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環境さんぽ道

様々な分野でご活躍されている方々の環境にまつわるエッセイコーナーです。
4人のエッセイスト(田部井淳子、小林光、後藤泉、中村梧郎)が1年間、毎月交替して登場します。

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環境さんぽ道

様々な分野でご活躍されている方々の環境にまつわるエッセイをご紹介するコーナーです。

No.020

Issued: 2013.08.09

秘薬・ウーミンの森のハチミツ

中村 梧郎さん

中村 梧郎(なかむら ごろう)さん
人物や環境問題、戦場も捉えてきたフォトジャーナリスト。日本写真家協会会員。テレビ朝日の報道番組ザ・スクープや徹子の部屋にも出演。最近はニューヨークやカリフォルニアでの写真展開催で国際的に活躍。著書に「新版・母は枯葉剤を浴びた」(岩波現代文庫)、「環境百禍」(コープ出版)、「戦場の枯葉剤」(岩波書店)など。

マングローブのジャングルを小舟に乗って進む
マングローブのジャングルを小舟に乗って進む

 ハチミツの魅力は、あのほのかな野性的な芳香にある。フランスパンなどを大胆にディップして食べるのが贅沢の極致。とろける甘さと花の香りで、何とも幸せな気分になる。
 ベトナムの最南端、カマウ省の「ウーミンの森(Rung U-Minh)」に入ったときのことだ。原生林の中の水路を、マングローブの根にひっかからないように、小舟は進んだ。
 「あれは何だ!」。高い木の枝に黒い三角形の物体がぶら下がっていた。一辺が1メートルほどの、巨大なおにぎり形である。小指大の黒い虫が周りを飛び回っている。「ジャングルの蜂です。ハチミツも取れますよ」、船を操っていたガイドの青年がそう解説した。マングローブは白い花を咲かせる。ニセアカシヤも花をつける。ウーミンの森は戦争中、解放戦線側の根拠地だったし、負傷兵らがハチミツで体力を回復させたという話があった。今のベトナム首相であるグエン・タン・ズン氏も少年時代はこの森で育った、という話も聞く。熱帯雨林であれば不老長寿の秘薬がさまざまに隠れているのではないか。


ウーミンの森の巨大な蜂の巣
ウーミンの森の巨大な蜂の巣

空中に根を張り出すマングローブ樹林
空中に根を張り出すマングローブ樹林


ウーミンには白鷺のサンクチュアリがある
ウーミンには白鷺のサンクチュアリがある

店頭に出たウーミンの蜂蜜のラベル、MAT ONGは蜜のこと
店頭に出たウーミンの蜂蜜のラベル、MAT ONGは蜜のこと


 森の一角に草葺きの小屋があった。中にオジさんの姿がある。舟を寄せ、家に入ってみたらなんとハチミツ小屋。森で蜂蜜を採るのだという。ポリタンクの中の蜜は濃い紅茶色をしていて、黒い蜂の死骸がいくつも浮かんでいる。ガイドの青年が蜜を指先につけ、紙に塗ってにじみ具合を見ている。「うん、これは本物ですね。混ぜ物がない」。水あめなどで増量をしていない真の純粋蜂蜜。私もなめてみた。甘くて香りが強い。ジャングルに野生のハチミツがあるなんて知りもしなかったから感激した。ぜひ分けてくれと懇願し、1リットルを売ってもらった。それを大切に日本へと持ち帰った。
 蜂の死骸が混ざる原始のハチミツを、とりあえず漉さなくてはとコーヒーフィルターに垂らしたが通らない。ならばと紅茶漉しに注いだらなんと不純物がきれいに取れる。ここで殺菌処理をしなければならないのだが、せっかくの森の成分が薬効を失ったら意味がない。そこで腹を決めた。狂言の附子(ぶす)ではないが、毎日自分でなめてみよう、問題がなければそのままで、おなかを壊すようだったら処理をしようと。…まったく問題は起きなかった。それどころか体調はなんと元気百倍。鉄分やカリウム、ビタミンが豊富なのであろう、野性の香りがエネルギーの源のようにも思えた。
 働き蜂は8の字を描くダンスをして、花のある方向と距離を仲間に伝える能力を持つ。効率よく蜜を集めてきなさい、というわけだ。それでも1匹の蜂が一生かけて集める蜜はスプーン1杯ほどだ。となれば一滴でも貴重。ひと様に差し上げるのもためらいがち。
 その後にベトナムに行く機会があったが、なかなかジャングルにまでは足を伸ばせない。
 数年前のある日、ホーチミン市の商店で「ウーミンの森のハチミツ」を発見した。ビールの空き瓶にラベルを貼っただけの、ダサい容器である。でも、ついに商品化されて大都会に出てきたのだ。私はそこの5本全部を買い占めた。以来ベトナムに行く度にこれを買う。年齢とともに出てくるはずの病にもおかされないで済んでいるのは、ウーミンの花の精を絶やさず頂戴しているからだと、私はこの森の秘薬を信じきっている。

可憐なポピー、小さな花にも蜜はある
可憐なポピー、小さな花にも蜜はある



記事・写真:中村 梧郎(なかむら ごろう)