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No. アメリカ横断ボランティア紀行(第5話)  マンモスケイブ国立公園の夏
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Issued: 2006.09.14
アメリカ横断ボランティア紀行(第5話)
 マンモスケイブ国立公園の夏 (その1)
 マンモスケイブ国立公園でのボランティア生活も1ヶ月を経て業務にも慣れてきたある日のこと。出勤前にメールをチェックしていたところ、久しぶりに環境省の同僚からメールが届いていた。日本を出発して以来、メールは1日1通来るかこないか。それもほとんどは友人や身内からだった。
 「お元気ですか?」から始まる少し長いメールは、至急の調査依頼だった。期限は1週間。調査内容は、国立公園における建設事業の事業評価とアセスメントの手法について。どうやらまたひと騒動起きているようだ。
 各種公共事業の事業評価制度は、日本でも国土交通省など公共事業官庁中心に導入されている。環境省の国立公園にもささやかながら公共事業費があり、ひと通りの事業評価制度もある。ところが、環境省の事業は国立公園の特別地域など保護地域で行われることが多く、施設の規模やデザイン、施工方法など、これまでもしばしば批判を受けてきた。
 アメリカの事業評価制度を参考にできれば、日本の制度の改善にも目処がつくはずだ。ところが、アメリカの国立公園事業は、これまでなかなか現場の情報が入手できていなかった。日本ではほぼ無名なマンモスケイブ国立公園ながら、情報源として当てにされているようで少し嬉しくもあった。
 依頼事項を急いで英訳して、出勤早々に上司のブライスさんのところへ持ち込んだ。
 「ヘッドクウォーター(公園管理本部)のヘンリー・ホールマンを知っているか? 彼は、マンモスケイブの「Mr. 事業評価」と呼ばれる男なんだ。ぜひ、話を聞いてみるといい」
 ブライスさんは、さっそくヘンリーさんとのインタビューのアポイントメントをとってくれた。
アメリカ横断ボランティア紀行 INDEX はこちら



【写真1】インタビュー当時に行われていた公園内の車道新設工事現場。【写真2】工事完了後の様子。事業評価手続きを経ているとはいえ、相当の伐採を伴う大工事となった。
【写真1】インタビュー当時に行われていた公園内の車道新設工事現場。【写真2】工事完了後の様子。事業評価手続きを経ているとはいえ、相当の伐採を伴う大工事となった。
 目次
ケンタッキーの5月
フィールド調査の毎日
両生類調査と歯科治療(6月)
バターナッツ調査とハチ(7月)
ヘンリーさんのインタビュー(国立公園の事業評価)
ケンタッキーの5月
 ケンタッキー州の5月は、オークの緑も濃くなり、暑さも増して夏の到来を感じさせる。オークとは、コナラやクヌギの仲間で、カシワの葉のような切れ込みが特徴だ(写真3)。マンモスケイブ国立公園も暑くなってきた。
 5月の最終週には、南北戦争など戦争犠牲者を追悼するメモリアルデーの祭日がある。多くの人が、ピクニックやバーベキューに出かけるにぎやかな1日となる。慣例的に、この日からホリデーシーズンの幕が開ける。
 マンモスケイブ国立公園は、キャンプ、乗馬でのトレッキング、釣り、カヌーなどのレクリエーションが手軽に楽しめる。都市から比較的近い上に入場料が無料なので、地元の利用者も多い。毎年この時期には、休暇シーズンに急増する利用者に合わせて、臨時職員やボランティアが大増員される。ボランティアハウスや臨時職員用の宿舎(長屋)はほぼ満室になる。
【写真3】オークの枯葉。左側がレッドオーク、右側がホワイトオーク。【写真4】グリーン川と公園を覆う森林。すっかり緑が濃くなった。
【写真3】オークの枯葉。左側がレッドオーク、右側がホワイトオーク。【写真4】グリーン川と公園を覆う森林。すっかり緑が濃くなった。
【写真5】グリーン川を見下ろす歩道の手すりに取り付けられているライブカメラ
【写真5】グリーン川を見下ろす歩道の手すりに取り付けられているライブカメラ
【写真6】ルームメイトのアーニーさんが公園のキャンプサイトでバーベキューをごちそうしてくれた。【写真7】休暇シーズンに入ると、人気のケイブツアーはすぐ一杯になる。
【写真6】ルームメイトのアーニーさんが公園のキャンプサイトでバーベキューをごちそうしてくれた。【写真7】休暇シーズンに入ると、人気のケイブツアーはすぐ一杯になる。
フィールド調査の毎日
【写真8】公園職員のジョナサンさん、ボランティアのニコルさんと鍾乳洞内の大気モニタリング調査へ

 夏はフィールド調査の季節でもある。到着から1ヶ月、ようやく登山靴やコンパスなど一通りの装備も到着していた。ボランティアが参加する調査には、公園側が行政的な目的のために実施するモニタリング調査と、大学からのプロポーザルにより実施する学術的な調査がある。国立公園側が審査し、必要と認めたプロジェクトを大学と共同して実施する。この場合、大学側が調査を設計して担当する学生を送り込み、公園側は大学研究者の滞在施設、地理情報システム(GIS)のデータ、スタッフの提供などを行う。その「スタッフ」として活躍するのが、私たちボランティア職員だ。
 公園の中はハチの巣をつついたような状態で、私たちはあちこちの業務に引っ張り出された。大学の夏休みの終わる8月末まで、大いに活躍する(=こき使われる)ことになった。
両生類調査と歯科治療(6月)
 両生類調査の下準備のために山道を歩いていた日のこと。小腹が空いたので、妻からキャラメルをもらう。国立公園の勤務は朝が早い。お昼前には結構お腹が減るため、アメやキャラメルを持ち歩いていた。「あれ?」、何やら歯に異物が触れる。歯の詰め物がとれていた。やっと生活が落ち着いてきた矢先、見知らぬ土地で歯科診療を受けることになった。
 その日私たちが参加したのは、「大規模管理火災による鳥類及び両生類の個体群変化プロジェクト」というものものしい名称の調査だった【1】。責任者はデューク大学大学院生のキャサリンさんという女子学生。プロジェクトリーダーになるのは今回が初めて。日本人ボランティア2人をあてがわれて、少々当惑気味だ。調査には、テネシー大学の大学院生のニコルさんという女性ボランティアも参加していた。調査は、日中に準備をして、雨が降った日の午後9時から午前1時まで実施される。妻は日中の準備作業のみ参加し、夜間の調査には参加しなかった。ニコルさんは夜間の調査にも参加する。彼女は野生生物を研究している大学院生で、フィールドワークにも慣れているようだ。
【写真9】プロジェクトリーダーのキャサリンさん。妻は昼間の準備作業のみ参加した。

 調査開始早々に歯の詰め物がとれるアクシデントは、トラブル続きとなったこの調査の前兆だったのかも知れない。
 リーダーのキャサリンさんは張り切って作業を指示するが、よくよく聞くと調査計画にかなり無理がある。夜間調査なのに懐中電灯の予備電池がない。事務用品も足りていない。大学の研究費の会計処理が追いついていないそうだ。国が変わっても苦労はやはりお金のことかと妙に納得してしまう。
 これ以降、私たちは必ず自前で予備の用具を持参することにした。予備の充電池も食料も持っていく。調査のリーダーは、公園職員のブライスさんのように用意周到な人ばかりではなかった。
 調査は大雨や霧の夜など、林床が十分湿っている場合にのみ行われる。正直言ってあまり気の進む調査ではなく、天気予報を見て一喜一憂する毎日となった。霧の夜の森は特に気味が悪い。調査地点への経路にはあらかじめ反射テープを貼っておくが、これも経費の都合でみみっちく小さく切って使っているので、霧が出てくるとほとんど見えない。夜間にコンパスと歩測だけで調査地点に向かうのはかなり骨が折れる。嵐の夜に、目の前50cmほどのところに立ち木が倒れてくるという経験もした。
 それでもキャサリンさんはまったくめげない。雨の中、サンショウウオを探して、1m/分のスピードで15mの区画を這いつくばって進む。
 結局、見つかったサンショウウオは1匹たらずだった。鍾乳洞ではかなり頻繁に見られるのに地上で見られないのは奇妙なことだった。公園周辺の大気は、東海岸の都市部や近傍の発電所などから汚染物質が流れてくるとも言われている。両生類が減っているのもその影響だという。
 調査に先立って、サンショウウオの棲息状況の予備調査ぐらいしてもよさそうなものだが、どうやら、突然教授から指示を受けたらしい。ぶっつけ本番、とにかく次の学期が始まるまでに調査を終えなければならないようだ。聞いているとどこにでもありそうな話だが、思うような結果が出ず、修士号取得が1年延びるかもしれないという意味では、キャサリンさんがもっとも落ち込んでいただろう。
【1】 大規模管理火災による鳥類及び両生類の個体群変化プロジェクト
 マンモスケイブ国立公園では、オーク類の更新や大規模火災防止の観点から、人為的・計画的に火災を起こし、林床の若木や落葉を取り除く行為が行われている。このような管理火災(prescribed burning)は、林床に営巣する鳥類や、行動範囲の狭い縄張りの中で棲息する両生類(特にサンショウウオ)に大きな影響を及ぼすといわれている。
 調査では、そのような影響を受けやすい生物を指標種として、管理火災の影響を評価する。管理火災実施箇所で鳥類の観察地点(半径50m)と、両生類の観察地点(縦2m、横15mの方形)を設定し、定点観測を行う。
【写真10】サンショウウオ(これは鍾乳洞内で撮影したもの)

 歯の治療の方は100ドル程度で治った。アメリカの医療費は高いと聞いていたので拍子抜けする思いだった。ところが、単に詰め物を入れ直したただけだったらしい。その後虫歯が進行し、数ヵ月後には神経がいかれた。改めて歯根治療をしたところ、今度は請求額が一桁上がっていた。
バターナッツ調査とハチ(7月)
 7月にはバターナッツ調査に携わることになった。バターナッツはクルミの一種で、かつてアメリカの南東部から北東部にかけて広く分布していた。第3話で紹介したアメリカンチェスナッツ同様、近年は中国などアジアからの輸入木材から感染した病原菌により、急激に個体数が減少している。それでも公園内には100本程度が確認されている。
 テネシー大学では、生存個体の分布からコンピューターモデルを作成し、再導入最適地をシミュレートする研究を行っている。今回の調査は、開発中のモデルにより特定した地点の適性を調査し、モデルを改善することがねらいだ。あわせて、まだ見つかっていない生存個体や、生存個体の実を回収することも期待されている。発芽能力がある実は少ないが、うまくすれば苗木を育てることができる。
 「バターナッツ・ハンティング」と呼ばれるこのプロジェクトは、まだ見ぬバターナッツの「大レフュージ(残された聖域)」を探すという、いかにもアメリカ人好みの内容だった。ところは、「スタッフ」として駆り出されたのは、なぜか私たち日本人2人だけだった。
【写真11】責任者のローラさんとバターナッツの樹高を測定しているところ。

 バターナッツは、谷底の湿った窪地や、湿った北斜面を好む。一方、コンピューターモデルは、現実の地形などお構いなしにものすごい地点を次々と地図上に示す。この事業の担当はテネシー大学研究生のローラさんという若い女性だったが、ローラさんはどちらかというとモデル計算が専門。地形図もあまり読めない様子で、とにかくGPS【2】が指し示す方向に突き進んでいく。当初は私たちもおとなしく従っていたが、石灰岩と砂岩からなるマンモスケイブ国立公園にはとにかく崖が多く、無闇に歩き回るのは危険だ。その上、谷底に入ってしまうとGPSの精度もかなり疑わしい。方針を変えて、高性能の双眼鏡を手に、バターナッツの樹皮の白い縞模様を目視で識別することにした。また、道路からのアプローチにこだわらず、カヌーで川から調査することなどを提案した。

 マンモスケイブの5月〜7月は、あらゆる生命活動が活発だ。天候も、集中豪雨や竜巻が発生するなど荒れることが多い。調査中はトランシーバーを持ち歩き、集中豪雨情報に気をつけるようにしたが、カヌーで調査にでかけると避難が間に合わないこともあった。
 公園内を流れるグリーン川とノーリン川は護岸のない自然河川で、ビーバーも多数生息している。河畔林には、中途半端に根元を囓られた枯れ木があちこちにあり、時々強風に吹かれ倒れてくる。そんな中で調査をすることもあった。
 プロジェクトを担当する学生たちは、経費削減のため、毎週大学の車で片道5時間の道程を往復してくる。そのためか、少々の荒天には構わず調査を続ける。リタイヤ組のボランティアが、これらの大学プロジェクトに割り振られない理由もようやく合点がいった。
 だんだん作業にも慣れてくると、私たち夫婦2人だけで調査作業に出されるようになった。調査計画を自分たちで組めるのはよかったが、公園の森林がかなり危険なところだということもわかってきた。
 いつものようにバターナッツを探していると、足元に何かいる。踏み出した足の下には、とぐろを巻くガラガラヘビが!
 ミツバチほどの大きさの地蜂の一種、イエロージャケットというスズメバチもよく見かけた。毒が強い上、おしりの針とアゴとで交互に何度でも刺すので、襲われたらとにかく走って逃げるしかない。妻は両手を刺されて散々な目にあった。私も9ヶ月間で3回も刺された。1度は左手の薬指を刺され、腫れがひどく、指輪が抜けなくなるところだった。当時はイラク戦争真っ只中。負傷した兵士が、指輪を切断するか薬指を切断するか、選択を迫られた際に、迷いなく指を切断させたという逸話が評判だった。私は当然のごとく指輪を切断することを選ぶつもりだったが、幸いなことに腫れあがる前に指輪を抜き取ってしまうことができたため、無用な気苦労をせずに済んだ。
 とにもかくにも調査は進み、2週間で60地点の調査を実施し、またバターナッツの木4本が新たに確認できた。

【写真12】カヌーを漕いで調査へ【写真13】ビーバーに囓られた木の根元
【写真12】カヌーを漕いで調査へ【写真13】ビーバーに囓られた木の根元
【2】 GPS(Global Positioning System)
 日本語で、全地球測位システムとも言われる。自動車に搭載されているカーナビゲーションのような機材で、調査地点の位置などを表示する。地球の周回軌道を回る24個の衛星から発信される情報を受信して、現在地の緯度・経度を計算している。ビルや木立の陰など電波を遮断・反射する場所では誤差も大きくなる。
ヘンリーさんのインタビュー(国立公園の事業評価)
 環境省から依頼のあった事業評価のインタビューは、メールが届いた2日後に実現することになった。このインタビューは、研修中行った60回を超えるインタビューの記念すべき第1回だった。同時に、多くの反省点を残す結果となった。
 ブライスさん曰く、ヘンリーさんは「顔つきや雰囲気はいかめしいが親切」な職員で、マンモスケイブ国立公園に20年以上も勤務している。同じ南東地域に位置する他の国立公園ユニットにも、自ら作成したマニュアルなどを提供しているそうだ。
 インタビューの冒頭で、日本から送られてきた質問事項を逐一英訳した文書をお渡ししたが、結局は一方的にお話しを伺う形になった。アメリカの事業評価は、国家政策評価法(National Environmental Policy Act: NEPA)から始まる複雑で難解なものだったが、お話しを伺っているうちに、アメリカにおける事業評価の考え方や予算執行との関係などが何となくわかってきた。ちなみに、組織的にはcompliance(法令順守)として扱われているそうだ。
 環境省からの質問事項については、説明の合間に必死に聞いてみるが、しょせん制度そのものが違うので、環境省の同僚が期待するような回答、すなわちそのまま日本の制度に生かせるような話はなかった。→(その2)へ続く

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