EICネット
前のページへ戻る

EICピックアップ

環境を巡る最新の動きや特定のテーマを取り上げ(ピックアップ)て、取材を行い記事としてわかりやすくご紹介しています。

トップページへ

グローバルメニュー
  • 国内ニュース
  • 海外ニュース
  • イベント情報
  • 環境Q&A
  • 機関情報
  • 環境リンク集
  • 環境用語集
  • ライブラリ
  • 森づくり
目次
マザー研修所訪問
国立公園局の初任者研修プログラム
【1】アダプティブユース(adoptive use)
このような利用形態は「アダプティブユース(adoptive use)」と呼ばれている。
【2】TEL:Technology Enhanced Learning
マザー研修所のスタジオと各公園ユニットの研修室を通信システムでつなぎ、それぞれの勤務地で研修プログラムを受講し、双方向で質疑応答できるシステムのこと。

No.182

アメリカ横断ボランティア紀行(第28話)
国立公園『レンジャー養成所』訪問!(その1)

Issued: 2011.02.09

国立公園『レンジャー養成所』訪問!(その1)[1]

マザー研修所外観
マザー研修所外観

 ウェストバージニア州ハーパースフェリーには、国立公園のレンジャーの養成機関として名高い「マザー研修所」と、同局のメディアセンターであるハーパースフェリーセンターがある。私たちはまずマザー研修所を訪問して、国立公園局の職員研修制度について話を伺うことにした。
 ハーパースフェリーは、ポトマック川の上流に位置する歴史的な町で、南北戦争当時は戦略的な要衝として激戦地となった。ポトマック川の下流にはワシントンDCがある。車なら2〜3時間ほどの距離だ。いよいよ今回の横断も大詰めを迎えた。

マザー研修所訪問

なだらかなアパラチア山脈とカントリーロード
なだらかなアパラチア山脈とカントリーロード

 ケンタッキー州からは高速道路で一路ワシントンDC方面に車を走らせる。徐々に走行車両が増加する。道路は山がちな地形を縫うように走っており、ゆるやかなカーブを描きながら登っていく。ワシントンDCには前年の5月に一度車で来ていたが、当時は初めての左ハンドルでの長距離運転で、どんなところを走っていたのかほとんど覚えていない。あらためて運転してみると、走行台数も多い山道で、なかなか大変な道だったことがわかった。
 ウェストバージニア州と隣のバージニア州の州境の手前でインターステートを降り、ハーパースフェリーに向かう。インターステートとは打って変わってゆったりとしたカントリーロードだ。運転していても気持ちがいい。
 ハーパーフェリーが近くなってくると、紅葉したなだらかな山なみが目の前にひろがってきた。アパラチア山脈だ。

 マザー研修所(Stephen T. Mother Training Center)は、ハーパースフェリーの旧市街地に隣接している。国立公園局の中でも最も長い歴史をもつ研修施設で、新人研修の他、インタープリター(自然解説担当職員)の研修を担当している。研修所の名称は、国立公園局の初代局長であるステファン・マザー(Stephen T. Mother)氏に由来する。

ハーパースフェリー中心部
ハーパースフェリー中心部
※拡大図はこちら

訪問先周辺図
訪問先周辺図
※拡大図はこちら

ハーパースフェリーの丘の上に建つマザー研修所
ハーパースフェリーの丘の上に建つマザー研修所

マザー研修所外観
マザー研修所外観

ステファン・マザー氏のレリーフと研修所
ステファン・マザー氏のレリーフと研修所

ワトソン所長が研修所の中を案内してくれた
ワトソン所長が研修所の中を案内してくれた

 建物は茶色いレンガ造りで、かなり古いものに見える。ちょうど建物は改修中のようだったが、建物に入ると、かなりしっかりとメンテナンスされていることがわかる。建物の入り口で用件を告げると、程なくワトソン所長がで出てきた。体格のいい、年配の気さくな方だ。
 所長はまず建物の中を案内してくれた。
 「この建物は、元々は軍の施設として建設されました」
 その後施設は、ストローラーカレッジという名の教育施設に衣替えした。この施設は、奴隷制度の廃止に伴って解放された黒人青年のための高等教育機関だった。
 「この建物からは、多くの公民権運動指導者が巣立っていきました。奴隷解放されたといっても差別は厳然としてあり、有能な黒人青年が教育を受けることのできる施設はありませんでした。卒業生はアメリカにおける差別撤廃に大きく貢献しました」
 研修所には、当時の様子を伝える写真や資料が展示されている部屋がある。写真や説明資料からは活気ある自由な黒人青年の姿が伝わってくる。

現在も入口のガラスに残るストローラーカレッジの文字
現在も入口のガラスに残るストローラーカレッジの文字

当時のカレッジの写真などが展示されている部屋
当時のカレッジの写真などが展示されている部屋

 「ところが、差別がなくなるにつれ、ストローラーカレッジの存在そのものが、『逆差別』とみなされるようになってきました」
 差別が解消し、黒人が一般の高等教育機関に入学できるようになってくると、この施設の存在意義が問われるようになってしまった。こうして施設は廃止され、建物は国立公園局が買収することとなった。研修所として使用している現在も、歴史的な構造を極力保存しながら使用している【1】

フリーマン・ティルデン氏の著書、「Interpreting Our Heritage」
フリーマン・ティルデン氏の著書、「Interpreting Our Heritage」[Amazon]

 ワトソン所長は、私たちを所長室に招き入れた。
 「この研修所は、主に国立公園のインタープリターの研修を担当しています。国立公園におけるインタープリテーション(自然解説)の基礎となったのが、フリーマン・ティルデン(Freeman Tilden)氏の著した『Interpreting Our Heritage』という本です。現在も、インタープリテーションの基本は変わっていません」
 そう言って、ワトソン所長は一冊の本を書架から取り出し、私たちの前に差し出した。

「この本をぜひ読んでみてください。初めて『インタープリテーション』という言葉を自然解説の意で用いたのはジョン・ミューア氏でしたが、それを体系的にわかりやすく示したのがティルデン氏でした」
 国立公園局は、1920年代のヨーロッパで起こった自然研究ブーム(nature study movement)の考え方を導入しようとした。そのために、スイスからインタープリターを招聘したこともあったそうだ。
 「国立公園局のインタープリターは教育者であり、利用者にとっては公園の水先案内人でもあります。組織としては、初代長官のマザーが国立公園内でのインタープリテーション実施の基礎を作ったといわれていますが、その後1930年代には、国立戦場跡地などが国立公園局に移管され、インタープリテーションの対象は自然環境の枠を越えて大きく広がりました」

 続いて、ワトソン所長から、国立公園における教育プログラムについて意外なお話を伺った。
 「一つひとつの国立公園の管理は、地元の世論や理解なしにはなりたちません。例えば、フロリダ州にあるエバーグレーズ国立公園などは、マイアミという大都市の大量取水が大きな問題になっています。マイアミの住民の理解なしには、水の問題を解決することはできません。ところが、地域の住民に理解してもらうことは容易ではないのです」
 アメリカの国立公園は、地域の住民と対立していることが少なくない。国立公園を設立する過程で一部の住民が立ち退かざるをえなかったとか、土地所有、取締まりが独立していて、それが地域との間に壁をつくってしまっているということもある。また、区域内にはガソリンスタンドからホテルまでが整備されており、地域の民間事業者を圧迫していたり、車両の乗り入れや規制が厳しく、入場料も徴収されていたりするのも、住民の足を遠のかせる理由になっているのかもしれない。
 こうした住民の理解を得るために、公園内の教育プログラムにはちょっとした工夫があるという。
 「国立公園局の教育プログラムでは、親の世代ではなく、感受性が強く柔軟な思考を持つ子どもたちに向けてメッセージを発信することにしたのです」
 親の世代は、社会の利害関係のまっただ中にある。「公園内の自然資源が深刻な危機に瀕している」と伝えようとしても、それを素直に受け入れてもらうことは非常に難しい。でも子どもたちになら、そうしたメッセージも素直に受け止めてもらえる。このため公園内で実施される教育プログラムは、主に地元の学校の生徒を対象にしている。
 「国立公園での教育活動は、地元の小中学校のカリキュラムに組み込む形で実施されています」
 学校教育の一部に組み込まれ、地元対策として実施される自然環境教育。相当割り切った考え方ではあるが、その効果は大きいことだろう。また、地域の学校にとっては、国立公園は絶好のフィールドといえる。子どもたちが成人する10年以上先を見越しての気の長い戦略といえる。

国立公園局の初任者研修プログラム

講義室の机にはモニターとキーボードが備え付けられている
講義室の机にはモニターとキーボードが備え付けられている

 ワトソン所長についで、研修プログラムを担当している職員2名より話を伺うことになった。通された部屋は研修室で、机の上面はガラス張りになっており、その下には、1台ずつテレビモニターが設置されている。どのように使われるのかわからないが、いろいろなところに工夫が見られる。
 インタビューは、むしろ講義のような形で話を聞くことになった。
 「国立公園局の初任者研修プログラムである『Fundamentals』は5つのパートから構成され、採用後概ね2年以内に受講する必要があります。研修所に来てもらうのは、2と5だけです。このマザー研修所にくるのは最後の5番目のセクションで、2はグランドキャニオン国立公園にあるオルブライト研修所で行われます」
 あとの3つのプログラムは職場でのOJTと上司によるカウンセリングだ。
 「国立公園局には『TEL』【2】と呼ばれる双方向放送プログラムがあります。上司がコミュニケーションをとりながら、それぞれの職場で自習を中心に行われます」

【参考】「Fundamentals」初任者研修プログラム
 国立公園局の初任者研修プログラム(Fundamentals)は、以下のI〜Vの5部から構成されている。

Fundamental I(Who we are.)
採用1か月目に行われる研修で、ウェブサイトを通じたe-ラーニングと上司の指導により実施される。国立公園局の歴史、関係法令などの概略を学ぶとともに、所属するそれぞれの公園ユニットについて学ぶ。
Fundamental II(Why we are here.)
グランドキャニオン国立公園のオルブライト研修所で行われる。国立公園局全体の組織や歴史について学ぶとともに、研修所で他の公園に勤務する若手職員と初めて出会い、共同生活を送りながら研修を行う。
Fundamental III(Taking Charge of your future.)
それぞれの職員に合った退職計画(retirement planning)やキャリア計画(career planning)作成を行う。
Fundamental IV(A workplace for everyone.)
倫理、人種の多様性(diversity)、バリアフリー(accessibility)、安全管理(safety)、健康及び運動などについてウェブページを中心に行われる。
Fundamental V(Working together.)
マザー研修所での一週間の講義やワークショップにより実施される研修。ストラテジックプランニイング、リーダーシップ、コミュニケーション、問題解決、将来を見通す力などの習得を目指すもので、勤務2年目が終了する前に受講しなければならない。

 新入職員向けFundamentals研修には、前述の通りマザーとオルブライトの2つの研修所が関係している。前者は主にインタープリテーション、後者は文化および自然資源管理に関する専門研修を提供している。
 この他、国立公園局関係の研修機関には、ワシントンDC本部の研修所(管理部門、管理職、組織)、歴史研修所(歴史的資源修復・保存、安全、メンテナンス)、国立保全研修所(省庁連携型)、連邦取締官研修所(90の政府機関の共通研修機関。9〜10週間の研修により銃器使用や取締官としての資格を付与する)、などがある。

国立公園局の研修カリキュラムに関するプレゼンの一部
国立公園局の研修カリキュラムに関するプレゼンの一部

 「入門レベルのカリキュラムは、一人一人の職員にとって、それが生涯に渡る学習プロセスのスタートとなるよう構成されています。特に、研修Vでは職員が将来のために『やっておくべきこと』について研修するんです」
 職員が将来のためにやっておかなければならないこと、それはどんな中身なんだろうか。
 「例えば、退職までにどの程度の貯蓄が必要なのか、家をどこに購入しておくべきか、また自分のキャリアの到達点はどのようなポストで、そしてどの職場で退職したいのか、などについて自分なりの展望を持つことです。そして、何より大切なのはそのために今からどのようなことをすればいいか、ということを知ることです」
 そのためには、本人が現に「持っている技術」と、「今後習得が必要な技術」を明確化することが必要だ。
 「今はインタープリターだが、将来資源管理の専門家になりたいという職員は、そのためにどのような努力が必要かを示し、それをサポートしていきます。自分のキャリアを積極的に設計できるようになると、職員は自分のキャリア全体が見通せるようになり、安心して仕事に専念することができます。また、組織としては意欲ある前向きな職員を確保することができます。もちろん、職員と組織との間にはしっかりとした信頼関係が形成されます」
 新入職員に対する研修は、単なるオリエンテーションではなく、信頼関係や職員の生活の充実、自己実現のきっかけ作りも含まれているということだろうか。職員にとっては、自分らしいキャリア設計、退職への準備が可能となるだろう。
 この研修では、現在の貯蓄額、保険の加入状況、出身地などに関する情報をあらためてまとめ、自分のキャリアと向き合うことになる。どのようなキャリアパスをたどるのか、ということばかりでなく、どこで退官するのか、その近くにはどのような職場があるのか、住宅購入にはどのような補助制度があるのか、そういったライフプランニングを行う基盤を構築する。
 「もちろん、この講座だけですべてのプランニングが完了するわけではありません。ただ、このプログラムを提供することにより少なくとも職員が安心して職務に専念でき、そして組織に対する信頼を確認することができるはずです」
 「国立公園局」というブランドの広告塔ともいえる「レンジャー」の質を維持するための、組織としての絶え間ない努力を垣間見た思いがした。

ページトップ