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環境さんぽ道

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様々な分野でご活躍されている方々の環境にまつわるエッセイをご紹介するコーナーです。

No.003

Issued: 2012.03.05

ワインと料理の結婚

小飼 一至さん

小飼 一至(こがい かずよし)さん
株式会社プリンスホテル シェフソムリエ
2007年〜2010年 国際ソムリエ協会(A.S.I.)会長を務める。
2010年 社団法人日本ソムリエ協会名誉会長就任。
フランス南西地方のぶどう畑で生産者の説明を受ける

フランス南西地方のぶどう畑で生産者の説明を受ける

 ワインと料理を結婚させるとよく言います。「結婚」とは大げさですが、言われてみますと、なるほどワインと料理は夫婦のような関係と思われます。それゆえ、うまくいったりいかなかったりするのでしょう。
 ワインをどう飲んだとしても間違いとは言えません。ただ、しかるべき料理にしかるべきワインが存在するのも事実で、抜群の相乗性を発揮する時があります。ワインを少しでもおいしく飲むためには、温度は極めて重要で飲用適温は摂氏5度から20度の間にあります。ワインと料理に国境はありませんが、ここではフランス主体に話を進めます。

 ワインと料理の相性を論じる時、必ず登場するのがフォアグラです。フォアグラは素材自体、脂肪質に富みほんのりとした甘味があります。従って合わせるワインも甘めが良く、少し余韻の長いものがよいでしょう。ボトリティス・シネレア菌【1】が作用した貴腐ワイン等が挙げられます。
 ボルドー産ソーテルヌ【2】、ぶどう樹に長く生らせてぶどうの果実の糖度を上げる製法を用いる南西地方のジュランソン、他ではアルザス地方のヴァンダンジュ・タルディヴ(遅摘み)【3】がよいでしょう。

 スモークサーモンには、干草や香草が支配的な煙のニュアンスを持つソービニョン系の辛口白が、燻(いぶ)した香りと鮭の脂にリンゴ酸の切れ味を見事に調和させてくれます。その土地の料理には土地のワインと良く言われます。
 生牡蠣(なまがき)には、昔から海から離れたシャブリ【4】が特に合うとされて来ました。理由として、テロワールを挙げることができます。テロワールは、ぶどう畑における自然環境の要因である土壌、気候、微小気候、地勢等で、ワインの特色を決定づけます。キンメリッジャンやポルトローディアンと呼ばれるジュラ紀(およそ2億年〜1億5千万年前)の地層、即ち泥炭岩、石灰岩がシャブリに与えるミネラルのタッチによります。確かにシャブリはよくみますと塩っぱい。


プロヴァンス地方の岩壁より地中海を望む

プロヴァンス地方の岩壁より地中海を望む

 日本の刺身や寿司にも、生牡蠣と同様のワインやシュルリー製法【5】に基づくミュスカデ【6】も推薦できます。
 伊勢海老やオマール海老は高級素材です。とろりとしたモリーユ茸入りクリームソースには、世界最高級辛口白のモンラッシェ【7】が供せます。珪土・粘土・石灰が約3分の1ずつの土壌環境が、菩提樹の花や乾いたナッツ、焼いたパン、アカシアの蜂蜜、バニラ香を有するこの大物ブルゴーニュの基となるシャルドネ種のぶどうを育みます。マロラクティック発酵【8】により生成された乳酸をたっぷりと有し、まろやかで実に偉大です。
 この様に偉大な白を間違ってもプロヴァンスの代表的地方料理―スパイシーなブイヤベース等に選んではなりません。土地のカシス白やコート・ド・プロヴァンスの出番です。
 アルザスの有名な郷土料理シュークルート【9】には、この地のワイン、リースリングを供します。土壌のミネラル質を含みバラの花びらの香りの中に鉱物的なはっきりしたペトロール香【10】を有します。リースリング種は世界中で栽培されるぶどうの品種で、順応性が高くどの地でも自己の特性を出します。安価な日常酒から1本何十万円もする芸術品的なワインまで製造を可能にしています。生産者にとってはありがたい品種です。


原産地のテイスティングで品質が値段を上回るワインを見つける

原産地のテイスティングで品質が値段を上回るワインを見つける

 魚に白が合うとはかぎりません。ボルドーのジロンド河あたりから上る八っ目鰻の赤ワイン煮にはメルロー、カベルネ種などのタンニンがよく溶けて熟成して丸くなった赤が合います。鰻の蒲焼きにも断然赤が合います。
 魚料理に調理という手が加わらない場合、極上ワインは不要となります。例えば生牡蠣には並級を、牡蠣のグラタンには上級を、といった具合です。肉に対する考え方は逆で、上質の素材がそのまま活きるシンプルな調理法の一皿には上級を、煮込み料理のように素材より調理法に頼るものには並級ワインを合わせます。
 フランスのパリなどで、スーパーで買ったワインを抱えて急いで帰宅する主婦の姿をよく見かけます。彼女たちの頭にワインと料理の相性は多分ありません。ただ生活にはワインが必要なのです。

 ワインは体に優しいお酒です。日本の家庭でも、もう少し気軽にワインを楽しみたいものです。(次号に続く)


EICネット編集部からのお知らせ
 ※本コラムの執筆者であった前国際ソムリエ協会会長の小飼一至氏は、3月27日に心不全のためお亡くなりになられました。心からご冥福をお祈り申し上げます。
 このため、日本ソムリエ協会理事の加茂文彦さんに引き継ぎ、ご執筆をいただきました。

注釈

【1】ボトリティス・シネレア菌
貴腐菌。この菌の作用により、ぶどう果実中の水分が減少し、糖度が上昇する。この菌の作用したぶどうだけを用いて作ったワインが「貴腐ワイン」で、極めて甘いワインとなる。
【2】ソーテルヌ
ボルドーの貴腐ワインの産地。世界三大甘口ワインの産地の一つとされる。
【3】ヴァンダンジュ・タルディヴ(Vendanges Tardives)
摘み取り時期を遅らせてぶどうの糖度を上げる方法および、そうしてつくられたワインをさす。
【4】シャブリ
 フランス中東部にあるシャブリ地区でつくられるワイン。石灰岩を主体にしたミネラル分が豊富な土壌でつくられるワインは、ミネラル分に富み、辛口白ワインの代表とされる。
【5】シュルリー製法
醸造過程でアルコール発酵後も澱(おり)を取り除かずワインに深い味わいを与え、新鮮さを保つ製法。
【6】ミュスカデ(Muscadet)
ロワール河下流の、軽く、さっぱりとした味わいの辛口白ワイン。
【7】モンラッシェ
フランスブルゴーニュ地方産の辛口白ワインで世界最高級となる。
【8】マロラクティック発酵
乳酸菌によって、酸味の強いりんご酸を乳酸に変えることでまろやかな味にする方法。
【9】シュークルート
空気中の乳酸菌などによる発酵で酸味の利いたキャベツのアルザス地方の代表的郷土料理。ドイツではザワークラウトと呼ばれる。
【10】ペトロール香
鉱物的な香りで、熟成したリースリングに特有な香りだとされている。
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記事・写真:小飼 一至

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