環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを、環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。
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第63講 「風雲急を告げる道路特定財源問題と温暖化問題」
第62講 『ニッポン、国内排出量取引制度導入に政策転換』
第61講 『日本列島、1月の環境狂騒曲』
第60講 『京都議定書第一約束期間初年』
第59講 『翼よ、あれがバリの灯だ! 付:拡大フィフティ・フィフティ』
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No. 第62講 『ニッポン、国内排出量取引制度導入に政策転換』
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Issued: 2008.03.12
H教授の環境行政時評(第62講 その2)
国内排出量取引制度の検討開始へ
H教授―いやあ、急ピッチで情勢が動いているねえ。

Aさん―なんのことですか。

H教授―前々から言っていた国内排出量取引制度だが、急に動きが慌しくなった。

Aさん―ところで排出量取引と排出権取引は違うんですか。

H教授―同じことだ。昔は圧倒的に「排出権取引」と言うことが多く、Google検索では「排出権取引」の方が断然多い。でも、最近は役所もメディアも「排出量取引」と呼ぶことが多くなったようだ。
いずれにせよ、2月に入ってから、これが急ピッチで動き出した。
経産省では、局長が排出量取引の勉強会を設置すると報じられた【6】
自民党でも勉強会を始め、ついに福田サンも腰をあげて、首相直轄の地球環境に関する有識者会議を立ち上げた。排出量取引が主要テーマになると報じられ、産業界の重鎮もメンバー入りしているらしい。
これまで一枚岩で反対を唱えていた経団連など産業界でも、あちこちから「入り口で反対するのでなく、中身の議論を」などと言い出していて、容認の道を突っ走り出したようだ。反対の急先鋒だった経団連の会長も、「世界のマジョリティなら積極的に検討していく価値がある」と言い出す始末。頑なに反対してきた鉄鋼連盟と電事連だけが取り残されそうな勢いになってきた。

Aさん―そういえば東京証券取引所グループも「排出量市場」の創設に向け、検討をはじめるそうですね。
でも、なんでこんな急ピッチに動き出したんですか。

H教授―福田サン自身が指示した可能性だってある。ま、いずれにせよ、経産省官僚だって産業界だって、もうこれ以上の門前払いは保たないと思っていたのだろうし、誰か自陣営から言い出すのを待っていたのかも知れない。

Aさん―「これ以上保たない」って?
【6】 経済産業省の排出権取引に関する局長研究会
http://www.meti.go.jp/press/
20080229006/20080229006.html
H教授―だって国際的な流れをみれば一目瞭然だし、直接的には米国の動きだろう。
共和党のブッシュさんは、今では口先で温暖化対策を言うようになったが、本心は温暖化対策にきわめて後ろ向きなのはキミも知っての通りだ。
だが、もはや誰が次期大統領になろうともブッシュ路線の継続はありえず、米国の大幅な政策転換は必至とわかったからじゃないかな。
米国では大統領予備選挙が進行中だが、民主党ではオバマさんとヒラリーさんが激しく競り合っていて、どうやらオバマさん優勢のようだ。共和党の方はマケインさんで決まった。そして、この3人が3人とも温暖化対策推進を言い出していて、ポスト・ブッシュ政権は国内排出量取引制度を構築し、EUの排出量市場と統合の方向に動くのは確実だ。
もともと米国は排出量取引発祥の地だ。SO2ではかなりの実績と経験があるから、そうなればあっという間に進展するだろう。
米国に追随していたオーストラリアが一足先に方向転換し【7】、その米国までが政策転換必至となれば、日本だけが取り残されるのは誰の目にも明らかになったからだと思うよ。
おまけに7月にG8洞爺湖サミット、それに先んじて神戸で環境大臣会合が開かれるんだもの、このままいけば世界の笑いものになるのが避けられないと察したんだと思う。

Aさん―でも、そんなこと去年のうちからとっくにわかってたことじゃないですか。先の読めないセンセイだって…。

H教授―こらこら。
【7】 オーストラリアの方向転換
第59講(その2)「温暖化をめぐる攻防―バリを目前にして」

Aさん―いけない(ぺろっと舌を出す)。
センセイは2〜3年前からずうっと言ってましたものね。でも、こんな急激な方針転換なら、産業界も経産省も大慌てじゃないですか。

H教授―そんなことはないさ。さっきも言ったように、よっぽどのぼんくらトップでない限り、誰もがそうなることは必至と考えて、そうなったときの対応策を秘かに練っていたと思うよ。

Aさん―えー、うそでしょう。

H教授―ずっと大昔の公害闘争華やかなりし頃の話だけど、自動車排ガスの規制のときがそうだった。ボクは関わってないし、古いことだからうろ覚えなんだけど、概ね次のような経緯だったと思う。
世界に先駆けてアメリカが世界で一番クリーンなクルマを作ると宣言し、
マスキー法を制定。それに対抗して日本でも日本版マスキー法をつくろうとしたとき、運輸省や自動車メーカーは技術的に不可能だとして、こぞって規制に猛反対した。運輸省から出向していた環境庁の担当課長が板ばさみに悩んだ末に蒸発した事件さえも起きた。
だけど、自動車メーカーの社長たちは政財界に規制つぶし運動を行う一方、自社に戻ると、技術陣に何がなんでも他社に先駆けて規制をクリアできる技術開発をしろと厳命。
一方、世論をバックに自動車排ガス規制が一定の猶予期間をおいてついにスタートすることになった。
技術的に不可能だといっていた自動車メーカーも、全社が規制をクリアできる技術開発に成功し、日本車は世界でもっともクリーンなクルマとして名を馳せ、経済的にも大躍進したんだ。
環境と経済がみごとに両立した例とよく言われているよ。

Aさん―え、だって排ガス規制はアメリカの方が先行したんでしょう。

H教授―アメリカのマスキー法は、自動車メーカーのロビイストの働きかけが功を奏し、ついに発動されないままお蔵入りになったんだ。だから日本車が世界一のクリーンカーになった。
話をもとに戻すと、おそらく大半のメーカートップたちも排出量取引制度の導入は、個人的には必至だと考え、そうなったときの対応策を考えてきたに違いない。
だけど日本は依然として護送船団方式の残滓が残っていて、経産省も含めて、ぎりぎりになるまで、誰も中からの方向転換を言い出せなかったんだと思うな。

Aさん―へえ、じゃあ案外、環境税もそうなんですか。

H教授―うん、間違いないと思う。ただ、最初に誰がそれを言い出すかなんだよね。
個人的にはガソリン暫定税率維持、道路特定財源死守なんていってる今が絶好のチャンスだと思うんだけどな。

Aさん―ま、その話はあとにしていただくとして、国内排出量取引制度を導入するにはどういう問題があるんですか。

H教授キャップ&トレードのキャップ、つまり大工場などの発生源ごとに排出できるGHG──主としてCO2だけど──の量、つまり排出量割り当てをどう決めるかだよね。
政府が一方的に発生源ごとのキャップを決めて割り当てる方式を「無償配分方式」と言うんだけど、「強制割り当て方式」と言った方がわかりやすいかもしれない。これにも2つあって、簡単なのは過去の排出実績をもとに割り当てる方式だ。例えば、今までの排出実績からの一律○割カットのようにね。これを「グランドファザリング方式」といい、EUのスタートはこれだった。
ただ、この方式では相対的に得をする業種と損をする業種が出てくるし、これまで一所懸命排出削減に取り組んできた工場・事業場がバカを見るということにもなりかねない。
排出実績だけじゃなく、業種ごとのエネルギー効率だとか、過去の省エネ実績だとか、いろんな要素を噛み合わせてできるだけ合理的なキャップにすればより公平だ。もっとも、膨大なデータが必要だし、総論賛成各論反対で議論百出となるかも知れないがね。これを「ベンチマーク方式」というようだ。経産省や産業界はこの方式を考えているかもしれないな。

Aさん―無償配分方式というか、その強制割り当て方式以外にもキャップの決め方はあるんですか。

H教授―うん、それがオークション、つまり競売方式にして、キャップを入札で決めようというものなんだ。胴元が政府ということになって、排出量と価格の入札をやって決める方式だ。
EUは総排出量の5%をオークションで決めていたけど、この割合を10%に増やすそうだ。
これまで経験がほとんどないから、実際にやるとなるといろんな問題点が出てくるだろうし、価格変動が経営に与えるリスクだってあるから、うまくいくかどうかわからない。
もともと全量をこのオークション方式でやるなんてことは、まずできないんじゃないかと思うけどね。

Aさん―キャップの割り当てが難しそうですね。いっそのことキャップなしの排出量取引って考えられないんですか。

H教授―常識的には不可能だろう。
理論的なものとして「ベースライン&クレデイット方式」というのが提唱されているが、この場合だって「ベースライン」というのがキャップに相当するわけで、キャップなしというわけじゃあない。

Aさん―現在でも業界ごとに自主行動計画で削減目標量を決めているわけですから、これを業界全体のキャップにして、あとは業界に任せるということだってあるんじゃないですか。

H教授―その場合だって、各発生源には業界団体の中で調整して割り振るわけだから、それがキャップということになる。いかにも日本的だが、うまく割り振れるかどうか。それにやはりある種の護送船団方式になってしまう気がするし、微温的な排出抑制しかできないんじゃないかな。

Aさん―キャップを一切課さないまま、ある工場が削減したCO2を入札制で競売にかけることだってできるんじゃないですか。

H教授―「削減した」というからには、いつの時点から削減したかということになって、もとの量がいわばキャップになるんだ。それはともかくとして、じゃあ、その削減分を一体誰が買うんだい。キャップがあって、その達成が難しいからこそ買うわけで、そもそものインセンティブが働かないだろう。

Aさん―じゃ、政府が買えばいいじゃないですか。何らかの形で削減することが利益になるようにしなければいけないわけだから。

H教授―政府が買うということは、結果的には税の還付ということになる。それに、排出を増やすところからは、余計にカネ、つまり税金をとらなきゃ不公平だよね。となると…。

Aさん―あ、そうか。排出量取引じゃなく、一種の環境税になるんだ。
でも民間が買うことだってあるんじゃないですか。メーカーでなくても、量販店だって、市場でCO2を自社の排出量分だけ買ってきて、「わが社はCO2排出量ゼロです」というのを<売り>にして、消費者の支持を得ることだってあるかもしれないですよ。

H教授―いい発想だな。つまりそれは排出量取引というよりは、一種のカーボンオフセットだよね。排出量取引は大きな発生源からの排出量を減らすための社会的な仕組みだけど、環境税やカーボンオフセットはわれわれの家庭も含めて、もっと広範なところからも排出を減らすための社会的な仕組みということになる。
また、今までの話は経済的な手段、社会的な仕組みとしてCO2を減らそうという試みなんだけど、そのおおもとではエネルギー効率の向上だとか、省エネがなされねばならないのだけど、それだけでCO2を大きく減らすのは難しい。だってエネルギーはわれわれの社会にはなくてはならないものだからだ。

Aさん―だからエネルギー源として、そもそも化石燃料以外のものに替えていこうじゃないかということになって、カーボンニュートラルとか自然エネルギーや再生可能エネルギーとかの話につながっていくわけですね。
H教授―そうそう。また排出量取引の話に戻るけど、環境省では3年間自主参加企業による排出量取引の実証プロジェクトをやってきたけど、その結果をうまく生かした制度設計ができるかどうかだな。
いずれにせよ、これからどういう議論がなされ、どういう制度設計がされるか見ていく必要があるし、東京都の条例【8】がどうなるかも楽しみだ。個人的意見としては、かつて話した国内CDM【9】もぜひセットで議論してほしいね。
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【8】 東京都の条例
第54講(その4)「都が拡大排出権取引にチャレンジ?」
【9】 国内CDM
第51講(その4)「低炭素社会に向けて ──拡大排出権取引」
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