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No.114

Issued: 2006.12.14

「KONUS」観光客にも公共交通利用を─南西ドイツ・シュバルツバルト─

目次
車大国
長期の有給休暇
観光客の車と自然へのダメージ
車を使いたくない観光客のポテンシャル
便利で魅力的
KONUSの運営のキーワードは「連帯」
KONUSのメリット

黒い森の谷を走る近郊電車

KONUSのロゴ

 宿泊客が地域内の公共交通を無料で利用できるという制度「KONUS」が、南西ドイツのシュバルツバルト(黒い森)地域で2005年1月にスタートした。その意図は、自家用車での観光を抑え、環境への負荷を軽減することである。
 導入から2年が過ぎようとしている中、観光客、地域の観光業者ともに満足度は高い。また外部機関やマスコミも「画期的」「勇気ある制度」などと高く評価しており、地域のイメージアップにも貢献している。
 今回は、この制度ができた背景、システムの具体的な中身や運営方法を紹介したい。


車大国

 通行無料で速度制限のないアウトバーン(高速道路)が主要都市を結び、信号のないバイパスが隅々まで整備されているドイツ。高額の高速道路料金、都市部での万年渋滞、信号が多く狭い田舎道、といった日本の道路交通事情と比べれば、はるかに快適だ。車の運転が好きな人にとっては、ドイツはまさにパラダイス。
 便利だから、車の数もその使用量も多い。ドイツにおける車の保有台数は人口1,000人当たり500台。アメリカ、イタリアに次ぐ世界第三位の自動車大国である。一人当たりの年間走行距離は平均2万キロ。日本の2倍に相当する。
 休暇のシーズンになると、家族連れを中心にたくさんの人々が、車に大きな荷物を詰めてアウトバーンを移動する。例えば、南ドイツの人々が北ドイツの海岸地域に向かい、北ドイツの人々が南の山岳地域を目指す。スイスやフランス、スペインやイタリアに車で出掛ける人も多い。


長期の有給休暇

 大半の人々は、一箇所に2週間から3週間滞在し、そこを拠点にして周辺地域を観光する。2泊3日、3泊4日と駆け足でいろんなところを見て回る日本型の旅行とは違い、ペースはゆったりとしている。日常生活から離れて、身体を休め、リフレッシュすることが主要な目的で、「観光」よりも「休暇」「バカンス」の色合いが強い。
 ドイツの法律では、被雇用者に最低24日間の有給休暇が保証されている。公務員は26〜30日、若年層や身体障害者には30日前後の休みが与えられる。新聞の統計によれば、ドイツ人の有給休暇取得日数は平均29日間。また、雇用者は、従業員に25〜30日の休みを分散してではなく、ひとかたまりで与えなければならない。営業上の理由で休みの分散がやむ得なくなった場合でも、最低12日の連休は保証しなければならないと法律に規定されている。そうでないと、仕事の疲れを癒せないという理解からだ。
 車で旅行する人が多いのは、道が整備されていて長距離の移動が比較的楽にできるのに加え、長期滞在の期間中、現地での移動手段として車が便利だからだ。

観光客の車と自然へのダメージ

 日常の喧騒から離れてリフレッシュしたい人々は、自然が豊かなところや景観が美しいところを休暇の場所として選ぶ。EMNIDという世論調査機関が行ったアンケート調査によれば、70%のドイツ人が、自然・景観が法的に保護されている地域を休暇の場所として優先する。
 ドイツには14の国立公園(Nationalpark)と14のバイオ圏保護地域(Biosphaerenreservat)、93の自然公園(Naturpark)がある。3つとも比較的大きな面積の保護地域カテゴリーで、観光地として人々の人気が高い。
 問題となっているのは、貴重な自然景観のある場所での車の交通である。海外からの観光客も含めてドイツを旅行する人々の4人に3人は自家用車やレンタカーを移動手段として使用しており、排ガス、騒音などで、徐々に自然にダメージを蓄積している。ドイツ環境省の発表によれば、ドイツの旅行者の年間の温室効果ガス排出量は1千560万トン(二酸化炭素換算)で、総排出量の1.6%を占めている。その3分の2は「交通」による。

車を使いたくない観光客のポテンシャル

森と牧草地が織り成す黒い森の景色

 牧草地と森が織り成す景観が美しい南西ドイツのシュバルツバルト(黒い森)は、南北に約170キロ、東西に50〜70キロ、標高1,000m前後の山々が連なる広大な山岳農村地域である。2つの自然公園(Naturpark)があり、観光のメッカにもなっている。北ドイツやオランダ、フランスからの観光客が多い。平地の国や地域からの観光客が、慣れない山道をゆっくり慎重に走行しているその後ろで、地元住民の車が数台、イライラしながら連なっている光景をよく見かける。シュバルツバルトでも、観光客、とくに長期滞在者の足は、車がメインである。
 一方で、Ecotrans協会の調査によれば、35%の観光客が、「公共交通が整備されていれば、現地の移動で車は使いたくない」と述べており、29%は、「できれば家から観光地まで、快適に電車やバスで移動したい」と希望している。「高速道路の渋滞はうんざり」「知らない土地で地図を見ながら運転するのは疲れる」と思っている観光客は意外に多い。そんな人たちも、結局は車を使ってしまう。理由は「公共交通の料金が高い」「乗換えが面倒」「時間がかかる」「田舎に行くほど本数が少ない」など。こうした公共交通のデメリットを解消し、観光客が持っている先入観を拭い取ることができれば、多くの観光客の足を車から公共交通に変えることができる。シュバルツバルト地域における画期的なプロジェクトは、ここに注目した。


便利で魅力的

KONUSの適用範囲。南北に約120キロ、東西に100キロの広範囲。6つの交通連盟が入っている。

 公共交通を観光客にとって便利で、なおかつ経済的にしたのが「KONUS」事業である。「シュバルツバルトを訪れる観光客が無料で公共交通機関を利用することができる」という意味のドイツ語文のいくつかの単語の頭文字を取って作った造語だ。KONUS事業に加盟しているシュバルツバルト地域では、宿に泊まる訪問客が、滞在期間中有効な公共交通利用券を無料で利用することができる。南北に約120キロ、東西約100キロに渡って、近郊電車、路面電車、バスが乗り放題となる。広範囲な公共交通機関を利用でき、しかも複雑な料金表を見ることなく、無料で乗車できる。観光客にとって魅力的な制度だ。
 では、公共交通機関のスピードや運行本数、路線網はどうだろうか。広域の無料券も、この3つの要素が満たされて始めて便利なものとなる。移動速度は大抵の場合、自家用車のほうが速い。しかし、都市部では渋滞があったり、駐車場を探すのに時間がかかったりと、自家用車よりも公共交通機関の方が速い場合もある。運行本数と路線網は、ここ20年の間に随分と改善した。理由は、広域定期券・乗車券のシステムが導入されたことによる。
 「線」ではなく「面」、鉄道、路面電車、バスと別々でなく、ひとまとめにしたこの料金制度は、1980年代半ばにスイスのバーゼルで始まった。ドイツでは、フライブルク市で最初にこのシステムを取り入れたのを皮切りに、80年代後半から90年代前半にかけて、ドイツ全土に広がっていった。大抵の場合、都市部を中心に半径30〜50キロ圏内の公共交通事業体数十社が連盟を作り、共通の料金体系で運営を行う。「以前は、何駅から何駅までと限られた区間で高い定期券を購入し、都市に入るとまた別の券を購入しなければならなかったが、今は、広い範囲で料金も安くなり便利になった」という地域住民の声は多い。広域券導入により利用者が多くなった。各公共交通連盟は、客の増加に対応して路線網を拡張し、運行本数を増やしてきた。
 KONUSの適用範囲には、6つの公共交通連盟がある。現在、都市の周辺部は30分に1本、田舎の路線でも大抵の場合1時間に1本は走っているシュバルツバルト地域の公共交通システムは、ドイツ国内の他地域に比べて充実度が高い。KONUSは、過去20年の間に築き上げられてきたしっかりとした土台の上に成り立っているのである。


KONUSの運営のキーワードは「連帯」

 宿泊客にとっては無料であっても、第三セクターのような形式で運営されている公共交通機関は、何らかの形で収入を得なければならない。お金の出所は、自治体である。宿泊客1人1泊に付き21セント(約30円)を自治体がKONUS事務局に支払う。1セントは、事務局が広報費に使用し、残りの20セントが6つの公共交通連盟に振り分けられる。ただし、シュバルツバルト地域のすべての自治体に費用負担が義務付けられているのではなく、基本的に自発的な参加である。また20セントをどのように捻出するかは参加する各自治体の自由だ。約8割の自治体は、保養地税に一泊30セント前後の料金値上げを行い対応した。保養地税とは、観光地の自治体が宿泊客から徴収する料金で、主に観光施設整備のために使用される。料金は町によって若干の差異があるが、平均して1人1泊1ユーロ(145円)。それに30セント(50円)追加すると1.3ユーロ、約30%の値上げである。このシステムであれば、公共交通利用の有無、利用の頻度に関わらず、どの宿泊客も、同額の費用を間接的にKONUS事務局に支払うことになる。
 「自分は自家用車しか利用しないのに、なぜ他の観光客のバスや電車代を負担しなければならないのか」と文句を言う観光客も出てきそうだが、保養地税に含まれており、値上げも大した額ではないので、ほとんど苦情はないという。

黒い森地域のツバイテーラーラント旅行事務所で積極的に持続可能なツーリズムを推進するニーツ氏。

 持続可能なツーリズムに力を入れるツバイテーラーラント旅行事務所マーケッティング担当のニーツ氏は、「KONUS事業のミソは、車で観光する人も費用負担することによって、連帯して公共交通利用を促進すること、環境保全に貢献することだ」と満足そうに語る。
 しかしここまで来るには、時間が掛かった。KONUS事業の構想がある村長から出されたのは10年前。その考えが広範囲に浸透し、推進者が集まるまで6〜7年かかった。事業展開の具体的な話し合いが始まったのは、2002年になってからで、それから2年間、公共交通連盟との協議が重ねられ、ようやく実現に漕ぎつけた。
 無料の公共交通券をもらえるのは、KONUS事務局に負担金を支払っている自治体にあるホテルや民宿に宿泊した観光客で、事業に参加していない自治体にある施設の宿泊客にはこのサービスはない。
 制度がスタートした2005年、参加自治体数は45であったが、2006年は65自治体に増えた。
 「隣の町に泊まった客は無料券がもらえるのに、なぜこの町でもらえないのか」
 観光客の批判や疑問が、KONUSに参加していない自治体の観光事務所や宿泊施設に投げかけられた。途中から参加を決めた自治体の多くは、当初KONUSに対して半信半疑だったが、観光客の関心が高いのを実感し、参加を決めたという。
 「遅れをとってはいけない。参加しないと、町のイメージを悪くし、他の町にお客が移ってしまう」という危機感も参加の動機になったようだ。
 現在KONUS事業に参加している65自治体での年間宿泊数は約700万(1人1泊を1と数える)。年間およそ100万ユーロ(約1億4500万円)のお金が、6つの公共交通連盟に分配されることになる。


KONUSのメリット

ある田舎の駅のパークアンドライド。主に地元の住民が毎日の通勤に使う。駅に車を停めて、電車に乗り変えて職場に向かう。交通の不便な宿に泊まる観光客も、ここに車を停め、公共交通に乗り換えることが可能。駐車料金は掛からない。

 KONUSの第一の目的は、公共交通を利用する観光客を増やすことによって、自家用車による環境負荷を減らすことである。その達成度合いは、どれだけの人が、実際にKONUSを利用したかで測ることができる。
 利用者を数える実地調査は、手間と費用がかかるため実施されていないが、シュバルツバルト観光連盟が行った観光事務所や宿泊施設へのアンケート調査によって、おおよその推測値が出ている。それによると、約40%の宿泊客が、実際にKONUSを活用している。利用者の利用回数は、平均4日間の滞在期間中2.7回(日)である。これはKONUS事務局が最初に予測していた数字より高く、2007年から、1人1泊あたり10セントの値上げが予定されている。
 自治体の税収もよくなった。多くの自治体から、ホテル・民宿業者の宿泊数の申告における「正直度」が増したという報告がされている。宿泊業者の間では、実際の宿泊数より低い数字を帳簿に記入し、書面上で収入を抑えて、納税額を低くする行為が少なくはない。KONUS制度は、この問題の解決にも一役買っている。宿泊客に無料公共交通券を渡すためには、自治体に、その客が宿泊したことを報告することが前提になるからだ。
 シュバルツバルトの観光業関係者の多くは、「KONUSによって観光地としてのイメージが向上し、集客力が増す」と予測している。実際に、この新事業に参加した自治体の37%で宿泊数が増加した。現在、ドイツ国内の観光地は、国際的な競争により、厳しい状況に立たされている。飛行機運賃が安くなり、人々は国内とほとんど変わらない値段でスペインのカナリア諸島や北アフリカなどに行くことができる。ドイツ国内の古い観光地は、価格競争では海外の観光地・保養地に負けてしまう。そうした中で生き残るには、質とイメージを向上させるしかない。KONUS事業は、「環境に配慮したツーリズム」というポジティブなイメージを外に向けて発信する。そして、旅行の質も向上させる。
 「身体を休めるせっかくの休暇だから、車を運転して疲れたくない。できればバスや電車で旅行したい」と考えている観光客は少なくはない。シュバルツバルト地域のKONUS制度は、充実した公共交通の路線網と高い運行密度、そして広範囲の無料利用券で、質の高い旅行を提供する。バスや電車は、車より遅いかもしれないが、そこには同伴する家族や友人とゆっくりと会話する時間がある。景色をのんびり眺める時間もある。地元の人々の日常生活に触れる機会がある。


黒い森の谷を走る近郊電車

線路がないところには、バスが走る。田舎でも本数は比較的多い。


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(文責:池田憲昭)

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