環境を巡る最新の動きや特定のテーマを取り上げ(ピックアップ)て、取材を行い記事としてわかりやすくご紹介しています。
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アメリカ横断ボランティア紀行(第12話)
シリーズ・もっと身近に! 生物多様性(第2回)
「国際交渉と生物多様性条約の歴史と展望」
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Issued: 2007.08.16
シリーズ・もっと身近に! 生物多様性(第2回)
 「国際交渉と生物多様性条約の歴史と展望」
 1980年代の後半、熱帯雨林の破壊などの問題がメディアで大きく取り上げられていました。自然環境の破壊や損失にかかる危機的な状況を前にして、生物多様性の保全と利用に対処するための国際的な枠組みの必要性が国際社会で広く認識されるようになりました。
 当時すでに国際環境法として整備されていた、絶滅のおそれのある野生動植物の取引に関する国際ルールを規定した「ワシントン条約」や水鳥の生息地である湿地を保護する「ラムサール条約」などに加えて、より包括的に生物多様性や生物資源を扱う「生物多様性条約」の誕生が切望されました。同条約は、'92年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された国連環境開発会議、いわゆる地球サミットで採択され、翌'93年に発効しました。
 発効から15年を経た今日、条約によって改善された分野もあれば、なかなか解決策の見当たらない課題もあります。今回は、生物多様性条約の歴史と今後の展望について、お伝えしていきます。
 目次
条約事務局長からのメッセージ(対訳)
生物多様性条約
なぜコップ、締約国会議を開催
条約の構造
実際の会議場での交渉の流れ:決議ができるまで
条約が扱うテーマ
条約の今後の展望
条約事務局長からのメッセージ(対訳)

日本の皆様

 日本政府が生物多様性条約第10回締約国会議の誘致を決定されたという朗報を、大変な喜びをもって伺いました。日本は、条約においても、また条約の財政メカニズムである地球環境ファシリティーにおいても重要な役割を果たしています。こうした日本の支援があってこそ、世界中の150数カ国が保全活動を行なうことができているのです。

 2010年は条約にとって、様々な意味で重大な年です。まず、「生物多様性の損失速度を顕著に低減させる」という締約国がコミットしている2010年目標の年に当たります。また、遺伝子資源のアクセスと利益配分に関する国際的な枠組みを策定する年にすることを締約国では合意しています。さらに、2010年を国際生物多様性年とすることを国連では定めています。

 2007年は、G8サミット会合において初めて生物多様性が議題に上がりました。G8プラス5の大臣級会合は、「ポツダム・イニシアティブ─生物多様性2010」を発表しています。2008年の初頭に日本がG8の議長国を引き継ぐこととなり、日本が現在の大きな流れにのって、そのうねりをさらに大きなものとしていくことを私は確信しています。世界の生物多様性を保全するという共通の努力に対して非常に重要な貢献をなすであろうことも確信しています。

 日本が2010年の締約国会議の議長国となった暁には、2010年というもっとも重大な年に向けた共通の努力を結実させるために日本の大きな貢献が期待できるとともに、その地球の生命を守っていくという我々の共通目標を達成していくための共同作業を私もいっしょに担っていけることを、今から楽しみにしています。

アハメド・ジョグラフ
事務局長

Dear Citizens of Japan,

It was with very great pleasure that I learned of Japan's intent to host the tenth Conference of the Parties to the Convention on Biological Diversity in 2010. Japan plays a crucial role in the Convention and in its financial mechanism, the Global Environment Facility, enabling conservation action in some 150 countries around the world.

The year 2010 is critical for the Convention in many ways. It is the year to which countries have committed to achieve a significant reduction in the rate of biodiversity loss - the 2010 Target. It is also the year by which the Parties to the Convention have agreed to have in place a regime on access to genetic resources and equitable sharing of benefits arising from their utilization. And it is also the year designated by the United Nations as the International Year of Biodiversity.

In 2007, the issue of biodiversity has been included in the agenda of the G8 and its Summit for the first time in history. The ministerial meeting of the G8+5 launched the "Potsdam Initiative - Biological Diversity 2010". As Japan takes over the Presidency of the G8 at the beginning of 2008, I have no doubt that your country will capture and build greatly on current momentum and provide an essential contribution to success of our common efforts to conserve the world's biodiversity.

In assuming Presidency of the COP in 2010, Japan would help to ensure the success of our collective efforts in this most crucial year and I greatly look forward to working together to help achieve our common goal of safeguarding life on Earth.

Ahmed Djoghlaf
Executive Secretary


生物多様性条約
 生物多様性条約は、'92年のリオの地球サミット(環境と開発に関する国際連合会議)で採択された条約の一つです。'07年7月現在、ECを含めて190カ国の国と行政体が条約の締約国となっています。最も新しい加盟国は東ティモール民主共和国で、'06年に加入しています。

 具体的な条約の目的は以下の3つに整理されます。
 (1)地球上の多様な生物をその生息環境とともに保全すること
 (2)生物資源を持続可能であるように利用すること
 (3)遺伝資源の利用から生ずる利益を公正かつ衡平に配分すること
 (条約 第1条)

 3番目の目的で「公平かつ衡平に」とあるのは、えこひいきせず、かつバランスよく配分するといったほどの意味です。保全、持続可能な利用、利益の配分に関連して、保全を比較的優先する先進国側と、持続可能な利用と自国資源の宗主権などを掲げる発展途上国側の、南北双方の主張を反映していることがわかります。

なぜコップ、締約国会議を開催
 条約が採択され、発効したこと自体、大変な成果であり、多くの関係者の交渉や努力の賜物です。しかし保全や持続可能な利用など、その目的が各国で実行に移されてこそ、条約は、より意義深いものとなっていきます。
 そこで条約を批准した各国が定期的に集まり、その進捗度合、成果、新たな課題について話し合う場として、締約国会議(COP)が開催されるのです。生物多様性条約締約国会議は、現在は2年に一度の頻度で開催され、次回のCOP9は'08年にドイツ・ボンでの開催が決まっています。
 日本が誘致を表明している'10年は、第10回締約国会議(COP10)に相当します。
 条約の議長国には、COPの開催国が着任しますが、その期間はCOPの開会時から次のCOP開催までの約2年間です。'10年にCOP10が日本で開催されることになれば、'10〜12年までの期間、日本が議長国を務めることになります。
■いまさら聞けない! 生物多様性条約 基礎の用語集
  • シービーディー(CBD)
    生物多様性条約(Convention on Biological Diversity)のこと。頭文字を取ってCBDと略称されます。
  • コップ(COP)
    条約に批准した国々が集まる会議のこと。ここでは、生物多様性条約締約国会議(Conference of the Parties to the CBD)を指して使われますが、一般に、条約ごとに締約国会議(COP)が設置されます(日本では気候変動枠組条約の締約国会議が有名)。後に開催回数をつけて、「COP10(=第10回締約国会議)」などと呼ばれます。
第8回締約国会議 (COP8) 会場入り口の様子; 2006年3月 ブラジル クリチバ市

 COPは、条約の最高決定機関で、生物多様性条約では条文の第23条に設置が定められています。主要な任務として、条約の実施状況と発展の方向性の舵取りを行なっています。その他にも予算の採択、各国の進捗状況を報告するナショナル・レポートについての議論が行われる場にもなっており、またバイオセイフティに関するカルタヘナ議定書の採択に向けた議論も行なわれてきました。なお、同議定書が発効した03年以降は、条約締約国のうち同議定書に批准した国々より構成される「COP/MOP」と呼ばれる議定書締約国会議に場を移して議論が交わされています。
 条約に関する正式な決定はCOPでしか行なわれないので、COPの過去のやり取りを追っていくと、条約の歴史がわかるようになっています。

 締約国会議の決議には、すべての国のコンセンサス(同意)が基本です。多数決でもなく、国の資源や経済の規模に応じた配分もありません。一国でも反対すれば、決議が採択されることはありません。COPの決議には多くの労力と時間が交渉に割かれることになります。
 締約国の発言や議論の後に、締約国ではない政府、非政府組織、先住民族の団体、教育研究機関、産業団体にも発言する機会がありますが、決議の文言への拒否権はありません。

条約の構造
 条約のプロセスの中心であり、最高決定機関であるCOPですが、開催に至るまでには、科学技術助言補助機関(SBSTTA)の会合、あるいはより小規模なものではワーキンググループ、技術専門家グループ、委員会といった専門家会合で、詳細なトピックごとに議論がなされることがあります。
 特にSBSTTAは条文で設置が定められている機関として、条約の実施に関して、全般的にCOPに対して科学的、技術的な推薦や助言を行なうよう意図されています。'07年7月には、パリのユネスコ本部で、第12回目のSBSTTAが開催され、気候変動、エコシステムアプローチなどが議論されました。SBSTTAの他にも、期間を限定して、定められた専門領域を議論する目的で、ワーキンググループや委員会が設置されることがあります。例えば、保護地区のワーキンググループ(Working Group on Protected Areas)、カルタヘナ議定書の法令遵守に関する委員会(Compliance Committee under the Cartagena Protocol on Biosafety)などです。
 さらに、技術的・科学的な情報交換を行なうために、クリアリングハウスメカニズム(CHM:情報交換の仕組み)が整備されています。現地点では、条約事務局及び各国がインターネットでの情報公開を中心に、各国が訓練や能力開発、技術支援に関しての経験や知識を交換していて、会議の円滑な運営に一役買っています。ただし発展途上国を中心に、インターネット以外の手段での情報交換や経験の共有を要望する声が根強いのも事実です。
 
 条約事務局は、COPやその補助機関の会合のための準備と運営を主な任務としています。国連環境計画の傘下で、カナダのモントリオールに置かれています。
条約の構造: COPの議論に至るまでの専門部会などの流れ

実際の会議場での交渉の流れ:決議ができるまで
第8回締約国会議 (COP8)で議論に聞き入る関係者;2006年3月 ブラジル クリチバ市

 実際のCOPやSBSTTAの会合では、どのような交渉が行なわれているのでしょうか。会期や実施回数に違いはありますが、基本的な流れはほぼ同じです。
 COPには100以上の締約国が参加しますから、決議の文章をゼロからつくりはじめて合意に至るのは現実的ではありません。多くの場合、事前にたたき台となる文章が準備されます。
 実際には、直近のCOPにおいて、「これこれの内容について条約事務局長は情報を収集し、SBSTTAかCOPへ報告すること」などの要請がなされており、関連文書が準備されています。事務局内の担当者が事前に、関連する国連機関、研究機関、非政府組織などから幅広く情報を収集し、決議の土台となる文書を作成します。COPの決議やSBSTTAの推薦の骨格となる文書(「プリセッショナルドキュメント」)と、より詳細な科学・政策的な裏づけとなる資料(「インフォメーションドキュメント」)の2種類が準備され、会議の2ヶ月前までに、関連文書が締約国に送られます。
 
 会場では、まずプリセッショナルドキュメントについての議論を行ないます。文書の文言の中に合意できない箇所があり、全体会合での合意に時間がかかりすぎると議長が判断した場合、コンタクトグループと呼ばれる小グループに分かれたり、議長が小さいグループを招聘して、別室等で議論をします。
 議論がまとまると、その議論を踏まえて議長と事務局が、プリセッショナルドキュメントの文章を修正・変更したCRP(Conference Room Paper)という文書を用意します。CRPをもとに、同じ手順でさらに議論を重ね、大筋合意に至ると、今度はL-Doc(Legal Document)が作成されます。決議の一歩手前の文書という位置づけで、時には、夜を徹した議論が行なわれます。最終ラウンドの交渉の結果、採択されるとCOPの決議となります。
 以上が、文書からみた決議採択までの会議場での一般的な流れです。
■これであなたもCOP通! 会議場に舞う書類の数々: 業界用語
  • プリセッショナルドキュメント
    COPの決議やSBSTTAの推薦の骨格となる文書で、国連公用語の6カ国語に翻訳されます。
  • シーアールピー(CRP)
    会場での全体パネル、作業部会の議論を踏まえたプリセッショナルドキュメントの修正文書で、本文書をもとにさらに議論が交わされます。
  • エルドック(L-doc)
    CRPからさらに議論が発展して、決議の一歩手前の状態となった文書。締約国による確認と、必要に応じた変更が加えられて承認されると、決議文書となります。
決議文書作成の流れ

締約国による全体会合の様子('07年7月に開催されたSBSTTA12会場より) コンタクトグループという小グループに分かれて議論している様子('07年7月に開催されたSBSTTA12会場より)
締約国による全体会合の様子('07年7月に開催されたSBSTTA12会場より)コンタクトグループという小グループに分かれて議論している様子('07年7月に開催されたSBSTTA12会場より)

条約が扱うテーマ
 条約が扱うテーマはかなり幅広いものとなっています。
 まずは、生態系のタイプ別にテーマ領域と呼ばれる、以下の7領域があります。
  • 海洋・沿岸域
  • 乾燥地及び半湿潤地
  • 農業
  • 森林
  • 島嶼
  • 内陸水
  • 山岳
 それぞれのテーマ領域ごとに作業計画が策定されており、締約国が条約目的に沿った政策実施の補助、指針となるように設計されています。作業計画は、かなり網羅的な内容で、多くの場合、決議の前文などで「各国の状況や文脈に応じて実施していく」としています。
 次に、すべてのテーマ領域に共通する課題、横断的な課題(cross-cutting issues)として議論される項目があります。例えば、遺伝資源のアクセスと利益配分、外来生物、観光、気候変動、経済等貿易、エコシステムアプローチ、指標、植物保全戦略、保護地域、伝統的知識(条約第8条j項)、教育と普及啓発、技術移転・協力、責任と救済(条約第14条2項)、世界分類学イニシアティブなどがあります。条約が多種多様な生態系のタイプと関連する事象について議論してきたことがわかります。
 一方で、条約は取り扱うテーマを広げすぎたと学術論文などを中心に批判があるのも事実です。
生物多様性に関連する五条約のロゴマーク

 冒頭にも記したように、既存の環境条約を包括的に議論する場として、生物多様性条約がスタートしている経緯もあって、内容が幅広く多岐にわたる側面があります。現在は、生物多様性に関連する五条約──ワシントン条約、ラムサール条約、移動性の野生動物種の保護に関する条約のボン条約世界遺産条約──が協力体制にあります。
条約の今後の展望
 生物多様性条約では、条約全体の3つの目的を達成するためにも、期限をつけた目標を掲げ、各国が活動をしています。'02年にハーグで開催されたCOP6で採択され、'04年のCOP7において、実施のための戦略が採択された、「2010年までに生物多様性の損失速度を顕著に減少させる」という目標があります。通称「2010年目標」。'02年のヨハネスブルグ・サミットの実施計画にも盛り込まれています。
 2010年目標は、決議VI/26に、
「2010年までに、地球、地域、国レベルで、貧困緩和と地球上すべての生物の便益ために、生物多様性の現在の損失速度を顕著に減少させる。」
とされています。

 この目標は、11の中目標とさらに21の小目標に分かれ、20程度の指標で進捗状況を図ることとしています(交渉中の指標があるために20程度となっています)。
 それぞれの中目標は7つのフォーカルエリア(監視する領域)に分かれ、領域ごとの努力が推進されています。戦略と実施の枠組みが、やや入り組んでいますが、既にあるデータや指標を有効に活用しながら進捗状況を計測していこうと意図した結果です。'10年のCOP10が目標期限に当たるため、注目が集まります。
2010年目標の枠組

2010年目標 パンフレット表紙

 2010年目標をはじめ、指標や基準の議論が深まるにつれ、バラバラに存在してきた生物多様性(特に種)に関する情報やデータが統合されてきました。こうしたデータが整合性をもって管理されるような努力が行なわれていることは前進の一つであるとみなす専門家が少なくありません。
 条約が誕生し、議論を重ねてきたことで、「生物多様性が危機に直面しており、対処が必要である」という認識が広まってきました。些細な変化にみえますが、こうした認識がさらに各国の国家戦略や2010年目標などを通じて、政策立案者、市民、民間企業の間に広まっていくことが期待されています。

 さらに環境分野だけではなく、農林業、鉱業、貿易、知財などその他の産業に関わる分野でも「生物多様性がどうも関わってくるのか」という意識が広まっていくことが生物多様性の保全に欠かせないとみなされるようになっています。このように関連分野や産業に概念を広めていく動きを、生物多様性の「メイン・ストリーミング」と呼んでいます。
 今後は、'06年のCOP8で初めて決議が採択された民間企業の参画や、分野を横断するようなテーマでの省庁間の協力が注目されています。

 条約全体の概要と、現在の主な活動として2010年目標をみてきました。個別のテーマ領域や横断的な課題について説明することはできませんでしたが、ご興味があれば、条約事務局のホームページ(英文)もご覧になってください。今年の5月にリニューアルされたばかりです。
■条約に至るまでの歴史を振り返って:'72年から'92年まで

 '60年代末〜'70年代初頭というと、どんなことを連想しますか。札幌オリンピックが開催されたのが'72年のことでした。政治家の田中角栄氏によって「日本列島改造論」が提唱され、日本の国土が盛んに開発されていました。この頃、環境に関して重大な二つの出来事がありました。

 人類が初めて月面に降り立ったアポロ計画。アポロ11号による有人月面着陸は'69年のことでしたが、その前年の'68年12月にアポロ8号が人類初の月周回飛行を成功させ、月の周回軌道上で月面地平線から顔を出す、青く輝く地球の写真を撮影しています。この写真によって、人類は初めて月面空間から眺めた地球の丸い姿を目にすることができたのです。当時の人々も、“地球が丸い”ことを知識としては知っていましたが、実際にこの写真を見たことで、人類が「地球という一つの星を共有している」ことへの意識がより深まっていったと主張する学者もいます。
 人類が地球を共有しているのは、当たり前に思えるかもしれませんが、当時の政治的背景を振り返ると必ずしもそうではありませんでした。当時は冷戦の時代。「共産主義の東側」と「資本主義の西側」という二つの陣営で、世界の国々は真っ二つに分かれて対立していました。
 2つ目の重要なできごとは、「国連人間環境会議」が開催されたこと。'72年は、冷戦期の中でも比較的対立関係が緊張緩和していた時期で、旧時代の外交用語で「デタント(Détente)」と呼ばれました。人権、軍事・政治体制などが話しづらい内容だったのに対して、「環境」というテーマは、東西の陣営が交渉テーブルに着きやすいお題目でした。国連人間環境会議は、環境問題が地球規模、人類共通の課題になってきたことが背景にあります。ちょうど欧州では、越境大気汚染に関する議論が行なわれていました。環境問題の対策には一国では限界があり、国際的な協力が不可欠であることが認識された会議ともいえます。この会議で採択された「人間環境宣言」及び「世界環境行動計画」を実施に移すための機関として、国連環境計画(UNEP)が同年の国連総会決議(決議2997(XXVII))に基づいて設立されました。生物多様性条約の歴史の起源を語る上でも欠かせないできごとです。

 このように'60年代末〜'70年年代初頭は、意識の上でも、政治的な対話という側面でも重要な時期でした。
 '72年のちょうど20年後に当たる'92年も、環境政策にとって国際的に重要な年となりました。'80年代の終わりから'90年代の初頭にかけて、共産主義を掲げる諸国の体制が変わり、冷戦が終結しました。では、世界各国の交渉で大きな対立軸がなくなったのかといえば、実情はそうではありません。対立軸が「東西」から「南北」へとシフトしてきたのです(実際には'72年当時にも南北の対立はあったのですが、どちらかというと東西の対立が際立っていたという方が正確な表現かもしれません)。
 南北の対立が特に表面化したのは、'92年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開かれた、いわゆる「地球サミット」です。環境を巡る話し合いが進む中で、先進国の割合が高い北半球と、途上国の割合が高い南半球で、環境に対する考え方に対立がみられました。全世界の共通責任として地球の環境を守っていこうと「共通の責任」を提案した主として北側の先進諸国に対して、「原因の大部分は先進諸国が環境を破壊しながら発展してきた経緯にあり、また環境保全の対処能力も先進諸国に追うところが大きい」とする途上国側の主張が真っ向から対立しました。こうした両者の主張の折衷案として、「共通だが差異ある責任」という考え方が提案されたのです。
 そうした対立のなかで、「持続可能な発展」つまり、今の世代だけで終わるのではなく、次の世代、その次の世代へとサイクルを持続させられるような発展のしかたが大切であるということが認識されたことは重要な前進でした。同時に、主に先進国が主張する環境の保全を単独で取り上げるのではなく、現在は貧しい生活を強いられている国や人々が自然資源を持続可能な形で利用していくことも議論する必要性が認識されました。言い換えると、地球規模の環境問題を議論する際には、保全と開発がワンセットで話し合われることの重要性が認識されたともいえます。


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関連情報 |
  生物多様性条約事務局(英文)
 http://www.cbd.int/default.shtml
  生物多様性条約概要(外務省HP)
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/jyoyaku/bio.html
  生物多様性情報クリアハウスリングメカニズム
 http://www.biodic.go.jp/chm/
記事:香坂玲

〜著者プロフィール〜
東京大学農学部卒業。英国イーストアングリア大学開発学大学院で修士号、ドイツ・フライブルク大学の環境森林学部で博士号取得。環境と開発のバランス、景観の住民参加型の意思決定をテーマとして研究。帰国後、国際日本文化研究センター、東京大学大学院、中央大学研究開発機構の研究員を経て、現在は国連環境計画生物多様性条約事務局にJPOとして勤務。カナダ・モントリオール在住。
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