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No. アメリカ横断ボランティア紀行(第18話) イエローストーン国立公園
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Issued: 2008.08.28
イエローストーン国立公園[3]
 目次
最適技術基準(BAT)の適用
順応的管理
ガイド制度の導入
規制の導入
最適技術基準(BAT)の適用
 今回の規制のうち、最も特徴的なことは、この最適技術(Best Available Technology)基準、通称「BAT」がパッケージに盛り込まれていることだろう。  BATは、乗り入れるスノーモービルについて、「現時点でもっとも静かできれいなものであること」を求めている。つまり、最新型のスノーモービルで、騒音や排気ガスレベルがもっとも低いものを使用しなければならないことを意味する。  それまで、乗り入れ車両の多くが古い2ストロークエンジンの車両で、排気ガスの状態が悪く騒音が大きかった。2ストロークエンジンというと、日本では50cc未満のスクーターによく使われている。構造上、オイルとガソリンを混合して燃やすので、排気が汚くなりやすい。その一方で、小さい排気量であっても比較的大きな馬力が得られるという特徴がある。もちろん、4ストロークエンジンであっても、古くなればそれだけ排気ガスの状態も悪くなる。  そこで、この規制では、
  • 公園内で使用されるスノーモービルの改善について国立公園局が製造者と協力していくこと
  • 2003/2004シーズンは、炭化水素排出量の90%、一酸化炭素排出量の70%を削減することのできるすべてのスノーモービルをBATとする
  • 現時点でのBATは、2002年製造、4ストロークのArctic Cat社製もしくはPolaris製である
 と明確に定められている。このBATと認定されなければ、乗り入れることはできない。基準にメーカー名まで示されているのには驚かされる。  国際スノーモービル製造者協会(International Manufacturer's Association: ISMA)との和解の経緯から、製造業界に配慮した内容としているものと推測できる。つまり、製造者側にとっては、仮に台数が規制されたとしても、特定の新型スノーモービルが売れるのであれば、むしろ利益は増大する。また、いわば公的な“お墨付き”を得ることで、全米規模のスノーモービル販売にも悪い影響は決してない。国立公園局としても、予算をかけずに乗り入れ車両が更新され、より静かで排気ガスのきれいなスノーモービルに統一される。
順応的管理
 順応的管理(Adaptive Management)も、この規制の大きな特徴のひとつだろう。乗り入れ台数の上限は、これまでの乗入れ実績からかなり単純に設定されている。それを補完するのが「順応的管理」だ。つまり、影響の有無を監視しながら、影響があれば利用を中止するなどの必要な対策をとることを、あらかじめ制度に盛り込んでいる。また、その影響を監視するための指標も設定されている。  暫定的に基準を設定し、モニタリングしながら対策をとったり、規制、基準の見直しを進めるということが、国立公園局の基本的な戦略のようだ。考えてみれば、客観的な「環境容量」なんてそうそう簡単に計算できるものではない。  一方で、このような基準の設定方法は、「影響がでなければそれでよい」とされる危険性もはらんでいる。そのためもあって、モニタリング情報の公開や閾値の設定、専門家のレビューの機会を確保する「オープンフォーラム(Open Forum)戦略」が採り入れられている。

○順応的管理の具体的な内容

  1. モニタリングと適応のための管理の目標は、長短期の公園の資源に対するマネジメントの影響を監視すること
  2. それぞれの冬季管理地域について、特定閾値(specific thresholds)を設定すること
  3. それぞれの指標について閾値が定められているか、もしくは仮説として定められていること
  4. それぞれの指標についてモニタリング方法と頻度が定められていること
  5. 閾値を越えた場合、管理のための対処方法(Management actions)が実施されること
  6. モニタリング結果、技術的専門知識、モニタリング技術、専門家によるレビューの結果を広く知らしめるための「オープンフォーラム(Open Forum)戦略」をとること
  7. 冬季間の重要な資源管理に関する対処方法とモニタリング方法は、政策決定書(ROD)に定めること
ガイド制度の導入
 利用面でみると、「ガイドツアーによるアクセス(guided access)」、つまりガイド制度の導入は注目すべき点だ。国立公園局では毎年、ガイドに対する講習会を開催する。イエローストーン国立公園への乗り入れは、原則としてこの講習を受けたガイドが同行するガイドツアーに限定される。
 ガイド講習会では、国立公園に関する知識に加えて、規制の内容や、様々な利用上のルールを習得する。例えば、利用客を縦一列に並べて走行させることや、「減速」「エンジン停止」「右方向に野生生物」などの情報を伝達する手信号などを学ぶ。
 なお、この規制では、イエローストーン国立公園への乗り入れ台数の80%は商業的ガイドツアー、残りの20%は非商業的ガイドツアーによる利用とされていた。
規制の導入
 この規制は、2度の冬季シーズンに渡って段階的に適用され、3年目に必要な変更を行う「段階的導入」の手法をとっていた。地元業者への影響に配慮したものである。
 ところが、この規制案が決定された直後、「動物のための基金」からの訴えに対して判決を下した、ワシントンDC地方裁判所が異を唱えた。規制の導入をとりやめ、2000年の「冬季利用に関する政策決定書(2000ROD)」を施行することを命じたのだ。この命令(2000RODの施行)は、スノーモービル利用を段階的に減らし、将来は完全に排除することを意味する。この命令が適用されれば、その冬のシーズンの乗入れ台数は、3公園合わせても543台と、新しい規制案の半分以下になる。また、翌シーズンには乗入れが全面規制される。
 これに対して、スノーモービル業界もいったんは和解に応じた裁判を再開した。この裁判を担当していたワイオミング地方裁判所は、イエローストーン及びグランドティートン国立公園の所長に対し、すべての利用者が公平に利用できるよう、「緊急命令(emergency order)」を発出するよう命じた。また、乗入れ台数は合計920台とすることを求めた。

 その後、ワシントンDC地裁とワイオミング地裁は互いに相手方の命令を無効とし、自らの命令を施行するよう繰り返し求めるといった混乱した状況が続いた。その度にそれぞれの「応援団」が勝ち鬨(どき)を上げ、それをマスコミがとりあげるといった騒ぎが起きた。混乱の結果、規制導入が宙に浮いてしまった。
 このような状況を打開するため、国立公園局は2004年に冬季利用計画に関する暫定的環境影響評価報告書(Temporary Winter Use Plan Environmental Assessment)を用意し、その後3年間の冬季利用ルールを定めた。これにより、イエローストーン国立公園740台、その他2公園140台の合計880台の乗入れが認められることになった。また、その間にその後の長期利用計画を策定することとした。
 その後も訴訟合戦は続き、さらに複数の団体が新たな訴訟を起こしていた。事態を重く見た連邦議会は、予算関連法案の中などに3回にわたって、国立公園局によって定められた現在の暫定的な冬季利用計画が有効であることなどを盛り込んだ。その結果、両地裁及び多くの原告が訴訟を取り下げ、この問題は一応の収束をみた。
 もうひとつ注目すべき点は、国立公園局の憲法ともいえる「管理政策書(Management Policy)」が2006年に改定されていることだ。改正前のものは、2001年にクリントン政権下で制定されたものだった。この改定でも、利用を重視するブッシュ政権の意向が強く反映されていると言われる。
 中でも、「公園の価値の減損(impairment)」の定義にそうした姿勢が強く現れている【4】
 2006年の政策書では、「公園本来の資源や価値が損なわれること」と定義されているが、その価値の中に「現代及び将来の国民がそれら資源や価値を楽しむ機会」が含まれている。国民が公園を利用する機会を確保しないということも、公園の価値を損なうことを意味するわけだ。すなわち、イエローストーン国立公園の冬季利用も、影響がない範囲で利用を受け入れるべきということを、国立公園局がその基本方針に盛り込んだことになる。
【4】 国立公園局管理政策書2006
(該当箇所:Section 1.4.7.1, 2006 NPS Management Policy)
http://www.nps.gov
/policy/MP2006.pdf
写真28:国立公園局の憲法ともいえる管理政策書(写真は改定前の2001年版)

 国立公園局は、この暫定的な規制が運用されている間に、様々な調査・検討を行っている。2007年9月に発表された「拡大イエローストーン地域における冬季利用計画に関する経済分析(Economic Analysis of Winter Use Plan in the Greater Yellowstone Area)」では、それぞれの政策オプションに関する経済的な影響と具体的な金額などが記述されている。また、この規制が抱える市場失敗(market failure)【5】など、実際の規制案を策定する上で考慮すべき点などについても記述されている。

 その他、モデリング報告書(経済、大気、騒音)、モニタリング報告書(音圧、音景観、大気及び水質、野生生物)なども多数取りまとめられている。長期にわたる利用計画を策定する素地がこうしてつくられていった。

 なお、イエローストーン国立公園他2公園における冬季利用に関する資料は、以下のウェブサイトに掲載されている。

Winter Use Technical Documents
【5】 市場失敗(market failure)
例えば、スノーモービルによる大気汚染や騒音が登山利用者などに与える損失は、スノーモービル利用者にインセンティブが働かないために、補償されていないことなど。
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