一般財団法人 環境イノベーション情報機構

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H教授の環境行政時評環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

No.077

Issued: 2009.06.04

第77講 後退する氷河と増大する氷河湖決壊の危機

目次
新型インフルエンザ論
ウイルス=進化の頂点説
突如、話題はダイオキシン
破綻する医療体制と戦略なき日本社会
低炭素化社会―戦略の不在と高炭素化政策
補正予算とキョージュのマンガ論
間近に迫る日本の中期目標選択とキョージュの転向
世界に目を転じると…
北朝鮮の核実験
ネパールの憂鬱と氷河湖
もう一つのヒマラヤ国家ブータン

Aさんセンセイ、GW後もいろんなことが起きていますねえ。やっぱり世界は時代の曲がり角なんでしょうか。

H教授国内では、民主党党首が小沢サンから鳩山サンに交代、突然のスキャンダル発覚で鴻池サンの官房副長官辞任、さいたま市長選で泡沫候補と思われていた民主党無名候補の圧勝、突然飛び出して、あっという間に尻すぼみに終わりそうな麻生サンの厚生労働省分割論…いっぱいあるよね。


新型インフルエンザ論

Aさんまずは新型インフルエンザの国内への飛び火でしょう。厳重な検疫体制をくぐり抜け、それどころか渡航歴のない関西の高校生での発症が明らかになり、兵庫、大阪が一時パンデミック状態になりました。

H教授ああ、おかげでウチの大学も一週間の臨時休講。たった一週間だったけど、その余波は大きく、いまだに後遺症が出ていて、対応に追われっぱなしだ。
でもパンデミックはおおげさだろう。われわれ地元はそれなりに日常生活を営んでいたぜ。ただ、ボクの教え子がその最中に神戸で結婚式を挙げたんだけど、関西以外の招待者からは怯えてドタキャンが出たという話だ。
マスクはどこにいっても売り切れ状態が今も続いているけど、これは東京でもそうらしい。経済に与えた悪影響は相当なものがあるけど、マスク業界だけはウハウハだな。

Aさんでも今度の新型インフルエンザですけど、免疫ができているのかどうか、センセイのような老人はかかりにくいそうです。よかったですね。

H教授こらこら、面と向かって人を老人呼ばわりするんじゃない。レンジャーのOB会なんかに行くとボクなんかはまだまだヒヨッコなんだからな。

Aさんへいへい。
ところでこの新型インフルエンザ、伝播性は強いらしいですが、意外と毒性は弱いそうですね。

H教授当初、メキシコで報告されたときは死者が100人を越したと言われていたけど、その後大きく下方修正され、致死率は通常のインフルエンザと大差ないらしい。実際には報告された10倍〜100倍くらいの人が発症している可能性は高いと思うよ。でも、自然治癒する人も多いそうだから、あまり神経質になる必要はなさそうだ。

Aさんじゃあ、当初騒ぎすぎたってことですか。

H教授そんなことはない。WHOにしても各国政府にしても、正体や毒性がよくわからないうちはどんな過敏になったってなりすぎということはない。
それにこれからだってウイルスが変異していって、強毒性に変わることだってないわけでないから、今後とも十分監視し続ける必要はあると思うよ。

Aさんでもとりあえずは弱毒性らしくてよかったです。これがスペイン風邪のようなものだったら大変ですね。社会や日常生活が一気に崩壊してしまう危険だってありますから。
進化の頂点に立つヒトが、ウイルスのような原始的な微生物に脅かされるって、考えてみればヘンですね。


ウイルス=進化の頂点説

H教授ヒトが進化の頂点に立っているなんて認識自体が間違っている。
進化の目的が種の個体数の増加だとしたら、一番進化したって言えるのは細菌などの微生物じゃないか。
それにウイルスなんてのは細菌でもないし、その起源や生物系統樹上の位置付けも定まっていないんだ。昔はウイルスが結晶することもあることから無生物説まであったくらいだ。

Aさんだったらやっぱりウイルスって無生物から生物に進化する途中の、もっとも原始的な生物というか半生物じゃないんですか。

H教授ウイルスは増殖するからやはり生物というしかないだろう。
ただ、ウイルスには多くの種類があるが、すべて生物の細胞内でしか増殖できない。そして細胞構造もなく、代謝機能もない。最小限の核酸―つまり遺伝子―と蛋白質の外殻しか持っていないんだ。
つまり通常の意味の生物から、いろんな構造や機能をどんどん捨てていったんではないかと言われている。
より複雑になることが進化だとしたら、退化なんだろうけど、増殖が生物の究極の目標だとしたら、増殖に無駄なものをどんどん捨てていったという意味では、進化の頂点に立つという見方だってできるだろう。

Aさんだって植物性ウイルスとか動物性ウイルスとかいうじゃないですか、原始的な動物、原始的な植物ということじゃないんですか。

H教授寄生主が植物か動物かで、そういう呼び方をするだけだ。
大体、生物を動物と植物に二分するなんてのは50年以上前の発想だ。
今では、原核生物と真核生物にまず二分する。原核生物は細菌と古細菌に大別、真核生物は単細胞生物と多細胞生物に大別し、多細胞生物になってはじめて動物、植物に分けるのが普通なんだ。
そしてウイルスは、細菌よりはるかに小さく、このいずれにも入らない。ウイロイドというウイルスよりもさらに小さいものもあるそうだ。


突如、話題はダイオキシン

Aさん(遮る)わかりました、わかりました。
ところで伝播性、感染力の強さと毒性の強さとは比例していないなんて意外ですね。

H教授伝播性が強いから毒性も強いだろうというのは単なる錯覚に過ぎない。別に因果関係はない。似たように錯覚される例は他にもある。
例えばダイオキシンだ。ダイオキシンが史上最強の毒物だといって大騒ぎされたのは知っているね。確かに動物実験で測る物質そのものが持つ潜在的な毒性、つまり「ハザード」は大きい。でも、実際にそれが起こって現実の危険となる可能性を表す「リスク」は、ハザードと存在量を掛け合わさって決まるものなんだ。ダイオキシンの場合、その存在量は超微量だから、現実問題として「リスク」がそれほど大きいわけではない【1】

Aさんだけど、ダイオキシンは発がん性もあるのでしょう。

H教授じゃあ、発がん性は強いのか?

Aさんそりゃあそうでしょう。決まってるじゃないですか。

H教授どうして? 別に因果関係はないだろう。それが錯覚なんだ。

Aさんうーん(困って)、実際はどうなんですか。

H教授前にも言ったじゃないか【2】。発ガン性の有無を決める医学者の会議では、辛うじての過半数で「有」と決まった。つまり、発がん性はあってもそれほど大きいものじゃないと見るのが普通だろう。


破綻する医療体制と戦略なき日本社会

Aさんうーん、そうなのか。
ところでアタシ、前から疑問に思っていることがあるんです。地域医療の崩壊だとか、患者のたらい回しだとかが騒がれているじゃないですか。少子高齢化だとか人口減少は昔から予測できていたはずだのに、どうしてそうなっちゃったんですか。

H教授医療だけじゃないよ。例えば年金問題だってそうだ。
役人の任期はせいぜい3年。10年先、20年先のことを真剣に見通した政策なんて立てられっこない。…いや、そうでもないか。10年先、20年先のことを考えるとこうしなければいけないってことがわかっていても、できないんだよ。長期戦略がなく、考えられるのは短期戦術・政策だけだ。

Aさんどうしてですか。

H教授そのためのカネがないから。大蔵省──今の財務省──が認めっこない。限られたパイしかなくて、どこの役所もしゃかりきになって増やそうとするんだから、結局、シーリング体制で対前年何%の増減で横並び。
こういうことを抜本的に考えて構造改革するのが政治家の役目だけど、彼らは選挙民がコワイから選挙対策に役立つことしかしない。
今だってそうだ。そのいい例が「低炭素化社会」だと言っていいだろう【3】


低炭素化社会―戦略の不在と高炭素化政策

Aさんどういうことですか。

H教授閣議決定で、2050年には60〜80%のGHGを削減すると決めたし、そのための基本法をつくろうという方向で動いてもいる【4】

Aさんいいことじゃないですか。

H教授じゃあ、なんで「休日に高速道路を1,000円で乗り放題」なんてことにするんだ。それだけじゃない、盆休みや年末年始にも「1,000円乗り放題」にするなんて言い出している。
ま、ボクんとこなんかだと渋滞も少ないし、個人的にはありがたいといえばありがたいが、やっぱりヘンだろう。
しかも今度の補正予算で道路予算は大幅アップ、高速道路網の拡充なんてことを言い出している。
つまり、40年先に「低炭素化社会」というお題目を唱えながら、実際にやっていることは「高炭素化社会」づくりにしかなっていないじゃないか。

Aさんどうしてですかねえ。

H教授40年先のお題目のことなんて、麻生サンはじめ政治家は誰も真剣に考えていないからだ。
国民の意識は低いかもしれないが、もっと低いのが政治家だって言われたって仕方がないだろう。民意を代表するのが政治家だけど、民意と言ったって“即自的な民意”と“対自的な民意”がある。“即自的な民意”を“対自的な民意”に変えなければいけないのが本来の政治家だろうと思うけど、政治家のアタマの中には選挙のことしかないからだ。


Aさん「即自的な民意」「対自的な民意」って、何ですか、それ?

H教授即自的、対自的がわからないか。もともと哲学用語で辞書をみても難解なことしか書いていない。だから元の意味からはズレているかもしれない「H用語」だと思ってくれ。
即自的というのは「未熟な現在の自分」「今ある自分」ということで対自的というのは「こうありたい自分」「自分の理想とする理性的存在としての自分」ということだ。

Aさん??

H教授例えばキミが道路で10万円拾ったとき、瞬間的には「ラッキー!」とネコババしたい自分がいるだろう。
単にヒトが生物的存在だとしたら、それが自然だ。これが「即自的」。
だが、社会的存在、理性的存在としてのヒトは「落とした人は困っているだろうな」と思い、交番に届けるだろう。これが「対自的」だ。
「定額給付金」だとか「高速道路の料金引き下げ」を即自的には喜びはすれども、対自的にはヘンだと思うっていうようなことだ。
国民だってそうバカじゃないだろう。
だからこそ、麻生サンの支持率は一向に上がらないんだ。ウルトラCのはずだった西松建設問題にはじまる小沢一郎サン叩きにしても──真相は知らないが──、マスコミのバックアップもむなしく効果はイマイチで、むしろフレームアップだとの検察批判が強まっている【5】
名古屋市長選やさいたま市長選の結果をみても、「一度は民主党にやらせてみよう」という国民の方が多数派になって、政権交代が実現する確率は高そうだ。
一方の民主党だって、どこまで本気で低炭素化社会に向けて社会の仕組みを変えていけるかは別問題だけど。

Aさん低炭素化社会実現に自民党以上に熱心そうにみえる民主党も、高速道路無料化を主張していますものね。


補正予算とキョージュのマンガ論

Aさんところで15兆円にのぼる補正予算が国会で決まりました【6】が、その中身も随分ずさんですねえ。ハコモノばっかりで。

H教授ハコモノは造ったあとも維持管理に毎年膨大なカネがかかるうえ、50年先には更新か廃止かという選択を迫られる。更新にしろ廃止にしろさらに巨額のカネがかかるということをまったく考えてないみたいだねえ。

Aさん国立メディア芸術総合センターという名前の国営マンガ喫茶117億円には思わず笑っちゃいました。麻生サンはマンガが大好きらしいですね。

H教授ボクだって大好きさ。日本のマンガはカラオケと並んで、戦後日本が世界に巨大な文化的貢献をした数少ない例だと思うよ。アメリカのコミックスとは質がまるで違い、エンターテインメントでありながら、芸術の域にまで達しているものがたくさんある。
もちろんひんしゅくを買うようなくだらないものが多いのも事実だが、手塚治虫や白土三平、つげ義春の作品などは世界に誇っていいものだと思うよ。水木しげるや永島慎二だってそうだ。最近のものだと岩明均の『寄生獣』や、山田貴敏の『Dr.コトー診療所』…。

Aさん(遮る)ストップ! もう、マンガのことになるとすぐ熱くなるんだから。

H教授う、まあとにかくアニメのことはよく知らないけど、マンガには日本オリジナルと言っていい素晴らしいものがあるのは確かだ。
だが、そのこととでかい公営、国営の「ハコモノ」をつくることとはまったく関係ないことだ。カネよりも知恵、ハードよりソフトだということを政治家や行政はまず肝に銘じることだ。
だいたいぬくぬくの環境の中で、ホントの偉人なんて育ちやしない。英才教育なんてたががしれているんだ。
松本清張は激貧のなか、ホウキの行商をしながら、ちびたエンピツで書いた「或る小倉日記伝」でデビューしたんだし、トキワ荘というオンボロアパートで赤貧洗うがごとしの漫画家生活を送っていたのが、その後に大マンガ家として大成した、藤子不二雄、赤塚不二夫、石森章太郎、寺田ヒロオなどだ。
古橋広之進は、戦後の貧しい日本でプールも水泳教室もない中、フジヤマのトビウオとして世界に名を馳せた。


Aさんセンセイ、脱線し過ぎです。何を時代錯誤したトンチンカンなことを言っているですか。

H教授う、悪い、悪い。とにかくバカバカしいほどお粗末な補正予算のばらまきをしたんだ。景気対策というより選挙対策の側面の方が強いといったって言いすぎじゃないと思う。

Aさんで、その肝心の選挙なんですけど、人気があがらないうえ、鴻池官房副長官のスキャンダルなどもあって、解散総選挙もどんどん先送りされそうですね。
厚生労働省分割論を突如言い出したかと思ったら、その舌の根も乾かぬうちにどうやら撤回しそうです。軽いというかなんと言うか…。

H教授もともと厚生労働省にしても国土交通省にしても、複数の省庁をくっつけただけの中央省庁再編なんてのはボクも反対だった。麻生サンも当初から反対だったんならまだわかるが、そのときは何も言わずに、今頃になって言い出し、すぐに撤回するなんてねえ。
郵政民営化見直し論とまったく同じパターンだ。こんな人がソーリかと思うと情けないなあ。


間近に迫る日本の中期目標選択とキョージュの転向

Aさんそういえば、6月中には麻生サンは2020年中期目標について対90年比+4%から△25%までの6つの案から政治決断することになってますね。もうすぐです。いったいどうするのかしら。

H教授さあ、経団連の+4%は論外としても△25%は選びそうもない。経済同友会の主張する△7%からよりラジカルな△15%あたりが、落としどころかもしれない【7】
もうひとつ、対90年比という90年を基準年を変え、05年を基準年とするように主張している。オバマさんが05年比で2020年△14%と言い出したので、この点については米国とタッグを組めば心強いと思っているんじゃないかな。

Aさんそうすると対90年比+4%でも05年比では△4%となり、削減しているとみせかけられるというわけですね。

H教授まあ、それなりの理屈がないわけじゃないが、姑息と言われても仕方がない。
一方じゃあ、産業界でも、熱心に取り組もうと意欲的な削減目標を掲げるコピー機業界のような業種や企業も出てきて、決して一枚岩じゃない。
実はね、ボクは対90年比+4%でも構わないと思い出したんだ。


Aさんえ? センセイ、今まで言ってきたこととまるで違うじゃないですか。転向したんですか。それは無責任すぎるんじゃないですか。

H教授社会の仕組みを抜本的に変え、価値観まで変えるには、準備期間も必要だし、日本社会はそのためには10年くらいはかかるかもしれない。
だから、2020年までは準備期間だとして、同時に2030年、2040年の目標も決め、そのためにどういう政策を展開するかという具体的なロードマップをつくればいいんじゃないかな。

Aさんそんなの空文に終わるだけじゃないですか。

H教授だったら△25%という目標を掲げたところで同じじゃないか。京都議定書の△6%の轍を踏まない方がいい。
炭素税の導入【8】、拡大国内排出量取引制度の導入【9】自然エネルギーへの転換の具体的展開、電気料金の逓増制度の導入、低炭素化製品・商品の税制上の優遇措置と高炭素製品・商品の課税強化、吸収源整備の計画的実施、新規建築物の低炭素化義務付け等々の考えられるメニューについての具体的スケジュールとそれによる削減率等を明示して、「2020年には準備期間のため対90年比+4%に終わらざるを得ないが、2030年には△30%とする、2040年には△50%を達成する」と宣言すればいいんだ。
その目標を担保するために、目標年次に達成率が満たない場合は、未達成率1%につきGDPの0.1%を国際環境基金に拠出すると公約すればいい。2割未達成だったら10兆円近い額だ。
そうすれば2020年対90年比+4%でも、間違いなく日本の国際的評価は上がると思うよ。

Aさんうふふ、もしそうするとすれば、経団連や経産省はどうするつもりなんでしょうね。


H教授そんなこと何にも考えてないさ。2050年△60〜80%なんてお題目は自分が生きているうちの話じゃないから異議を唱えてないだけだ。
あるいはその頃には核融合とか、SFに出てくるような超画期的な発見・発明があることに、かすかな期待をかけているのかしれない。
だけどできるかどうかわからない技術革新に期待しちゃあいけない。△60〜80%と幅があるのは、下限の60%というのはそういう技術革新が皆無だったとしても、達成しなければいけない義務だと考えなくちゃいけない。
だからこそ、エネルギー総需要抑制につながるような政策を考えなきゃいけないんだ。

Aさんその観点からみると、政府のはじめたエコポイント制度はどうですか【10】。滑り出しは上々のようですが。

H教授今話題のエコポイント制度だって、大型家電ほどポイントが高くなっている。
つまり大型化を容認というか推進しているようなものだ。大型になればなるほど電力などの消費エネルギーは増えていく。それをエネルギー効率のアップで押さえようとしているんだけど、政策的にむしろ進めるべきは「小型化・コンパクト化」であり、「使用時間の減少」だということを、環境省も含めてどこかに置き忘れているんじゃないかと思っちゃうね。


世界に目を転じると…

Aさんところで、今までは国内の話ばかりでしたが、世界にも目を向けましょうよ。ここでもいろんな動きがありました。
先進国では米国で今日、明日にでもゼネラル・モーターズ(GM)が破綻しそうですし【11】、英国でも多くの国会議員のデタラメな手当ての使い道が発覚して、国民の信用が失墜。
最大の火種はお隣の朝鮮半島で、北朝鮮の核実験、短距離ミサイル発射で、全世界に衝撃を与えましたし、一方、韓国の前大統領ノ・ムヒョンさんが自殺し、韓国政界も波乱含みです。


北朝鮮の核実験

H教授それだけじゃない、ネパールやスリランカといったアジアの小国も激動の真っ最中だ。まあ、ここは政治時評じゃないからパスした方がいいのかも知れないが、北朝鮮の核実験について、一言だけ言っておこう。
ぼくは北朝鮮の金王朝体制は大嫌いだし、核実験や核保有にも当然反対だし、世界の国民が反対するのは当然だと思う。
だが、したり顔で「世界の平和への恐怖」だとか「安保理決議違反だ」とかなんだとか言って、核保有国の政府首脳やその核の傘に入っている日本政府首脳が非難する倫理的資格はないと思うな。そんなものはエゴイズムに過ぎない。
「米国は核廃絶に向けて行動する道義的責任を有する」と言ったオバマさんは、そのことを自覚し、メッセージを発したんだからエライよ。

Aさん随分オバマさん贔屓ですね。麻生サンに爪の垢でも煎じて飲めと言いたげだわ。
でも、ネパールにスリランカって?


ネパールの憂鬱と氷河湖

H教授どちらもアジアの小国で、イラクやアフガニスタンのような中東ほど話題にはなっていないが、血腥い政情で激動している。
今日はネパールの話をしよう。ネパールの面積は北海道と九州と四国とを足したぐらい。中国とインドという大国に挟まれた内陸国だ。中国との国境はエベレストをはじめとするヒマラヤ山脈だが、インドの国境に近い南部は高温多湿の平原地帯だ。
イギリスとも戦い敗れたこともあるし、インドの影響も強く受けてはきたが、一応はずうっと独立国の体裁をとってきた。

Aさんそのネパールがどうかしたんですか。

H教授ずうっと内戦状態が続いてきて、いったんは革命が成功して治まったんだけど、また一触即発の状態だ。
ネパールはもともと王制を敷いていたんだけど、民主化運動が絶えなかった。絶対王政から立憲君主制に一度は切り替えたんだけど、それを主導した開明な王やその一族が2001年に集団毒殺されて、ただ一人生き残った王の弟が王に即位した。
犯人は不明のままだ。

Aさん 一番得をした王の弟が犯人ということはないんですか。

H教授はは、誰もがそう考えるよね。ネパール国民も多くはそう考えているようだ
で、その新しく即位した王は国会と対立し出し、ついには国会解散、王政復古まで宣言しちゃった。
一方、それ以前から武装闘争を開始していた毛派共産党は、この事件を契機に一気に勢力を拡大し、国土の過半を押さえるに至った。旧国会会派による民主化運動も広まり混乱が続いた。
民主主義を国是とするはずの米国ブッシュ政権は、国王支持を鮮明にするが、国民の国王不信は頂点に達し、ついに2008年には王制の廃止にまで行き着いた。革命が起こったんだ。


Aさんじゃ、混乱が収まったんじゃないですか。

H教授そうはならなかった。その後行われた国連監視下の選挙で多数派になったのは毛派共産党だけど、比較第一党になっただけで、旧国会会派との権力闘争は絶えなかった。そしてかつて王に忠誠を誓っていた国軍は隠然たる力を持ち続けた。
毛派共産党は連立政権を辛うじて組めたが、大統領は旧国会会派というねじれ現象。今月に入って、毛派の首相は国軍の最高実力者を解任しようとしたが、大統領は拒否。連立を組んでいた党派や野党も一斉に毛派共産党に反発し、ついに先日、毛派首相は辞任に追い込まれ、毛派共産党はその後の首班指名選挙もボイコット、連立内閣入りも拒否し、デモやゼネストなど国会外活動に力を入れ始めた。
このままいくと、毛派民兵と国軍との内戦再突入ということにもなりかねない。

Aさん毛派共産党って中国の支援を受けているんですか。

H教授いや、まったく関係ないらしい。
それに毛派共産党と真っ向から対立している最大勢力が、これも共産主義のお題目を唱える統一派共産党だというんだから、もうなにがなんだかわけがわからない。

Aさんネパールって、最貧国なんでしょう。


H教授うん、ひとり当たりのGDPは年1200ドル。つまり月1万円そこそこ。国連開発政策委員会の認定基準に基づく50ヶ国の後発開発途上国(LDC)のひとつでもある。
そしてヒマラヤは、温暖化で氷河の溶解が急激に進行している。つまり氷河が後退しているんだ。
氷河の末端には侵食で削られた岩が堆積して、これをモレーンといい、その内側に融けた水が溜まる。これが氷河湖だ。
その、氷河湖に溜まる水量が氷河の溶解で急激に増加している。それをモレーンが支えきれなくなると決壊し、大洪水が起きる。ネパールでは60年以降14回の洪水が発生したというし、決壊の危機にさらされている氷河湖はネパールとブータンを合わせて少なくとも44に上るらしい。ヒマラヤ最大の氷河湖もネパールにあり、決壊すると下流住民一万人の生命財産が危険にさらされるそうだ。

Aさんそれだけじゃなく、氷河の後退ということは、海面上昇をももたらしますよね。

H教授うん、ヒマラヤの氷河から流れ出した水は最後は海に行く。その河口に位置するバングラデシュなんかは、50センチ海面が上昇すれば国土の2割が水没すると言われているし、温暖化によってサイクロンが多発すれば、国家そのものも存亡の危機にさらされかねない。そして、温暖化が異常気象を招くというのは、ほぼ定説になっている。

Aさん温暖化の原因は先進国で、その被害は真っ先に途上国を直撃するんですね。
アルピニストの野口健サンなどが一所懸命、国際支援を訴えています。

H教授うん、その声は少しずつ広がっているが、ネパールのように政情不安定、治安が悪ければ、支援もままならない。


もう一つのヒマラヤ国家ブータン

Aさん隣国というか、国境は接してませんが、ヒマラヤにあるもうひとつの国、ブータンはどうなんですか。

H教授うん、ブータンもやはり貧しい農業主体の王国だ。王国といっても今では立憲君主制だし、国王も代々圧政は敷いておらず、大多数の国民の信頼を勝ち取ってきたらしい。
一人当たりGDPもネパールと同じ程度だが、福祉政策が行き渡っていて、格差も小さく、他の途上国とはだいぶ趣が異なっているようだ。
近代化の速度をコントロールして、独自の文化や伝統や自然を守る政策をとっている。だから、観光資源が豊富なものの、マスツーリズムによる観光立国は目指しておらず、入国も制限していて、それが却って諸外国からの人気の的になっている。

Aさんそうですね。GDPだけが幸せの指標じゃないですものね。

H教授うん、前国王の時代に、「国民総幸福量(GNH)」という概念を打ち出した。GNHではわれわれ先進国を凌駕しているというんだ。
日本でもこれに刺激を受け、似たような、住みやすさ・暮らしやすさを県毎に比較する試みをしていて、それによると、決してGDP的には豊かとは言えない北陸地方が上位を独占している。

Aさんじゃあ、ブータンは貧しいけど“豊かな国”ってことですね。


H教授うん、昔ゼミ生がブータンを貧乏旅行したんだが、感激していた。
もちろんいろんな問題も抱えていて、民族問題もないわけじゃないらしいけどね。
それからブータンは非常に親日的らしい。
なんでも日本から派遣したJICAの農業専門家が、ブータンに惚れこんで、ブータンで没した。彼は、熱心に農業技術を指導し、地元の信頼を勝ちとり、農業生産性の向上に著しく寄与したらしいよ。
援助は施しじゃない、カネよりヒトだということを思い起こさせるじゃないか。
有名なエピソードがもうひとつあって、昭和天皇の葬儀のときに途上国は葬儀に参列するだけでなく、どこも弔問外交を行ったらしいが、ブータン国王はまっすぐ帰国した。その理由を聞かれて、「日本には弔意を示しにいったのであり、カネの無心に行ったのではありません」と答えたそうだ。

Aさんそのブータンも氷河湖決壊の危機に晒されているんですね。それを思うと、やはりアタシたちも何かしなければと思いますね。
センセイはヒマラヤに行かれたことはないんですか。

H教授ボクはないが、ボクの兄が山男で「死ぬまでに一度ヒマラヤをトレッキングしたい」と常々言っていた。夢を果たせないまま喪くなったから、その思いを継いでやりたいという思いはある。
それに、高度経済成長以前の日本が、辿れたかもしれない、もう一つの道だった可能性もないわけじゃあないとも思うから、この目で見てみたい気もする。だけどな…。


Aさんだけど?

H教授ブータンは世界唯一の禁煙国家だからな…。

Aさんセンセイ!!


注釈

【1】ダイオキシンのリスクとハザード
第3講「ダイオキシンの虚実」
【2】発がん性評価
第3講「ダイオキシンの虚実」
【3】低炭素化社会
第66講「福田ビジョンの可能性と限界」
【4】低炭素社会基本法
第76講「低炭素革命(2)」
【5】フレームアップだとの検察批判
第75講「イチローの秘書逮捕起訴」
【6】補正予算の中身
第76講「低炭素革命(1)」
【7】2020年中期目標の政治決断
第76講「低炭素革命(3)」
【8】炭素税の導入
第35講「環境税と特会見直しと第二約束期間」
【9】拡大国内排出量取引制度の導入
第69講「ポスト京都へ ─国内排出量取引制度開始前夜、政府のポスト京都案」
【10】エコポイント制度について
第76講「低炭素革命(1)」
【11】GMの経営破綻
米国ビッグスリーの一角を占めた大手自動車メーカーGMは、脱稿直後の6月1日に、いわゆる“Chapter 11”と呼ばれる米連邦破産法第11章(=日本の民事再生法に相当)の適用をニューヨーク市の破産裁判所に正式に申請した。
今後8月末を目標に、新会社への資産譲渡など破産手続の完了をめざして、販売規模を縮小した「新生GM」として再起を図ることになる。
アンケート

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なお、いただいたご意見は、氏名等を特定しない形で抜粋・紹介する場合もあります。あらかじめご了承下さい。

【アンケート】EICネットライブラリ記事へのご意見・ご感想

(平成21年5月31日(世界禁煙デー)執筆、同年6月1日編集了)

註:本講の見解は環境省およびEICの見解とはまったく関係ありません。また、本講で用いた情報は朝日新聞と「エネルギーと環境」(週刊)に多くを負っています。

※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。