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No.107

Issued: 2006.09.28

カナダ・モントリオール市の環境学習施設 その(2)バイオスフィア

目次
北米唯一の「水の博物館」
環境学習は水遊びから!?
頭の体操で、バランスを知る
薄暗い空間で、じっくりと写真展に集中する─
屋上展望台に設置してあるミニチュア模型

 大きな球状のスケルトンに覆われた中から、銀色の建築物が垣間見えます。近未来都市から抜け出してきたような外観のこの施設が、今回取材した「バイオスフィア(Biosphere)」です。“現代のレオナルド・ダ・ビンチ”といわれる建築家であり数学家・思想家・発明家・哲学者でもあるリチャード・バックミンスター・フラー(Richard Buckminster Fuller)が設計したバイオスフィアには、フラーの環境に関する提唱などが散りばめられています。

北米唯一の「水の博物館」

【写真1】バイオスフィア外観:この内部にある建物が展示場と展望台になっている。
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 バイオスフィアは、1967年のモントリオール万博(Expo '67)会場となったサン・テレーヌ島にあります。特徴的な外観をもつこの施設は、万博でアメリカのパビリオンだったとのこと。北米唯一の水に関する博物館で、セントローレンス川や五大湖の水資源やエコシステムについての展示をしています【写真1】。
 サン・テレーヌ島は、モントリオールの中心街から地下鉄で10分程の場所にあるので、島といっても特別の交通手段が必要なわけではありません。夏は国際花火大会の会場にもなり、通常の観光パスなどでも十分に訪れることができます。
 見て回る展示だけではなく、さまざまな遊びの要素があるバイオスフィア。前回紹介したバイオドームよりもさらに低年齢層のファミリー向けの体験型の施設になっています。
 バイオスフィアを構成する特徴的な4つのステージを紹介します。


環境学習は水遊びから!?

 第一ステージのテーマは、「水に親しもう!」。実際に水に濡れながら、水の性質に慣れ親しんでいきます。
 入り口の掲示板には、「人類は、水の近くに村や街を発展させてきた」という人類史のテーゼが描かれています。それをよそに、会場は子どもたちの叫び声にあふれています。
 会場で、まず目を引くのが、円筒形の透明な水槽。水槽の上部にあがった子どもが水面に小さい船を浮かべて、下の子どもに「いいよ!」と合図を送っています【写真2】。合図で下の子がボタンを押すと、渦が発生して、船が渦に巻き込まれていきます。一見、ただ船を沈ませるだけのゲームのようですが、実は海底からみた渦の力学を構造的に体感させるねらいをもった装置です。
 忍者の「水ぐも」に似た履物で水路を歩くアトラクションもあります【写真3:ややブレ画像】。浮力を足の裏で感じながら、水の浮力を実感できます。
 水車を横に寝かせたような装置もありました。ポンプを動かして水を流すと、水車が回ります。はねあがる水に、子どもたちはキャーキャー叫びながらポンプを操作しています。

 水を利用した“遊び道具”で占められた第一ステージは、床がビショビショです。遊んでいる子どもたちばかりでなく、まわりの親や通行人にも水がかかってきます。

【写真2】渦の力学を目で見て確かめる。

【写真3】水ぐもで浮力を体験。この辺りの床は水たまりができているほど。


頭の体操で、バランスを知る

 水浸しになって遊ぶ第一ステージの先には、“頭の体操”が待っています。
 「持続可能性」には、経済、社会、環境の3分野のバランスが大切と言われます。言葉を聞いただけでは難しそうに感じる話ですが、それを楽しみながら学ぼうというのが、バイオスフィアです。
 例えば、スロットマシーンを思わせるこの機械【写真4】。ダム建設に関するさまざまな要素について強・中・弱の三段階のボタンを選び、経済と社会と環境の3分野のバランスを指定する仕組みです。
 水質や樹木などの環境要素、ダムの経済的効果、住民の生活などの社会要素を、上流・下流ごとにそれぞれ三段階のボタンを選ぶと、結果としてダムの総発電量が表示されます。もちろん架空の試算ですが、多くの子どもたちが最適なバランスをみつけ出すまでゲームを続けるほど盛り上がります。
 「環境を守る!」ことをただ大事なこととして叩き込むのではなく、「環境を守りながら、どうやって経済と社会と両立させていくのか」とゲームを楽しみながら、“見て、考えて、予想して、確かめる”ことができるようになっています。子どもだけでなく大人たちもつい夢中になって、この機械を操作していました。
 ロッククライミングをしている場面も見られました【写真5】。クライミングウォールをよじ昇りながら、石の感触を確かめ、その種類や用途を知るためのものです。頭と体の両方のバランスを取ったコーナーとなっています。

【写真4】持続可能性の3分野のバランス。言葉で聞くと難しそうですが、このマシーンで一目瞭然。

【写真5】石の感触を確かめながらロッククライミング。


薄暗い空間で、じっくりと写真展に集中する─

 頭と体を使って、第二ステージをクリアすると、気分は盛り上がってきますが、次のステージでは、ほの暗く落ち着いた空間が広がります【写真6】。ここにはセントローレンスの島々で絶滅の危機に瀕している生物の写真がパネルになっていました【写真7】。「きれいだな」と見とれている子どもたち。見守る両親は、絶滅の危機に瀕する生物たちの背景について、これまでのゲームや自分たちの生活も踏まえて説明していました。
 遠い海外の問題としてだけでなく、自国にも絶滅に瀕している生き物がいることを知ってもらいます。部屋全体を薄暗くすることで、気が散ることなく、写真を見ることに集中できる設計です。

【写真6】静かに写真を見ながら一休み。

【写真7】セント・ローレンスの島の絶滅危惧種についてのパネルも。
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屋上展望台に設置してあるミニチュア模型

【写真8】ワールドゲームについて“博士”が分かりやすく説明をしている。
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 パネルを鑑賞した後は、いったん建物の外側に出て、眩しい太陽の日差しの中、上の階へと移動していきます。最上階には球状に覆うスケルトン構造の内側から眺める展望台があります。
 展望台の壁には、世界のエネルギー資源、建築、交通の技術や情勢などについて説明するミニチュア模型が飾られています。
 その一つが、「The World Game」【写真8】。資源や環境の有限性や、閉じた生態系の中の運命共同体といった、全地球的問題に直面する人類にとってとても刺激的な発想の転換を促すことになった「宇宙船地球号(Spaceship EARTH)」という概念。もともとは、バイオドームの設計者 R. バックミンスター・フラーの著書(1969年)に使われました。
 フラーは、「地球は一つの宇宙船。限られた土地や最小のエネルギーから最大限に効率化し、限られた物質は再生利用するべきである。資源の浪費は人間だけの問題にとどまらない。すべての生物を危機にさらす。各地に偏在する資源やエネルギーは地球全体のものであり、それを宇宙船地球号のメンバーである人類で、偏ることなく効率よく分配するべきだ」と提唱しています。
 この「宇宙船地球号」のケーススタディやシミュレーションのために発案されたのが、ここバイオスフィアにも展示されている「The World Game」。ゲームと聞くと、敵味方に分かれて勝敗を決めるものとイメージするかも知れませんが、「The World Game」では、全員が味方で勝敗もありません。「宇宙船地球号のメンバー全員がHappyになるためには」「限りある資源から最大の効率を引き出すには」、どのように分配していくのがよいかを考えるものです。また、The World Gameにおいては「戦争」は禁じ手。戦争に頼るのではなくて協力し合うことが大切であり、戦争=ゲームオーバーなのです。
 「どこかの国が投げ出してしまったら(=協力することを投げ出して戦争を始めてしまったら)、The World Gameは成り立たなくなるよ(=ゲームオーバーになる)」という説明パネルが掲示され、資源の配分の偏りがなくなるよう、発展途上国と産業国が協力していくことの重要性を訴えています。


【写真9】バイオスフィアの設計者、リチャード・バックミンスター・フラーによる「ダイマクション地図」。
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 なお、「The World Game」で使用されている独特の形をした地図はフラーが発明した「ダイマクション地図」【写真9】です。「ダイマクション」(Dymaxion=Dynamic & Maximum efficiency)は、フラーの造語で「最少のエネルギーで最大の効率を引き出すこと」を意味しています。地球表面を複数の三角形に分割して平面に広げることで、海や陸の相対的な形や大きさに視覚上の歪みを生じず、一つの表面に地球上のデータすべてをあらわすことを可能とした地図です。この製法は「ダイマクション投影」と呼ばれ、地図製作法のシステムのための特許も与えられています。全ての大陸が一つにつながっているところが特徴で、ここにもフラーの「宇宙船地球号」の概念が反映されています。「ダイマクション地図」を使用して、「The World Game」によるシミュレーションで「宇宙船地球号」の操縦方法を模索する。フラーは、その才覚の幅広さと奥深さから、“現代のレオナルド・ダ・ビンチ”とも言われます。


 道順に沿って進んでいくと、テーマは地球全体から身近な環境へと対象が移っていきます。
 屋根を緑化することで屋内の温度を下げるシステムを紹介した、「Green Architecture」【写真10】【写真11】では、緑化住宅のミニチュア模型を小さなドームが囲い、その下の箱に豚小屋があります。緑化された屋根の場合と金属だけの屋根の場合では、室内の温度が異なることを、擬人化されたブタさんが体験します。箱の下のボタンを押すと屋根が上がる仕掛けになっています。これは、建物の屋上が緑化されることで、暑がっているブタさんも一息つけ、快適な環境を提供できるのだと説明しています。


【写真10】【写真11】屋上緑化で豚さんを救おう!
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 様々な交通手段によるCO2排出量を比較する箱も見られます。箱の下にあるボタンを押すと道路上の自動車が走り出し、一定走行距離当たりのCO2排出量が表示されます。自動車同士の比較【写真12】から始まり、最後には自動車・自転車・歩行の比較へと移行し、ボタンを押すと「自転車と人は排出量ゼロですよ!」と微笑む排気ガスマークが現れます【写真13】。

【写真12】自動車同士のCO2排出量の比較。右端がハイブリッド車。
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【写真13】自動二輪車、自転車、徒歩のCO2排出量の比較。
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【写真14】“sustainable transportation”。真ん中の写真がライドシェアの自動車
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 またCO2排出量の抑制という点で、“sustainable transportation”と題して、ミュージアムズデー【1】で無料循環バスを提供しているSTM社の市内バスや、ライドシェアの紹介がされています【写真14】。モントリオールで生活をしていると、車体に社名がペイントされているライドシェアの自動車を頻繁に見かけます。日頃よく見かけるバスやライドシェアが、環境に配慮された交通手段であることを改めて認識するきっかけとなっていました。


【写真15】建物内だけではなく、外の芝生にも汚水浄化システムについてのパネルが。野外学習も忘れずに。
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 バイオスフィアの見学を終えてバスを待っている間に、こんなパネルを見つけました【写真15】。施設で排出された汚水の浄化システムにも、自然の力を利用した環境に優しいシステムを利用しているとのこと。出口にリサイクルボックスを設置していたバイオドーム同様に【1】、バイオスフィアも環境学習施設として、最後までその役割を果たしていました。


【1】ミュージアムズデーとバイオドーム
第103回 カナダ・モントリオール市の環境学習施設 その(1)バイオ・ドーム
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(記事・写真:来野とま子、香坂玲)

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