一般財団法人環境イノベーション情報機構

H教授の環境行政時評環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

No.041

Issued: 2006.06.02

第41講 エコツーリズム推進法案と国立公園

目次
社会保険事務所不正事件を斬る
公益法人と随意契約再論
アホウドリ移住計画
海面上昇予測上方修正か
ラドン、WHOが濃度規制の指針づくりへ
アスベスト国家賠償訴訟提起される
環境省提出法案
回想―総理府審議室の日々
エコツーリズム推進法案
自然公園体系の課題と展望

社会保険事務所不正事件を斬る

Aさんセンセイ、各地の社会保険事務局が組織ぐるみでヒドイ不正事件を起こしたって、大騒ぎになってますね。
社会保険庁の長官はまったく知らなかったって国会で答弁してますけど、本当ですかねえ。

H教授さあなあ、本当だとしたらお粗末だと言われても仕方がないね。
でもこの事件、ま、違法行為に違いないけど、この場合の被害者は誰なんだ。

Aさん(口ごもる)えーと、誰になるのかな。


H教授年金の受給資格のない人に受給させたり、受給資格のある人に受給させなかったりしたら大問題だろう。また年金保険料の支払い義務のある人を免除したり、支払い義務のない人に支払わせたりしていたら糾弾するのも当然だろう。
だけど、今回の場合、被害者はいないんだ。保険料未払いの人のうち、もともと申請したら支払いが免除される人の手続きを代行したにすぎない。なんとも親切な役所じゃないか。

Aさんじゃセンセイは問題ないと?

H教授見掛け上の納付率は上がるし、一石二鳥だと思ったんだろう。資格があってもわざわざ申請しなければ免除されないような法律の仕組みに問題があるんだ。騒ぐんだったらそっちの方だろう。
それに、鳴り物入りで損保ジャパンの副社長を社会保険庁の長官として迎え入れたんだけど、先日発覚したその損保ジャパンの保険金未払い事件なんて、れっきとした被害者がいる悪質な犯罪で、元副社長としての責任追及がなされるべきじゃないかな。
社会保険事務局は税金の無駄遣いをしたり、横領したわけじゃないんだからそんなに騒ぎ立てる方がおかしい。マスコミもいい加減にしてほしいよね。

Aさんお、センセイ、今日はのっけからマスコミに挑戦的ですね。

公益法人と随意契約再論

H教授マスコミといえば、先日上京した時にいろんな人に会ってきたんだけど、例のNHKが騒ぎ出した随意契約の件で、公益法人は戦々恐々としているし、各省は財務省の指示待ちでおどおどしているということだった。でもねえ、随意契約で公益法人が甘い汁を吸って、ろくでもない仕事しかしていなかったり、仕事もしないで高給をとっている天下りがいるんなら、その団体や認可省庁を叩けばいいんだ。

Aさん環境省関係の公益法人は、センセイのみたところどうなんですか。


H教授全部を知ってるわけじゃないけど、よくやってると思うな。
何しろ環境省は仕事量も多いのに拘わらず予算と人が少ないのだから、環境行政の円滑な推進のためには仕事の一部を外部に委託するのもやむを得ないところだと思うよ。その委託先が環境省の認可した公益法人だったということなんだが、民間企業に頼めば高くて環境省の予算では賄いきれないというのが実情だし、競争入札は随意契約に比べれば、はるかに事務的な時間と労力を要するからね。
だから日頃から自分たちの仕事をよく理解していて、確実な仕事を安くやってくれるところに頼むのは当たり前の話じゃないかな。これが随契の実態なんだが、随契イコール悪というのは短絡的すぎる考えだよ。

Aさんでもそれって、センセイの身贔屓だと思われちゃいますよ。本当かどうか国民の目にはわからないじゃないですか。

H教授うん、だからこそ、ボクの言ってることが本当かどうかを検証するための仕組みをつくり、それをオープンにすることこそが重要なんだ。

Aさんそういえば騒いでいるのはNHKだけで、ほかのマスコミは何も言わないですね。

H教授そりゃそうさ、実態を知れば、随意契約が悪だなんて一概には言えないのを各紙はみな知ってるんだと思うよ。
「NHKエンタープライズ」って会社がある。大株主はNHKだ。特殊法人であるNHKの委託で番組なんかを制作している株式会社だけど、NHKは委託のとき競争入札をしているのかなあー?


Aさんそりゃしていないでしょう。だって、番組制作のために作った子会社なんですもの。

H教授財源が税金でなく、われわれの支払った受信料というだけで、役所のつくった公益法人と構図はまったく同じじゃないか。問題は、NHKエンタープライズが適正な委託料でマトモな番組を作っているかどうかで、随意契約かどうかが問題じゃないはずだ。

Aさんでも公益法人の天下り役人ってスッゴイ高給とって、ろくな仕事もせずにぶらぶらしてて、何年かしたら、高い退職金貰っては次のところへ行くんでしょう。確か「渡り鳥」とかなんとか言うんじゃなかったんですか。
週に1〜2回出勤してくるだけなのに、専用車と運転手がいるんだって話を聞いたことありますよ。

H教授個別にチェックして、この時代に今でもそんなことをしているところがあれば、そこを糾弾すればいいんだ。確かに超特権官僚に関しては、昔はそういうことは一部にあったようだ。でも、環境省関係ではそれほどひどくはなかったし、今じゃ環境省関係でそんなことをしているところなんて、とっくにないはずだ。他の省庁は知らないけど。
それにボクらのレベルだと、後進に道を譲るって大義名分で、50を過ぎると「天下り」させられた。給料は現役時代よりダウンするのが普通で、仕事量はまったく減らず、なにが「天下り」だって感じだったよ。今じゃあ、それさえも難しくなったけどね。

Aさんあ、そうか。センセイも「天下りキョージュ」なんだ。

H教授ボクの場合は、大学から請われて来たんだ。

Aさんへえ、センセイにと名指しで大学から話があったんですか。


H教授ま、確かにボクが名指しされたわけじゃあないけどね。それにボクだって給料は下がった。しかも大学に来てから休講はほとんどしていないぞ。学生からみると一番マジメなキョージュじゃないかな。

Aさんそんなに汗を拭き拭き弁解しなくていいですよ。

H教授うるさい。
さっきのNHKエンタープライズだけど、調べたわけじゃないけど、ボクの勘じゃあ絶対、NHKからの天下り役職員がいると思うよ。だけどそんなことは問題じゃないんだ。その天下りが社会的に非常識な高給をとっていないか、給料に見合う仕事をしているかってことなんだ。
そりゃあ、昔の特権官僚の「渡り鳥」っていうのはひどかったけど、民間だってひどかったんだ。銀行の頭取経験者は80過ぎまで全員相談役に居座り、週に1〜2度お茶を飲みに来るだけで、年収何千万円。広い個室はもちろんのこと、運転手付き専用車もあったという話だ。

Aさん「金融腐食列島」(高杉良)の世界ですね。

H教授う、キミも読んだのか。
ま、それはともかくとして、随意契約を問答無用で全廃し、全てを競争入札にするなんてことをしたら、質をどうやって確保するのかなど、いろんな問題が出てくる。コイズミさんならやりかねないって気がしないわけじゃないけど、ボクはそれは決していいことだとは思わない。盥の水とともに赤子まで流しちゃあいけないんだ。
繰り返すようだけど、役所の契約に関して言えば、要は透明性を高め、税金の使用効率を高めることだ。議論を深めて、国民の納得できる方式を考え出してほしいな。

註:この会話の2日後、新聞によると財務大臣は、今後、政府の契約は原則公募とするよう各省に指示したそうだ。もはや賽は投げられたのか。(H教授)

アホウドリ移住計画

Aさんへいへいわかりやした。
さ、ぼちぼちと最近のニュースにいきましょうか。まずはほのぼのとするニュースから。
国の天然記念物であるアホウドリ移住作戦を環境省と山階鳥類研究所と米国魚類野生生物局が共同で計画しているという新聞記事が出てました。なんでも最大の繁殖地である鳥島が噴火しそうなので、300km以上離れた小笠原のむこ島列島に移住させるということのようです。

H教授ほのぼのかねえ。もともと生物はさまざまな自然災害によって滅ぶものは滅び、そのニッチ、つまり生態的な隙間に、生き延びたり移住してきた生物なんかがとってかわることによって進化してきたんだ。だから本来は余計なお世話なんだ。

Aさんじゃ、反対なんですか。

H教授うーん、ただ、アホウドリは羽毛布団に使うためなど、ヒトの乱獲で激減した。漢字では信天翁と書くんだけど、ヒトをまったく怖がらず、簡単に捕まえられるんで、日本ではアホウドリとか馬鹿鳥と呼んだらしい。
一時は絶滅したとさえ言われていたぐらいなんだけど、鳥島と尖閣諸島に辛うじて生き延びていることがわかり、近年増殖させる努力が続けられてきたんだ。
ヒトの乱獲がなければ生息範囲も広いままだったろうから、火山の噴火であろうと放っておいて、自然に任せておけばよいんだろうけど、経緯からして、そうはいかないってことなんだろうなあ。

海面上昇予測上方修正か

Aさんあとは毎度おなじみの温暖化ネタですが、グリーンランドや南極の氷床の消失速度が予想以上に速いことがわかったそうですね。

H教授うん、もともとは、温暖化→極地の氷解→海面上昇と直につなげて考えられていて、何メートルも上昇するんじゃないかって言われていた。それが、溶けた氷はすぐに蒸発、上昇して雪として再び極地に積もるということで、IPCCなんかでもずうっと海面上昇効果は下方修正されてきたんだ。
IPCCの第三次報告書では、南極の氷床消失は海面上昇をもたらさず、かえってマイナスに働き、北極の大陸氷河の消失は海面上昇効果があり、差し引きして若干の海面上昇とされてきたんだけど、最新の研究では南極でも海面上昇効果があるとされたようで、大幅に海面上昇予測は上方修正されるかもしれない。
ま、ボクも新聞記事をちらっと読んだだけなんだけど、温暖化に関しては科学の世界ではわからないことがまだまだいっぱいあるということだ。まあ、別に温暖化だけのことじゃないけどね。

Aさんのんきなこと言ってますねえ。先日、テレビ番組で見たんですけど、現に太平洋の島ツバルでは年々海水の浸入がひどくなってきて、ニュージーランドに移住をはじめたそうじゃないですか。

H教授あれを温暖化による海面上昇と直接つなげるのは乱暴だと思うよ。サンゴの白化などで、サンゴが死滅し、サンゴ礁の透水性がよくなって海水が浸透しやすくなったなど、別の原因がほとんどだろう。もちろんサンゴの白化にはエルニーニョ現象のほかに温暖化も関係しているだろうし、超長期的には無視できないだろうけど。


ラドン、WHOが濃度規制の指針づくりへ

Aさんセンセイ、今日はやたらにマスコミに厳しいんですね。
そういえば、ラドンの濃度規制へ向けてWHOが指針作りをはじめるって記事もありましたねえ。結構肺がんのリスクが高いそうじゃないですか。

H教授ラドン(Rn)は元素番号86番の稀元素で、普通は単体のガスとして存在する。ウランは放射壊変といって、放射線を出しつついろんな元素に変わっていって、最後は鉛として安定するんだけど、ラドンはその途中に存在するんだ。


Aさん核燃料のウラン235ですね。

H教授核分裂を起こすのは235だが、238も放射壊変を起こす。ウラン→鉛の放射壊変速度は一定だから、ウランと鉛の同位体分析をすることで億年単位の年代測定ができるんだ。
ま、それはともかくラドンは半減期間が短くすぐに他の固体の放射性元素に変わり、それが塵にくっついて気管支や肺に沈着して肺がんを起こすと考えられている。

Aさん結構リスクが高いそうじゃないですか。

H教授欧米は結構神経質みたいだし、事実リスクも結構高いらしい。だけど、日本はもともとバックグラウンドが高くないうえ、欧米と違って石造りの地下室などのように屋内大気が停滞するということもあまり考えられないから、神経質になる必要はないと思うな。
ボクの標本室には放射能鉱物の標本がいっぱいあるから、かなりラドン濃度は高いと思うよ。でもまあ、ボクが肺がんになったとしても、それはラドンよりもやっぱりタバコが原因だろうな。

Aさんだから早く禁煙してくださいって言ってるじゃないですか。
ラドンの話って、やはり公害の一種なんですか。

H教授まあ、自然汚染だね。自然のリスクって結構高いんだ。自然災害だけじゃなく、毎年何人も毒キノコを食べて死んでいる。

Aさんでも、ラドン温泉って健康にいいそうじゃないですか。

H教授うーん、その辺になってくるとよくわからない。自然放射能も地域によって10倍くらいの差はあるんだけど、それによる健康影響の差なんてのはよくわからないらしい。発ガン物質には閾値がないという常識からすると、低ければ低いほどリスクは小さいということになるんだけど、一方じゃ放射線ホルミシス効果といって低線量の被曝は免疫力を強めるなんて説もあるしね。花崗岩地帯の水がおいしいのはラドンのおかげだって言ってた人もいた。ラドンによるかどうかは、かなり眉唾だと思うけど。
そうそう、アフリカのガボン共和国のオクロってところに、自然に臨界に達した天然原子炉の跡というのがあるそうだけど、この臨界が生物の進化を圧倒的に早めたという話を読んだことがある。


Aさんえー、本当ですか。

H教授豊田有恒という人の書いたSF小説だけどね。あ、だけどオクロに天然原子炉の跡があるというのは本当の話だよ。

Aさんなんだ小説ですか。ばっかばかしい。でもラドンだけじゃないですよね。昔、海辺でオゾンをいっぱい浴びようなんて広告もよくありましたよ。オゾンも有害物質なんでしょう。

H教授そりゃあ濃度によるだろう。オゾンは光化学汚染の主因であるオキシダントと呼ばれるものの主成分だからな。


アスベスト国家賠償訴訟提起される

第31講 「アスベストのすべて」

Aさん温暖化ネタの後は、またもやアスベストです。
アスベストで大阪府泉南地域の住民の方々が国家賠償訴訟を起こしましたね。

H教授泉南地域というのは60から70年代にかけて中小のアスベスト工場がたくさんあった地域だ。退職された大阪府の環境部局の人に聞いたんだけど、それこそ当時はアスベスト粉塵がもうもうと舞っていて、立方センチ当りにして何万本あったかわからないくらい凄かったらしい。71年に労働安全衛生法に基づく特定化学物質等障害予防規則(特化則、現在は石綿障害予防規則として分離独立)が制定され、これによる作業環境での規制が始まったんだけど、中小企業の工場が多かったから、規制が徹底するのも遅れたのかもしれない。大阪府が全国で初めて条例による一般環境への排出規制に踏み切ったんだけど、大変苦労されたとのことだ。

Aさんセンセイは行かれたことはあるんですか。

H教授82〜3年頃だったかな。アスベスト工場散在地域の一般環境中濃度の測定を大阪府に委託していた関係で、現場を見に行った際に工場見学もさせてもらった。その頃はさすがに集塵機は備えていて、粉塵が舞ったり、工場の周りに白い粉塵が溜まったりという状況じゃなかったし、労働者も防塵マスクをして作業をしていた。工場主が「アスベストだけでは気をつければそんなに怖くはない。ただし、タバコを吸ったら危険です」と言っていたのが印象に残ってる。当時から既にタバコとアスベストは相加作用じゃなく相乗作用だということはかなり知られていた。


Aさん一般環境中濃度の測定結果はどうだったんですか。

H教授際立って高くはなかったな。

Aさん国家賠償訴訟についてはどう思われます?

H教授お気の毒だし、勝訴してほしいと思う。
ただねえ、確かに欧米だけでなく日本でも早くからアスベストの健康影響について警鐘を乱打していた人もいたが、そういう声が産業医学界の総意になり、政府や産業界をようやく動かすようになるには、世界的に見ても1970年頃まで待たねばならなかった。それが悲しい現実だったということも忘れちゃいけないと思うよ。
しかも当時は発がん物質であることはわかってはいても、何十年か後に万人オーダーの人が中皮腫や肺がんで毎年亡くなっていくなんて、誰も予想していなかった。80年代後半に入り、リスクがもっと目に見え始めてから規制を強化していったんだけど、その効果は何十年も経たないと利いてこないんだ。

環境省提出法案

Aさんそういう意味では時代の犠牲者なんですねえ。
ところで、今国会で環境省はどんな法案を出しているんですか

H教授2月に石綿新法とそれに関連する大気汚染防止法改正が成立したけど、今、審議中が5本。容器リ法(容器包装リサイクル法)鳥獣保護法フロン回収・破壊法温暖化対策法(地球温暖化対策推進法)国立環境研究所法の改正らしいけど、次回にまとめて話そう。なんでも容器リ法の成立が微妙らしいけど、あとは成立しそうだという話だよ。

Aさん議員立法の方では何か動きがないんですか。

H教授前講でちょっと話した水俣病認定業務促進法改正案とカネミ油症救済新法案は与党内調整が難航、時間切れのまま提出できない可能性が強そうだ。ま、カネミ油症救済新法による返済義務免除については必ずしも新法がなくても対応可能だそうだけど。
あ、そうそう。前講でカネミ油症の死者を300人と最初書いたら、読者の方からさっそく間違いだとの指摘を受けた。
二次情報をもとに書いたんだが、調べてみたら、急性中毒による死者はゼロ、訴訟を起こした多くの被害者の方のうち、長期に渡る裁判期間中に300名が亡くなられているんだけど、必ずしもカネミ油症が原因ではなかったらしい。
この情報が、いつのまにか「死者300名」として独り歩きしたらしいとわかったので、削除しておいた。(読者に向かって)どうもご指摘ありがとうございました。以降、気をつけます。
あとねえ、やはり議員立法でエコツーリズム推進法案が出ている。

Aさんへえ、なにか背景があるんですか。

H教授まあ、これはボクの想像だけど、観光を地域活性化の目玉にしたいという話があって、観光基本法を43年ぶりに全面改正した「観光立国基本法」というのを議員立法で進めているようなんだ。それとの関連じゃないかな。


回想―総理府審議室の日々

Aさん観光基本法ってセンセイ、一時期関わっていた法律なんじゃないですか。

H教授うん、カクさん(田中角栄)全盛期の頃だ。昭和47年から49年まで内閣総理大臣官房兼内閣官房審議室というおどろおどろしい名前の部署にいた。各省にまたがる課題の連絡調整や、どの省にも属さない課題を処理するという名目の部署だ。内閣調査室って聞いたことあるだろう。

Aさんああ、日本のCIAといわれているものですね。

H教授苦笑して)そんな大層なものかどうかはわからないが、この内調と同格の組織で室長は大蔵省(当時)からの出向で局長と同等の扱いだった。
面白いのはその組織で、審議室の大半は各省エリートの出向組から構成されていた。
課長級の参事官というのが各省から10人くらい出向していて、そのもとに参事官補佐が各1名、主査が数名という組織なんだ。
こんな場合、普通は参事官−補佐−主査でひとつの部屋に入るんだけど、ここの場合参事官だけが一堂に会した参事官室というのがあって、その他大勢は全員大部屋という構成なんだ。だからまったく関連のないバラバラの仕事を持った者の集まりで、各省のエリートの発想なんかがわかって面白かった。


Aさんそんな話はいいですから、早く話を進めてください

H教授へいへい。で、ボクは観光・事故担当参事官のもとで観光担当主査。

Aさん事故担当?

H教授うん、大きな事故など──ハイジャックもそうかな──が起きた場合は、ここが関係各省の連絡調整の中心になるってことなんだけど、ボクの在任中は1回もそういうことはなかったから、中身はよく知らない。
あとボクの班には、ボクの他に主査が二人いて、彼らは一応名目上は事故担当主査なんだけど、実際は事故がなかったから全員観光担当主査。一人は運輸省からの出向だったけど、後に国土交通省の事務次官になった。

Aさんへえ、三流キョージュとえらい違いですね。

H教授四流院生にゃ言われたかないね。それにマージャンはボクの方がうまかった。

Aさんで、観光担当の仕事ってなんだったんですか。アタシャ、これでも忙しいんだから、手短に話してください。

H教授わかった、わかった。この観光基本法の庶務ということで、観光白書の編集と観光政策審議会の事務局というのがメインの仕事だった。

Aさんあ、見たことあります。あんな分厚い観光白書をセンセイが書くんですか。


H教授ばか、書くわけないだろう。スケルトンっていって、詳細な目次とそれぞれの執筆担当省庁を決めたものをつくって、各省に書いてもらうんだ。もっとも前年のものをなぞるのが普通なんだけどね。

Aさんなんかトラブったことはなかったんですか。

H教授ちょうど自然環境保全法ができた年だったから、環境庁に頼んで「観光資源の保護」の章に絡めて長文の文章を書いてもらった。そしたら大蔵省の主計局の主査に呼びつけられた。
あわてて、参事官補佐と一緒に行ったんだけど、いやあ、机の上にデーンと足を乗せて、観光ごときと自然環境保全法を一緒にするとは何事だ、全文削除しろって、いきなりどやしつけられた。あれほど居丈高で傲慢な役人というのは見たことがなかったなあ。
今じゃあ観光と自然環境保全を結びつけるキーワードとして「WISE USE」だとか「エコツーリズム」があるけど、当時は観光は所詮物見遊山と安っぽく見られていたんだ。


Aさんで、どうしたんですか。

H教授全文削除なんてできるわけがないから、短くして載せるということで、なんとか納得してもらったけど、いやあ、一週間くらいは悔しくて眠れなかったな。

Aさんふうん、でも白書っていっぱいありますねえ

H教授白書といっても各省庁が自主的につくるものと、法律で作成と国会への報告が義務付けられているものがあって、環境白書や観光白書は後者。白書は俗称で正式名称は別にあるんだ(例えば、平成17年度版観光白書は、「平成16年度観光の状況」及び「平成17年度観光政策」として国会に報告されたものの俗称)。
この国会に報告する報告書(白表紙の簡易製本)の表紙だけを変えたものを、観光白書として大蔵省印刷局から発行して市販していた。結構白書のなかでは売れ行きのいい方だったよ。

Aさんその場合の印税はどうなるんですか。

H教授いやなことを聞くなあ。印税は出ないけど、その代わり編集料という名目でオカネが入ってくる。それで各省庁の実際の執筆してくれた人たちを集めてパーティをやり、そのほかにも大量に書いてくれた部署にはビール券などを渡していた。

Aさん(疑わしそうに)それだけですか。

H教授うーん、ボクが財布や帳簿を管理していたわけじゃあないから詳しくは知らないけど、残りは審議室や観光班の“ウラガネ”にもなったみたいだ。
その後、こういうウラガネ作りが世間の批判を浴びることになったので、現在じゃあ、どこの役所もウラガネは作っていないと思うけどね。

Aさんもうひとつ観光政策審議会の庶務もやっていたんですね。

H教授うん、若き日の堤義明サンなんかもいた。なんだか超大物ぞろいだから、委員センセイとの付き合いはまったくなかった。ただ当時、国際観光のあり方とかなんとかの諮問があって、答申の起草を任されたのが川喜多二郎先生。
小委員会形式だったかどうか今じゃ記憶はないけど、しょっちゅう観光班全員と川喜多二郎先生とで国際観光の現状と課題と展望はなにかを議論して宿題を出されるんだ。ところがそれを例のKJ法でやれってくるんだ。最初はマジメにKJ法でやってたけど…。

Aさんけど?

H教授後になると、宿題の答えのストーリーを考えて、それをわざわざKJ法でやったかの如くに図化して、先生のところに持っていった。「キミ達はこれでKJ法免許皆伝だ」と言われてムズムズしたことを覚えている。

Aさんぷっ。さすが、手抜きの天才ですね。
今でもその審議室とやらはあるんですか。


H教授組織改変が何度かあって、外政審議室と内政審議室に分かれたりしたけど、中央省庁再編で解体した。観光班もなくなり、観光基本法の庶務は国土交通省に移った。

Aさんセンセイご自身は、審議室のあとは?

H教授運輸省から出向してきた参事官に、環境本庁じゃなくレンジャーに戻してくれるよう環境庁にかけあってくれと陳情。それが実って、九州は霧島の「えびの高原」のレンジャーに赴任した。

エコツーリズム推進法案

Aさんさ、センセイ。本題です。エコツーリズム推進法案について話してください。

H教授この観光基本法を43年ぶりに抜本的に改正した「観光立国基本法」とセットにして提出するという話だ。与党内ではおおむねクリア、野党でも特に反対の動きはないようだから、会期末まであとわずかで時間との競争だけど、どちらも通過する可能性は高そうだ。

Aさんエコツーリズム推進法案ってどんな内容なんですか。


H教授エコツーリズム」って、いちいち言うのはまどろっこしいから、以下「エコツー」と略すよ。
政府は「エコツー推進基本方針」ってのをつくり、市町村がエコツーに取り組む地域ごとに関係者を集めて「エコツー推進協議会」を組織して、そこが「エコツー推進全体構想」というのを作成して、主務大臣、つまり環境相、文科相、農水相、国交相が認定する。
全体構想に基づく事業を協議会メンバーが実施するため、法令による許可が必要な場合は許可権者は円滑かつ迅速に実施されるよう配慮するってことのようだ。
狙いはエコツーによる地域活性化なんだろうな。
環境省では、NPO、関係省庁、国会議員らでエコツー推進会議を設立したり、エコツー憲章や普及マニュアルを策定。表彰活動やエコツーモデル事業などで普及を図ってきたが、自然破壊が懸念されたり、エコツーガイドの資質が玉石混交だったり、エコツーが活発になってもその収益が地域に必ずしも地域に還元されていないなどの問題点が指摘されていたんだ。

Aさんなんだかよくわかんないなあ。この法案の目玉は?

H教授エコツーの対象になる観光資源をこの法案では「自然観光資源」と呼んでいるんだけど、市町村長は土地所有者の同意を得て、保護のための措置を講ずることができるとしていて、条例などで規制できるようにした。そういう保護のための措置を講じる自然観光資源を「特定自然観光資源」というんだけど、必要な場合は特定自然観光資源への利用者数の上限を定めて立ち入り制限もできるようにするということだ。

Aさんなんだかエコツー推進法というより、規制法みたいですね。
それで、国立公園など既存の法体系との関係はどうなるんですか。


H教授さあ多分、多くの「自然観光資源」は国立公園などの地域内になるんじゃないかなあ。

Aさんじゃあ、自然公園法の規制と、エコツー推進法の規制との関係はどうなるんですか。

H教授わからない。でも自然公園法で規制できない行為なども必要に応じて規制できるということになるんじゃないかなあ。自然公園内では利用調整地区制度ってのがあるけど、実際にはまったく指定されていない。エコツーガイドの認定制度を設けて、それと利用調整地区制度をドッキングさせろというのがボクの持論だったんだけど、この法律で実現するようになるかもしれないな。

Aさんでも、そうしたら国立公園の主導権は環境省から市町村に行っちゃわないかしら。

H教授法文上だけだったらそういう懸念もあるけど、実際には協議会を仕切るのは国立公園内だったら地方環境事務所なりレンジャーになるんじゃないかな。というよりしなきゃいけないんじゃないかな。
国立公園は国が、つまり環境省が管理すべきだっていって、県が逃げる傾向にあったけど、この法案が成立して、実質的に市町村との共同管理体制が実現できればいいなあと思うよ。

Aさんなあるほどねえ。でもネックというかハードルもあるでしょう。

H教授うん、やっぱりこの法律でも「土地所有者の同意を得て」になっている。逆に言うと土地所有者が同意しなければ何もできないということだ。絵に描いたモチに終わる危険性がなきにしもあらずだ。

Aさんこれは議員立法だそうですけど、環境省が黒子役を勤めているんですか。


H教授知らないなあ。環境省じゃあ大国立公園構想(→第7講その4)を内々検討しているという話もあるし、それとの絡みや、この法案との絡みで自然公園体系そのものの抜本的な見直しも必要になるかもしれないな。

自然公園体系の課題と展望

Aさん抜本的な見直しって?

H教授一口に自然公園とか国立公園たって、一つひとつみんな違うんだ。山の公園と海の公園、原生林主体の公園と人文景観主体の公園、民有地が大半の公園と国有地が大半の公園、大都市近傍の開発された公園と僻地の公園。これらをひとつの法律で御するというのがそもそも無茶なのかもしれない。米国なんて国立公園ごとに法律を作ってるという話だ。

Aさんセンセイはどう思われるんですか。

H教授累積赤字の巨大な国有林野特別会計制度がこれから先も維持できるかどうか、維持できないとすればどうなってしまうか、それの県版である林業公社がどうなってしまうかによって条件は大きく変わる。その見通しがつかないうちは、なんとも言えないなあ。

Aさんつまり特別会計制度が完全に破綻して、国立公園の核心部の国公有林野管理が一般会計に移行すれば、国立公園内に営造物制の大公園が誕生するかもしれないというわけですね。


H教授うん、現在でも屋久島知床では国有林は施業はしておらず、環境省の向こうを張って「森林生態系保護地域」としての管理をしている。こうしたところの管理を環境省の国立公園と一元化でき、それが国立公園の大半を占めるようなところでは大国立公園の誕生は夢ではない。また尾瀬はかなりの部分を東電系列の会社が所有しているが、もうダム=発電所の夢は捨てたし、森林施業もやっておらず、公園管理にも協力的だ。
こうした国立公園と、伊勢志摩国立公園のように民有地がほとんどで民間の大規模な観光施設がいっぱい立地しているようなところとを同じ法制度で管理するというのは、やはり無理があると思うね。

Aさんじゃ、センセイは当面はどうすればいいと?

H教授自然公園法の規制項目は全国一律で許可基準も全国一律というのは法理論上は妥当かもしれないが、現実的にはやはり無理があるよねえ。
だとすれば最低限のシビルミニマムだけ決めて、あとは公園の状況に応じて、公園ごとに上乗せ、横出し、裾下げ規制ができるようにすればいい。だけど、それを環境省だけが唯我独尊的に決めるんじゃなくて、エコツーリズム推進法案や自然再生推進法のスキームを参考にして、地区ごとの協議会方式で徹底的に議論するというのはどうかなあ。

Aさん現実的にもその方向で進んでいるんでしょう。

H教授春に道東に行き、釧路自然環境事務所の所長さんと話してきたんだけど、知床の自然遺産登録問題だとか、釧路湿原の自然再生事業なんかで、実際に自然環境事務所がコーディネーターとして八面六臂の活躍をしているみたいだ。そういう意味では場所によるけど、実体の方が先行していると言えるかもしれない。

Aさんでも釧路湿原の自然再生事業で国土交通省が10億円かけて河道の復元工事をしようとしたら、協議会メンバーのNPOが「公共事業の延命策にすぎない」って反対していると新聞に出ていましたよ。


H教授まあ、公共事業の延命策って側面を持っていることは事実だろうなあ。でもねえ、本当の意味での民主主義が根付くには時間がかかるんだ。淀川水系でもそうだったんだけど、根気強い話し合いがこれからも必要だし、特に国立公園の場合、そのコーディネーター役としてのレンジャー集団の役割はますます重要になってくると思うよ。ボクらの頃と比べるとレンジャーの数も増えているし、これからが期待されるね。

Aさんでも数が増えればいいってもんじゃないですよね。

H教授そりゃあ、そうだ。量を増やすだけでなく、質の向上も忘れてはならない。
あと、先日道東に行って思ったんだけど、いろんな場所にビジターセンターだけじゃなく、ネイチャーセンターだとか自然観察館みたいな建物ができていて、単なる展示だけじゃなく、インタープリテーションと研究をやるような専門的な人材、つまりナチュラリストが配置されている。
それを作ったり、雇ったりしているのも今や環境省だけじゃなくなっている。
そういう意味じゃあ、日本も豊かになったなあって実感した。

Aさんセンセイ、ワタシそれやりたい。推薦してください。

H教授(冷ややかに)キミ、いろんな鳥の名前をぱっと言えるか、草花の名前を言えるか、最低限その程度の知識がなけりゃあ無理だ。F4のメンバーの知識がいくら豊富でも、ダメなんだ。


Aさんじゃあ、センセイは何があるんですか。センセイ、林学の出身の癖にスギとヒノキの区別だってつくかどうか怪しいじゃないですか。

H教授鉱物なら任せておいてくれ。金と黄銅鉱、黄鉄鉱の区別なんてぱっと見ただけでわかるし、鉱物の肉眼鑑定なら、そんじょそこらの大学の鉱物学の先生にも負けない自信があるんだ。

Aさん…。


平成18年5月28日執筆、同月末編集了)
註:本講の見解は環境省およびEICの見解とはまったく関係ありません。