環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを、環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。
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第71講『いまこそ「時のアセス」を!』
第70講『憂鬱なる硬派―「人類は絶滅する」考』
第69講 「激動の9月」
第68講 「夏の夜の夢―キョージュの2030年論」
第67講 『戦いすんで日が暮れて─洞爺湖サミット終了!』
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No. 第70講『憂鬱なる硬派―「人類は絶滅する」考』
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Issued: 2008.11.07
H教授の環境行政時評(第70講 その4)

H教授―化石になる生物というのはごくごく一部に過ぎないから、化石記録でそこまで断言できるかという点に疑問は残るし、それが事実だとして、それはなぜかという内的なメカニズムもわかっていない。それに研究者間で概ね合意に達している「種」でなく、ある意味恣意的に定義され、研究者間で意見も食い違うような「科」を選んだことにも納得がいかない。

Aさん―つまり、眉唾ものということですね(胸をなでおろす)。

H教授―でも、6回目の大絶滅の渦中にあるということはその通りかもしれないと思うな。
史上かつてないスピードで野生動植物が減少していっていることは、超楽観主義者ロンボルグ【14】がなんと言おうと事実だろう。

Aさん―えー、じゃあセンセイも近々人類は絶滅すると?

H教授―それには疑義が大いにある、というか、そんなことを認めちゃいけないと思う。
例えばネイティブアメリカンだ。
ある種のエコロジストは、かつてのネイティブ・アメリカンやアイヌなどは大自然を畏敬し、自然と一体になった生活をしていたと賞賛する。
でも最近の研究によれば、ネイティブアメリカンの祖先はすぐれた狩猟技術で多くの大型動物を破滅に追いやったらしい。だが、有史前のあるとき、そのことが結局は自分たちの首を絞めるということに気付き、ライフスタイルを意識的に変えたんだ。だから北アメリカはヨーロッパ人が侵略するまでは多くの自然が残された。
つまり回心したという前例があるじゃないか。
ヨーロッパ人にはそういう回心はなかったようで、かつて牧草地にするために、ありとあらゆる森林を切り開いた。だけどやはり、十何世紀かになってようやくそのことの誤りに気がついてからは森の造成に励んできたんだ。酸性雨被害で一躍有名になったドイツのシュバルツバルトの森、俗称「黒い森」だって、原生林じゃない。人々が復元した森なんだ。
もっとも、それから以降も、新世界へは侵略し、自然破壊を続けたけどね。
【14】 超楽観主義者 ロンボルグの主張
第12講(その2)「ロンボルグの波紋」

Aさん―日本はどうなんですか。

H教授―日本の場合は、平地部は江戸時代までに多くは田畑に姿を変えたけど、幸か不幸か急峻な地勢のため、国土の7割を占める山地とそこでの森林の多くは残った。
現在でも国土の67%が森林という世界でも有数の森林大国だ。それでもって、江戸時代には世界に類を見ないエネルギー非消費型の高度な文化を循環型社会の中で築き上げた。もちろんそこには差別とか飢餓とかの多くの悲劇、惨劇もあったけどね。
また北海道のアイヌの人たちは、和人やロシア人と交易しながらも、もっと素朴な自然哲学を持っていたことも誇っていいことだと思うよ。

Aさん―それはともかくとして、過去のそういった事例を思い浮かべると、このまま大絶滅に突き進むと考えるのは早計で、ネイティブアメリカンが、これ以上の発展や成長を断念し、安定と持続、自然との共生の道を選んだように、ヒト社会もそういう選択をするかもしれないし、そのために残された時間はまだあるということですね。

H教授―うん、少なくとも生物多様性だとか循環型社会だとか持続可能社会だとが、口先だけかもしれないけど、今や大抵の人がいうようになったじゃないか。

Aさん―そうか、よかった。
ヒトは「ダーウィン・ディレンマ」を超えられるか

H教授―うーん、安心するには早すぎる。ボクは誰よりも“硬派”で任じているんだけど、この『人類は絶滅する』を読んだ後、かつてボクが国立環境研究所で仕えたI先生の卓説『進化する社会の光と影』【15】を読んでガックリしてしまい、憂鬱になった。さしずめ“憂鬱なる硬派”になってしまったと言ったところかな。

Aさん―えー、センセイが硬派? 冗談でしょう。

H教授―石は硬いじゃないか。で、ボクは石が大好きな鉱物マニア。硬派そのものじゃないか。

Aさん―バッカバカしい。オジンギャグか。ま、いいわ、先を続けてください。

H教授―先生は人間社会は生態系と同様の進化システムだと言うんだ。そして人間社会を構成するさまざまな国家とか民族とか会社とかいった入れ子のようになっている内部組織それ自体も進化システムだと喝破されている。
進化システムとは何かということは直接先生の論説を読んでくれればいいけど、進化しない社会は淘汰されていくということだ。そして進化して栄えていく生物種や社会は環境に過剰適応して、特殊化していく。だから、環境が変わったときには特殊化したが故に適応できず滅んでいく。多分、これがどんな生物種も最後には滅んでいくメカニズムなんだろう。先生のおっしゃられる「ダーウィン・ディレンマ」とはこのことだと思う。
【15】 I先生の卓説『進化する社会の光と影』
市川惇信:進化する社会の光と影(2008)

Aさん―滅んでしまったサーベルタイガーの牙みたいなものですね。そういえばセンセイに貸してもらった手塚治虫も初期の名作『メトロポリス』でも似たようなことを言ってましたね。

H教授―うん、つまりざくっと言えば、温暖化=気候変動を招いたような社会システムを極限まで発展させた社会が「勝ち組」ということだ。その果てが自滅だとわかっていてもそうせざるを得ないのが進化システムなんだ。
そうした淘汰圧の中で、いろんなレベルでの人間社会はかつての相互扶助システムである「共同体」から「機能体」に進化してきたというのが先生の説だ。

Aさん―機能体?

H教授―機能体は淘汰に勝ち抜くという目的のための極度に分業化が進んだ組織だ。
かつてヒトは生き延びるための多くの行為は自分の責任で背負っていた。だが、文明の発達は、そうした行為を個人の領域でなく社会化していった。医療、教育、福祉、みんなそうだ。その方が合理的で効率的だからだ。

Aさん―いいことじゃないですか。

H教授―うん、生き延びることに汲々していた昔のヒトから見ると天国のようなものだろう。
でも個人の領域を社会化するということは、先生によるとその社会の構成員はそれぞれがなんらかの自分の社会的義務を負うということになる。そして社会が淘汰圧の中で生き延びるためには、構成員はその義務を果たすためにコマネズミのように働き続けねばならない。つまりどんどんゆとりのない社会になってしまうとおっしゃるんだ。これが機能体への進化ということだろう。
個人の社会的義務はますます過酷にならざるをえないということは、社会的ストレスは増える一方だということだ。これが先進国で自殺が増える一方だということの真の原因だとおっしゃる。

Aさん―うーん、今の方が物質的には豊かなのに、自殺が多いということはそういうことなのか。
でもそれは個人差が大きいんじゃないかしら。センセイなんて、どう見てもコマネズミのように働いてストレスが溜まっているなんて思えないけどな。

H教授―キミもそうだよね。ゆとりの塊みたいなものだ。もっともキミの場合、コマネズミのように常に実らぬ恋を追い求めている。

Aさん―ふん、放っておいてください。それが若さなんです。ハイ、先にいってください。

H教授―先生は、自由・平等・博愛という近代精神の行き着いた果てが、そうした現代社会ということで、それを超える現代精神を我々は持たねばならないし、そのために残された時間はわずか数十年だとおっしゃっている。
でも、先生ご自身はすごくそのことに悲観的で、ボウルダーと同じように長くても2〜300年で滅びるか著しい衰退を招くと思っておられるように感じた。それがボクの読み違いなら幸いだけど。

Aさん―で、センセイは?

H教授―ボク自身はそうなる蓋然性はあるけど、必然性はないだろうと思っている。いや、思いたい。確かにマクロな事象だけみれば悲観的になるけど、身近なところでは思いやりとか助け合いとか信頼とかの絆は今だって至るところに見られるじゃないか。
シジュフォスの神話じゃないけど、ボクはやはりヒト社会が持続できるように戦いたいんだ。

Aさん―でました、お得意の「シジュフォス」。次は「ミネルバの梟」ですか、それとも「ここがロードス島だ、ここで跳べ」ですか。

H教授―一々うるさいねえ。黙って聞けよ。
災い転じて福となすというコトバがあるよね。ボクは今日の世界的な経済危機が、別の社会に移行するひとつのきっかけになればいいと思っているんだ。
成長よりは安定、発展よりは持続を重んじる社会に脱皮できればいい。物質的には今より貧しくとも、精神的には豊かな社会になって何千年も持続していく可能性はあると思う。
日本の江戸時代や、アイヌ、ネイティブアメリカンといった先住民族に学ぶところは多いと思うよ。

Aさん―センセイ、言うことだけは立派ですね。でも昨日も校庭で100円玉を拾うと、周囲を見回してそっとポケットにしまったでしょう。で、「今日はツイてる」なんて、ニコニコしてたじゃないですか。

H教授―(ギクッ)見てたのか…。

Aさん―そんなセコイことばっかりしてるくせに、よくそんなこと言えますね。今のセリフだって、ゼミの若い子たちにモテたいがばかりの発言じゃないですか?

H教授―う、うるさい。人がマジメに話しているときに茶化すんじゃない。

Aさん―じゃモテたくないんですか。

H教授―…。
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(平成20年10月31日執筆 11月5日編集了)
註:本講の見解は環境省およびEICの見解とはまったく関係ありません。また、本講で用いた情報は朝日新聞と「エネルギーと環境」(週刊)に多くを負っています。
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