No.085
Issued: 2005.12.01
上下流が手を結び人工林を応援する〜土岐川・庄内川源流 森の健康診断〜
朝から降り出した雨は、止む気配を見せない。降水確率午前80%午後70%のまぎれもない「雨の日」。岐阜県恵那市の中部大学キャンパスに、色とりどりのレインウエアを着た参加者・総勢235名が続々と集まってきた。「土岐川・庄内川源流 森の健康診断」第1回の開会だ。
森の健康診断とは 〜人工林を広範囲に継続的に調査〜
「森の健康診断」とは、一言で言うと、人工林を応援する市民活動である。上流、下流、森林所有者、研究者などが、さまざまな立場から人工林を知り、交流し、共感しあう場だ。
「土岐川・庄内川源流 森の健康診断」では庄内川【1】の上流域を1.3kmメッシュに区切りその全区域を10年間定点調査する。今回はその第1回目。10月29日の行事で人工林の現況調査を一斉に行い、そのデータを後日研究者が分析する。
戦後と高度成長期に、急激に植林が進み、そのまま放置されている。これが「荒れた人工林」と呼ばれるが、どの程度どう荒れているのかの具体的な調査は実はされていないのが現状だ。何をもって“荒れた危険な人工林”とするのか、数値で判断する基礎を作るのが、この調査だ。その意味で今回の「健康診断」は画期的であり、林業関係者や研究者の期待が高まっている。
人工林は悪者なのか
「荒れた人工林」には「保水力がない」から「土砂災害の原因になる」とよく言われる。近年の人工林の悪者扱いには耳を覆いたくなるものがある。ブナ林というだけで豊かな自然のシンボルとしてもてはやされ、その対極にあるのが人の植えたスギ、ヒノキの林だと見なされているようだ。
しかし、「荒れた」人工林とはどのようなものを指すのか、「保水力」とは何なのか、そのどの部分が悪いのかをきちんと説明できる一般市民は少ない。さらに、高度成長期に上から言われるままに雑木林を切り、スギ・ヒノキを植林しながらも、山にかかわり水源を守ってきた人たちの労働に思いをはせる人がどれほどいるか。植えすぎたのも、荒れているのも、その人たちのせいではない。そして、私たちは上流で水を作り下流で水を消費するという一方的な構図の中にいる。その一方通行を少しでも解消しようと上下流で交流を行う事例は全国にいくつかあるが、人工林調査の場で結びついたのは、筆者の知る限りこれが初めてだ。
調査の方法
1.3km四方を1区域とし、1区域について3カ所の人工林を選び調査する。23区域69プロットが予定された。23チームが編成され、チームごとに調査区域へ赴く。
チームの構成は次のとおり。
- コースガイド……調査地までの道案内をする地元の人(今回は主として生産森林組合員)
- 調査リーダー……現地での調査をとりまとめる人
- 自然観察サポーター……調査地周辺での「お楽しみ」の自然観察をリードする人
- 一般参加者(7〜8人)
- 土壌浸透能調査陣(3人)……学生
開会式後、チームに分かれ、車に乗り合わせて目的地の人工林へ。この日、筆者のチームの参加者は、環境アセスメントの会社に勤める若い女性、行政の林務担当者、名古屋市在住のサラリーマンなど。到着すると、リーダーが簡単なオリエンテーション。そして、雨でますます暗い人工林の中をみんなで登り、リーダーの判断でプロットを決め、ロープで囲む。
「20.5センチ」。率先して巻尺を手に取り、ヒノキの直径を測っている若い女性が大声で言うと、記録係がシートに記入。
「2人、こっちへ上がって来て。高さを見て」。リーダーの指示で、少し離れたところから樹高を見る。別の一人が木の根元で4メートルの釣竿を立てている。釣竿の長さから木の高さを推測する。
一方、土壌調査陣の学生たちは、塩ビ管を土に打ち込み、ストップウォッチ片手に水を注ぐ【2】。水が土に染み込み見えなくなるまでに何秒かかるか計測するのだ。一般に、適度に間伐された森林では、浸透が速い。
それを終えると、研究室に持ち帰るための通称「土の缶詰」作り【3】。土壌を地面にある状態のまま抜き取る。サンプリング用の缶を地面に打ち込み、それをシャベルでそっと掘り出し、ふたをしてテープで密閉する。ねらい定めた場所に樹木の根があって缶が打ち込めず、何度もやり直しになる。ひじから先がどろどろだ。
控えめにメンバーの様子を見ていたコースガイドの男性が、やがて巻尺を手に取って一緒にヒノキの直径を測り始めた。一人が傘をさしかけているものの、記録係の用紙はびしょびしょになっている。雨が冷たく感じられるようになってきた。そろそろ暖まりたい、と思ったころ、1カ所目の調査が終了。ここでの木の理想の密度を、鋸谷(おがや)式と呼ばれる林業の方法と、島崎洋路元信州大学教授の理論に基づいてリーダーが説明した後、車の中でのお弁当タイムとなった。
午後からもう1カ所調査し、15時半に拠点の中部大学に帰還。すでに多くの班が戻ってきており、閉会式を兼ねた感想発表会で熱気ムンムンに盛り上がっていた。地元の市会議員を中心に用意された郷土料理の「ごへた」と豚汁が、学生たちのさわやかな給仕で配られた。
調査結果の分析
この調査には、名古屋大学の服部重昭教授、竹中千里教授、中部大学の寺井久慈教授が大きくかかわっている。持ち帰ったデータを基に、両大学で研究が行われる。人工林と保水力の関係が、いずれ示されるだろう。
人工林が土砂災害の原因となっていると言われる理由は、保水力のなさにある。間伐が遅れ、木が密集して暗くなった森林では、光不足のため下草や低木が成長できず、その結果、土壌の中に水の染み込む「すきま」がなくなる。雨水は地表を一気に大量に流れることになる。いったんその状態になった人工林では、雨が降るたびに土壌が流出していく。地表に緑は見られない。
間伐されて明るく整備された森林では、下層に低木が生育してくる。10年すれば大きく様相が変わるだろうが、年々どのように変化するか、多地点のデータを取ることが、研究成果につながる。
現在、中部大学の研究室で土壌の有機質量と間隙率を測定している。1日1個しか行えないものだが着々と進んでいる。
なぜこんなに多くの人が 〜今後への期待
この活動の面白いところは、さまざまな立場の人が、対等に、同じ場に集まることにある。上流民、下流民、人工林所有者、自然愛好家、研究者、学生などなど。スタッフから大学教授、当日取材者にいたるまで、全員が500円の参加費を払う。ここでは誰が偉いわけでもなく、全員が人工林問題に取り組む主体である。
自然愛好家の多くは人工林には近づかない。薄暗い人工林には草花も樹木も少ないからである。人工林の所有者と同じように山を相手にしていても、両者は出会う機会がない。この活動では「楽しくてちょっとためになる」をスローガンに、自然愛好家にも呼びかけ、一般市民をひきつけ、人工林の所有者と、森林の受益者(水源や環境保全の意味での森林)が出会う場を作った。一般市民にとって、活動にかかわることで「暗くて危険な人工林」から、「気になる、心配すべき」人工林へ、そして人工林とその所有者へのシンパシーにつながっていくことが期待できる。
今回の活動はマスコミによって広く報道され、各地から興味を示す研究者や活動家が出てきた。多くの都市住民が中山間地の人工林を訪れたことで、地元恵那市・瑞浪市の行政および市民に与えたインパクトは非常に大きい。上流が森林を守っているという自負が新たになり、森林問題への意識がいっそう高まっている。
今年6月には、同じ方法の「森の健康診断」が矢作川流域(愛知県豊田市)【4】の森林で実施されている。愛知県・岐阜県から、上流と下流、一般市民と研究者が手を携えて人工林を応援する活動の大きなうねりが生まれつつある。
[基礎データ]
- 日時 2005年10月29日(土) 9時〜16時
場所 庄内川上流域(岐阜県恵那市・瑞浪市一帯)
参加者 235名(スタッフ含む)
調査区画 30プロット(雨天のため目標の69プロットは達成できなかった) - 調査項目
- 区画の傾斜角
- 林分調査
半径4mの面積内のスギ、ヒノキの本数
スギ、ヒノキの胸高直径、樹高 - 植生調査
同じ場所の5m四方内の植物(コケ類、地衣類を除く)の種数、大きさ
植被率 - 腐植層の厚さ
- 土壌の浸透能調査
現地での水の浸透速度の調査
土壌のサンプリング
「緑と水の森林基金」(国土緑化推進機構)の助成を受けています。
- 【1】庄内川
- 愛知県名古屋市で最も大きな河川。一般家庭の水道水源とはなっていないものの、市民にとっては親しみ深い川。河口はラムサール条約に登録されている藤前干潟。上流は岐阜県で土岐川と呼ばれ、源流は岐阜県恵那市の夕立山。
- 【2】土壌の浸透能調査
- 土壌の保水力については、水がその土壌にとどまる能力(保水力)と、水が土壌に染み込む能力(浸透能)の二面を考えなければならない。「森の健康診断」でも両方の調査ができれば理想だが、保水力の調査は複雑でこのような行事の中では難しいことと、人工林では浸透能がきわめて低い場所も多く、まずは浸透能があることが重要であることから、浸透能調査のみを行うこととなった。
今回の調査では、調査プロットの中で、塩ビ管を深さ10cmまで打ち込み、そこに300ccの水をすばやく流し入れ、水が見えなくなるまでの時間を計る。これを3分おきに3回繰り返す。当然、この調査を行うまではその周辺を踏み固めないようにする。このような行事で容易にできる方法として名古屋大学と中部大学の教授が考案し、塩ビ管に目盛りをつけたり、地面に打ち込みやすいようにエッジを削ったりという作業は教授と学生が事前に行った。当日、現地まで、学生たちが1人4リットルの水を背負って行った。 - 【3】「土の缶詰」づくり
- 現地での調査は、そのときその場の環境によって結果がまちまちで不安定になる。後日、研究室の一定した環境において追試できるように、土壌を持ち帰るのが、「土の缶詰」づくりだ。
土壌を入れる容器(缶)は測定機器に付属のもので、直径5cm、深さ5cm。塩ビ管での浸透能調査をした後、その至近の地面に缶を打ち込み、土壌がその場にある状態で「缶詰」を作る。塩ビ管の深さ10cmと統一するため、1個目の缶を作った後、その真下の土壌を2個目の缶に採取した。
1個目がうまく取れても、2個目が木の根にぶつかって打ち込めないことがよくあり、何度も場所をずらしてやり直すなど、作業が難航した。 - 【4】矢作川
- 岐阜県恵那市、長野県南西部の水を上流に、愛知県豊田市を流域とし三河湾に注ぐ川。平成17年4月、豊田市は矢作川流域町村と合併した。
関連情報
- 「第1回矢作川森林の健康診断」報告会(矢作川水系森林ボランティア協議会)
- 緑と水の森林基金(社団法人 国土緑化推進機構)
この記事についてのご意見・ご感想をお寄せ下さい。今後の参考にさせていただきます。
なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。
(記事・写真:清藤奈津子)
※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。