一般財団法人 環境イノベーション情報機構

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アメリカ横断ボランティア紀行

No.017

Issued: 2008.06.19

オレゴン州、ワシントン州遠征

目次
ワシントン州、オレゴン州保護区調査
今後の保護区管理の課題と方向性
ボランティアの貢献
ニスクアリー国立野生生物保護区
ニスクアリーNWRの管理体制
職員の待遇
ニスクアリー国立野生生物保護区の管理方針
保護区の管理業務
河川流域での協力
マウントレーニエ国立公園
国立公園の抱える問題
国立公園内の施設
写真1:ニスクアリー国立野生生物保護区にて

写真1:ニスクアリー国立野生生物保護区にて

 レッドウッドに到着してから約半年。日々の業務にかまけて、報告書作成に必要な調査が進まない。『米国の保護地域における自然資源管理』というテーマは、思ったよりも難しかった。残された現地研修期間は3ヶ月。このままではあっという間に終わってしまう。
 それでも、国立公園局については少しずつ情報が整理できたので、野生生物保護区を管轄している魚類野生生物局と比較してみることにした。
 魚類野生生物局の本局に勤めるピーターさん【1】。に相談してみると、
 「ポートランドの地域事務所に行ってみたらどうだろう」
 と薦めてくれた。ほどなく、地域事務所で対応してくれる方の連絡先が送られてきた。


ワシントン州、オレゴン州保護区調査

 こうして、7月の中旬、カリフォルニア州の北に隣接する、オレゴン州及びワシントン州に“遠征”することになった。行き先は、オレゴン州ポートランドにある魚類野生生物局地域事務所の他、ワシントン州にあるニスクアリー国立野生生物保護区(Nisqually National Wildlife Refuge)及びマウントレーニエ国立公園(Mount Rainier National Park)だ。これまで、レッドウッドより北の保護区には行ったことがなかったから、私たちにとって初の北方遠征になった。
 魚類野生生物局は、全米を7つの地域に分け、各地域に地域事務所を置いている。今回訪問したポートランドにある地域事務所は「リージョン1地域」を担当しており、ワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア州、ネバダ州、アイダホ州そしてハワイ州を管轄している。

写真2:魚類野生生物局のリージョン1地域事務所(ポートランド)

写真2:魚類野生生物局のリージョン1地域事務所(ポートランド)

管轄区域境界図

管轄区域境界図


写真3:インタビュー風景

写真3:インタビュー風景

 対応してくれたのは、北部太平洋岸及び太平洋諸島エコリージョン担当のフォレスト・キャメロン野生生物保護区監督官だ。フォレストさんは、ワシントン州、オレゴン州、アイダホ州、ハワイ州などの担当で、68箇所の保護区と3,000万ドル(約32億円)の予算を任されている。
 「国立野生生物保護区(National Wildlife Refuge:NWR)は全国に約540箇所あります。保護区の指定は、大統領が公告(proclaim)するか、連邦議会により決議されます」
 実際に保護区が設立されるまでには、パブリックインボルブメント、計画策定、用地買収などの手続が必要で、通常3〜5年を要するそうだ。
 「全米で初めての国立野生生物保護区は1903年に設立されました。去年でやっと100周年を迎えた新しい制度です。現場には全体で約3,000名の職員がおり、約9,500万エーカー(約38.4万平方キロ。日本の国土面積より若干大きい)の国立野生生物保護区を管理しています。最近は保護区の面積が急増し、管理のための予算や人員が不足しています」
 このため、近年では、保護区の新設には非常に注意深くなってきているそうだ。
 「用地費用も多額に上りますので、特定の権利のみを購入すること(イーズメント:easement)などによって、経費を削減したりしています」
 イーズメントは、日本では「使役権」と呼ばれている。土地の所有権を取得せず、例えば土地(湿原)の排水の権利、火入れの権利、埋め立ての権利のみを購入する。費用負担の大きい所有権の移転を伴わずに、その土地を野生生物の生息に適した形に管理することができる仕組みだ。所有者も、農業などの生業を続けることができる。


今後の保護区管理の課題と方向性

 「保護区管理には、大きくわけて2つの課題があります」
 いきなり核心的なテーマに言及してくれた。これは、建前論的な“公式見解”が多い国立公園局の職員にはあまりないことだ。魚類野生生物局の印象は、とても気さくでざっくばらん。こちらからの質問にも率直に、本音でわかりやすく答えてくれる。
 「20年ほど前まで、NWR(国立野生生物保護区)の職員というと、生物学者や生物系の技術者ばかりでした」
 ところが、最近は生物学分野以外の専門の職員も増えてきているそうだ。近年の保護区の管理は、地域とのコミュニケーション、職員の管理、対外的な調整能力が益々重要になってきているそうだ。言い換えれば、人との信頼関係をいかに築くかという技能が求められているということになるだろう。
 「所長になるには、現在でも生物学分野で学士以上を有していることが求められています。ただ、これからは、パブリック・ユース・マネージャー(public use managers:一般の利用者の利用などを調整する職員)を多く雇用する必要が高まっています。関係者とのパートナーシップを築き、外部から人材や予算を得ることができなければ、これからの時代、保護区の管理は難しいでしょう」
 生物学などの専門職主体の組織から、渉外や利用調整専門職員を抱える総合的な組織への変化は、魚類野生生物局としては大きな変化だろう。
 もうひとつの課題は外来種(invasive species)問題だ。
 「この地域事務所管内のグアム島では、ベトナム戦争当時、多くの軍事物資が搬入されました。その際に、物資に紛れ込んでいた外来ヘビの一種(brown tree snake)が島に入り込み、グアム島に生息していた鳥類はほぼ壊滅状態に陥っています」
 繁殖施設を建設してその鳥類の復活を目指しているが、まったく目処は立っていないという。
 また、ハワイ諸島のハワイウミガラス(Hawaiian Water Craw)は、現在野生の個体が3個体を残すのみであるが、西ナイルウイルスの感染による絶滅が懸念されている。ハワイ諸島では、肉牛や乳牛の糞尿に大量の蚊が発生する。そのような蚊がウイルスを媒介するため、野生の鳥類に深刻な影響を及ぼしているそうだ。


ボランティアの貢献

写真4:ニスクアリー野生生物保護区の入口標識。国立公園の看板に比べるとかなり簡素な構造だ

写真4:ニスクアリー野生生物保護区の入口標識。国立公園の看板に比べるとかなり簡素な構造だ

 「野生生物保護区におけるボランティアの貢献は相当なものです。リージョン1の管内では、職員数に換算して全体の約2割をボランティアが占めることになります」
 職員数が少ないために、ボランティアの役割は大きい。ボランティアは、施設建設、環境教育、利用者対応など、管理活動に積極的に参加している。

 ただ、ボランティアと一口で言っても、色々だ。
 「退職者は、それぞれが専門的な技術を有しており、技能的に優れています。一方、大学生は技能や経験を得ることを目的に参加していることが多いのです」
 大学生の中には、ボランティアとしての勤務の後に臨時職員として雇用され、最終的に常勤の正規職員となるような人もいる。
 ボランティア用の宿舎は、保護区によって整備されているところとされていないところがあるそうだ。宿舎がない場合、キャンピングカー用の駐車スペースを無償で提供している。退職者のボランティアは、自分のキャンピングカーで長期間滞在しながらボランティアに参加していることも多い。
 「だから、キャンピング雑誌に広告を掲載するととても効果があるんです」
 キャンプ場に長期滞在しようと思えば、その負担はかなりの額になる。ボランティアをしながら数週間から数ヶ月、野生生物保護区に滞在することは魅力的なようだ。日本でもキャンピングカー利用者は増えており、このような手法は参考になるのではないだろか。
 野生生物保護区でも、国立公園局同様、個人単位でのボランティア参加の形態が主流だが、団体として保護区の管理に協力してくれるグループもあるそうだ。


ニスクアリー国立野生生物保護区

 翌日、管内の主要な保護区のひとつであるニスクアリー国立野生生物保護区を訪問した。現場での管理について話を伺うためだ。
 この保護区は、保護区と同名のニスクアリー川の河口に位置し、面積は3,200エーカー(約1,300ヘクタール)ある。この一帯は、もともとは河口汽水域に広がる湿地帯であったが、1800年代に農業開発目的で一部が淡水化された。そのため、保護区内には干拓のためのダイク(堤防)がめぐらされている。農地はすでに放棄されているが、農地だった部分の復元はまだ行われていない。将来的には、これらの人工構造物を撤去し、サケマス類の生息地を修復することを目指している。
 今回のインタビューに対応してくれたのは、保護区管理事務所の副所長、ダグ・ロスター氏だった。
 野生生物保護区の多くでは入場料金は徴収されていないが、この保護区はシアトルや州都のオリンピアといった大都市からほど近く、多くの利用者が訪れる。利用者受け入れ施設の整備費がかさむことから、その費用を補填するため、利用料金を徴収している。
 「この保護区の入場料は、1家族当たり3ドルです。利用料金をとるのは、この地域の国立野生生物保護区としてはあまり一般的とは言えません」
 金額は、国立公園に比べると格段に安い。また、料金ゲートなどもなく支払は自己申告制なので、料金の回収率はそれほど高くないはずだ。

写真5:ロスター副所長と

写真5:ロスター副所長と

写真6:ビジターセンター前に設置された料金ステーション。無人で、各自封筒に料金を入れて、右下の金属製の料金ポストに投入する

写真6:ビジターセンター前に設置された料金ステーション。無人で、各自封筒に料金を入れて、右下の金属製の料金ポストに投入する


写真7:周回歩道に設けられたデッキとフィールドスコープ(望遠鏡)

写真7:周回歩道に設けられたデッキとフィールドスコープ(望遠鏡)

 利用料金収入の8割は、同保護区内の施設の整備や補修などに使用されている。保護区には、ビジターセンター、環境教育センター、木道などの利用施設がある。環境教育センターの利用者は、年間5,000から6,000人。こうした保護区の施設としては、かなり利用者数が多いといえる。また、バードウォッチングやハイキングなどの利用者が多く、保護区内の周回歩道は人気がある。


 実は、ニスクアリー川の上流にはマウントレーニエ国立公園が位置しており、活火山であるレーニエ山からは、現在も大量の土砂が流れ込んでいる。この保護区の豊かな自然環境は、そのようなダイナミックな火山活動や河川の氾濫に負うところが大きい。
 それだけに自然災害も多い。この地域は、1996年、及び1997年に大規模な水害に見舞われ、保護区内の施設にも大きな被害があった。水害対策のために、特別に災害復旧のための追加予算が配布され、その金額は700万ドルにも上った。災害復旧に加え、老朽化していた施設の再整備や、遅れていた環境教育関係の施設も整備した。
 「皮肉にも、そうした施設の改善によって、利用者が倍増してしまいました」

写真8:ビジターセンターと環境教育センターの遠景。このセンターも災害復旧事業の一環で整備された。かなり大規模な施設だ

写真8:ビジターセンターと環境教育センターの遠景。このセンターも災害復旧事業の一環で整備された。かなり大規模な施設だ

写真9:災害復旧事業で新設された木道。幅員が大きく、しっかりした造りだ

写真9:災害復旧事業で新設された木道。幅員が大きく、しっかりした造りだ


 保護区では、ビジターの利用も、野生生物に関連したもの(Wildlife depending activities)に限定されている【2】。このため、保護区内では、自転車走行、ジョギング、ペットの持ち込みなどは禁じられている。

 「魚類野生生物局の保護区の管理方針は、野生生物の生息地を保護することです。言い換えると、人間の利用よりも野生生物の生息環境の保全が優先する(Wildlife first)ということです。その意味では、国立公園局の“利用者優先(People first)”の姿勢とは大きく異なると思います」

写真10:保護区のパンフレット。単色、レターサイズの3つ折の簡素なもの

写真10:保護区のパンフレット。単色、レターサイズの3つ折の簡素なもの

写真11:パンフレットの裏面。最低限の保護区地図が印刷されている

写真11:パンフレットの裏面。最低限の保護区地図が印刷されている


ニスクアリーNWRの管理体制

 保護区の職員は9名の常勤正規職員(permanent staff)、2名の常勤臨時職員(temporary full time staff)、その他契約職員(contract staff)1名の合計12名だ【3】
 「その他に、国レベルの奨学金制度であるAmericorpの奨学生として、学生の研修生が5名派遣されています。学生に経験の機会を提供すると同時に、保護区管理コストの低減にも役立っています」

 保護区で活動するボランティアは約100名。パークレンジャーがトレーニングプログラムを実施し、受講者のリストを作成する。このリストに基づき、協力が必要な際に個別にメンバーに打診するそうだ。ほとんどのボランティアは退職した高齢者からなり、その貢献を保護区全体の職員の業務量に換算すると、全体の6〜7%にも相当するそうだ。

 「問題は、研修生やボランティア用の宿舎です。保護区内には宿泊できる施設がありません。リタイア組の多くは、キャンピングカーで移動してきますからそれほど問題にはなりませんが、地元出身でない学生は、民間の借家を共同で借りたりしています。こうしたボランティアの滞在先の確保が課題となっています」


職員の待遇

 「魚類野生生物局は組織が比較的小さいので、1つの保護区に長くとどまるより、いろいろな保護区をまわって経験を積むことが奨励されていました。そのため、以前は3〜4年ごとに異動していました」
 近年は、パブリックインボルブメントなどの手続きが複雑化していることもあって、職員が3年程度で異動していたのでは仕事が立ち行かなくなってきた。最近では、むしろ1ヵ所に4年以上勤務するのが一般的で、中には10〜15年勤務している職員もいるそうだ。国立公園局に比べて、単位保護区面積当たりの予算や職員数が少ないため、ひとつの仕事に複数の職員が関わることが難しいという事情もある。

 なお、この保護区には法執行官としての資格【4】を持つレンジャーがいないため、逮捕など法律を執行する必要がある際には、地元の警察官に依頼している。
 通常、国立公園などの連邦政府管理地は連邦政府組織により一元的に管理されるため、地方自治体にとってみれば一種の治外法権地帯である【5】。職員が少ない野生生物局では、あらかじめ地域の警察官と合意書を交わし、連邦政府内での活動を可能としているそうだ。


ニスクアリー国立野生生物保護区の管理方針

 「野生生物保護区の管理方針は、保護区ごとに定められる包括保全計画(Comprehensive Conservation Plan:CCP)に定められています」
 このCCPは国立公園局のGMP(General Management Plan:総合管理計画)に相当するもので、15年ごとに見直しが行われる。
 「この保護区のCCPは、策定に7年間を要しました。パブリックコメントなどに大変時間や手間がかかったためです」
 パブリックインボルブメントの手続きは、通常でも3〜4年間は必要だと言われている。保護区における計画策定の手続きは、地域事務所計画部門の支援を受けながら、主に保護区事務所が行う。
 ニスクアリーのCCP作成に時間を要したのは、土地所有や一般の利用と野生生物の保護のバランスなどの課題を抱えているためだ。


保護区の管理業務

写真12:ビジターセンターの物販コーナー

写真12:ビジターセンターの物販コーナー

 「外来種問題は深刻で、毎年春には2〜2ヵ月半に相当する時間を、移入種対策のために費やしています。これは、保護区の統合的加害生物管理計画(Integrated pest management plan)に基づいて実施します」
 また、毎年4,000〜5,000個体のカナダガン(Canada Geese)が訪れるなど、多くの渡り鳥に生息地を提供するような管理を行っているということだ。保護区の開拓地跡にある湿原は、簡単な水門を設けて、季節によって水位調整を行っている。また、草地を構成する植物の種類を調整するために、耕耘なども行う。
 「草地は牧草に覆われているので、牧草を刈り取り、ムギなど渡り鳥が食べられるような植物を播種したりしています」
 冬期は雪で閉ざされることの多いこの地域では、ニスクアリーのように1年を通して管理が必要な保護区は珍しい。利用者も多いことから、ここの職員は多忙なようだ。
 保護区の管理は、ボランティアに加え、フレンズグループ(Friends of Nisqually National Wildlife Refuge)といわれるNPOが支援を行っている【6】。この団体は、ビジターセンターで物販を行い、売上の一部を現金や図書などの形で保護区に還元する。この寄付は、職員用の図書、ボランティアの表彰、イベントなどに使用されている。


河川流域での協力

写真13:マウントレーニエ国立公園のシンボル、レーニエ山

写真13:マウントレーニエ国立公園のシンボル、レーニエ山

 保護区を流れるニスクアリー川には、流域の一体的な管理を目的に設立された組織がある。「ニスクアリー川協議会【7】」と呼ばれるこの組織は、河川流域に関係するさまざまな団体・機関が参加・協力している。
 協議会を構成するのは、地元の行政組織、インディアン部族、大学等、それにマウントレーニエ国立公園、ニスクアリー野生生物保護区、Giffort Pinchot国有林など、合計21の団体・機関。サケマス類など、流域の一体的な管理が必要な野生生物の保全対策について協議が重ねられ、実際に効果が現れているという。
 「協議会の成功の鍵は、相互の信頼関係を長い期間をかけて醸成してきたことだと思います。この保護区の管理事務所長は、副所長時代からこの協議会のメンバーでした。長期にわたり、同じ職員が責任を持ってかかわってきていることが、信頼関係の構築に大変役立っていると思います」


マウントレーニエ国立公園

写真14:国立公園の入口ゲート

写真14:国立公園の入口ゲート

 最後に私たちが目指したのは、同じワシントン州内にあり、ニスクアリー保護区の上流部に位置するマウントレーニエ国立公園だ。この公園は、環太平洋火山帯に位置する火山である標高4,392mのレーニエ山を含む面積23.6万エーカー(約9.5万ヘクタール)と、その山麓の森林地帯からなる国立公園である。1899年に米国で5番目の国立公園として設立された。
 国立公園のニスクアリー・エントランスでは、国立公園が設立された当時とほぼ同じデザインの、木造のゲートが迎えてくれる。太い丸太で組まれた入口ゲートには、国立公園名を記載した標識が掛けられている。いかにもアメリカの国立公園らしい雰囲気だ。
 しばらく車道に沿って車を走らせると、ホテルのあるロングマイア(Longmire)という街に到着する。ホテルは古い木造建築で、正面にレーニエ山を眺望することができる。
 周囲にはミニビジターセンター(Longmire Museum)や遊歩道が整備されている。
 雲間からレーニエ山が現れた。山頂は白い雪に覆われ、思ったよりもずっと高く聳えている。この山はその山容が富士山に似ていることから、日系人の間では「タコマ富士」として親しまれている。レーニエ山は活発な火山活動を続けており、最近では100年ほど前に噴火している。


 レーニエ山周辺には、年間680インチ(約17m)もの積雪があり、山頂周辺には多くの氷河が存在する。この雪融水と大量の土砂が下流域の豊な生態系を支えている。先に訪れたニスクアリー国立野生生物保護区は、このレーニエ山に源を発するニスクアリー川の河口域に広がっている。
 この国立公園が位置する米国北西部太平洋岸は木材業が盛んだ。150年間に渡って大規模な伐採活動が行われてきた結果、原生林のほとんどは切りつくされ、わずかに15%が残されるのみとなった。国有林を管轄する米国森林局では、現在は原生林の伐採を中止している。ところが、地元住民などの間では、それが地域経済への悪影響や失業者の増加を招くことを懸念する人も多い。

写真15:木造のホテルとレーニエ山

写真15:木造のホテルとレーニエ山

写真16:山頂部の氷河

写真16:山頂部の氷河


国立公園の抱える問題

 公園内では、近郊の大都市からの汚染物質排出による酸性雨、酸性霧、オゾン、霞などの影響が深刻になっている。国立公園では、研究者と協力して汚染源を特定するための調査を行うとともに、視程、降雨量、酸性雨の影響などに関するモニタリングが行われているそうだ。
 少し古い数字だが、2000年には、4万人のバックパッカーと1万人の登山者がレーニエ山を訪れている。これだけの利用者が排泄する「し尿」が、公園に与える影響が懸念されている。特に、原生地域における水質の悪化は深刻だと言われている。また、利用者数が多いだけに、踏み荒らしによる高山植生の荒廃も進行している。

写真17:登山者のグループ

写真17:登山者のグループ

写真18:踏み荒らしや雨水により、路肩の植生が失われている

写真18:踏み荒らしや雨水により、路肩の植生が失われている

写真19:まわりがすべて舗装されてしまって取り残されたようなベンチ

写真19:まわりがすべて舗装されてしまって取り残されたようなベンチ

写真20:舗装されたトレイル

写真20:舗装されたトレイル


写真21:ビジターセンター前に設置されたゴミ箱の列。アメリカではめずらしく、ゴミが分別回収されている

写真21:ビジターセンター前に設置されたゴミ箱の列。アメリカではめずらしく、ゴミが分別回収されている

 国立公園局は、主な登山・野営地にトイレ施設を設置し、10,000フィート(約3,000メートル)以上の地点を目指す利用者に対しては、blue bag system(し尿持ち帰りのための袋を提供して、それを使ってもらう仕組み)を利用するよう薦めているそうだ。
 また、マウントレーニエ国立公園では、毎年200万人の利用者があり、約350トンの廃棄物が回収されている。この膨大な量のゴミを減らすためにリサイクルプログラムを導入し、プラスチック、アルミ、ガラスなどを分別回収する取り組みを行っている。分別のためのゴミ箱を設置し、公園内のコンセッショナー(営業権所有業者)にも同様の取り組みを行うよう指導しているということだ。


国立公園内の施設

 標高5,400フィート(約1,600メートル)にあるパラダイス地区には、ビジターセンター、ホテル、駐車場などが整備されている。レーニエ山の登山基地として、また一般の利用者がハイキングに訪れる場合などにもとても人気がある。駐車場からすぐのハイキングトレイルをまわるだけで、そこここに可憐な高山植物が見られる。
 私が訪れた当時、ビジターセンター(Henry M. Jackson Memorial Visitor Center)は、円形の巨大な建築物であった。1965年に建てられたこのセンターは、RC造の巨大な建築物である。円形の施設は、規模が大きい上に、地上4階建てで最上階が全面ガラス張りになっている。そのため、空調などに一日当り300〜500ガロン(1,140〜1,900リッター)ものディーゼルオイルを消費している。現在新しいビジターセンターが建設中であり、2008年秋に供用が開始される予定だ。現在の施設はその後取り壊されるとのこと。新しい施設では、エネルギー効率が大幅に改善される見込みだ。

写真22:石で横断側溝と縁石が設置されたトレイル。利用形態や流水の状況に応じて整備方法が工夫されている

写真22:石で横断側溝と縁石が設置されたトレイル。利用形態や流水の状況に応じて整備方法が工夫されている

写真23:現在のビジターセンターとレーニエ山

写真23:現在のビジターセンターとレーニエ山


 一方、ナラダ滝の駐車場脇にある休憩所(Comfort Station)は、古い木造建築物だ。一部石積みのある平屋の建物には、休憩室とトイレがある。この建物は、ビジターセンターとは対照的に、規模も小さく、当然ながら空調施設もない。それでも、基礎などがしっかりしており、現在も十分実用的な施設として機能している。

写真24:木造の休憩所外観。石積みの基礎をもつ木造の建物は景観にとけ込んでいる。

写真24:木造の休憩所外観。石積みの基礎をもつ木造の建物は景観にとけ込んでいる。

写真25:内部は静かで、落ち着いた雰囲気がある

写真25:内部は静かで、落ち着いた雰囲気がある


 これは、米国国立公園における施設の2大類型ともいえる施設タイプの好例といえる。
 ビジターセンターは、アメリカの国立公園の一大公共事業ブームであった「ミッション66」の時期に建設された【8】。これらの多くはRC造で、規模も大きい。建て替えの際には大量の廃棄物が排出されるだろう。
 これに対し、戦前にCCCによって建設された公園施設は、木材や石材が用いられ、人力により建設された。これらの木造建築物は、維持修繕の手間や費用はばかにならないものの、エネルギー消費や取り壊し時の廃材が少なく、RC構造に比べて改修も容易だ。その上、建物自体が歴史的な展示物としても機能している。
 国立公園局は、このような古い施設を「アダプティブ・ユース(adaptive use)」として、積極的に利用している。また、建築物が平屋(一層構造)であることも有利だ。エレベーターや階段が必要ないために、施設が広く使え、またバリアフリー化も容易だ。さらに、照明機器が簡易で、かつ位置も低いため、電球の付け替えや掃除などが楽だという利点もある。気象条件が厳しく、維持管理コストのかさむ山岳地帯における施設は、こうした点も考慮すべきだろう。
 おもしろいのは、同じ国立公園内に、このような2つのタイプの施設が共存していることだ。ビジターセンターのような大規模施設では、山岳地帯の懐でも、ゆっくりと展示を見て回り、買い物したり食事をしたりすることができる。一方で、登山客やハイカーにとっては、石積みと木造の施設により、伝統的な国立公園らしい雰囲気を味わうことができる。新しく快適な建物を造りながら古い施設も大切に使う姿勢は、とても新鮮に映る。
 特に、マウントレーニエには、木造の歴史的な施設が多いような印象を受けた。アメリカの国立公園というと、大規模な施設が頭に浮かぶが、こうした古い建物を大切に使うということも、学ばなければならないように思える。

写真26:ロングマイアにある木造のミニビジターセンター

写真26:ロングマイアにある木造のミニビジターセンター

写真27:同じくロングマイアにある古い木造の事務所

写真27:同じくロングマイアにある古い木造の事務所


(「妻の一言」はお休みさせていただきます)

【1】魚類野生生物局のピーターさん
第6話 遠征編 from Mammoth Cave「ワシントンDC訪問」
【2】保護区で認められるビジターの利用目的
ニスクアリー国立野生生物保護区で認められている活動は、野生生物の写真撮影、狩猟、釣り、教育、自然解説、野生生物観察など。
【3】ニクスアリーNWRの職員内訳
常勤職員9名の内訳は、所長1名、副所長1名、所長補佐1名、事務系職員2名、メンテナンス2名、アウトドアレクリエーション1名、レンジャー1名である。なお、職員は全員が野生生物学の学位をもっている。
【4】法執行官
法執行官(law enforcement officer)としての資格を得るためには、ジョージア州にある連邦政府の研修センターにおいて6ヶ月間の研修を受講する必要がある。
【5】連邦政府管理地の“治外法権”
連邦政府所管は、それぞれの土地の管理者によって排他的に管轄(exclusive jurisdiction)されている。
【6】保護区管理とフレンズグループ
第6話 遠征編 from Mammoth Cave「グレートスモーキーマウンテンズ国立公園における自然資源管理」
第15話 国立公園局と州政府の協力「寄付の取り扱い」
【7】ニスクアリー川協議会
ニスクアリー川協議会(Nisqually River Council)は、ワシントン州議会において、市民による助言委員会及び、NPOによる同盟体の設立を求めた「ニスクアリー川管理計画」を契機として、1987年に設立された。協議会は、ニスクアリー川の集水域の保護と改善を、関係機関の協力、広報そして教育により進めていこうとする連携組織である。
【8】ミッション66
第6話 遠征編 from Mammoth Cave「国立公園の整備と民間人保全部隊(CCC)」
第14話 ヨセミテ国立公園へ!「アメリカの国立公園管理の歴史 ──1960年代という時代──」
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(記事・写真:鈴木 渉)

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〜著者プロフィール〜

鈴木 渉
  • 1994年環境庁(当時)に採用され、中部山岳国立公園管理事務所(当時)に配属される。
  • 許認可申請書の山と格闘する毎日に、自分勝手に描いていた「野山を駆け回り、国立公園の自然を守る」レンジャー生活とのギャップを実感。
  • 事務所での勤務態度に問題があったためか以降なかなか現場に出してもらえない「おちこぼれレンジャー」。
  • 2年後地球環境関係部署へ異動し、森林保全、砂漠化対策を担当。
  • 1997年に京都で開催された国連気候変動枠組み条約COP3(地球温暖化防止京都会議)に参加(ただし雑用係)。
  • 国際会議のダイナミックな雰囲気に圧倒され、これをきっかけに海外研修を志望。
  • 公園緑地業務(出向)、自然公園での公共事業、遺伝子組換え生物関係の業務などに従事した後、2003年3月より2年間、JICAの海外長期研修員制度によりアメリカ合衆国の国立公園局及び魚類野生生物局で実務研修
  • 帰国後は外来生物法の施行や、第3次生物多様性国家戦略の策定、生物多様性条約COP10の開催と生物多様性の広報、民間参画などに携わる。
  • その間、仙台にある東北地方環境事務所に異動し、久しぶりに国立公園の保全整備に従事するも1年間で本省に出戻り。
  • その後11か月間の生物多様性センター勤務を経て国連大学高等研究所に出向。
  • 現在は同研究所内にあるSATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ事務局に勤務。週末、埼玉県内の里山で畑作ボランティアに参加することが楽しみ。