一般財団法人 環境イノベーション情報機構

メールマガジン配信中

EICピックアップ環境を巡る最新の動きや特定のテーマをピックアップし、わかりやすくご紹介します。

No.024

Issued: 2002.05.09

立山のライチョウ

目次
立山室堂平の概要
ライチョウの生態と形態的特徴
ライチョウ保護と、人間活動の影響

 国の天然記念物に指定され、日本版レッドリスト【1】では絶滅の危険が増大しているとされる「絶滅危惧II類」に記載されているニホンライチョウは、富山・長野・岐阜各県の県鳥としても親しまれています。北半球の寒帯・亜寒帯に分布するライチョウの1亜種で、中部山岳地帯の概ね標高2,400メートル以上の高山帯に生息しています。
 中でも、国内随一の生息密度を誇る室堂平中心の立山一帯(約1,070ha)には、三百数十羽のライチョウが生息していると推測されています。

 古く山岳信仰の修験場として登拝されていた時代から、現代のスポーツ登山、観光登山による大衆化が進行した中で、時に崇められ、また親しまれてきたニホンライチョウ。
 そのニホンライチョウが絶滅の危機に瀕する理由は、生息環境である高山帯をわれわれ人間が利用するところにあるといえます。人間活動による地球温暖化など地球規模の環境変化も悪影響を及ぼすと考えられています。

 今回は、そんなライチョウの生態やライチョウ保護の実際について、立山の室堂平での観察記や写真を織り交ぜながらお送りします。

立山室堂平の概要

写真2 「雪の大谷」を走る高原バス

写真2 「雪の大谷」を走る高原バス

 日本有数の山岳地、飛騨山脈立山連峰。
 昭和46年6月に、当時「世紀の大事業」と注目を集めた立山黒部アルペンルート【2】が全線開通して以来、標高2,450メートルの室堂平まで、電車やケーブルカー、高山バスなどを乗り継いで富山市内から3時間ほどで上がってくることができるようになりました。アルペンルートはさらに、トンネルや地下ケーブル、トロリーバスなどを乗り継いで、長野県側の信濃大町まで2時間半ほどで抜けることができます(その距離、富山県と長野県を結ぶ90キロメートルに及びます)。
 高原道路(美女平―室堂平間、23キロメートル)では、マイカーこそ通行規制されているものの、40台のシャトルバスに加え、多数の観光バスが入ってきています。結果、室堂平は年間100万人を超える人々が訪れる大観光地となっています。
 今年も、4月20日に除雪が完了し、全線開通しました。室堂平直下の通称「雪の大谷」では、二十メートル近い積雪をかき分けて除雪した道路の両側に巨大な雪壁が出現します。その雪の壁の中を縫うように抜けていく車窓からの眺めはなかなか壮観です(写真2)。

 一方で、その自然環境は人間の力の及ばない荒々しさを時に見せつけます。晩秋から春にかけて、あたり一面白銀の世界に覆われ、特に12月〜1月の厳冬期には対馬海流と北西の季節風のため雪多く、また激しい風が吹き荒れます【3】。積雪量は平均で数メートル、前述の「雪の大谷」などの谷筋には吹き溜まった雪の層が二十メートル近く積もり、一方で激しい暴風の吹き荒れる尾根筋などでは雪が吹き飛ばされ岩肌を見せるところもあります。
 周辺の植生を観察することでも、その地の環境を伺い知ることができます。文字通り地面を這うように生えているハイマツ【4】、また草のようにか細いチングルマ【5】など、風衝地帯の矮生低木化した高山植物は、周辺の気象条件の厳しさを物語っています。

 春が訪れ、アルペンルートが開通しても、あたり一面は雪山の世界。山の天気は変わりやすく、ガスや吹雪でホワイトアウトすると、数メートル先の視界も確保できない状況となります(クリックすると、室堂平のパノラマ景観がご覧いただけます →パノラマ映像)。


写真3 ライチョウの生息環境(ハイマツ、ガンコウラン、コケモモ、ヒロハノコメススキなど)

写真3 ライチョウの生息環境(ハイマツ、ガンコウラン、コケモモ、ヒロハノコメススキなど)

写真4 ハイマツ帯で休むライチョウ2羽

写真4 ハイマツ帯で休むライチョウ2羽


ライチョウの生態と形態的特徴

写真5 キジ目に特徴的な分岐羽

写真5 キジ目に特徴的な分岐羽
通常の羽(正羽)の裏側に後羽と呼ばれるもうひとつの羽が派生してきている様子がわかります。ライチョウの後羽は、特に大きく発達して空気層を溜め込み、断熱性を高めてるのに役立っています。

写真6 ライチョウの糞(左:盲腸糞、右:通常の糞)

写真6 ライチョウの糞(左:盲腸糞、右:通常の糞)
鳥類の腸は一般に短く、糞尿を体内に溜め込まないことで軽量化を図り、飛行に有利な形態を実現しています。ライチョウは餌の特性もあって、体重比からすると極めて長い盲腸(40センチメートル前後)を持ち、セルロースの分解や水分の回収に役立つと考えられています。

写真7 ライチョウの食痕(一部拡大します)

写真7 ライチョウの食痕(一部拡大します)

 ライチョウ類は、北半球の寒帯・亜寒帯に広く分布【6】する地上性の鳥で、世界では16〜19種(研究者により見解が異なる)が知られています。日本には、中部山岳地帯のライチョウ(Lagopus mutus japonicus。キジ目ライチョウ科ライチョウ属ライチョウ、亜種名ニホンライチョウ)と、北海道の針葉樹林帯で生活するエゾライチョウの2種が生息しています。
 中部山岳地帯に生息するライチョウは、ヨーロッパアルプスやピレネー山脈の同種とともに、温帯域の高山帯【7】に飛び離れて分布する、氷河期の遺存種という言い方をされます。つまり、氷河期の寒冷な気候の時代に生育していた種が、間氷期になって気候が温暖化していく中で北上ではなく高地へと移り住み取り残され隔離分布するようになったものといえます。中でも、ニホンライチョウは最南限の亜種として貴重な存在となっています。

 このような日本の中で最も厳しい自然に生育するライチョウは、さまざまな特徴的な形態を示し、生息環境に適応しています。

 丸い身体は熱放散を抑え、脚の指先や鼻の孔まで覆う羽毛、また体毛に発達する分岐羽(写真5参照)は断熱性を高めて寒冷な気候に適応しています。

 また、頑丈で鋭い嘴(クチバシ)や脚のツメで氷雪を掘り返し餌を採り、その餌―主に植物の葉や実、芽など栄養分の少ない繊維質の(つまりセルロース分に富む)食物を消化するために、40センチメートル前後にも達する左右一対の長い盲腸が発達しています。ここで分解吸収された後の残りカスが、通常の糞とは別に排泄されます(写真6)。これは「盲腸糞」と呼ばれ、通常の糞よりも大きいものとして排泄される例も観察されています。

 また、ライチョウの特徴の中でも特によく知られているのが、季節によって変化する体色です。冬季の雪の中では白い冬羽、雪のない季節には茶や黒色系統の夏羽が岩やハイマツ帯の中で目立たない保護色となっています。ところが、これはよくよく観察すると3回に分けて換わっていることがわかります。
 春先の雪解けとともに、白い体羽だけを換えて夏羽へと装いをかえます。繁殖という一大事を終えて身体的に余裕が生まれると、翼や尾羽を含む全身の羽が換羽して一般の鳥でいう冬羽になります。このときの体色はまだ白くはなく、さらに初冬になって体羽だけが抜け替わるという特別な換羽を経て白装束になります。
 通常、雌が夏羽から冬羽に換わる完全換羽をする時期は、7月下旬からはじまる雄の換羽より1ヶ月ほど遅れてはじまります。これは、換羽という作業が著しくエネルギーを消耗し、子育てと同時期に行うことができないためです。ところが、雌の中でも早い時期に全身の羽を換える例がまれに観察されます。繁殖に失敗したため、子育てにまわすエネルギーを換羽にまわすことができるようになった個体です。
 ライチョウの調査や保護を続けている市民グループ『富山雷鳥研究会(熊木信男会長)』の松田勉副会長によると、「抜け落ちた風切羽(特に初列風切)や尾羽の大きさや形から雄雌の区別ができるので、発見した時期と併せて繁殖の状況を十分推定できることは、これまでの例からほぼ間違いないと考えています」とのことです。


ライチョウ保護と、人間活動の影響

歩くライチョウ

 日本では、ライチョウは古く山岳信仰の時代から神の使いとして崇められ、捕獲されることなく過ごしてきました。狩猟鳥として追われるヨーロッパなどでは、100メートルも近づくと一目散に逃げていくそうですから、かなり近づいてもあまり逃げようとしないニホンライチョウの人への警戒心のなさは特筆されるべきことといえます。
 美しい景観の中、時につらい登山の途中に遭遇するというシチュエーションや、またその愛らしい姿と動きもあって、多くの人に心和ませる存在として親しまれています。

 一方で、ライチョウに対する人間活動の影響が心配されています。
 開発が進み人為的影響が著しい立山地域では、石畳コンクリート製の遊歩道が捕食者であるオコジョの繁殖場所になっているとの報告もあります。また、キツネやカラスによる雛や卵の捕食の痕跡も報告されています。人の持ち込むゴミや残飯がキツネやカラスを高山帯へ誘導しているとも指摘されています。
 遊歩道の整備による観光客の増加など、多くの人が入り込むことで、岩や草木の陰などに人糞とティッシュペーパーの散乱している様子も見られます。人の持ち込むペットやゴミ等からのものともあわせて、病原菌による汚染が懸念されています。
 昨年11月には、翼から脚にかけて羽が抜け落ち、一部では皮膚がはげて潰瘍状になった、原因不明の皮膚病にかかったライチョウが発見されたとの報告もありました【8】。原因不明で人為的影響があるのかはわかりませんが、その危険性は多くの人に指摘されています。

 また、地球温暖化によるライチョウ生息適地の縮小や、大陸や都市部からの酸性物質等がライチョウの餌となる植生を黄変または枯死させるなどの影響も懸念されます。

 ライチョウに対する人為的な影響は、しかしライチョウだけに限ったものではありません。これらの現象は、ライチョウが絶滅の危機に瀕するというだけではなく、高山帯の環境自体が変わっているということをシンボリックに示すものといえます。

 ライチョウの調査や保護を続けている市民グループ「富山雷鳥研究会(熊木信男会長)」の松田勉副会長は、ライチョウ保護の意味について次のように話します。
 「いつも話すことですが、ライチョウが生息するにはハイマツ帯が必要で、そのハイマツが世代交代するには種を運ぶホシガラスがいてくれなくてはならない。そのホシガラスが繁殖するには、亜高山帯のオオシラビソの森が必要ですし、その森で虫をとって木々を守るのはルリビタキやコマドリ。ルリビタキは里山と呼ばれる標高100メートルほどの丘陵地や平地で越冬するし、コマドリは中国南部の華南地方に渡って越冬します。つまり、ライチョウを守るには高山帯のハイマツから亜高山帯のオオシラビソ林、里山から平地や、中国南部にまで至るさまざまな環境が守られなくてはならないのです。ことほど左様に、地球は一体的になっているということなんですね」

 1メートルの距離にまで寄っても逃げていかない野生の鳥獣は日本のライチョウ以外に類をみません。それだけ人との信頼関係が築けている、古く鎌倉・平安時代からの日本の自然保護の象徴ともいえるライチョウ。
 そのライチョウの今後は、人間や他の生物の生きる舞台である「宇宙船地球号」の未来を占う指標になっているともいえるのではないでしょうか。


【1】レッドデータブック、レッドリスト
環境省自然環境局 生物多様性センター「レッドデータブック・レッドリスト」
【2】立山黒部アルペンルート オフィシャルガイド
立山黒部アルペンルートの総延長は、電鉄富山駅とJR信濃大町駅を結ぶ約90キロメートルに及びます。
立山黒部アルペンルート
【3】雪多く、激しい風が吹き荒れる日本の高山帯について
日本の高山では激しい風が吹き荒れます。また、特に日本海側の積雪量は世界的にも多いものとなっています。この原因として考えられているのは、大陸からのジェット気流。ヒマラヤで北と南に分かれたジェット気流が、日本列島でちょうどぶつかるために強風が吹き荒れると考えられています。また、大陸側からの季節風は、対馬海流(夏は25℃程度、冬でも10℃前後)から多くの水蒸気をもらい積雲をつくり、これが日本の上空で冷えて雪になります。
【4】ハイマツ(「Kota's Nature Photo Gallery」より)
ハイマツの樹高や傾き方で、風の強さや方向などがわかります。山岳地帯において風の方向がわかるということは、つまり方角がわかるということでもあり、植生やその様子を観察することで周囲の状況を、(見通しがきかない中でも)推測することができるわけです。
【5】チングルマ(「高山植物 <100選>」より)
草のように見えるチングルマは、バラ科の木本植物。わずか数ミリの直径でも断面をよく見ると細かい年輪が刻まれているそうです。
【6】ライチョウの分布や概要など
環境省自然環境局 生物多様性センター「ライチョウ」
【7】高山帯とは
ここで、「高山帯」について解説します。高山帯とは、日本では一般に森林限界以上をいいます。森林限界とは、高木が生えなくなるところで、これ以上の標高では主にハイマツの矮生低木林が出現します。低木も生えなくなるところを低木限界とか樹木限界と呼び、ヨーロッパや北米ではこれ以上を高山帯と呼ぶことが多いようです。この違いは、いろいろと説はあるようですが、概ね海外にはハイマツが生育していないため、亜高山帯のシラビソ、オオシラビソなどが低木化し、高木と低木の違いでは高山帯の境界が引けないということがあるようです。一方で、日本の高山帯では、ハイマツの生育など、海外に比べて植物群落の種類や組成が特異的な様相を示します。
【8】ライチョウの皮膚病について
・中日新聞 山のサイト ◆山のニュース◆ ライチョウに皮膚病(2002年2月23日)
・北日本放送 KNBニュース(ニュースのストリーミングビデオ配信もあります)
・「立山室堂周辺のライチョウの群れが減少」(2002年3月16日)
アンケート

この記事についてのご意見・ご感想をお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。
なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。

【アンケート】EICネットライブラリ記事へのご意見・ご感想

(記事・写真:下島寛)

※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。