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No. アメリカ横断ボランティア紀行(第18話) イエローストーン国立公園
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Issued: 2008.08.28
イエローストーン国立公園[2]
 目次
スノーモービル規制
冬季利用規制の経緯
補助的環境影響報告書(SEIS)に基づく規制の内容
1日当たりの台数制限
スノーモービル規制
 当時、イエローストーン国立公園で問題になっていたのが、冬季のスノーモービルの乗入れの取り扱いだった。国立公園内にスノーモービルが入り込むことで、バイソンの生息が脅かされたり、他の利用者の利用環境を大きく損なうことから、その是非が議論されていた。クリントン政権当時に、スノーモービルの全面的な締め出しを打ち出したものの、ブッシュ政権に代わって見直されるなど規制をめぐる対応も混迷し、国民の注目を集めていた。
 このスノーモービル問題について、私も日本から「宿題」をもらっていた。日本で2002年の自然公園法一部改正によって導入された特別地域内の「利用調整地区」指定に関連して、先進地・アメリカの規制の制度的な特徴や運用の実情を調べるというものだった。

 利用調整地区に指定されると、立入り人数などを制限して、利用の集中による自然環境の損失を防ぐことが期待される。これまであまり有効な手段がなかっただけに、画期的な制度改正と言える。2006年12月、吉野熊野国立公園の西大台地区に全国初の利用調整地区が設定された。ただ、実際の指定や規制の導入には困難な点も多いため、こういった海外の事例が参考になるのだろう。

 「悪いんだけど、イエローストーンのスノーモービル規制の件を調べてくれないか?」
 マンモスケイブを出発する直前、荷物をほぼまとめ終えたところで、日本からのメールが届いた。かなり急いでいるようだった。調べるといってもイエローストーンに行ける訳ではないので、インターネットで調べたり、公園職員に話を聞くくらいしかできない。マンモスケイブの公園職員が、それほどスノーモービルの問題に詳しいとは思えなかった。
 公園職員に質問してみたところ、案の定、ホームページのアドレスが送られてきた。
 「このサイトにあらゆる文書が掲載されているよ」
 予想された反応だった。ところが、そのサイトにはものすごい量の書類が公開されていた。これまでの経緯に関する資料から様々な研究レポートなどが一通り掲載されている。このアドレスを日本に送れば調べられるはずだ。とりあえず送ってみる。
 「今忙しくて手が回らないんだ。まあ、いいからざっと読んでみて簡単なメモをくれよ」
 との返事。やむを得ずもう一度荷を解いて、プリンターや資料を取り出す。いくつかの資料を読み進んでいくうちに、この規制にまつわる興味深い議論が浮かび上がってきた。
冬季利用規制の経緯
写真27:当時新聞やインターネットに掲載された記事

 アメリカでは、国家環境政策法(National Environmental Policy Act: NEPA)に基づき、政府の規制案の内容をあらかじめ評価しなければならない。規制についていくつかの代替案を提案し、それぞれの代替案を採択した場合の影響をアセスメントして、その報告書をパブリックコメントに付す。
 紹介されたウェブサイトには、イエローストーンのスノーモービル規制に関する一連の書類が公開されていて、これまでの事情をよく知らない人にも経緯がわかるようになっている。
 また、このウェブサイトではないが、新聞記事も参考になった。
 「悪のブッシュ政権が、クリントン政権の作った規則を骨抜きに。私たちの国立公園は大丈夫か!」といった論調で、民主党と共和党、保護団体と業界団体、首都と地方といった対立軸がわかりやすくまとめられている。クリントン政権下の2000年にスノーモービルの全面禁止措置が定められたが、ブッシュ政権(2001年1月〜)になると、その決定は事実上覆される。訴訟合戦も始まり、こうした政権、法廷を巻き込んだスノーモービル規制問題が新聞紙上をにぎわしていたのだ。
 一方、この規制は新聞記事が書くほど単純な話ではなかった。この問題の経緯を国立公園局の資料を基に簡単に振り返ってみたい。

 国立公園局にとって、イエローストーン国立公園の冬季利用は長年の懸案事項だった。特に、スノーモービルの冬季乗り入れによるバイソンへの影響や、他の公園利用者への影響が懸念されていた。ただ、影響に対する科学的な裏付けはあまり充実していなかった。
 1997年、「Fund for Animal(動物のための基金)」などが、国家環境政策法(NEPA)の不遵守などを理由に国立公園局を提訴した。同年10月に和解が成立したが、和解の条件として国立公園局は、イエローストーン国立公園、グランドティートン国立公園及びジョン D. ロックフェラージュニア記念パークウェイの3公園に関する新しい冬季利用計画を策定することを求められた。
 2000年10月、国立公園局は「冬季利用計画最終環境影響報告書」(Winter Use Plans Final Environmental Impact Statement:通称「2000FEIS」)を取りまとめた。これをもとに、翌11月に、冬季利用に関する政策決定書(Record of Decision:通称「2000ROD」)を作成し、関係者に配布した。クリントン政権下でまとめられたこの2000RODには、3公園におけるスノーモービル利用を規制し、2003/2004シーズンまでにスノーモービル利用を全面的に禁止するという画期的な規制を盛り込んでいた。この規制が導入されれば、冬季の一般利用は、スノーコーチ(snowcoach: 乗り合い型の雪上車)に一本化されることになる。規制案は、翌2001年1月に官報(Federal Resister)に掲載され、4月から発効する予定であった。
 ところが、官報告示直前の2000年12月に、今度は、業界団体の「国際スノーモービル製造者協会(International Manufacturer's Association: ISMA)」などが、政策決定書(2000ROD)の差し止めを求めて内務省及び国立公園局を訴えた。この訴訟は2001年6月に和解が成立し、国立公園局は補助的環境影響報告書(Supplemental Environmental Impact Statement: SEIS)を作成することに同意した。補助的報告書(SEIS)には、前回の影響報告書以降に判明した新たな情報やデータを盛り込むことや、パブリックコメントの手続きを踏むことが求められた。
 補助的報告書案は2002年3月に取りまとめられ、パブリックコメントに付された。冬季レクリエーション利用に伴う大気環境への影響や、職員の安全と健康、自然の音景観(soundscape)への影響、社会経済的変化、野生生物(特にバイソンとエルク)への影響、利用者の経験(visitor experience)のあり方などに関する再検討に限定されたものだったが、結果として大きな政策転換につながることになった。寄せられたパブリックコメントは実に35万7千件。いかに国民や業界の関心が高かったかがわかる。
 ブッシュ大統領が就任したのは、それに先立つ2001年の1月。この方針転換は新政権の意向を汲んだものであると受け止められた。

 この報告書を受け、国立公園局は、まず2001年1月に告示された規則の適用を1年間遅らせることを決定した。その結果、スノーモービルの全面規制は2004/2005シーズンに延期された。
 加えて、補助的評価報告書案には、新たな選択肢としてスノーモービルの利用を認める政策オプションが盛り込まれた。この案では、排気ガス基準、騒音基準を設定した上で、イエローストーン国立公園に950台(ただし、乗り入れの8割はガイドツアーによる)、グランドティートンに190台のスノーモービルの乗り入れを認めるという内容だ。評価の結果、この選択肢についても重大な支障は認められないと結論付けられた。
 このオプションは、2003年2月にとりまとめられた補助的影響報告書の確定版(Final Supplemental Environmental Impact Statement: FSEIS)でも継承され、事実上冬季のスノーモービル利用が容認されることになった。
 2003年12月、国立公園局はこの報告書に基づき、あらたな冬季利用規制を定めた。利用者側の要求に妥協したものという印象も受けるが、内容を見てみるとなかなか画期的なものだった。
補助的環境影響報告書(SEIS)に基づく規制の内容
 補助的影響報告書(SEIS)に基づく規制は、1日当たりの利用者数制限だけではなく、いくつかの対策メニューを組み合わせた「パッケージ規制」になっていた。

○規制のパッケージの内容

  1. 1日当たりのスノーモービル台数の制限によるスノーモービルの削減
  2. 最適技術(Best Available Technology :BAT)基準の適用
  3. 順応的管理プログラム(Adaptive Management Program)の実施
  4. ガイドツアーによる利用の促進
  5. 規制の段階的導入
  6. 次世代スノーコーチの開発
  7. 実施のための予算措置
 また、規制の目標も明確に示されている。おもしろいのは、目標の第1項目が“自然環境への影響緩和”ではなく、“利用機会の確保”をうたっていることだ。

○冬季利用の目標

  1. 質の高い安全で教育的な冬季の経験をすべての利用者に提供する。
  2. 利用者と職員の健康と安全を確保する。
  3. 原生的な大気の質を守る。
  4. 自然の音景観を保護する。
  5. 野生生物への影響を緩和する。
  6. 公園入口の地域コミュニティーに対する経済的な負の影響を最小限にする。
1日当たりの台数制限
 日本からの依頼でもっとも優先順位が高かったのが「スノーモービルの規制台数はどのように算定されているか」ということだった。依頼では、「定量的な環境容量(carrying capacity)」をどのように設定しているか」と聞いてきていたが、平たく言えば、乗入れ台数の算定根拠が知りたいということだ。
 この2003年12月の規制では、3公園の合計で1日当たりの乗り入れ台数を1,140台と定めている。この数字は、過去に乗り入れられてきた台数の平均値(existing historical average)を基準に定められたものだ。エントランスやルートごとに、台数の上限が割り振られている【3】
 国立公園局では、これまでも各エントランスゲートで、冬季の乗り入れ台数を計測していた。地道なデータの蓄積が規制策の立案に生きるわけだ。具体的な乗入れ台数は、もっとも利用の多い西エントランスの歴史的平均値を上限とし、他のエントランスの利用状況を勘案して若干の増減を認めている。
 この規制でもっとも効果が大きいと言われていたのは、いわゆる乗入れ台数の「ピークカット」ができる点。これまで台数制限がなかったため、ピークシーズンの特定のエントランスに利用が集中していた。それぞれのエントランスゲートに乗入れ枠を設定することで、利用の分散も期待できる。
 さらに、おもしろいのは雪上道路(oversnow road)の状態を、利用による影響のインディケーター(指標)としていることだ。今回の規制では、スノーモービルは雪の積もった車道部分(=雪上道路)以外への乗入れは禁止される。そのため、乗入れ台数が増えれば、それだけ指定ルートのわだちが深くなり、道路の状態は悪くなる。その状態を指標として使うというわけだ。
【3】 各エントランスまたはルートの利用上限
北エントランス:50
西エントランス:550
東エントランス:100
南エントランス:250
大陸分水嶺
スノーモービルトレイル:75
ジャクソンレイク:40
グラッシーレイクロード:75
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