2025.06.30
第5回 洋上風力発電から考える地域の未来づくり
東邦大学 理学部生命圏環境科学科 准教授 竹内 彩乃
カーボンニュートラルの実現に向けて再生可能エネルギーの導入が加速する中、日本各地で洋上風力発電の検討が進められています。しかし、これは単なるエネルギー供給の話にとどまりません。洋上風力発電は、地域の環境や産業、そして人々の暮らしに大きな影響を及ぼす存在でもあります。本稿では、こうしたエネルギー転換が「地域の未来づくり」にどのようにつながるのかを考えてみたいと思います。
竹内 彩乃(たけうちあやの)プロフィール
- 東邦大学 理学部生命圏環境科学科 准教授
- 早稲田大学大学院理工学部環境資源工学科卒、東京工業大学大学院総合理工学研究科環境理工学創造専攻博士後期課程修了。
- PNパワープランツ社(ドイツ)プロジェクトマネージャー、名古屋大学大学院環境学研究科特任助教などを経て、2016年より東邦大学理学部生命圏環境科学科 講師、2022年より現職。
- 再エネと地域共生、市民参加を専門とする。
洋上風力発電とは
2050年カーボンニュートラルの実現において、再生可能エネルギーの導入は欠かせません。特に、海に囲まれた日本において注目されるのが「洋上風力発電」です。風力発電は風の力で電気を生み出す発電設備ですが、それらを海に設置する大規模な計画が進んでおり、国は、2040年までに45GWの案件形成の目標を掲げています。風力発電には、基礎の部分が海底に固定され、水深の浅い海域に適した「着床式」と、基礎が水中に浮き海底に係留された水深の深い海域に適した「浮体式」の2種類があります(写真1)。水深の深い海域が広がる日本では、浮体式洋上風力発電への期待が大きくなっています。
国内では、実証事業が福島県いわき市沖、千葉県銚子沖、福岡県北九州市、長崎県五島市にて行われてきました。また、港湾エリアでは秋田県秋田市、能代市、北海道石狩市にて事業が行われています。ウィンドファームとして商業運転している貴重な事例であり、これら事例によって得られた貴重なデータや環境・生態系への影響などをしっかりと調査・分析し、一般海域、さらには排他的経済水域(注1)への洋上風力発電事業に活かしていくことが求められます。

写真1 北九州にある浮体式洋上風力発電。NEDOの実証事業で制作・株式会社グローカル所有(著者撮影)
洋上風力発電のメリットとデメリット
地域との関係を考えた時の洋上風力発電のメリットとして第一に挙げられるのが、地域還元策です。限られた規模ではあるものの、基金が設置され、それをもとに地域活性化に寄与する企画が地域で立ち上がることが期待されています。大きなアドバンテージとして、地域にコミットする事業者の存在が挙げられます。地域だけで考えるのではなく、洋上風力発電を契機として地域に新しく関わり始めた人たちとともに、地域の発展について検討することができることで、これまでとは違った発想で地域活性化が展開されることが期待されます。洋上風力発電事業の検討が、持続可能な地域づくりを実現する上でのチャンスとなり得るということです。第二に、洋上風力発電が海に設置されることから、漁業協調にも期待が寄せられます。基礎部分が魚礁になることで、魚が集まってきて、漁業への良い影響が生まれます。漁業協調策についても、現地の漁業者と洋上風力発電の事業者が一緒に検討することで、これまでにないアイデアや発想が出てくる可能性があります(写真2)。
他方で、デメリットにも目を向ける必要があります。着床式の洋上風力発電は、陸から近い範囲に設置されることが予定されているため、景観の変化は避けられません。海洋工事が行われるため、海洋環境への影響も生じます。例えば、基礎を打ち付ける際の騒音による海洋生態系への影響やケーブルを海底に敷設する際の水質汚濁が挙げられます。運転時の稼働音による生態系への影響も考えられます。海外事例をもとに、様々な調査が行われていますが、国内における事例は数が少なく、生態学者との連携による研究が特に求められる点です。また、風況の良い場所と好漁場が重複する場合は、調整を行なっていく必要があります。しかし、どうしても漁場への設置が避けられない場合は、漁業補償などの検討も必要になってきます。これは先ほど説明した基金とは別として考えられており、物理的な環境変化によって、漁業に影響が生じる場合にのみ補償が支払われることになっています。陸上風力発電と比較して、海上工事にコストがかかること、台風や地震などの災害リスク、すでに実績のある欧州の企業との競争をしなければならない状況など、挑戦的な課題がたくさんあります。

写真2 五島市で復活した藻場。洋上風力発電の取り組みと連携しながら進められた磯焼け対策。
洋上風力発電を支える制度
日本では、洋上風力発電を推進するため、2019年に再エネ海域利用法が施行されました。これに基づき、促進区域を指定するための手続きが明確になりました。まず初めに、都道府県から国への情報提供に基づき、「準備区域」が指定されます。地域の利害関係者を含む法定協議会が設置されることになった段階で「有望区域」に指定され、法定協議会で話し合いが調い、パブリックコメント等の手続きを経て「促進区域」に指定されます。その後、事業者選定へと進んでいきます(図1)。

図1 資源エネルギー庁「再エネ海域利用法に基づく区域指定・事業者公募の流れ及び案件形成状況」(2025年6月4日閲覧)
https://www.meti.go.jp/press/2024/09/20240927004/20240927004-1r.pdf
法定協議会では、洋上風力発電に伴って発生する影響を最小限にすることだけでなく、地域をいかにして持続可能に運営していくのかについても視野に入れて検討が進められます。このため、地域がどのように発展していきたいのかについても、早期の段階から事業に組み込んでいく必要があります。有望な区域に指定された段階では、どのような事業者が選定されるのか、事業者がどのように地域にかかわるのかは決まっていないものの、洋上風力発電事業を担う事業者に届ける声を取りまとめることができる点は、地域と洋上風力発電の共生を考える上で画期的な仕組みであると考えられます。
一方で、地域における声をどのように取りまとめるのか、またそれをどのように洋上風力発電の法定協議会の話し合いに反映していくのかについては、まだまだ手探りの状態が続いています。長期的な将来を見据えた地域の課題解決と、一事業である洋上風力発電の検討を統合していくことで相乗効果を生み出すことが求められます。
これからの展開
これまで述べたように、法定協議会において地域の将来像を描くことが必須となっており、この地域の将来像が、地域において検討されている総合計画や環境基本計画など、さまざまな議論と接続されていくべきだと考えます。好事例としてあげられるのは、北海道の松前町です。松前町では、脱炭素のまちづくりの検討を行っていた協議会が、洋上風力発電の地域の将来像の検討も行ったことで、それまでの話し合いの成果がうまく将来像に接続されていました。洋上風力発電をメインのテーマにしていない地域の議論と、洋上風力発電の法定協議会がうまく統合されている事例はまだ少なく、これらをいかにして統合していくかの仕組みづくりが大切になってきます(図2)。
地域計画と洋上風力発電事業を組み合わせる過程においては、価値の対立、守りたいものが対立することもあると考えられますが、地域の将来像を共に考えながら、地域にとって重要な選択をしていくことが求められます。このような議論を行っていく上では、目の前の価値判断だけでなく、時間軸を含めた、建設的な話し合いが必要となってきます。この根本をなすのが、洋上風力発電に対する適切な理解となっており、地道な理解醸成が求められると考えます。

図2 海洋再生可能エネルギー発電設備整備促進区域指定ガイドラインに掲載されている地域の将来像の位置付け
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/yojo_furyoku/dl/legal/guideline.pdf
注釈
- 【1】排他的経済水域
https://www1.kaiho.mlit.go.jp/ryokai/yougo.html
原則として領海の基線からその外側200海里(約370km)の線までの海域(領海を除く。)です。 なお、排他的経済水域においては、沿岸国に以下の権利、管轄権等が認められています。
1. 海底の上部水域並びに海底及びその下の天然資源の探査、開発、保存及び管理等のための主権的権利
2. 人工島、施設及び構築物の設置及び利用に関する管轄権
3. 海洋の科学的調査に関する管轄権
4. 海洋環境の保護及び保全に関する管轄権
2025年6月に成立した改正再エネ海域利用法では、EEZにおける洋上風力発電設備について定められています。(環境省「再エネ海域利用法の一部を改正する法律案」)
https://www.env.go.jp/council/content/i_01/000298154.pdf
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