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「KONUS」観光客にも公共交通利用を
──南西ドイツ・シュバルツバルト──
アメリカ横断ボランティア紀行(第7話)
都市景観への新しい取り組み ― 皆で選び、皆で体験
中国発:中国型エコタウン(静脈産業モデルパーク)の建設始まる
タンザニアで地域住民がゾウを嫌うわけ
〜野生動物保全とゾウ被害問題〜
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No. アメリカ横断ボランティア紀行(第7話) さよならマンモスケイブ
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Issued: 2006.11.30
さよならマンモスケイブ(その3)
 (その2からつづく)
 次に訪れたのは、ビスケイン国立公園(Biscayne National Park)だった。ビスケイン国立公園は、エバーグレーズの東側の海岸に沿って広がる海洋公園で、1968年に国立史跡、1980年に国立公園に指定された比較的新しい国立公園である。公園区域(69,953ヘクタール)のほとんどは、海域とその中に浮かぶ大小の島々で、自動車で到達できる陸域の利用拠点は1箇所しかない。
ビスケイン国立公園の入口看板ビスケイン国立公園のビジターセンター
ビスケイン国立公園の入口看板ビスケイン国立公園のビジターセンター
 目次
ワイルドケイブツアー
所長インタビュー
イースタンナショナル
船着場に係留されていた国立公園局のボート

 陸域の利用拠点にはビジターセンターと小規模な船着場があり、ベイクルーズ、カヌー、シュノーケリング、釣りなどが可能である。ただし、海岸線はマングローブに覆われているため、シュノーケリングは近くの島やリーフまで行かなければ難しい。比較的公園職員の配置が充実していて、コンセッションのツアーにも公園局の職員が同行している。もっとも、職員が常駐しなければいけないような施設はビジターセンター1箇所程度なので、前出のエバーグレーズなどに比べれば管理にそれほど人手を要しないともいえる。
 区域内の海域にはマナティーが生息しているが、ボートのスクリューによる殺傷や藻場などの生息地の減少などにより、その絶滅が危惧されているそうだ。その一方で、ボート業界、開発会社、海洋産業界などからは、マナティーの絶滅危惧動物としての位置付けを変更するよう州政府に対して強い要望が出されているなど、野生生物の保護には軋轢があるようだ。
 なお、この公園は無料公園である。多くのヒスパニック系の家族連れが、のんびりとピクニックをしたり、釣り糸を垂れていたりしたのが印象に残った。
ビッグ・サイプレス国立保護区のビジターセンター。カウンターには2〜3名の公園職員が常駐していた。

 ビッグ・サイプレス国立保護区(Big Cypress National Preserve;1974年指定)は、エバーグレーズの北側に隣接する保護区で、面積は約291,600ヘクタールある。区域内には絶滅が危惧されているパンサーをはじめ、多くの野生動物が生息している。国立公園と異なり、区域内には民有地も含まれ、狩猟、石油採掘などが許されている。国立公園局が管理している公園地ではあるが、ビジターセンターと必要最小限の歩道、キャンプ場以外に目立った利用拠点はない。
ワイルドケイブツアー
 フロリダから帰ってきて間もない11月最後の日曜日、「ワイルドケイブツアー」に参加した。このツアーは、マンモスケイブのケイブ(鍾乳洞)ツアーの中でも最も難易度が高い。真っ暗な鍾乳洞の中を、ヘッドランプの明かりを頼りに腹ばいになったり懸垂したりしながら潜り抜けていく。定員数が少なく、すぐ予約で一杯になってしまうので、ボランティアといえどもなかなか参加させてもらえないツアーだ。ツアーの概略をご参考まで、以下にご紹介したい(内容は2003年当時)。

 所要時間:6〜6時間半
 延長:5.5マイル(約8.8km)
 定員:14名(要予約)
 自然解説のテーマ:安全な鍾乳洞探検テクニック、環境問題、鍾乳洞探査、チームワーク
 高低差:300フィート(91.2m)
 求められる運動の程度:鍾乳洞内の壁をよじ登る、9インチ(約23cm)の隙間を這いつくばって進む、身を低くして歩く、手と膝を使って尖った岩や土の上、水溜りを腹這いで進む、狭い道に身体をねじりながら出入りする。
 参加制限:16歳以上。18歳以下は保護者の同伴が必要。厚底で足首を覆うような編み上げの靴を着用。胸囲、おしり周りが42インチ(105cm)未満であること。作業用手袋や登山用手袋、長ズボンを着用。

 このツアーは、ケイビングの醍醐味を体験するのにもってこいのツアーだ。はいつくばったり、岩をよじ登ったりといった全身運動が求められるためか、翌日は体中が筋肉痛になってしまった。もし、このツアーに挑戦される方がいらしたら、ぜひ2泊程度のゆったりした日程で訪問されることをお勧めしたい。
ワイルドケイブツアーを終えて。手に持っているのは持参したひざあて。
ワイルドケイブツアーを終えて。手に持っているのは持参したひざあて。
所長インタビュー
シュイッツァー所長からの聞き取り調査の様子

 マンモスケイブを発つことを決めてから、マンモスケイブでの研修をふりかえってみると、やり残していることが本当に多いことがわかった。その中でも所長へのインタビューはぜひ実現させたかった。
 マンモスケイブ国立公園の所長(superintendent)、ロナルド・シュイッツァー氏には2〜3度しかお会いしたことがなく、ゆっくりお話しを伺う機会がなかった。
 クリスマスも近づいた12月12日、ようやくお時間をいただくことができた。「ロンはやり手だからね」と同僚がいうように、シュイッツァー所長は豪腕所長として名が知られていた。
 「この公園では予算が逼迫していて、毎年赤字が出ている」
 インタビューの冒頭はいきなり予算の話しだった。
 「特に常勤職員の給与負担が大きい。一方、昨年度のボランティア実績は合計のべ34,000時間で、常勤職員の勤務時間の16.5%にも相当する。ボランティアは公園の管理になくてはならない存在だ」
 しかしながら、ボランティア制度については、予算上の制約があり拡充は困難だそうだ。
 「ボランティア・コーディネーターが退職する予定だが、予算の関係でその後任者を採用できない。それだけで、年間50,000〜60,000ドル(約600万円から720万円)を節約することができるからだ。また、ボランティアの勤務実績が多いと、それを理由に常勤職員の人件費が減額されるおそれもある。ボランティアハウスの管理コストを考えると、宿舎を増設することも難しい」
 「フィー・プログラムの予算があると思いますが」
 「マンモスケイブ国立公園はこの予算によりビジターセンターの改築、道路の大規模改修などを実施する予定で、施設の更新は確かに大幅に進んでいる。その一方で、施設を新築してもその維持費はこの予算の対象外だ。せっかくいい施設を作ったとしても、それが維持管理されなければ短期間で施設が劣化してしまう。施設がだめになったらまたフィー・プログラムで建て直せばいいという考え方もあるが、それは本来あるべき予算執行の姿ではない」
 素直なコメントに、それまでの疑問点がどんどん解消されていく。
 シュイッツァー所長の経歴は国立公園局職員としては異色だ。臨時職員としてメサベルデ国立公園の法執行部門に勤務した後、大学院に進学。専門は考古学だったそうだ。
 「ある日、国立公園局の職員が大学の研究室にやってきて、ダム建設に伴う遺跡保存の責任者になってくれないかと頼まれた」
 当時、シュイッツァーさんは26歳、事業は9,000万ドルの大事業だったそうだ。事業がうまく完了したことで、国立公園局に採用されることになった。
 「そこで、『所長になりたいんです』と言ってみたんだ。そうしたら、いきなりメサベルデの所長に任命され、臨時職員時代の上司が全員私の部下となった。これは大変貴重な経験だった。私は若い職員をどんどん起用していけばいいと考えているが、最近はなかなか難しいようだ」
 思い切って、科学・資源管理部について質問してみることにした。
 「なぜ、このように厳しい財政状況にあっても、この公園の科学・資源管理部門は充実しているんですか?」
 その答えは意外なものだった。
 「これまで各国立公園は、それぞれの公園にどのような資源が存在しているか知らなかったんだ。どのような資源を保全の対象にしなければならないか、どのような資源がどのような割合で影響を受け、損なわれているかということすらわかっていなかった。国立公園ごとにインベントリー(目録)を作成し、モニタリングを行うための体制を構築することは、公園局全体の緊急の課題なんだ。また、全米の公園ユニットを合計32の生物地理学的な(biogeographical)ユニットに分けてモニタリングネットワークを構築する取り組みも行われており、米国南東部一帯の広葉樹林地域ネットワークの事務所がこの公園内に設けられている【3】。公園自体の職員とあわせて、大変充実した科学・資源管理組織を持つことができた」
【3】米国南東部一帯の広葉樹林地域ネットワーク
ネットワーク名はカンバーランド・ピードモント・ネットワーク(Cumberland Piedmont Network)。このネットワークは、アラバマ、ジョージア、テネシー、ケンタッキー、サイスカロライナ、ノースカロライナの各州にある14の国立公園ユニット(公園)により構成されている。
Cumberland Piedmont Network事務所の入っている旧所長公舎
Cumberland Piedmont Network事務所の入っている旧所長公舎
 所長が、1冊の冊子を取り出した。
 「これは、最近取りまとめたマンモスケイブのビジネスプランです【4】
 ビジネスプラン? 国立公園に?
 「より多くの人々が訪れ、より長く滞在することが国立公園の評価につながる。それはいかに多くのお金を使ってもらえるか、ということを意味するのです」
 核心をつく所長のコメントに圧倒されっぱなしだ。
 「米国では母親が家事を担当し、子どもが家にいるという従来の家族像は崩壊してきている。両親も子どもも仕事があり、家族がそろって旅行するのは難しい。その場合、お金や家族のスケジュールを決めるのは女性だ。ところが国立公園は女性の持つニーズに対応しきれていない」
 所長の説明はさらに続く。
 「もう一つ無視できないのは、米国の高齢化(Graying America)だ。余暇時間と可処分所得の50〜60%を保有するといわれる、いわゆるベビーブーマーが退職する。このような高齢者のニーズをくみ上げることも大切だ」
 「さらに、ヒスパニック系米国人が増加し、アフリカ系米国人人口を追い抜いてしまったことにも注目すべきだ。彼らは家族で行動する傾向があり、祖父母、両親、子どもたちがそろってピクニックに出かける。可処分所得がほとんどないために、1日中ピクニックをして楽しんでいる。ヒスパニック系の利用者は布を敷いて直接地面に座ってしまう。地面に穴を掘ってそこで調理してしまうので、テーブル、グリルは必要ない。これからは、このような利用形態にも対応できるよう、施設構成も再考する必要がある。いいかえれば、人口ダイナミクスを先取りした公園の経営戦略が不可欠であり、ビジネスプランの狙いはここにある」
 そういえば、ビスケイン国立公園のヒスパニック系の家族連れも、そのような過ごし方をしていた。
 こうして約束の1時間半はあっという間に過ぎた。これまで学んできた断片的な情報が、この所長インタビューを経てようやくつながり始めた。
【4】 マンモスケイブ国立公園ビジネスプラン(Mammoth Cave National Park Business Plan; 4.69MB)
http://www.nps.gov/maca/
planyourvisit/upload/
MACA%20Business%20Plan.PDF
イースタンナショナル
マンモスケイブ国立公園のティーチャーズマニュアル。イースタンナショナルが製作・印刷したものを公園に納入している。

 「何で私たち、今まで会わなかったのかしらね」
 イースタンナショナルという団体で責任者として働くカリアさんが、本当に不思議そうに話し始めた。私たちの出発の一週間前のことだ。オフィスは私たちのボランティアハウスの隣にある。この「お隣さん」は、いわゆる国立公園の協力団体(associate organization)と呼ばれる団体で、ビジターセンターで図書を販売している。
 「公園を出る前にぜひ話を聞いていった方がいい」と公園の上級契約官で私たちの世話役でもあるリーさんから薦められた。お隣さんといっても、私たちの出勤時にはすでに働き始めており、私たちが戻ってくるころには帰宅している。結局今まで会わずじまいになってしまった。
 「あなた方アメリカを横断するんですって?」
 カリアさんは驚いたように聞く。アメリカ人にとっても自動車による大陸横断はあまり身近なものではないようだ。
 イースタンナショナルという組織の説明から私たちのこれまでの体験まで、豪快に笑いながらの会話はあっという間に2時間に達した。
 この事務所は、アメリカ南東部支部を兼ねていて忙しい。アシスタントのペニーさんは、私たちが話をしている間も休みなく電話を受けている。イースタンナショナルは、図書販売の売り上げから経費を除いた収益を、それぞれの公園に還元する非営利の公園協力団体だ。単に資金を提供するばかりでなく、公園の依頼により環境教育のマニュアルなどを作成、印刷して提供する。地元の専門家に執筆を依頼し、地域の自然・文化に関する図書を出版したりもする。それをまたビジターセンターなどで販売する。販売する品目は事前に所長の許可を得る必要があり、単に土産物ではなく、国立公園の自然や文化に関係する教育的効果の高いものに限られる。→(その4)へ続く

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