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No. アメリカ横断ボランティア紀行(第6話) 遠征編 from Mammoth Cave
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Issued: 2006.10.26
遠征編 from Mammoth Cave(その3)
 (その2からつづく)
 アメリカという資源依存型社会にあって、その利益代表者としての連邦政府議会、批判的精神を持ち、発言・行動する高い意識を持つ市民、自らの意思により社会貢献しようとする資産家など、それぞれ異なる主体の自然地域に対する姿勢の違いを目の当たりにしてはじめて、アメリカの国立公園の本質というものが見えてくる気がする。
 目次
グレートスモーキーマウンテンズ国立公園における自然資源管理
ブラックベアー調査
国立公園の施設計画
国立公園の整備と民間人保全部隊(CCC)
グレートスモーキーマウンテンズ国立公園における自然資源管理
グレートスモーキーマウンテンズ国立公園における聞き取り調査の様子

 グレートスモーキーマウンテンズ国立公園では、「全分類群生物多様性インベントリープログラム(All Taxa Biodiversity Inventory:ATBI)」という大規模なプログラムが進行している。新種を含む生物種の目録と、種の分布状況のGISデータを整備するものである。調査を行っているのは、公園の資源管理部門である。資源管理部門は1970年代の後半に取締部門(law enforcement)から独立した。1985年に職員数8名だったものが、現在は30名程に拡充されている。今後は、資源管理と環境教育の融合を目指しているとのことだ。
 ところで、公園内で自動車の入り込める地域は、公園区域のごく一部に限られる。このため、車道のないウィルダネス地域では、キャンプをしながらの調査が続けられている。
 利用に供する部分は徹底的に開発しながら、その残りの部分をしっかり守る、こうした国立公園の管理の手法を実感させられる。
 この公園でお話を伺った、国立公園のインベントリー及びモニタリングコーディネーターのキース・ランドン氏によると、資源科学部の年間予算は総額200万ドル(約2.2億円)程度で、公園全体の予算(1,500万ドル(約17億円))の13%程度を占める。この他、年間約100万ドル(1.1億円)にのぼる寄付金収入もある。寄付金には大きく2つのタイプがあるそうだ。一つは、自動車のナンバープレートを取得する際に10ドル寄付すると、特別にデザインされたプレートが交付されるもの。もう一つは、国立公園を支援するための募金活動によるものだ。後者のような募金活動は、フレンズ・グループ(Friends group)と呼ばれるNGOが行っている。国立公園では、公園を支援する人々から幅広く寄付を集める仕組みが工夫されている。
聞き取り調査のために訪ねた自然資源センター
聞き取り調査のために訪ねた自然資源センター
ブラックベアー調査
 グレートスモーキーマウンテンズ国立公園を訪れた翌日、テネシー大学にある米国地質調査所(USGS)【8】南部アパラチア地域現地研究室を訪問し、責任者のフランク・ヴァン・マンネンさんから、グレートスモーキーマウンテンズ国立公園でのブラックベアーのモニタリング調査についてお話を伺った。ブラックベアーは、日本のツキノワグマとほぼ同種だが、性格はツキノワグマより比較的おとなしい。
 このモニタリング調査は、USGS、テネシー大学と国立公園が共同で1968年以来実施しているもので、ヒアリングに伺った当時で、調査開始からちょうど35年目を迎えていた。調査の人手を大学側が確保して、許可や宿舎などの便宜、資金の一部を公園側が用意する。公園の職員が直接作業に参加するわけではない。
 国立公園内にワナを仕掛け、再捕獲の頻度などにより生息数を推測している。8箇所の調査地域が設定されており、それぞれ9ヶ所ずつワナが仕掛けられている。捕獲個体から毛及び血液サンプルが採取され、DNA分析が行われる。公園内には約1700頭のブラックベアーが生息していると考えられている。
 2つの調査グループが1調査地域ずつ15日間調査し、夏期の2ヶ月間で調査を終了する。私たちが同行した調査グループは、修士及び博士課程の学生2名により構成されていた。これらの学生はモニタリングプロジェクトのスタッフとして働き、その対価として授業料相当額と賃金が支払われる。
 なお、この国立公園では、クマの胆目当ての違法捕獲が跡を絶たないという。アジアのマーケットで扱われているようだ。こんなところでも、アジアの経済活動との関係があることに驚かされる。
 聞き取り調査の翌日、フランクさんの案内でブラックベアー調査に参加した。
 プロジェクトスタッフは、公園内に仕掛けたワナを毎日見回る。もしクマがワナにかかっていたら麻酔を打って体重などを計測する。クマが衰弱しないように、できるだけ早く調査を終了し麻酔から覚醒させてあげなければならない。この作業を夏中続けることになる。責任者のケイティーさんは、修士課程の学生だった。学生を募集し、作業班に振り分ける。グレートスモーキーマウンテンズ国立公園は山が険しく雨も多いので、斜面は滑りやすい。わずか一日調査に同行しただけだったが、私たちにもその苦労が実感できた。
 私たちのフィールドであるマンモスケイブは、石灰岩地形のなだらかな丘陵地だが、シンクホール(石灰岩地帯特有のくぼ地や開口部)や浮石、崖、マダニが多い。そんなお互いのフィールドの苦労を共有できるのもボランティアのいいところだ。
 何ヶ所目のワナだったのだろうか。
 「クマがワナにかかっています」
 先行していた学生が戻ってきて私たちに伝える。
 「少し興奮しているのでここで少し待っていてください」
 学生は、ケイティーさんを伴ってワナへと急ぐ。遠くからクマの姿が見える。ワナにかかったまま木の周りをぐるぐる回っている。二人は、目測した体重から割り出した量の麻酔薬を吹き矢で注入する。ケイティーさんが戻ってきた。
 「麻酔が効いてきたのでそろそろ大丈夫です」
 ワナにかかっていたのは5〜6才のオスだった。
 「クマはワナにかかると興奮します。体重の目測を誤らないこと、確実に麻酔をかけることが重要です」
 ワナは、ワイヤーでできている。思ったより簡単な構造だ。木の根元に浅い穴を掘り、穴の周囲を囲うようにワイヤーの輪を設置する。穴にクマが脚を踏み入れると、ばね仕掛けにより輪がしまり固定される。クマがけがをしないよう、各所に工夫が凝らしてある。
 「ワナは、1本立ちした木に仕掛けます。そうすると、クマはある程度自由に木の周りを歩き回る余裕があります。輪が脚を締めつけないよう、ストッパーなどもついています。でも、クマは利口で、ワナの位置や構造をすぐ学習します。また、あまり同じ木を使っていると枯れてしまいますので、ワナの設置場所にはいつも苦労させられます」
 餌にはカタクチイワシの缶詰を使うそうだ。
 麻酔が効いたクマは、地面の上に長々と横たわっている。意外とほっそりとした体つきだ。眼球が乾燥しないよう、湿らせたバンダナを顔にかける。体長や体重、体温などを計測して、血液、唾液、体毛サンプルを採取する。個体識別のための耳冠をつけ、唇の裏に刺青を入れる。作業終了後は覚せい剤を注射し、クマが森に帰って行くのを見届けてから、ワナをセットし直して、引き続き他のワナを確認するために移動する。
 アメリカのブラックベアーは日本のツキノワグマと異なり、ワナにかかった直後の興奮時や、子熊を連れている場合でなければ、たとえ遭遇してもそれほど危険ではないという。とはいえ、興奮したクマへの麻酔注射や、計測作業中にも徐々にクマが覚醒してくることを考えると、やはり危険が付きまとう作業である。
フランクさん(写真中央)のブラックベアー調査に同行した。皆泥まみれだ。クマの体重測定の様子。写真向かって左端が責任者のケイティーさん。
フランクさん(写真中央)のブラックベアー調査に同行した。皆泥まみれだ。クマの体重測定の様子。写真向かって左端が責任者のケイティーさん。

 この年の調査では、のべ64頭のブラックベアーを捕獲し、サンプリングや、標識の取り付けなどが行われ、採取した血液、体毛、唾液等のサンプルが分析された。捕獲頭数は平年並み。多い年には捕獲頭数が100頭あまりにものぼるという。
 プロジェクト全体で計15名の補助職員が必要となるが、急峻な山岳地帯での調査作業でもあり、調査員の確保には毎年苦労しているとのことだった。調査員希望は全体で150名を超え、中にはアジアやオーストラリアなどからの応募もあるそうだ。しかし、賃金などの待遇、体力などの適性を満たす応募者は多くないそうだ。
 「今年も、学生が一人途中で業務を放棄してしまいました。突然調査にこなくなってしまったのです。メンバーを励ましながら調査を続けていくのは大変ですが、とてもやりがいがある仕事です」
 ケイティーさんは明るくたくましい。
【8】 米国地質調査局
 米国地質調査局(U.S. Geological Survey;USGS)は、米国の自然資源のモニタリング調査などを担当している機関。テネシー大学内に設置されている南部アパラチア地域研究室には、現在3名のUSGS職員が勤務している。
USGSウェブサイト
国立公園の施設計画
グレートスモーキーマウンテンズ国立公園の車道利用の様子(国立公園局ホームページより)

 アメリカの国立公園は、道路をはじめとする施設計画に尽きるといっても過言ではないだろう。それを痛感したのもグレートスモーキーマウンテンズ国立公園だった。国立公園の主な興味地点のほとんどが車で到達できる。それも渋滞を避けるためにループ状の道路が多用されている。駐車場も大規模なものが要所要所に整備されている。中にはトイレとビジターセンター以外は一度も車を降りないという利用者も少なくないと聞く。山頂の巨大な展望台もさることながら、稜線直下に建設された駐車場や、そこから山頂へ延びる舗装された歩道は日本では考えにくい。シェナンドア国立公園で感じた違和感が、はっきりとした形をもって理解できた気がした。
公園内(Cased Cove)のループ道路における渋滞風景(国立公園局ホームページより)
公園内(Cased Cove)のループ道路における渋滞風景(国立公園局ホームページより)
駐車場から山頂(Clingmans Dome)に続く舗装された歩道
駐車場から山頂(Clingmans Dome)に続く舗装された歩道
山頂の展望台の威容には驚かされる。周囲の樹林が枯れてしまい余計目立つ存在になっている。少し規模が大きすぎないだろうか。
山頂の展望台の威容には驚かされる。周囲の樹林が枯れてしまい余計目立つ存在になっている。少し規模が大きすぎないだろうか。
展望台のアプローチは、階段ではなくなだらかなスロープになっていて、車椅子でも利用が可能だ。
展望台付近をアパラチアントレイルが通っている。こちらは展望台の喧騒がうそのような静けさ。
展望台のアプローチは、階段ではなくなだらかなスロープになっていて、車椅子でも利用が可能だ。 展望台付近をアパラチアントレイルが通っている。こちらは展望台の喧騒がうそのような静けさ。
国立公園の整備と民間人保全部隊(CCC)
 1933年、フランクリン・ルーズベルト大統領のニューディール政策の一環として、民間人保全部隊(Civilian Conservation Corps:以下、CCCと略す)が組織され、失業者が国立公園などの公共施設整備に従事することになった。当時の国立公園は、法的な体裁こそ整ってきたものの、まだまだ施設整備が遅れており、現在のような快適な利用環境にはなかった。深刻な大恐慌下であったにもかかわらず、国立公園システムの基礎となるインフラがこの時期、CCCにより整えられることとなった。
 CCCは軍隊スタイルの組織形態をとり、主に国立公園、州立公園、及び国有林において活動した。1933年から9年間で、設立以来当時まで建設されてきた国立公園内の施設の総計よりも多くの施設が、CCCによって整備されたと言われている。1929年、株価暴落に端を発した大恐慌は、その後国立公園の利用者数を減少させたものの、公園内の施設整備水準は著しく向上した。
CCCにより建設された駐車場(シェナンドア国立公園;国立公園局ホームページより)CCCにより建設された車道(シェナンドア国立公園;国立公園局ホームページより)
CCCにより建設された駐車場(シェナンドア国立公園;国立公園局ホームページより)CCCにより建設された車道(シェナンドア国立公園;国立公園局ホームページより)

 CCCにより、多くの道路やトレイルが、それまで原生地域であった山や森を切り崩して敷設され、博物館や職員用宿舎、キャンプ場、トイレなどの施設が公園システム全体にわたって出現した。これに対し、1930年代半ば、保全団体などから開発の規模とペースについて危機感が表明された【9】→(その4)へ続く

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【9】 国立公園及び国有林の過剰な道路建設
 1936年には、緊急保全委員会(Emergency Conservation Committee)が、「国立公園及び国有林の過剰な道路建設(Roads and more roads in the National Parks and National Forests)」を発表し、国立公園局などによる原生的なウィルダネスの破壊行為を批判した。
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