「ヘジテイティング」──これが、私たちがこの旅行から学んだ英単語だった。
アクセルを踏み込んでも加速しない。それどころか次第に減速する。このような症状を、英語で「ヘジテイティング」と表現するのだそうだ。気がつくと後続車が後ろにぴったりとはりついていたり、インターステート(高速道路)の路肩に止まったことも一度や二度ではなかった。
私たちがまず相談したのは、車を購入した中古車販売店の修理工場だった。ところが、その店はGMの代理店ではないため、GM車に搭載されているコンピューターのエラーコードが読めないらしい。そこで近くのGMのディーラーに持ち込むことにした。当然のようにエラーコードを読むだけで80ドル請求され、それと引き換えに私たちが手にした見積書は、なんと2,700ドル(約30万円)。車両購入代金の約半分にあたる。内容はトランスミッションの交換だった。
「これ絶対高すぎると思う。一度帰って、リーさんに相談しましょう」
妻は車の構造についてはそれほど詳しくはない。にもかかわらず、なぜか説得力があった。その「直感」を信用して、修理を断りディーラーを出た。
翌日、早速メアリーアンさんのご主人であり、私たちの「お世話役」のリーさんのオフィスを訪ねる。
「トランスミッションを修理しないといけないのか。でもそれは高すぎる。幼なじみが修理工場をやっているから、一度そこに相談してはどうかな?」
リーさんは早速電話を入れてくれた。
コーツさんという汗かきのアメリカ人が経営する工場は、ガソリンスタンドを改装したものだった。周囲には部品やガラクタが雑然と積み上げられている。
「リーさんから話は聞いてるよ。日本からわざわざマンモスケイブにボランティアをしに来てくれたんだってね。これからカリフォルニアまで行くんじゃ心配でしょう。とりあえずどこが悪いかみてみよう」
コーツさんはすぐさま車に飛び乗りテストドライブに出かけた。
帰ってくるなりトランスミッションオイルの色をみてにおいをかぎ、機械でエラーコードを読み取る。エラーは2つ。ディーラーと違い、エラーの内容は自動検策されない。分厚いマニュアル本でコードを参照し、エラーの内容を調べる。エラーも含めて様々な情報から故障の原因を読み解く。ここが修理工場の腕の見せ所だ。
コーツさんが書架から一冊の雑誌を取り出した。
「GMのこのタイプのトランスミッションは、走行距離が10万マイル(約16万km)前後になると不都合が生じることが多い。ある部品を交換すれば直るのだが、リコール対象にはなっていません。これまでに3台ほど同じような症状の車を修理したので、まず間違いないでしょう」
雑誌の記事によると、問題の部品は直径1.5cm、長さ6cmほどの円筒型で、何と不具合を是正した並行品まで出回っている。
「GMはこの不具合を認めていないので、トランスミッションをそっくり交換したがるという話を聞いたことがあります」
その日は修理待ちの車があったので、出直すことになった。
「一週間後にまた来ます。今日はおいくらですか?」
すると怪訝そうな表情で、「今日はタダだよ。だって修理してないだろう?」
当然のように答える。これまでエラーコードのチェックだけで毎回1万円弱の金額を払ってきたので、これには拍子抜けした。よくみると、パトカーが何台も修理を待っている。走行距離が長く、地域の事情にも詳しい警察官が修理を依頼しているということは、しっかりした修理工場という証明なのかもしれない。
車を持ち込んで数日ほどで修理は完了した。
「吸気を調節するための部品もダメになっていたから交換しておいたよ。高いものだから中古の部品にしたんだが、全部で600ドル(約7万円弱)になってしまった。労賃が少しかさんでしまったんだ」
少し申し訳なさそうに説明してくれる。「とんでもない、予想よりとても安くあがりました」と言おうとしてもうまく言えず、結局いつものように「サンキュー、サンキュー」の繰り返しに終始する。
その後、前輪のショックアブソーバー2本を交換すると、愛車モンタナの走りは見違えるようになった。これで何とかカリフォルニア州までたどりつけそうだ。