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環境さんぽ道

様々な分野でご活躍されている方々の環境にまつわるエッセイコーナーです。
4人のエッセイスト(枝廣淳子、小林和男、古今亭志ん彌、三村伸絵ん)が1年間、毎月交替して登場します。

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環境さんぽ道

様々な分野でご活躍されている方々の環境にまつわるエッセイをご紹介するコーナーです。

No.028

Issued: 2014.04.10

スキーは自然との対話

小林 和男(こばやし かずお)さん

小林 和男(こばやし かずお)さん
 1940年長野県生まれ。NHKモスクワ支局長、ウィーン特派員など海外駐在14年。
 92年ソ連崩壊の報道で菊池寛賞。ロシア文化への貢献でロシア政府プーシキン勲章。現在ジャーナリスト、サイトウ・キネン財団評議員。
 著書に「エルミタージュの緞帳」(日本エッセイストクラブ賞)「1プードの塩〜ロシアで出会った人々〜」「白兎で知るロシア」など。

 山が好き、スキーが好きだ。生まれ育った所が信州八ヶ岳の麓。標高950メートル、東に八ヶ岳南に甲斐駒そして諏訪湖の向こうに日本アルプスが遠望出来る素晴らしい環境で、日ごと季節ごと変わる山の姿に恐れを抱いて毎日を暮らした。スキーが好きなのはその影響もあるが、何よりも白い世界にどっぷり浸かると毎日やっていることがとても小さく見えて来て、気宇壮大な気分になれるのがすばらしいからだ。
 子供も孫もみんなスキー好きだ。親子三代スキーの指導をしていただいているのが奥志賀高原の杉山進先生だ。最初に小学生の息子と学齢前の娘を連れて杉山先生のスクールに入ったとき杉山先生はまず「スキーは自然との対話だよ!」とおっしゃった。小学生に向ってだ。その言葉が我が家のスキー好きの大元だ。リフトのスピーカーががなり立てていては自然との対話は出来ない。風の音を聞き、シュプールに雪質を感じて初めて自然との対話が成り立つ。奥志賀高原はかたくなにこの精神を守り続けている日本では貴重なスキー場だ。
 天が助けてくれたのか勤務地はスキーに縁の所ばかりだった。ウィーンの3年間は手近な郊外にも手軽なスキー場があったし、少し足を延ばせばスキー場だらけだ。モスクワの3回合わせて11年の勤務は冷戦の終結やソビエト連邦の崩壊で文字通り目の回るような忙しさの時もあったが、毎年時間を見つけてスキーに出かけた。中でも気にいったのがモンブランの麓シャモニー。シャモニーと一言で言うが、標高千メートルほどの谷底の村を囲んで山腹をたっぷり使った雄大なスキー場がいくつも広がる。
 2550メートルのブレバンは最初の冬季五輪が開催された村とモンブランの丸い頂上を見ながら滑るのに最適だし、谷を回り込んでモンブランの西側に廻れば、モンブランは万年筆の頭の丸いモンブランからエビアンのペットボトルのラベルになっている鋭く尖った姿に変わる。その変わりようはとても同じ山とは思えない。そしてその姿は時間と天候で刻々と変わる。スキーは自然との対話だという言葉が身にしみる。

シャモニー村からの丸いモンブラン(03.1.14)
シャモニー村からの丸いモンブラン(03.1.14)

反対側からの尖ったモンブラン(02.1.12)
反対側からの尖ったモンブラン(02.1.12)


大氷河の途中で一休み(03.1.18)
大氷河の途中で一休み(03.1.18)

 圧巻は大氷河ヴァレーブランシュの滑降だ。村からケーブルカー2本を乗り継いでエギュユ・ド・ミディの山頂へ。針の先という名称の通り、3840メートルの切り立った岩山だ。ここでアイゼンを付けガイドの命綱を装着しスキーを担いでナイフの刃のような尾根を一歩一歩降りる。半時間をかけて100メートルほど下ればそこは馬の背。ここでスキーを履く。眼下には広大な雪に覆われた氷河が広がる。整備されたゲレンデのように滑らかだ。空はインクを流したような濃紺。垂直に切り立った岩山にはクライマーがへばりついているのが蟻のように見える。
 滑らかな雪面はほどなくがらりと姿を変える。氷河がゴツゴツとつきだしクレバスが薄緑色の気味悪い口を開けている。恐怖で身体がこわばるが、ガイドの言われる通りクレバスを避けて滑る。滑るというより一歩一歩進むというに近い。難所を通り過ぎ後ろを振り返れば左右前後に踊っている氷河が今にも落ちてきそうな迫力だ。疲れがどっとでる。休む時はクレバスを避けて雪面にスキーを離して立て、ビンディングにストックを渡し物干のようにして腰掛ける。人工物を一切拒否した世界だ。途中一軒しかない山小屋で持参した弁当を食べ一日がかりの大滑降が終わる。
 天候が悪いとケーブルが動かないから、いつも可能な滑降ではない。10回ほどの旅で大滑降が体験出来たのは2回だけだ。雄大な自然と人間の共生を味わえるのはそう簡単なことではないが、一度味わえば環境を守ることがいかに大きな喜びかを知ることができる。帰国した後シャモニーでのこの体験から日本で本当に良いことをしたことがある。人生で本当に人のために良いことをしたと自慢出来ることはそうは無いが、これは私が心の底から誇りに思っていることだ。それは次回にお伝えすることにしよう。



(記事・スケッチ:小林和男)