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No. アメリカ横断ボランティア紀行(第12話) レッドウッドの森のボランティア
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Issued: 2007.08.30
レッドウッドの森のボランティア[2]
 目次
国立公園職員のスコットさん(手前)とティムさん。スコットさんは、GPS端末を首から提げ、車載用アンテナをザックの上に取り付けている。

 スコットさんがGPS端末の画面表示を見ている。画面には最初の調査地点までの距離と方角が表示されている。
 「ここら辺にしよう」
 最初の調査地点がだいぶ近くなったようだ。車を路肩に寄せて停め、調査用具を持って歩き出す。歩道のようなものはなく、いきなり森の中に入っていく。
 「270度の方角に200mだ」
 ジェイソンさんがコンパスで方角を見定め、歩測で大体の距離を測りながら森の中を進んで行く。

 森の中は暗く、下生えはほとんどない。転がっている丸太はゆうに胸の高さまである。大きな切り株があちこちにあり、そこから萌芽したレッドウッドが切り株を囲むように立ち並んでいる。伐採のために縦横に付けられたブルドーザーの作業道は山肌を深くえぐり、今も赤土が露出したままだ。立ち枯れた細いダグラスモミが斜めに倒れている。生きている樹木も細く、北向き斜面などでは、ほとんど頂部にしか葉がついていない。伐採後の管理がいかにずさんなものだったかが伺える。
 そんな中を歩くのは容易ではなかったが、ジェイソンさんとスコットさんはどんどん先を歩いていく。彼らは特製のスパイク付きブーツを履いているとはいえ、それにしてもフィールド調査経験の「格」がまったく違う。私たちがそれまでボランティアをしていたマンモスケイブ国立公園が、石灰岩からなるなだらかな丘陵地形だったのに対して、レッドウッドのフィールドは隆起運動によりできた山地で、急な斜面が連続する。岩質がもろく降水量が多いので、地すべりがあちこちで起きている。慣れないうちは無理をしない方が無難だ。
スパイクのついた作業用ブーツ

 「このあたりかな? ここに杭を打って、位置をGPSで記録してください」
 ジェイソンさんからの指示を受けて、金属製の杭を打ち込む。
 GPSには「アベレージ(平均)」という機能がついていて、何度か連続して位置情報を取得し、実際の調査地点に近い位置情報を取得できるようになっている。人工衛星からの電波をいかに安定して受信させるかがポイントだそうだ。
 杭を中心に周囲の樹木の調査を開始する。まず、記録すべき樹木をジェイソンさんが選ぶ。Cruiser's clutchと呼ばれる小さなアクリル製の透明な器具を、目から一定の間隔に離して構え、その幅より太く見えるすべての樹木を記録対象とする【2】。細い木でも近ければ調査の対象になる一方、太い木でも遠ければ対象から外れることになる。
【2】 Cruiser's clutchを使った簡易調査
 この調査方法は、Basal Area Factor(BAF)法と呼ばれるもので、比較的簡便な方法で森林の材積を推計することができるように設計されている。任意に選んだ地点で行ったサンプル調査の結果を決められた計算式に導入すると材積が算出できる仕組みだ。調査項目は比較的少ないが、それだけに、データを正確に取らないと最終的な計算結果に大きく影響する。
クルーザーズ・クラッチ。チェーンにフラッグ(ビニール製の目印)がつけてあるのは、暗い林の中で落としても目立つようにするため。 クルーザーズ・クラッチを構えたところ。チェーンに真ちゅう製の玉が入っていて、そのいずれかを基準として用いる。
クルーザーズ・クラッチ。チェーンにフラッグ(ビニール製の目印)がつけてあるのは、暗い林の中で落としても目立つようにするため。クルーザーズ・クラッチを構えたところ。チェーンに真ちゅう製の玉が入っていて、そのいずれかを基準として用いる。
 次に、特定された樹木の樹高と胸高直径を計測する。樹高は、樹木までの距離と木の梢(こずえ)までの角度から計算する。理屈は簡単なのだが、荒れた針葉樹の森の中で実際に行うのは容易ではなかった。急斜面だったり、倒木があちこちに横たわっていたり、潅木が一面に生い茂って身動きができないようになっているところもある。
胸高直径測定 樹高測定
胸高直径測定樹高測定
調査地点の中心点に立ち、記録をとっているところ。作業用の保護メガネをかけている。先のとがった枯れ枝が横に張り出しているので、森の中での作業中は常時着用している方が安全。

 調査に参加するようになってしばらくすると、妻は記録係を任されるようになった。文字(特に数字)が読みやすいことと、几帳面に記録をつけ、調査したその日のうちに必ずデータ整理と入力を終えてしてしまうことが評価されたようだ。公園職員も含めて、記録用紙に躍っている文字は読みにくい。書き方も三人三様だ。
 樹木は、学名を短縮したコードで記録される。例えば、レッドウッドはSequoia SempervirensでSESE3(シーシースリー)、ダグラスモミはPseudotsuga MenziesiiでPSMEM(ピズミー)。調査者が連呼するコードを記載していくのだが、わからなければとりあえずメモだけしておいて、後ほど確認する。よく使うコードはすぐに覚えるが、中にはめったに聞かないコードもある。記録者によってはいい加減な名前が書いてあったりもする。また、自分たちだけで調査に行った場合に、わからない樹木があればデジカメに撮影して帰ってから確認することになっているが、中にはこのデジカメの写真の番号が記載されたままの記録用紙もある。
 妻は、A型の日本人らしい几帳面さで、溜まっていた記録用紙を整理・解読・入力してしまい、これですっかり公園職員の信頼を勝ち得たようだった。

 次第に、
 「この調査項目が抜けています」
 とか、
 「この胸高直径では記録の対象になりません」
 「次は樹高測定です」
 などと調査を仕切るようになった。
 私の方は、あいかわらず下っ端として、指示されるままに樹木に抱きついて胸高直径を計ったり、樹木の根元に巻尺の一端を固定して距離を図ったり、クリノメーター(角度計)で高さを計測する作業を繰り返す毎日となった。
 1ヶ月もすると、私たちは2人だけで調査に出されるようになった。専用のトランシーバーを与えられ、それを常時携帯する。調査用具を詰め込み、調査地点の入力されたGPS端末を持って出かける。車は、2人乗りの四輪駆動ピックアップトラックをあてがわれることが多かった。
 2人だけで調査に行くようになってから、いろいろ工夫をするようになった。例えば、赤外線距離計とレーザーポインターの導入。樹木が密生する森の中では特定の樹木を指し示すことが案外難しい。倒木やとがった枯れ枝、牽引ワイヤーの残骸など危険なものが多いので、できるだけ歩く距離を小さくしたかった。赤外線距離計を使うことで樹高の測定が驚くほど楽になったし、レーザーポインターによって調査樹木を指し示すことがずっと楽に、かつ確実にできるようになった。
 「違う 違う、そっちの3本目のレッドウッド」
 「ハンノキの隣の太いダグラスモミの方だよ」
 そんなやりとりも、だいぶ減って、調査が効率的に進むようになった。
購入した距離計。やはり目印のフラッグをつけている。

 朝はできるだけ早く出発して、計画的にノルマをこなす。データ整理や翌日の作業の準備などを終え、残った時間で研修レポートのための調べものや簡単な聞き取りを行うようにした。
 レッドウッドの科学・資源管理部門は、1日10時間労働の週4日勤務だ。1日が長いので、時間配分によって仕事の進み方はまったく違ってくる。また、週末は金土日の3連休なのがありがたかった。
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