一般財団法人 環境イノベーション情報機構

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No.097

Issued: 2006.05.25

小笠原のエコツーリズム(後編)─持続可能な島づくりへの取り組み─

目次
アカギとの格闘
東平アカガシラカラスバトサンクチュアリ ─NPOの活躍
南島の保全
固有種保全と外来生物対策
世界遺産に向けて……?
父島中央山東平のアカガシラカラスバトサンクチュアリ入口

父島中央山東平のアカガシラカラスバトサンクチュアリ入口

 海洋島である小笠原諸島は独自の進化を遂げ、その固有の島嶼生態系は脆弱さゆえ「ガラスの生態系」と形容されます。1830年以降、人間をはじめとして様々な動植物が入り込み、現在も、外来動植物種の侵入による生態系の攪乱や景観変化が問題となっています。
 2003年に世界自然遺産の登録候補地に選定された際にも、移入種対策と自然保護に対する担保措置が課題とされました。小笠原村では島内外のNPO団体や研究者、民間団体、林野庁、環境省、小笠原村役場、東京都などさまざまな主体が自然環境の保全に試行錯誤しながら取り組んでいます。前編ではエコツーリズムにおけるルールやガイドなどの制度づくりをご紹介しましたが、後編では現場での自然環境保全の取り組みをレポートします。

アカギとの格闘

 母島を歩くと、集落周辺でも森の中でも、島中でつやつやとした三出複葉【1】を持つ樹木が目立ちます。小笠原で大きな問題になっているアカギ【2】です。成長が早いことから、戦前にサトウキビ栽培による砂糖製造業のための薪炭材として小笠原村に導入されましたが、利用しなくなった現在ではその旺盛な繁殖力で固有種のシマホルトノキやオガサワラグワの生息地を奪い、アカギの単純林層を形成しています。
 小笠原諸島の約6割を占める国有林。管理する林野庁では、アカギがはびこることで本来の生態系を破壊し、希少動植物に大きな影響を与えていることから、2002年度よりアカギ駆除事業を行っています。アカギ駆除は、急な伐採などによって土砂崩れや急激な乾燥、固有種への影響を引き起こすことが考えられるため、「巻き枯らし」という方法が採り入れられました。これは、環状に樹皮を剥離することで徐々に枯らしていこうというものです。また、島内外からボランティアの参加を募り、母島においてアカギの萌芽の刈払いや、シマホルトノキなど固有植物の植え付けなどを行っています。2002年度には100名、2003年度には56名、2004年度には38名が参加しました。
 小笠原総合事務所国有林課では、「島内のボランティアにはアカギのことを理解して欲しい。島外からのボランティアには島で宿泊して、母島のことを知ってもらいたい。それがエコツアーです」と考えています。参加者にはリピーターも多く、地元の方から南洋踊りを習ったり、母島の魅力を語り合ったりするなどの交流が好評です。
 また、外来種駆除について「アカギ=悪者というイメージにはしたくない、アカギは人間の都合で持ち込んだのだから」、とアカギを枯らすだけでなく利用の仕方も検討し、ボランティアにアカギ染めを体験してもらうなど工夫を凝らしています。父島では地元のNPOがアカギで炭焼きを始めた他、木道や看板などにアカギを利用しています。
 現在は、環境省も母島の民有林や弟島などでアカギ駆除事業を開始しました。外来種の一掃には、国有林・民有林が一体となって取り組んでいく必要があります。

林野庁のアカギ駆除ボランティアに参加した人たち(2003年7月撮影)

林野庁のアカギ駆除ボランティアに参加した人たち(2003年7月撮影)

アカギの巻き枯らし

アカギの巻き枯らし


コラム:小笠原諸島の開墾と移入樹木

小笠原諸島は1876年に日本領土となった際に、開拓奨励のため土地は開墾者の個人所有になることが決まりました。この結果、開発が進みました。その後、サトウキビ栽培による砂糖製造業のための薪炭材需要の急増に伴い、熱帯各地から成長の早い樹木が導入されました。ギンネム、モクマオウ、リュウキュウマツなどが盛んに植えられ、現在、耕地以外でも繁殖し、在来の植物を圧迫しています。

東平アカガシラカラスバトサンクチュアリ ─NPOの活躍

 父島の中央部に位置する中央山(ちゅうおうざん)の東平(ひがしだいら)。島を一周する夜明(よあけ)道路から少し道から入った森の中を歩くと、艶々とした立派な木の看板、手作りのベンチ、アカガシラカラスバトのデコイ、ユニークな利用者数カウントシステムが目に飛び込んできます。東平アカガシラカラスバトサンクチュアリです。
 サンクチュアリの入口で、私たちが到着するとバケツに入った島のカラフルな石から白い石を選んで、竹筒の中に入れます。「観光者が訪れたときは白い石を入れます。これでどのような人が何のためにサンクチュアリを利用しているのか実態調査ができるのです」とサンクチュアリを管理している地元の市民団体、小笠原自然観察指導員連絡会(以下、NACS-JO)の会長、宮川乗継さん。さらに中に入るとアカギで手作りした木道が続き、その先には「ここからバッファゾーン」の看板が見えてきます。ガイド同伴で自主ルールを守って利用するようにと書かれています。
 この東平アカガシラカラスバトサンクチュアリは、植物群落保護林の中に希少種のアカガシラカラスバトのためのサンクチュアリ(保護区域)を設定し、NACS-JOが小笠原総合事務所国有林課と協定を結んで管理運営を行っています。厳格に保護するコアエリアと、利用を許容するバッファゾーンに分けて、外来種のアカギ材を利用した木道や看板などを手作りで設置するなど環境整備を行っています。
 ソフト面では、入林許可証の発行や繁殖期の入林禁止期間などの自主ルール【3】を設定した他、カラスバトの移動に応じてコアゾーンも移動する「スポットサンクチュアリ」などの仕組みを作りました。定期的な巡回を行うなど、地元のNPOならではのきめ細かでユニークな管理運営を行っています。
 植物に関してはNPO法人野生生物研究会、動物に関してはNPO法人小笠原自然文化研究所という地元のNPOがモニタリング調査をしています。宮川さんは、「エコツーリズムで不特定多数の人が利用するから、新しい管理が必要なのです」と話し、さらに外来種の種子除去装置などの面白い新しい取り組みを実現していきたいと意欲を燃やしています。「このサンクチュアリをモデルケースとして、父島島内にサンクチュアリと自然観察路のネットワークを作りたいと考えています」。夢は尽きません。

小笠原自然観察指導員連絡会の皆さんと小笠原総合事務所国有林課長(2003年11月製材機を囲んで撮影)

小笠原自然観察指導員連絡会の皆さんと小笠原総合事務所国有林課長
(2003年11月製材機を囲んで撮影)

利用者数カウントシステム(バケツに入った石を利用者区分の竹筒に入れる。宮川氏のアイデアで島の素材を使った手作りの装置)

利用者数カウントシステム(バケツに入った石を利用者区分の竹筒に入れる。宮川氏のアイデアで島の素材を使った手作りの装置)


南島の保全

 前編でご紹介した南島においても、植生回復事業などの様々な取り組みがなされています。南島では土壌流出や過剰利用による荒廃が問題になった後、地元の自主ルールや東京都の適正な利用による利用調整を行うとともに、地元のNPO団体や(財)日本自然保護協会(NACS-J)、林野庁や東京都などが植生回復事業などの保全活動に取り組んできました。
 2001年度からは、東京都が「南島五ヵ年モニタリング調査」を実施しています。「以前は土壌流出がひどくて真っ赤でしたが、かなり植生が回復してきました」と、東京都自然ガイドが植生回復用のネットを示しながら話します。
 東京都ではこの他、土壌浸食防止策として、南島内の石を利用ルート上に「転石」を配置し、利用者が石の上を歩くことで踏圧を軽減する取り組みを行っています。
 南島は現在一日あたりの利用者数は100人までと決められていますが、ガイドの中には利用者数の上限を増やして欲しいという意見もあります。南島では、自然を保全しながら利用していく仕組み作りに試行錯誤で取り組んでいます。

南島植生回復事業

南島植生回復事業

歩道の転石の上を歩く

歩道の転石の上を歩く


固有種保全と外来生物対策

 今日、小笠原村では、街中でも森でも緑色が鮮やかなグリーンアノール【4】をよく見かけます。父島では山の斜面を降りるノヤギの群れがいたり、オオヒキガエルが車に轢かれていたりします。また、ノネコの被害も問題になっており、母島では水鳥類のコロニーが消滅しています。
 小笠原では常に外来生物の問題に悩まされてきました。戦前に家畜として持ち込まれたノヤギが野生化しており、村役場や東京都が駆除に取り組んできました。南島や聟島、嫁島、媒島ではノヤギを根絶しましたが、父島と兄島、弟島では現在も生息、特に父島では個体数が増加しており問題となっています。また、グリーンアノールは固有昆虫の捕食や、固有種のオガサワラトカゲと競合があり問題となっています。これらの外来生物を完全に駆除するのは大変難しく、また駆除により生態系がどのように変化するか予想もできないため、現場での試行錯誤が続きます。
 外来種を駆除した後の本来の生態系を回復するための取り組みも行われています。地元のNPO法人野生生物研究会では、南島でクリノイガという植物を除去したり、ノヤギを駆除した後の嫁島に固有植物を植栽するなどの活動をボランティアと協力して行っています。2004年からは、東京都自然保護員(東京都レンジャー)【5】が父島や母島、南島などの巡回によって移入種のデータを集めたり、「おがさわら丸」の入出港時に立ち会って外来生物や希少種の持ち込み・持ち出しがないかをチェックしたりと、知識や経験を生かしフィールドの専門家として活躍しています。

特定外来生物に指定されたグリーンアノールトカゲ

特定外来生物に指定されたグリーンアノールトカゲ

ノヤギ(父島で撮影)

ノヤギ(父島で撮影)


 環境省は小笠原諸島を自然再生事業の対象地とし、2002年に基礎的な調査を開始しました。2004年には小笠原自然再生推進委員会を立ち上げ、調査結果を踏まえて、固有種等の保全、外来生物への対応、自然と共生した島づくりを課題として、技術的な検討や情報公開を行っています。島民の意識も高く、現地で行われる検討会にもガイドや研究者などが傍聴に訪れます。
 東京都小笠原支庁、小笠原村、母島観光協会は連携を組んで特定外来生物であるニューギニアヤリガタリクウズムシの母島への拡散を防止するため、「ははじま丸」のタラップに塩水マットを設置したり、「おがさわら丸」の船内に外来生物問題に関するポスターを貼るなど普及啓発に取り組み、観光客の意識を高めていこうとしています。小笠原村役場では2006年1月から、外来の樹木のモクマオウを伐採するプログラムを村民や観光客のボランティアを集めて実施し、伐採跡にはタコノキなどの固有種を植栽しました。伐採した木は炭焼きなどに使用しました。
 このように、小笠原諸島では行政やNPO団体、研究者などの様々な団体が自然再生に関わっています。未来の小笠原諸島にどのような自然を受け継いでいこうとするのか、その未来へのビジョンを共有しながら取り組んでいく必要があります。

東京都が設置したマット(母島観光協会前)

東京都が設置したマット(母島観光協会前)

モクマオウ(葉が林床を覆うと固有植物の生育を妨げる)

モクマオウ(葉が林床を覆うと固有植物の生育を妨げる)


世界遺産に向けて……?

 2006年3月、小笠原村父島にて小笠原諸島森林生態系保護地域設定委員会の検討会が開催されました【6】。保護地域の設定や管理・利用について話し合う検討会です。小笠原諸島の自然をこれ以上劣化させず、原生的な自然に回復させていくために島嶼生態系としての森林生態系の保存が求められています。
 研究者同士の交流や連携も活発になってきています。2004年8月に東京都立大学(現首都大学東京)を中心に「小笠原シンポジウム2004」が開催され、様々な分野の研究者が集まって小笠原研究の最前線や、研究者が小笠原のエコツーリズムに果たす役割などを活発に議論しました。また、日本生態学会でも研究者が集まって小笠原諸島の自然再生にどのように関わっていくのか議論しています。
 現場で自然環境保全に取り組む人たちからは、「世界遺産登録が先にありきではいけない、自然再生に取り組むのが先だ」、「小笠原の自然が本来の生態系に戻ったときに世界遺産がプレゼントされると考えたい」という意見や、「今まで世界遺産に登録された知床や屋久島などでは、観光客が急増することによる問題も起きている。小笠原のキャパシティが観光客急増に対応できるのか大いに不安」、また、住民からも「世界遺産に登録されることで住民の生活が不自由になったり社会が変わってしまうのならばならなくていい【7】」、「世界遺産に登録されることが、小笠原の新しいアイデンティティになるのではないか」などの様々な意見があります。
 世界に誇れる豊かな自然を持つ小笠原諸島、まさしくその資本となる自然環境の保全への取り組みは、まだ始まったばかりです。


【1】三出複葉
葉が複数の部分に分かれているものを「複葉」と呼び、分かれた葉の部分を「小葉」という。三出複葉とは、文字通り、3枚の小葉が一箇所から出ているもの。
【2】アカギ
アカギはトウダイグサ科で明治38年以前に小笠原に移入された。母島では大変成長が早く、固有種を駆逐して単層林を形成してしまうことから問題になっている。
【3】自主ルール
2004年12月に小笠原総合事務所国有林課とNACS-JOを中心に東平アカガシラカラスバトサンクチュアリ自主ルールを策定、サンクチュアリを自然観察路・バッファゾーン・コアゾーンにゾーニングし、コアゾーンの立入禁止、繁殖期間の入林禁止などを定めている。
【4】グリーンアノール
外来生物法(2005年施行)により、現在グリーンアノール、オオヒキガエル、ニューギニアヤリガタリクウズムシなどが特定外来生物に指定されている。
【5】東京都自然保護員(東京都レンジャー)
東京都レンジャーは東京都独自のレンジャー制度として、2004年7月から小笠原に3名が赴任している。
https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/naturepark/join/toranger/
【6】小笠原諸島森林生態系保護地域設定委員会の開催
EICネット 国内ニュース「小笠原諸島国有林野内の「森林生態系保護地域」設定に向け、検討委員会設置」
【7】小笠原の住民生活
小笠原村には空港がなく、交通手段は約6日に一便の船のみである。返還以降、小笠原空港の建設が議論されてきたが、自然保護上の観点から兄島や父島時雨山での計画が中止された。2005年には燃料の高騰で高速船の就航も中止されるなど、交通や医療などの生活面に関する問題が大きい。

関連情報

参考図書

  • 神奈川県立生命の星・地球博物館(2004)「東洋のガラパゴス 小笠原 ─固有生物の魅力とその危機─」
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■協力 取材に当たっては、東京都小笠原支庁土木課、小笠原村産業観光課、小笠原総合事務所国有林課、環境省、小笠原自然観察指導員連絡会、NPO法人野生生物研究会、東京都レンジャーの方々をはじめ、小笠原の多くの皆様に御協力頂いたことを感謝いたします。

(記事・写真:山崎麻里(東京大学大学院農学生命科学研究科 D1))

〜著者プロフィール〜

山崎麻里
東京大学大学院農学生命科学研究科・森林科学専攻博士課程1年。専門は林政学。中央大学研究開発機構準研究員。
エコツーリズムにおける自然資源管理をテーマとして、学部4年次より小笠原にてフィールドワークを行う。山好きだったが、小笠原で海も好きになった。多くの方にお世話になっているので、早く還元できる研究をしたいと奮闘中。

※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。