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環境さんぽ道

様々な分野でご活躍されている方々の環境にまつわるエッセイコーナーです。
4人のエッセイスト(市毛良枝、関礼子、小飼一至、石井好彦)が1年間、毎月交替して登場します。

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環境さんぽ道

様々な分野でご活躍されている方々の環境にまつわるエッセイをご紹介するコーナーです。

No.006

Issued: 2012.06.13

季節を食(は)み、山に生きる

関 礼子さん

関 礼子さん
社会学者。立教大学教授。
北海道・阿寒国立公園内の屈斜路湖畔出身。
公害・自然保護問題研究ほか、地域の環境史をフィールドから紡いでいます。

サンショウウオ漁
サンショウウオ漁

茶色いのがスズタケでつくったズゥ、青いのがビニールパイプにネットをつけたアミ(平野郁文氏所蔵)
茶色いのがスズタケでつくったズゥ、青いのがビニールパイプにネットをつけたアミ(平野郁文氏所蔵)

残雪のあるサンショウウオの沢(星清夫氏所蔵)
残雪のあるサンショウウオの沢(星清夫氏所蔵)

サンショウウオの天ぷら
サンショウウオの天ぷら

 福島県南会津郡檜枝岐(ひのえまた)村。ミズバショウの尾瀬の玄関口。そして、自然保護運動で有名な故・平野長蔵ゆかりの尾瀬沼、日本百名山の会津駒が岳、白い花が可憐で清楚なオサバ草の群落で知られる帝釈山にアクセス抜群の村です。この村の5月末から7月初旬は、サンショウウオ漁の季節。雪がとけ、栃の花が咲き、緑の草が萌え出るのを見計らいながら、漁師たちはそれぞれの漁場である「持ち沢」を目指します。

 サンショウウオ漁は、「秘境・檜枝岐」の伝統的な漁といわれ、テレビや雑誌に何度もとりあげられてきました。映像や写真で取り上げられるのは、スズタケでつくったズゥ(ムジリ)という道具を使って漁をしている風景ですが、多くは持ち運びに便利で、腐ることのないアミを使っています。だから、「ズゥは撮影用だな」と冗談が飛びます。

 数年前、このサンショウウオ漁に同行させてもらいました。一人は、沢によってズゥとアミを使い分けるという方。クマ撃ちをし、太鼓の胴づくりもしてきた達人は、その日、私が泊まった民宿のご主人です。「連れて行って欲しい」というリクエストに、一瞬、困ったような顔をしつつも、快諾してくれました。
 道路わきから入ってすぐの沢には、既にアミが仕掛けられていました。アミをあげてサンショウウオを袋に移し、再びアミを沢に仕掛ける。次のアミをあげてサンショウウオを袋に移し、再びアミを仕掛ける。その繰り返しで小一時間ほど歩き、合間に山菜の王様といわれるイラを何本か摘み、漁は終わりました。途中、立ち止まって山を見るのはクマ撃ちをしている習慣だといい、ナタで道に覆いかぶさる草や枝を払いながらの戻り道、昔はいなかったというシカが通った跡を教えてもらいました。民宿のご主人は、午後に別の沢に漁に行くといい、昼前には私を村まで送り届けてくれました。

 もう一人は、サンショウウオ漁を始めてまだ3年という、当時の檜枝岐歌舞伎の副座長さん。「一緒に行きたい」の言葉に、にこやかな顔が、一瞬、渋くこわばりましたが、ご了解いただきました。
 喜び勇んで沢を目指すと、ほどなく急傾斜の斜面に行きつきました。ああ、これがあの困った顔、渋い顔の理由だとピンときました。サンショウウオの沢は、「簡単」な沢と「難しい」沢があり、昭和10年生まれの民宿のご主人は、いくつかある「持ち沢」のなかで「簡単な」沢を選んで連れて行ってくれたのです。昭和22年生まれの歌舞伎の副座長(当時)は、私が沢を登れるだろうかと推し量っていたのです。山人(やもうど)の身体能力、恐るべし、です。内心はビクビクしながら、しかし緊張を隠して、斜面を攻略しました。

 サンショウウオだけではなく、山人(やもうど)料理には檜枝岐村の風土が育てた食材が多用されています。「自分の生まれた四十里四方のものを食べていれば間違いない、季節のもの、風土のものを食べなさい」というのが和漢の教えだといいます。なるほど、季節を食む村では、60歳を過ぎ、70歳を過ぎても、動けるうちは皆が現役です。それぞれ楽しみながら仕事をしています。自然を相手に、季節にあわせ、天気に合わせた仕事は忙しくもあり、ストレートに仕事の成果がみえる達成感もあります。それが同時に村の仕事になります。サンショウウオは、自然を観光資源とする檜枝岐村の名物として欠かせないものなのです。



記事・写真:関礼子