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No.040

Issued: 2003.01.23

ニッポン自然紀行 世界で唯一、温泉に入る猿(長野県山之内町)

目次
年間10万人が訪れる世界的に有名な観光地
野猿公苑での餌付けが猿害を防いだ
最初に温泉に入ったのは一匹の小猿
課題は個体数の増加

 世界で唯一、温泉に入る猿が見られるのが、長野県山ノ内町にある「地獄谷野猿公苑(じごくだにやえんこうえん)」。野生の猿を餌付けして公園に呼び、猿の生態や園内の温泉に入る様子を観察できるようにしています。観光活性化のために始めた餌付けですが、民家での猿害を防ぐという副次的な効果も生みました。なぜ猿が温泉に入るようになったかを含め、野猿公苑での取り組みを紹介します。

年間10万人が訪れる世界的に有名な観光地

20〜30匹の猿が温泉につかる。1998年に開催された長野冬季オリンピックの際に、試合の合間に訪れた各国のマスコミが、温泉に入る猿を世界中に紹介。野猿公苑の猿は、一躍世界的に有名になった

20〜30匹の猿が温泉につかる。1998年に開催された長野冬季オリンピックの際に、試合の合間に訪れた各国のマスコミが、温泉に入る猿を世界中に紹介。野猿公苑の猿は、一躍世界的に有名になった

 「猿はジャングルにいるとばかり思っていたから、こんなふうに雪の中にいるなんて、とても不思議だね」。オーストラリアから観光に来た2人組の男子学生が、温泉に入る猿を背景にガッツポーズで写真を撮っていきました。
 2人の背景にある温泉は、広さ約3m四方。身体を丸くかがめてお湯の中でじっとしている猿、温泉のへりに両手をかけて、うっとりと目を閉じている猿、お湯の中で仲良く毛づくろいをし合っている猿―。全部で20匹以上が湯気の中から頭を出しています。
 地獄谷野猿公苑は、1964年に開園。地元の旅館組合と長野電鉄が出資して設立した、株式会社地獄谷野猿公苑が運営しています。観光の目玉とするため猿の餌付けを始めたところ、温泉に入る猿が珍しいと評判を呼び、世界的に有名な観光地となりました。毎年、国内外から約10万人が訪れています。


野猿公苑での餌付けが猿害を防いだ

 観光活性化のために始めた餌付けは、結果的に、民家での猿害を防ぐことになりました。餌付けを始めた当初、野猿公苑のある山ノ内町では猿害が問題になっていました。山から下りてきた猿に農作物をとられる被害が相次いだのです。ところが野猿公苑で餌付けを始めてからは、猿が民家へ下りていく回数が減りました。野猿公苑に来れば餌をもらえることがわかったからです。
 ただし、猿害を防ぐため、野猿公苑では細心の注意を払ってきました。特に餌付けを始めた当初は、猿が民家の方へ下りていきそうになったら呼び戻したり、脅して民家に近づかないようにするなど、苦労が絶えませんでした。今では猿の世代交代が進み、野猿公苑に来ている猿たちは、山を下りればりんごなどの農作物があることを知らないといいます。


最初に温泉に入ったのは一匹の小猿

―身体を丸くかがめてお湯の中でじっとしている猿、温泉のへりに両手をかけて、うっとりと目を閉じている猿、お湯の中で仲良く毛づくろいをし合っている猿―

―身体を丸くかがめてお湯の中でじっとしている猿、温泉のへりに両手をかけて、うっとりと目を閉じている猿、お湯の中で仲良く毛づくろいをし合っている猿―

 ところで、この野猿公苑の猿たちは、なぜ温泉に入るようになったのでしょう。
 初めて温泉に入ったのは、一匹の小猿だったといいます。野猿公苑に隣接する民宿・後楽館の露天風呂でした。
 後楽館によれば、初めて猿が温泉に入ったのは、1963年頃。きっかけとなったのは、湯治のため長期滞在していた一人の船員の働きかけでした。露天風呂の近くまで来た猿を呼び寄せ、温泉に入らせようと試みたのです。結局、船員の滞在中、猿は温泉に入ろうとしませんでした。ところが、船員が帰った後で、まず一匹の小猿が温泉に入り、これが群れ全体に広まったといいます。これを知った野猿公苑では、観光の目玉にしようと猿専用の温泉を園内に作りました。
 ただし、温泉に入っているのは、ほとんどがメスと子ども。通常、猿は濡れるのを好まないので水に入りませんが、メスは濡れるリスクを犯してでも身体を温めるため、温泉に入るといいます。


課題は個体数の増加

200匹の群れのボス。ボスは実力と家系で決まる。

200匹の群れのボス。ボスは実力と家系で決まる。

 人と野猿の共生が実現している野猿公苑ですが、猿の管理には課題もあります。それは、数の増加です。現在、野猿公苑には200匹の群れと50匹の群れ、あわせて250匹が餌を食べ、温泉に入りに来ています。
 ところが、野猿公苑の猿の数は年々増加しています。猿は、2年に一度妊娠し、通常1匹の子どもを生みます。放っておけば猿の数はどんどん増えてしまうため、野猿公苑では、メスの猿に避妊手術をして、数が増えるのを防いでいます。増えすぎた場合は、中国の動植物保護センターなどに送っています。

 全国各地で猿や鹿などによる被害が問題となっています。山から下りて農作物などに被害を与える動物を、有害鳥獣として駆除する場合もあります。人と野生生物が折り合いをつけて生きていくために、私たちが野猿公苑の取り組みから学べることはないのでしょうか。


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(記事・写真:土屋晴子)

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