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環境を巡る最新の動きや特定のテーマを取り上げ(ピックアップ)て、取材を行い記事としてわかりやすくご紹介しています。

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目次
「パークレンジャー」の育成とは
コンピテンシーという考え方
研修プログラムの実際
【3】国立公園局の職種
国立公園局には17種類の職種(Career Fields)がある。それぞれの職種ごとに専門的な研修プログラムが用意されている。

No.182

アメリカ横断ボランティア紀行(第28話)
国立公園『レンジャー養成所』訪問!(その1)

Issued: 2011.02.09

国立公園『レンジャー養成所』訪問!(その1)[2]

「パークレンジャー」の育成とは

 「この研修所のプログラムは、国立公園局職員の中でも常勤職員(permanent)のみを対象にしています」
 国立公園には多くの臨時職員(シーズナル;seasonal)が勤務している。同じ制服を着ているので利用者からは見分けがつかないが、給与や待遇は全く異なる。夏休みなどにビジターセンターで対応してくれる若いスタッフのほとんどは臨時職員だ。
 「シーズナルは、俗に『準レンジャー(almost rangers)』とも呼ばれます。質が高い人もいますが、体系的な研修を受ける機会が少ないためそうでない人もいます。以前は現役教師も多かったのですが、最近は勤務期間と学校の休暇が合わず減少しています。これも質が低下する一因になっています」
 近年はボランティアやNPOなどのパートナー団体の職員の割合も増加している。シーズナルもボランティアも公園運営には欠かせない存在だから、その質の向上や教育の提供が課題になっているそうだ。
 「国民は、90年間に渡って国立公園局のユニフォームを見てきていますし、ビジターは色々な公園を訪ねて回っています。一方、多くの若手職員は自分の勤めている公園しか知りません。イエローストーンのような大公園でも、あまり名の知られていない小さな公園でも、同じユニフォームを着用している限り、同じようなレベルのビジターサービスが求められるのです」
 国立公園に対して国民が抱く「共通の期待」を満たすことが、研修の最大の目的だという。個別の公園ごとではなく、国立公園という「ブランド」を公園システム全体で維持する、その重要な構成員にふさわしい知識や立ち居振る舞いを身につける必要があるのだ。

 「国立公園局では、職員の能力レベルを明確化するため、『コンピテンシー』という概念を導入しました」
 職員を大きく3つのレベル分け、それぞれに必要なコンピテンシーを定めているという。そのうち、「基本コンピテンシー(universal competencies)」は、職種【3】にかかわらず、入門レベル職員がすべて身に付けなければならない基本的な能力とされている。初任者向けの研修プログラムは、この「基本コンピテンシー」を身につけることが目的となる。

 「このような制度が導入される以前は、採用されたばかりの職員全員に、公園のマネージメントに関する講義をするようなことも行われていたのですが、実際にはあまり役に立たたず、むしろ研修生にとって負担にすらなっていました」
 年間700名もの新入職員を受け入れている組織としては、このような無駄は看過できなかったに違いない。

初任者研修の講義風景

初任者研修の講義風景

初任者研修の講義風景。少人数で活発な議論が交わされる。講義というよりは参加型のワークショップに近い

コンピテンシーという考え方

 当初、私にはこの「コンピテンシー」という概念がうまく理解できなかった。職員にとってコンピテンシーとは何なのか、また、なぜそれが必要だったのだろうか。もう少しお話しを伺ってみることにした。
 「コンピテンシーというのは、わかりやすく言えば、知識(Knowledge)、技術(Skill)、能力(Ability)、態度(Behavior)の組み合わせです。あるレベルのコンピテンシーとは、国立公園局職員が、それぞれの属する号俸レベルに応じて身につけておくべきことものといえます」
 コンピテンシーが導入されたのは、今から10年ほど前のことだそうだ。4年前までは『コンパス(compass:それぞれの職員の行き先を指し示すものの意)』と呼ばれるプログラムの一環として取り扱われていた。
 「コンピテンシーという考え方を導入したきっかけは、それまでの研修では表面的な知識教育の範囲を出ず、育成に必要な職員一人ひとりに作用する力や、本質的な理解を促す深みが足りなかったこと。それとともに、国立公園局の職員として求められる能力というものが次第に明確になってきたことなどがあげられます」
 つまり、コンピテンシーは単なる知識のレベルではなく、技術、知識や立ち居振舞いなども含めた総合的な業務遂行能力ということになる。
 「職員自身が、自らが求められる『コンピテンシー』のレベルを完全に習得するには、4〜5年を必要とします。将来的には、認定制度の導入も目指しています。認定制度となるアセスメントプログラムは、受講者を選別する制度というより、達成が遅れている職員をサポートするような性格のものにしたいと考えています」
 このような制度の導入により、国立公園局職員の全国的な質(National Standard)を確立し、維持することを目指しているそうだ。
 「行動に問題がある場合や、すでに受講していても、公園の所長や上司の判断で研修の成果が十分でないとされた場合には、再度の受講を求めることもあります」
 これまでの実績では、受講者の10人に4人が基準を満たしていないと判断されたそうだ。これはかなり厳しい評価結果といえる。

 初任者のコンピテンシーについては、10のベンチマークが設定されている。将来的には、同僚同士による評価(peer review)によるテストも導入したいという。ただ、客観的な評価体系の確立には依然課題が多い。
 「例えばインタープリテーション能力の芸術的な側面などですね。一律的な評価基準を設定するのは困難です」
 とはいえ、自分が身につけなければならない「コンピテンシー」を理解し、現在の自分のレベルを把握することは、研修プログラムの最も基本と言える。
 「自らのレベルを知ることは、組織における役割、同僚・組織との関係性をより正しく理解することにもつながります」
 最後に、国立公園局の研修はどのような方向を目指すのか伺ってみた。
 「今後は、職員を教育するトレーナーの訓練に力を入れていきます。それによって、国立公園ごとに、常勤・非常勤の区別なく、現地の職員に対して現地の事情に即した研修を行う機会を提供できるようになります」

 説明者の一人のデイビッド・ラーセン氏は、1年ほど前に自習可能なインタープリター向けのマニュアルを作成した。題名は「意義のあるインタープリテーション/いかに『心と気持ち』と場所、事物などをつなげるか(Meaningful Interpretation/How to connect hearts and minds to places, objects, and other resources)」という加除式の分厚い図書だ。
 この教材には、日本の田中正造の環境保全活動とその思想が取り上げられている。
 「田中正造氏の河川に対する考え方は、私たちが自然資源に対して持つべきと考えている思想とぴったり当てはまります。ところが、米国では田中氏に関する図書は1冊しか出版されていません。とても残念なことです」

 国立公園局の研修システムは、今後2年間、フォーカスグループによる検討が行われ、将来的には、さらに分散型(decentralized)のカリキュラム構成にしていく予定とのことである。
 「現在もTELシステムによる研修を積極的にとりいれていますが、そうした方法や自習のための教材を充実していく予定です」

ラーセン氏の著書「Meaningful Interpretation」
ラーセン氏の著書「Meaningful Interpretation」[Amazon]

田中正造氏の引用部分
田中正造氏の引用部分

研修プログラムの実際

 「ちょうど今、初任者研修の最後のパート(Fundamentals V)をやっているんですが、覗いてみませんか? この課題についてはいろいろな工夫があるんです」
 講義を指導しているのは、アドバイザーでもあるクリス先生だ。教育プログラムの専門家で、マザー研修所の客員教官を務めている。
 「国立公園の現場では、職員どうしのパートナーシップがとても重要です。他の職員と協力することで仕事が効率的に進み、より大きな効果を発揮するということを一人ひとりに理解してもらうのがこのコースの目的です。『協力』と一言で言っても、そこに職員一人ひとりの自発的な行動がなければ大きな成果は期待できません」
 そのような「パートナーシップ」を身に着けるための研修とは具体的にどんなことをするのだろうか。
 ワークショップ形式で進められる講義は、カーテンで2つに仕切られた講義室で行われる。2つのグループがカーテンをはさんで、それぞれ板を持ってきたりメジャーで長さを測ったりと、忙しそうに動いている。
 「これは、木製の橋を半分ずつ作って仕上げるというものです。間にカーテンがあるので、お互いの進捗状況はわかりません。また、作業中は他のグループのメンバーとは会話できません。それぞれ連絡員を1名ずつ選出して、廊下でコミュニケーションをとります。この連絡員2名を軸にグループ同士、そしてグループの構成員同士がいかに上手くコミュニケーションを取って意思決定を行うことができるかが、このワークショップ成功の鍵です」
 ワークショップの成果は、カーテンを開ければ明らかになる。2つの橋がつながっているか、デザインや構造が一体的になっているか、コミュニケーションの結果が実際に橋という形になって現れる。
 「研修Vの参加者は、原則として研修IIのメンバーと同じです。1年間の勤務を経て再び顔をあわせることによりお互いの結びつきが深まるだけではなく、それぞれの経験を通じさらに多くのことを学ぶことができるのです」

 初任者研修のグループはさまざまな職種の職員から構成されている。
 「1970年代までは、取締官だけを対象とした研修を12週間かけて行っていました。この研修は期間が長いにもかかわらず、十分な成果が得られませんでした。そこで自習部分を取り込んで期間を短縮し、メンテナンスやインタープリターなどの職種も含めた混成メンバーで初任者研修を行うようになりました」
 専門的な教育は初任者研修から切り離し、専門分野に応じて別途研修プログラムを提供することにしたという。つまり、初任者研修は、組織としての一体感と、国立公園に携わる者に求められる基本的な能力の習得に特化したということになる。

 「明日、現場研修があるんですが、参加しますか?」
 研修は、アンティータム国立戦場という公園で行われる。集合場所などを伺って、研修所をあとにした。

(なお、文中に登場するラーセン氏が、本年1月に心臓発作のため50歳の若さで逝去されました。この場をお借りして哀悼の意を表します。)

妻のひとこと

 季節がいいということもあったのですが、ハーパースフェリーは、静かできれいなところでした。ワシントンDCからもそれほど遠くないのですが、のんびりとした雰囲気はまるでケンタッキー州のマンモスケイブを思い出します。

 翌年3月の帰国直前、ボランティアハウスに空きがなく、2ヶ月間ほど自分たちで住むところを探すことになりました。ハーパースフェリーも候補の一つ。鉄道の駅もあって、車を処分してもワシントンDCまで通うのに不便はありません。
 ところが、不動産屋さんを覗いてみるとなかなかいい物件がありません。普通の貸家は最低3ヶ月以上の契約が必要ですし、家具もついていません。短期契約で家具つきの物件もありますが、どちらかというと貸し別荘のようなもので相当高額になります。なかなか条件に合う物件はありませんでした。
 私たちが滞在したホテルは、2人で一泊50ドル程度。部屋もとても広く、簡単な朝食バイキングもついています。もしこの周辺に滞在するとなると、こういったホテルに滞在するのがもっとも合理的だということがわかりました。
 結局、私たちは最後までワシントンDCに滞在することになりましたが、帰国直前にもう一度ハーパースフェリーを訪れる機会がありました。滞在は1泊2日のあわただしいものでしたが、再度マザー研修所でもお話を伺うことができました。

教会から見える旧市街地
教会から見える旧市街地

ハーパースフェリーの教会に続く階段にて
ハーパースフェリーの教会に続く階段にて

ポトマック川がすぐそばを流れています
ポトマック川がすぐそばを流れています

ハーパースフェリー旧市街地の中心部に建つ教会
ハーパースフェリー旧市街地の中心部に建つ教会

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関連情報 |

(参考1)Meaningful Interpretation
http://www.nps.gov/history/history/online_books/eastern/meaningful_interpretation/
(参考2) 『Interpreting Our Heritage』(Freeman Tilden)

記事・写真:鈴木渉(→プロフィール

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