昔から熱心な姿勢を示していた。92年のリオ・サミットでもカストロさんの熱弁は圧巻だったし、同年制定された新憲法では環境保全と持続可能な開発を謳い、環境担当組織の整備や環境アセスを導入、97年には新・環境法や国家環境戦略が制定された。
より貧しい国には身を削ってなけなしの援助をするなどして、一言で言えば、国際的にはキューバのソフトパワーはすごいものがある。

Aさん―ふうん、じゃあ公害や自然破壊などは総じて少ないんですね。

H教授―さっきも言ったように、熱心だけど、抜本的な汚染対策をやろうにも米国の敵視政策、経済封鎖のなかで先立つものがない。だから環境基準や排出基準なども未だに準備中ということで、なかなか公布されない。そのためのモニタリング装置なども十分じゃないからなあ。だからいろんなところで環境問題が生じていて、苦慮しているようだ。
ただ、幸か不幸かクルマの数などは圧倒的に少ないから、途上国によくみられる首都での交通公害などは起きていない。動いているクルマは皆、とんでもない年代モノ。「もったいない」というコトバは今やキューバのためのものじゃないかな。
なにしろ「ヒッチハイクには応じるように」とのお触れも出ているらしいぜ。

Aさん―ふうん、やっぱり貧しいんだ。じゃ、今はカストロさんのカリスマ性でなんとか持っているかもしれないけど、そのあとはふつうの途上国になっちゃうんじゃないですか。

H教授―うん、そう見ている人もいるようだけど、ボクはそうはならないような気がする。

Aさん―どうしてですか。

H教授―59年以前のバチスタ体制を覚えている老人層が健在だというのが一点。革命のおかげで、医療と教育では途上国のなかではピカイチで貧富の格差も著しく少ない。平均寿命も77歳、識字率だって98%と先進国にひけをとっていない。
基本物資の最低限の配給制度のおかげで飢え死にする人もいないし、スラムもない。
ボクらが会議に出てもいろんな色の人がいるし、男女比もほぼ半々。多分、人種差別や男女差別が世界でもっとも少ない国だろう。
こういうある意味で公正な社会を、今さらかつてのバチスタ時代には戻せないと思うよ。

Aさん―先住民差別もないんですか。

H教授―先住民はスペイン統治時代に根絶やしにされた。だから奴隷の子孫の国なんだ。
そしてもうひとつ、社会主義国のなかではノメンクラツーラができなかった。これが体制維持のもうひとつの決定的な理由じゃないかと思う。

Aさん―ノメンクラツーラ?

H教授―特権官僚層のことだ。他の社会主義国では、彼らは名目給料はともかくとして、庶民にない数々の特権――高級住宅、別荘、クルマ…――をいっぱい持っていて、実質的な貧富の差は大きかった。
でも、キューバでは実質的な政策決定者層にしても、そういう特権を持っていないみたいだし、万一そういう輩が出てきたとしても、下からのパワーでひっくり返せる仕組みのようなものがあるみたいだ。そういう意味では一党独裁とは言っても、ある種の下からの民主主義は機能しているようだ。

Aさん―汚職はないんですか。社会主義国だけじゃなく、途上国では当たり前なんでしょう?

H教授―それは途上国だけじゃないだろう。
キューバの日本大使館では、キューバでも小さな汚職はきっとあると思うと言っていた。だけど、こういう言い方がされるということはそれ自体汚職が極端に少ない社会だということを立証しているようなものじゃないかな。
つまり、キューバ社会の政策決定者層や政策実施者層には日本の江戸時代の「武士は食わねど高楊枝」みたいな心意気が息づいているんだと思うよ。ここのタガが外れない限り、カストロさん亡き後もそう簡単に体制は崩壊しないと思う。

Aさん―センセイ、随分キューバに入れ込んでるみたいですね。

H教授―はは、ぼくの持論ではこれからの目指す社会は公正な社会であり、持続可能な社会だと思う。キューバは貧しいながら、その可能性を持った社会のひとつだと思うな。
医師や国営企業のトップとホテルのメイドさんのどちらの方が実入りがいいかわからないなんて国は、まずないだろう。

Aさん―でもセンセイは2回キューバへ行っただけでしょう。それでキューバのことがわかるんですか。

H教授―もちろん一旅人の無責任な感想というか、独断と偏見のキューバ観にしかすぎない。わからないこともいっぱいあるしね。
例えば、国民の家財道具や電化製品がどの程度のものかわからない。外国人はCUCという兌換ペソしか使えない。一般の国民は給料はふつうのペソで、それぞれ使える店が決まっている。だけどボクはふつうのペソが使える商店やマーケットを知らないし、ハバナの街でもわからなかった。だいたい他の途上国と違って商店が極端に少ないんだ。
庶民はどこで買い物をしているのか、CUCをどうやって手に入れているのかもよくわからない。
CUCとペソは公定比率では1:1だろうけど、実際には1:25だって話もあるから、経済指標もどう読めばいいのかわからない。だけど、みな表情は明るい。謎の国だよねえ。

Aさん―それでもセンセイはキューバが好きなんだ。

H教授―うん、青年期のボクにとってのシンボリックな存在は、ゲバラだったんだ。

Aさん―で、今のセンセイはデバラ(出腹)で、メタボリック熟年なんですね。
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(平成19年5月2日執筆、同年同月7日編集了)
註:本講の見解は環境省及びEICの見解とは一切関係ありません。
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