地平線まで広がる湿原

果てしなく広がる、フランス・カマルグの湿原
カマルグを訪れたのは、既にうだるような暑さの6月でした。カマルグは、ローヌ川が地中海に注ぎ込む、デルタ地帯にある湿地帯です。カマルグは広い、とにかく広い。大地に降り立つと、水と葦原と小島がモザイクのように入り混じった風景が、はるかに地平線まで続いています。

カマルグは野鳥の楽園(↑写真にうつっている鳥は何羽? ↑)
湿原、淡水湖、塩水の干潟と多様な自然に恵まれたカマルグには、350種近い野鳥が生息し、世界各地から渡り鳥が訪れる野鳥の楽園となっています。この他にも、ビーバーやウサギ、キツネなど様々な野生生物が暮らしています。一帯は、1970年からカマルグ地方自然公園【1】として保全されており【2】、1986年には、フランスで最初の、ラムサール条約登録湿地に指定されました【3】。
フラミンゴを訪ねて

フラミンゴの営巣地(一部)・・・少し見づらいが、岸辺には白い帯のようなフラミンゴの群れが
カマルグを代表する鳥は、なんといってもフラミンゴ(オオフラミンゴ)【4】です。アフリカで冬を過ごしたフラミンゴは、春から夏にかけて、カマルグで卵を産み、雛を育てます。ここを訪れるフラミンゴの数は2万羽〜4万羽にのぼり、ヨーロッパでも有数の繁殖地となっています。
地方自然公園のインフォメーションセンターで教えてもらった地図を頼りに、なんとかフラミンゴの営巣地を見つけました。双眼鏡を覗くと、体を寄せ合って、フラミンゴがぎっしり並んでいます。数羽だと優美な雰囲気のフラミンゴですが、数千羽、数万羽の集団となると、「クエッ、クエー」、「クエーッ」と呼びかう声もにぎやかで、圧倒されそうな迫力です。蜃気楼が立ち上り、フラミンゴの群れが白い帯のようにゆれる中、ふと、「ここはアフリカか?」という錯覚にとらわれます(まあ、本当に行ったことはないので、気分だけなんですけど)。
フランスにも田んぼが!

え、フランスにも田んぼが!?(カマルグの水田)
カマルグで暮らしているのは、野生生物だけではありません。ここはまた、約7,400人の住民が生活する場でもあります。住民の半数以上は、農業を営んでいますが、これが、また、カマルグ独特の景観を創り上げてきました。
その代表例が「水田」です。カマルグでは、湿地帯という自然条件を活かして、中世の昔から稲作が続けられてきました。日本では見慣れた風景ですが、欧州では、水を張った田んぼはとても珍しく、フランスではカマルグ特有のものとなっています。
また、ところどころに広がる草原では、白馬や黒牛が放牧され、これもカマルグならではの風景となっています。白馬も黒牛も、厳しい自然の中で育まれてきた、カマルグ地域に固有の種が維持されています。

白馬は太古の昔からカマルグに生息していた種
フラミンゴとの共生
![[上]カマルグ地方自然公園のインフォメーションセンター[下]インフォメーションセンター内 カマルグの自然と地域の暮らしがテーマ](img/pu031120_7_8.jpg)
[上]カマルグ地方自然公園のインフォメーションセンター
[下]インフォメーションセンター内 カマルグの自然と地域の暮らしがテーマ
カマルグがいくら広いとは言え、数万羽のフラミンゴと数千人の人間が共に暮らしているので、時々衝突もおこります。
近年問題になっているのが、フラミンゴが田んぼを踏み荒らしてしまう現象です。オオフラミンゴは高さ1m以上もある大きな鳥なので、田んぼで餌を探して歩き回られると、稲の苗がつぶされて駄目になってしまうのだそうです。カカシを立ててみても、その周りしか効果がなく、さて困った。フラミンゴを駆除するわけにもいかず...。
そこで、カマルグ地方自然公園とツール・ド・ヴァラ生物学研究所(カマルグにある民間の研究所)が協力して、1996年から「フラミンゴはどのような田んぼによく来るのか、どのような田んぼなら来ないのか」という研究を始めます。この研究により、フラミンゴの営巣地に近い田んぼ、面積の広い田んぼが狙われること、そして面白いことに、生垣や樹木に囲まれた田んぼは狙われにくいことが分かりました。
実は、昔、カマルグの田んぼは、この地方特有の生垣(2mぐらいの茂みに、高さ10m〜30mぐらいの高木を混ぜた植えたもの)で小さく区切られていました。ところが、1980年代から、水田の区画整理、大規模化が進み、生垣が消えていきました。フラミンゴが田んぼに入ってくるようになったのも、ちょうどこの頃からでした。昔は分からなかったのですが、生垣には、フラミンゴと人間の棲み分けを促す、知恵が隠されていたようです。
この研究成果を踏まえ、カマルグ地方自然公園では、生垣を復活させようというキャンペーンを行っています。「自然公園では、農家に樹木(生垣用)を無料で配布しています。維持費は農家の負担になりますが」とカマルグ自然公園のガエル・エミリさんが教えてくれました。キャンペーンに参加する農家も少しずつ増えているそうです【5】。
旅の終わりに

湿地に降り立ったフラミンゴ(黒い羽は風切り羽)
「湿原や野生生物の保全と、住民の暮らしの向上は両立できますか?」という質問に対して、カマルグで数十年研究を続けてきた、ツール・ド・ヴァラ生物学研究所のホフマン所長は、「自然保護と地域の発展は相容れないものではありません」と答えます。これまでの様々な経験を踏まえ、鍵を握るのは、科学者と湿原を利用する人々との協力関係ではないか とホフマン所長は指摘します。前に触れた、水田とフラミンゴの研究からは、科学と同時に、その地域にもともとあった暮らしの工夫、あるいは知恵というのでしょうか、そんなものも一つの鍵になるように思います。
なお、人間の側から湿原や鳥に及ぼす影響を削減するため、有機農業などの研究も進められていて、その成果は、カマルグ自然公園から農家への補助政策に取り入れられています。
夕方、ねぐらに向かうフラミンゴの一群を見ました。10羽ぐらいのフラミンゴが一列に並んで、空を横切っていきます。夕日に照らされ、紅色の羽を輝かせて飛ぶ姿は、ピンクフラミンゴの名のとおりです。大自然とカマルグらしい地域の暮らしが、いつまでもあるようにと祈って帰路につきました。

■カマルグ湿地
- 地方自然公園の設立年:1970年(面積約85,000ha)
- 国立環境保全地区の指定年:1975年(面積約13,000ha)
- 地方自然公園内の住民人口:7,413人(2002年時点)