一般財団法人 環境イノベーション情報機構

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No.074

Issued: 2005.06.23

『美しいだけではない、未来があるんです』

目次
ゲルスバッハ村 ──“太陽のテラス”と呼ばれる小さな美しい村
ゲルスバッハ直売組合
多目的ホール建設
村おこしコンテストへ参加
花で着飾ったゲルスバッハの一民家

花で着飾ったゲルスバッハの一民家

 長い農林業の営みが作り出した美しい田舎の景観。ドイツでは「文化景観(Kulturlandschaft)」とも呼ばれますが、この二次的な里山景観も、「多様な生物の棲家」として、また「文化的遺産」として守らなければならない、と連邦自然保護法第一章に書かれています。この理念を受け、法律による利用規制や農業支援策などが行われていますが、現在それだけでは文化景観を維持保全することは難しくなっています。農村景観は村人の生活の現れです。これを持続的に守っていくためには、村に活気が必要です。職があり、活発な社会生活があり、村民が村の未来に対して希望をもっていることが大事です。
 今回は、ドイツ政府が行う「わが村は美しい、わが村には未来がある」コンテストで昨年金賞を受賞した南ドイツのゲルスバッハ村の村おこしを紹介します。審査員が高く評価したのは、道沿いや家の窓下を花や緑で美しく飾っただけでなく、村民が村の将来のために考え出した様々なアイデア、その実践、ゲルスバッハ村がここ数年行ってきた包括的な村おこしのプロセスです。表面的で対処療法的な取り組みでなく、物事の本質、村の将来を見据えた総合的な取り組みでした。

ゲルスバッハ村 ──“太陽のテラス”と呼ばれる小さな美しい村

 ゲルスバッハ(Gersbach)は、南ドイツのバーデン・ヴュルテンベルク州に属し、シュバルツバルト(黒い森)地域の南端に位置します。標高約900メートルの台地のくぼみにひっそりとたたずむ人口約700人の小さな村で、林業と牧畜業が盛んです【1】。教会を中心とする集落の周りには緑豊かな牧草地が広がり、外縁をモミとブナの混交林が囲みます。「太陽のテラス」とも呼ばれ、天気のいい日の眺めはため息が出るほど美しく、休日などは、近郊の都市またはすぐ隣のスイスやフランスなどからもハイキングやサイクリングに訪れる人が数多くいます。
 「この村の財産は、この美しい景観。農林業によって維持され、観光業がそれを使用する。ゲルスバッハの将来は農林業と観光業に懸かっている」──39歳の若い村長ユーリン氏はそう言います。約15年前から、景観−農林業−観光業の相互依存関係を維持改善する様々な取り組みが、村民主体で行われてきました。モットーは、“苦情を言う前に行動する”。「農産物の値段が下がって、これじゃ農業はやっていけない」「政府の補助が少ない」──そんな文句ばかり言っていないで、まず自分たちでやれることをやろうじゃないか。人任せにしないで、われわれ自身で解決の道を探っていこう。
 国や州の財政難や経済のグローバル化による影響を受け、村に退廃的なムードが漂っていた中、数名の有志が立ち上がり、村の雰囲気を、村人の意識を徐々に変えていきました。

ゲルスバッハの位置(ゲルスバッハ村役場提供)

ゲルスバッハの位置(ゲルスバッハ村役場提供)


村の教会とその周りの風景

村の教会とその周りの風景

花で飾られた公共のスペース(ゲルスバッハ村役場提供)

花で飾られた公共のスペース
(ゲルスバッハ村役場提供)


ゲルスバッハ直売組合

直売組合が催した「肉セミナー」の風景(ゲルスバッハ村役場提供)

直売組合が催した「肉セミナー」の風景
(ゲルスバッハ村役場提供)

 村おこしのきっかけを作ったのは、1988年に村の牧師トラウトヴァイン氏の呼びかけでできた「ゲルスバッハ村直売組合」です。牧草地で飼われている牛の肉を、生産者の労力が報われる値段で売ることを第一の目的に設立されました。ゲルスバッハの名前が入った肉を、周辺地域にある契約店やレストランに直接売るというシステムが構築されました。値段は普通の1.2〜1.5倍程度です。
 注目に値することは、農家だけでなく、数人の観光業従事者、地方政治家が仲間に加わったことです。農業が衰退すれば、美しい牧草地の景観が荒れ、地域の重要な産業である観光業にも影響を及ぼすことになります。そう考えると、観光業者や地方の政治家が組合員となって農家を助けることは当然のことのように思えます。その当たり前のことを当たり前のこととしてやるところは、合理的で目的意識が強いドイツ人らしさの現れでしょうか。消費者に安全な肉を提供するために、組合に参加する農家には、一定の基準に則った動物の飼育が義務づけられています(単位面積当たりの動物の数やえさの種類)。
 またこの組合は、肉を売ることだけでなく、高地の農業を維持するための政治的ロビー活動や、景観管理者としての農家の役割を一般の人々に伝える活動、食肉について勉強する「肉セミナー」の開催など幅広い活動を行っています。この事業は数年で軌道に乗るようになり、当初は懐疑的だった一部の農家や関係者の理解も得られるようになりました。


ゲルスバッハ村の屠殺場(上)と共同の農機機械置き場(下)(ゲルスバッハ村役場提供)

ゲルスバッハ村の屠殺場(上)と共同の農機機械置き場(下)(ゲルスバッハ村役場提供)

 「問題を当事者自らが積極的に受け止め、解決のための対策を共同で行うことによって、人々の意識が変わった」とトラウトヴァイン氏は言います。「みんなでやればできるじゃないか」と。政治や市場経済に不平不満ばかり言い、半ば諦めの気持ちを抱いていた村の農家も、未来に対して希望を持つようになりました。
 組合が活動を始めた1980年代後半から90年代初めにかけては、ちょうどドイツで「環境」に対する社会的関心が高まっていた時期で、農産物の安全性や新鮮さに多くの人々が敏感になり始めていました。組合が成功を収めることができたのも、最終的には、景観を守る農業を支持し、地域でとれた安全なものを高い値段を払って買う消費者がいたからです。
 1993年には、この組合の働きかけで、村に新しい牛の屠殺場ができました。積極的なロビー活動で州や自治体、地方銀行などから補助金を取り付け、建築、内装工事の大部分は関係者も含めた村民の有志が無償で行いました。これにより高い衛生基準が確保でき、また消費者価格もある程度低く抑えることが可能となりました。
 1997年、13軒の農家が共同使用の農機具保管倉庫を建てました。設置費用として約263,000ユーロ(約3千7百万円)がかかりましたが、その約4分の1を州と郡と自治体が補助し、残りを各農家が自己負担。建築作業もほぼ全て農家が自らの手で行っています。


4件の兼業エコ農家が作った共同使用の牛舎(ゲルスバッハ村役場提供)

4件の兼業エコ農家が作った共同使用の牛舎
(ゲルスバッハ村役場提供)

 2002年には、組合員でエコ農業の認証を受けている4軒の若い兼業農家が共同使用の牛舎を作りました。約40頭の母牛とその子牛が冬場に寝泊りすることができます。
 ここに挙げた共同の取り組みは、一軒当たりのコスト軽減、農作業の効率化を目的としています。バーデン・ヴュルテンベルク州では兼業農家の割合が70%とドイツの平均である約60%よりも高い割合で、山間部に行くとその割合はさらに高くなります。ゲルスバッハ村には現在45軒の農家がありますが、そのうち専業農家はわずか3軒です。生産量が少なく、他の職があって副業の農業に費やす時間が限られ、しかも土地条件の悪い高地で放牧業を営む兼業農家が経営を継続していくためには、農産物のブランド化など他地域との差別化とともに、コスト削減努力も欠かせません。ゲルスバッハ村の農家は、みんなで協力し合うことによってこれを実現してきました。


多目的ホール建設

 直売組合を契機としたいくつかの住民主体の活動により、「自分たちのことは自分たちでやろう」という共同体意識が村人の中に徐々に芽生えてきます。それに勢いをつけたのが、1998年から2年間かかった村のホール建設でした。劇やダンス、スポーツイベント、展示会、会議などが行える総工費約125万ユーロ(約1億7,500万円)の多目的ホールは、既に30年前に提案されていましたが、これまでは予算の目途が立たず、長い間滞っていたプロジェクトでした。躯体部分にはゲルスバッハ産のモミ材が使用され、建設にあたっては、多くの住民がボランティアで働きました。住民が費やした時間は、総計約3,700時間、お金に換算すると、約72,000ユーロ(約1千万円)にもなります。また、スポーツクラブやコーラス団体など村の市民協会(e. V. )【2】は、お祭りなどのイベントを開催し、その収益金約36,000ユーロ(約5百万円)で、ホールの中にキッチン設備を作りました。

多目的ホールの建設。村人がボランティアで働く(ゲルスバッハ村役場提供)

多目的ホールの建設。村人がボランティアで働く
(ゲルスバッハ村役場提供)

多目的ホール(ゲルスバッハ村役場提供)

多目的ホール(ゲルスバッハ村役場提供)


村おこしコンテストへ参加

今年の1月27日、ベルリンでの授賞式の風景

今年の1月27日、ベルリンでの授賞式の風景(真中の女性は連邦農業大臣のキューナスト女史、一番右が村長のユーリン氏)
(ゲルスバッハ村役場提供)

 「せっかくここまで盛り上がったのだから、もっと盛り上げよう」村おこしがさらに活発になるようにと、村長のユーリン氏は、ドイツ政府が3年おきに主催するコンテスト「わが村は美しい、わが村には未来がある」に応募することを村民に呼びかけます。すぐに賛同者が集まり、参加が決まりました。コンテストの期間は2002年から2004年の3年間。約50人の有志住民が村の美化、ツーリズム、社会福祉、農業など分野ごとに分かれ、定期的に会合を開きアイデアを出し合いました。最終的には以前から実行されているものも含めて、約30のプロジェクトが選ばれ、約100ページにわたる村おこし企画書が作成されました。代表的なプロジェクトをいくつか紹介します。


  • 「牛の学習小道」
    観光客が美しい牧草地と森の景色の中をただ歩くだけではなく、同時に牧草地の牛のことをもっと知ってもらおうと、牛のことが勉強できるハイキングコースを作ることになりました。農家と観光業従事者が一緒になって考案し、村の中心から北に広がる牧草地をぐるりと囲む約7キロのコースが2003年にできあがりました。「牛の祖先」「牛と人間のかかわりの歴史」「牛の景観管理人としての役割」「牛の食生活」「牛の糞」「ミルクと牛肉」などテーマごとに12の看板が立てられ、観光客は実際に農家が放牧している牛を眺めながら、楽しく牛に関する勉強ができます。また、子ども用のパンフレットが用意されており、学校の授業の一環としても楽しく利用できます。予約をすれば、専門ガイドつきの案内も受けることができます。
  • 「体験農家プロジェクト」
    直売組合、屠殺場や共同で使用する牛舎、機械置き場の建設など、地に足のついた取り組みで活気が出てきたゲルスバッハの農業ですが、目の前には厳しい現実が迫っています。あるコンサルタント会社が最近行った調査によれば、10年後には、高齢化、後継者不足のため、ゲルスバッハの農家の数が半分になるということです。この問題を解決する一つの策として、「体験農家プロジェクト」が現在計画されています。使われなくなった牛舎や空き家を、子どもの体験学習の場や農業従事者や林業従事者の実地研修の場として利用したり、またはエコロジカルなチーズやソーセージの製造所をつくり、そこを若い職人の研修所にするといった案が出ています。これが実現すれば、農業を維持するだけでなく、同時に将来を担う若い世代への教育と、熟練者への職の提供という三重の効果が期待できます。ゲルスバッハ村だけでなく、広い範囲の地域からの利用者も視野に入れたプロジェクトです。現在EUの地域振興プログラムである「LEADER+」に補助金を申請中です。
  • 「村の美化」
    2002年から、通りや広場、公共の建物のまわりを花や緑で飾る作業が、農村婦人会を中心とする約45人の住民により行われました。花や植物は自治体が購入し、植える作業と植栽後の管理が参加者のボランティアに委ねられました。
  • 「青少年プロジェクト」
    コンテストに向けた村おこしも後半戦に入ろうとしていた2003年冬、「文化・社会生活」部門のワーキンググループから、子どもや青少年も村づくりに参加できるようにしたらどうか、という案が出されました。アイデアが出るとすぐに実行に移すのがゲルスバッハの村民たち。早速、子ども、青少年のアイデアコンテストを開催しました。若い世代に与えられた課題は、村に対する自分たちの願望を、紙や木の模型などを作ってみんなの前で発表することです。子どもの遊び場の改修案や青少年カフェ、ビーチバレーボールのコートなどユニークなアイデアが出されました。ただそれらの一つでも実行するにはお金が必要です。そこでこのコンテストを主催したワーキンググループは2004年春に「オールディーズナイト・ダンスパーティー」を催し、その収益金を選ばれたプロジェクトの費用の一部として提供しました。
牛の学習小道のパンフレット(ゲルスバッハ村役場提供)

牛の学習小道のパンフレット
(ゲルスバッハ村役場提供)

子供、青少年アイデアコンテストの授賞式 [ゲルスバッハ村役場提供)]

子供、青少年アイデアコンテストの授賞式
(ゲルスバッハ村役場提供)

村のお祭りの風景(ゲルスバッハ村役場提供)

村のお祭りの風景
(ゲルスバッハ村役場提供)

 人口わずか700人の村での活発な住民参加、様々なアイデアとその実践。これらを可能にしたのは「ここ15年間の村おこし活動によって形成された村民の使命感、そして自分が村のために役に立っているという満足感だろう」と村長のユーリン氏は言います。「そしてなにより、みんなでわいわいやることは楽しい」
 「市民がアイデアを出すのはいいが、でもいったい誰がお金を出すんだ。そんなの無理に決まっている」。一般的に、市民参加の事業では財源確保がネックとなります。ゲスルバッハ村民は、「じゃあ、お祭りをやってお金を稼げばいい」とたえず前向きです。
 交通の便の悪い山奥の小さな村で、離農も進む。自慢できるのは美しい牧草地の風景だけ。ただ、それもいつまでも保たれる保証はありません。何もアクションを起こさなければすぐに荒廃していきそうな状況に対して、現実をしっかり見つめ、あくまでもポジティブな態度でエネルギッシュに村の発展に取り組むゲスルバッハ村は、同様の問題に悩む周辺地域にも勇気と誇りを与えています。


コンテスト「わが村は美しい、わが村には未来がある」について

 1961から既に40年以上ドイツ政府が行っているこのコンテストは、当初、戦後の混乱期の影響が残り「荒れていた」農村の風景を、何とか外目だけでも綺麗にしたいという社会的需要を反映し、村の美化、景観の手入れに重点が置かれていました。年月を経て時代の要請に合わせて、経済、社会、環境の要素が審査基準に取り込まれてきました。今では、絵葉書に出てくるようなロマンチックな田舎の風景をつくりだすことではなく、それを支え維持するための経済活動、村民の共同体意識、自然環境への配慮に審査の重点がシフトしてきました。コンテストが求めるのは、未来を見据えた包括的で持続的な村づくりです。郡予選から始まり、選抜された村が州大会に出場し、そこでさらに厳選された村が連邦の最終決戦に出場します(州大会を通過する村の数は、参加した村の数に合わせて決められます)。審査委員会はそれぞれ、関連省庁、農業連盟や農村婦人会連盟などの代表から形成され、審査は、書類審査と現地視察からなっています。現地視察の際は、村民に、プロジェクトの紹介と現地案内が義務づけています。第21回目の2002〜2004年大会では、ゲルスバッハを含む5つの村が金メダルを獲得し、7つの村に銀メダル、5つの村に銅メダルが授与されました。

【1】ゲルスバッハ村
ゲルスバッハ村は行政区分では、人口約1万9千人のショプフハイム市に属しています。バーデン・ヴュルテンベルク州では、1973年に大幅な自治体合併があり、ゲルスバッハ村もそのときに統合されました。ただし、役場は市の出先機関として、機能を縮小したかたちで残されており、半日勤務の2人の職員がそこで働いています(バーデン・ヴュルテンベルク州で統合された村では大方、このようなシステムが取られています)。また、住民選挙で選ばれる村長と5人の村議員からなる村議会もあり、ここで話し合われたことが、ショップフハイム市議会で、提案書として提出されます。村長と村議員は無報酬(月に数万程度の活動費が支給されるのみ)で、市議会では助言するのみで、決定票はもっていません。
【2】市民協会(e. V. )
e. V. というのは、eingetragener Verein(登録団体)の略で、法律で認めらた、税制上の優遇措置などを受けられる非営利、公益団体です。日本でいうNPOに近い組織。活動内容や規模は千差万別で、スポーツのチームから、地元の楽団、コーラス、BUND(ドイツ環境自然保護連盟)のような大きな環境団体まで、規模・活動範囲・対象者も異なる様々な団体が、e. V. として認可されている。
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(記事・写真:池田憲昭)

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