一般財団法人環境イノベーション情報機構

事例5-3:森の健康診断がめざすもの“生物多様性”と現場をつなぐ事例集

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キーワード
1.生物多様性で暮らす
2.鳴き砂を守る
3.海のゆりかご
4.活動のアイデア
5.人工林の間伐
6.天然林の再生
7.海の森づくり
8.都会の生物多様性
事例
1.産直市場グリーンファームの取り組み
2.琴引浜の鳴き砂保全
3.アマモ場の再生
4.宍道湖のヨシ再生
5.森の健康診断
6.宮川森林組合の取り組み
7.アマモが取り結ぶ地域連携
8.野川の自然再生
9.草原の自然が育む生物多様性 人とのかかわりが「二次的自然」維持

[5]森の健康診断(矢作川流域)

事例5-3:森の健康診断がめざすもの

■行政にはできない私有地への無断立ち入り

午前の調査を終えて昼食中

数分間目を閉じて「五感で森を感じよう」

現在、「森の健康診断」は全国20都道府県で展開している。しかし、丹羽さんが言うには、同じ手法を取り入れても、ねらいが異なっているところが多いらしい。たとえば、研究者に市民が従わざるをえない関係のもとで実施されている例や、参加する市民が楽しめない調査になっている例などもあるようだ。特に行政が中心となると、管理された枠組みの中で実施することになり、個人の気づきや学びを重視するのではなく、決められた目標に向けた調査となりやすいという。

「森の健康診断」では、調査地点が決まると、私有地であっても無断で立ち入り調査をおこなう。これに対して行政職員から決まって「所有者の許可は取るのですか?」と質問があるという。しかし、丹羽さんたち実行委員会では、葉っぱを数枚採るだけなので自然観察会と同様に考えることにしている。そもそも、個別に了解を得ようとしたら手続きだけで意欲が失せてしまう。また、市民が立ち入って調査したデータを素人山主に示したいという思惑もある。

実際のところ、これまで調査した地点には山主に対する手紙を木片に書いて置いてきたが、クレームは一度もなかった。その代わりに、不要なトラブルを避けるためにできることは徹底的におこなっている。下見の時に近くの民家にチラシを入れることから、自治会の回覧板、市町村広報、新聞も利用して周知に努力している。

このように、最大の難関を割り切った解釈でくぐり抜けるが、きちんとトラブル防止のための対策を打つ。これは行政にはできない芸当であろう。


■「森の健康診断」のエッセンス――効率を追わず、友情と信頼をベースに

「第4回矢作川森の健康診断」集合写真

「第5回矢作川森の健康診断」集合写真

矢作川森の健康診断については、『森の健康診断』(築地書館、2006年)という本に詳しく書かれている。しかし、「森の健康診断」を始めたいという人に対しては、丹羽さんはいつもこう言っているという。「森の健康診断実行委員会に来い。この議論を聞けと。僕はその一点ですね。本を読むのもいいけど、この書生っぽい議論を聞け、恥ずかしくなるような議論を聞けと。段取りの悪さとか色んなものがあるけども、これを聞いてもらうのが一番だと思っている。全部オープン何でもオープンですから。あの空気を吸うというのが一番大事だと思っている」。

形だけまねしても、参加者にとってはまったく面白くない「森の健康診断」も広がっているらしい。だからといって、実際に豊田市まで足を運び、実行委員会に参加して、その極意を学べる人は少ないにちがいない。そこで、インタビューのなかで丹羽さんが繰り返し主張したことを挙げておこう。

実行委員会が大事にしていることは、効率性を追い求めずに時間をかけて話し合うこと、その場に長くいて同じ空気を吸うこと。だから、毎月の定例会議は、たっぷりと半日かけて、熱く議論を交わしているという。

さらに、丹羽さんは「民主主義の基本は友情なのだと思っている」と続ける。そして、実際に「友情に基づいた議論をしている」と自信をもって言う。不信ベースで責任逃れの手続き論を重視しがちな社会で、酸いも甘いも噛み分ける市民活動のリーダーから、このような言葉が自然と出てくる。もちろん、言葉だけではなく、それを具現化して見せてしまう。ここに、「森の健康診断」が育んできた市民の思想が凝縮して現れているように思われる。


■生物多様性からみた「森の健康診断」

約2kmメッシュの調査地点(矢作川流域)

「森の健康診断」では、生物多様性を特に意識した取り組みではない。しかし、結果的には流域再生を通して、生物多様性の保全に大きくかかわっている。

丹羽さんは、2005年に伊勢・三河湾流域ネットワークの設立にもかかわった。海のことを山の人にも知ってほしい、川の中に里の人たちに入ってほしいという思いからである。そして、海や川で活動している人が中心となって、海の健康診断、川の健康診断も始まり、流域全体の現状が少しずつ明らかになっていった。

また、ネットワークは形式的につながっているだけでは効果が薄いし、楽しくもない。そこで、お互いを「知る」という意味を深く掘り下げて、海の人が山・里へ行き、山の人が川・海を訪ね、キーパーソンから話を聞く交流調査をおこなっている。

丹羽さんの生物多様性の捉え方はユニークである。それは、生き物の種数が多い少ないという問題ではない。これまで流域の山里川海で暮らしてきた人たちが、元本に手をつけず利子だけで生きてきた知恵こそが大事だという。つまり、生態系サービスを生かす地域知から学ぶ重要性を強調するのである。

また、流域には南北問題の縮図が見られるという見方も面白い。生物多様性の保全をめぐる国際的な駆け引きには南北問題が深く絡んでいるが、それと相似形をなすように、都市が山里を搾取し続けてきたと捉えている。だから、生物多様性をめぐる国際的な議論も、スパーンとすんなり理解できたという。

生物多様性の保全は、地球温暖化の防止とともに、地球環境の重要な課題である。しかし、問題が大きすぎるために捉えどころを見つけにくく、具体的な行動を起こしにくい。

矢作川水系で取り組まれている「森の健康診断」は、地元の流域にこだわり、その自然をよく調べることで、グローバルな生物多様性の問題も深く捉えられることを教えてくれる。

取材・執筆:松村正治


この特集ページは平成22年度地球環境基金の助成により作成されました。