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No. アメリカ横断ボランティア紀行(第21話) アラスカへ(その3)
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Issued: 2009.06.11
アラスカへ(その3)[2]
 目次
国立公園事務所インタビュー
国立公園の直面する課題
ANILCA法の抱える問題
車道規制
新たなアクセス計画
国立公園事務所インタビュー
 デナリ国立公園の管理事務所は、公園の入口から車道を5キロメートルほど入ったところにある。私たちは車道ではなく、林間トレイルを歩いて行くことにした(このトレイルについては、「妻のひとこと」をご参照下さい)。
 事務所に着くと、2階の所長秘書室に案内された。デナリ国立公園のアポイントは、所長秘書が調整してくれた。まず、公園のパンフや国立公園内で使われている犬ぞりに関するの図書などをいただく。その後、インタビュー先である、資源管理部門(Resource Management Division)に案内された。この部門は、所長室のある建物に隣接する別の建物の中にあった。実用的な雰囲気のある建物だ。
写真9 デナリ国立公園管理事務所
写真9 デナリ国立公園管理事務所
写真10 資源管理部門の入っている建物
写真10 資源管理部門の入っている建物

○デナリ国立公園及び保護区


 1917年、マウントマッキンリー国立公園として設立。1978年に、隣接してデナリ国立記念物公園が大統領布告により設立された後、1980年に2つの公園が統合され、デナリ国立公園及び保護区(Denali National Park and Preserve)が設立された。
 公園内には、北米大陸最高峰のマッキンリー山(6,193メートル)があり、アラスカ山脈の広大な氷河とそこから流れ出す河川、ツンドラやタイガ生態系が広がる原生的な国立公園。公園名の「デナリ」は、アラスカ原住民であるアサバスカン(Athabascan)族の言葉で「高きもの(high one)」の意。
 公園内にはカリブー、ドールシープ、モース、ハイイログマ、シンリンオオカミなど多くの野生生物が生息する。  国立公園と国立保護区を合計した面積は6,075,030エーカー(約246万ヘクタール)で、日本の国立公園の総面積(約206万ヘクタール)を大きく上回る。うち、国立公園の面積は4,740,912エーカー(約192万ヘクタール)、保護区部分が1,334,118エーカー(約54万ヘクタール)。1980年にウィルダネス地域1,900,000エーカー(約77万ヘクタール)が指定されている。

写真11 デナリ国立公園
写真11 デナリ国立公園

 インタビューに答えてくれたのはジョーさんというベテランの生物学者だ。通された部屋は、会議室というよりは作業室といった部屋で、図面や調査用具が並んでいる。レッドウッドで私たちが働いている事務所と雰囲気が似ている。
 「私は1978年に採用され、それ以降ずっとこの公園で資源管理部門に勤務しています。採用当時は、資源管理部門には職員が2人しかいませんでした」
 1980年、ANILCA法により、新たに200万エーカーの区域が追加された後も、この2名体制がしばらく続いたそうだ。現在は、12〜14名の常勤職員が勤務している。
 「人々は、国立公園局が潤沢な予算を持っていると考えていますが、実はそうではありません。次々に新たな問題が起こり、常に予算が不足しているのです」
 予算は、金額的には横ばいだが、給与の上昇分を差し引くと、実質的な業務経費は減少しているそうだ。
 「国立公園局では、こうした予算不足を補うために、私企業から寄付を受けています。ただ、私企業ですから、相応の見返りを期待しています」
 自動車メーカーは、高価で収益性の高いSUV車(sports utility vehicle: 日本のRV車に相当)を売りたい。このようなオフロード車が売れるには、それを使うのにふさわしい「フィールド」や「目的地」が必要だ。国立公園内には車道も駐車場もしっかりと整備されている。すばらしい自然景観の中を快適にドライブすることもできるし、未舗装路を通って自然の核心地域に踏み込むこともできる。国立公園に置かれているパンフレットなど気をつけてみてみると、自動車メーカーの広告が多いことがわかる。
 こうした自動車利用が、アメリカの国立公園を魅力的なものとしている一方で、多くの課題も生んでいる。これは、アメリカのモータリゼーションの発展と、アメリカの国立公園の制度づくりがほぼ同時期に進んだということと関係があるのかもしれない。
国立公園の直面する課題
 「この国立公園の将来は、動力付き移動手段(motorized vehicle)の使用問題の解決にかかっているといえます」
 いわゆるスノーモービルや小型のプロペラ機などの問題だ。
 「仮に、公園側と利用者側がこの問題について早急に合意することができなければ、今後20年ほどの間に、公園の大半の資源が損なわれてしまうでしょう」
 加えて、気候変動の影響も顕在化しているそうだ。
 「今年、この地域は異常に乾燥しており、多くの森林火災が落雷により発生しています。特に、フェアバンクス周辺で発生した火災は大規模で、その煙がデナリにも流れてきて、広範囲にわたる霞の原因になっています」
 この他、カリブーの個体数の大きな変動や氷河の消滅など、気候変動の影響によるものとみられる現象があちこちで観察されているそうだ。
 「この国立公園の資源は、確実に変化してきています」
ANILCA法の抱える問題
 「1980年以前に設立された旧マウントマッキンリー国立公園部分については、ほぼその管理手法が確立されていますが、拡張部分の管理には依然複雑な問題が多いんです」
 新たに拡張された国立公園部分は、原住民による生活のための狩猟採取行為(subsistence activities)が認められている。さらに、新たに追加された保護区(preserve)部分では、レクリエーション目的の狩猟(sports hunting)も認められている。
 「政治的圧力もあって、ANILCA法では、保護区部分に入り込む動力付き移動手段(motor vehicles)を排除することができませんでした」
 同法により、地域住民による伝統的なアクセス(traditional access)手段の使用が認められているが、この「伝統的な」という規定に関する定義がはっきりしていないそうだ。
 「例えば、ATV(all terrain vehicle:レクリエーション目的の小型四駆バギー車 )は、保護区が追加された1980年代にはまだまだ一般的ではなかったのですが、ANILCA法制定の1ヶ月前からでも使用していれば「伝統的」と主張するわけです」
 また、当時すでにあったスノーモービルも、近年の技術革新により、より遠くまで速く移動できるようになった。冬になると車道脇に毎日100〜150台の車が駐車されており、車1台あたりでスノーモービル2〜3台を持ち込んでいるそうだ。
 「一般の利用者は「伝統的利用」がレクリエーション利用を含むと主張しているわけです」
 技術の飛躍的進歩が、1980年の法律制定当時には想定していなかったような状況を招いてしまっている。
 「ATVは、ツンドラに致命的な被害を与えます」
 ATVの利用によって、ツンドラ地帯は、すぐ沼のようになってしまう。次の利用者はその沼地を避けるように大回りしていく。そのうち、一面が沼のようになってしまう。
 「このような状況が、1980年以来20年続いているが、保護側も利用者側も合意や妥協のために歩み寄ろうとする動きがまったくないのです」
車道規制
 「これに対し、1972年に導入されたシャトルバスサービスと、それに伴う自家用車乗り入れ規制は、利用者規制の成功事例といえます」
 1970年代にジョージパークス・ハイウェイが舗装されるまで、アラスカ鉄道(1920年代に完成)が、デナリ国立公園にとって唯一の主要なアクセス手段だった。
 「このハイウェイが舗装される時期を逃さず、公園の中心部へのアクセスをシャトルバスかツアーバスに限定したことは、画期的な判断でした。この判断は、アラスカを除く米国の大陸48州の各国立公園で繰り返されてきた失敗から教訓を得たものといえるでしょう」
 イエローストーンやヨセミテのような国立公園では、設立当初から自家用車が入り込んでいた。このような公園での自家用車の乗入れ規制は確かに難しいだろう。これらの公園では車道そのものが自家用車の利用を想定して計画されている。また、前述のように自動車メーカーなどが国立公園を支援する背景には、そういった国立公園の計画、管理方針との利害が一致するからこそという側面がある。
 デナリ国立公園では、こうした自家用車の乗り入れ禁止の措置を、公園へのアクセスが鉄道から自家用車へと転換する時期に導入したことと、それを想定した車道計画を取り入れたことで、その後大量に押し寄せることになった自家用車を公園から締め出すことに成功している。
 「この規制に対する圧力はいまだに大きいのですが、このアクセス制限を続けることが、デナリの価値を守ることでもあるのです」
新たなアクセス計画
 一方、デナリにおけるアクセス規制については、まだまだ安心できる状態にはない。現在も問題になっているのが、いわゆる「ノースアクセスルート問題(North Access Route Issues)」だ。
 「ノースアクセスルート」は、公園の北側に公園の入口を新設し、別のルートで公園の核心部分に到達するルートを開こうとする案である。
 現在、公園の核心部分であるワンダーレイクと公園入口とを結ぶ路線は、パークロード(Park Road)と呼ばれる車道が唯一のアクセス路だ。ノースアクセスルートの開設で公園の利用は格段に利便性が向上する。これが実現していないのは、デナリ国立公園の地質が不安定で、現在のルート以外での道路建設が現実的ではないからだ。デナリの自然保護の観点からは、これが幸いした。
 また、アクセスコントロールの観点からは、車道の本数やゲートが少ないことに加えて、道路が行き止まりで周回利用できない形状が、交通量や混雑のコントロールを容易にしている。今回提案されているノースルートが開設されれば、車両台数が増えるとともに、周回利用する通行車両の管理が大きな課題になるだろう。
 「提案されている新ルートの大部分は、過去に鉱物採掘のために建設が進められた砂利道跡です。この路線の建設には数億ドルの巨費が投じられたものの、当時の技術では地盤が安定せず、結局完成することはありませんでした」
 このルートは湿地帯を通り、脆弱な植生への影響や、動物の生息域の分断などが懸念されている。そのため、国立公園としてはこのアクセスルート建設は何としても阻止しなければならない。
 「この問題は、国立公園管理者がしっかりとした立場を貫くべき問題といえます」
 現在のところ、このルートの建設は棚上げされているが、政治的な圧力などは依然強く、連邦政府議会の各種委員会における審議が続いている。国立公園は、このような様々な圧力に抗しながらアクセス規制を貫き、それが公園を守ることにつながっている。

○参考:デナリ国立公園関係年表(ノースアクセスルート関係)

西暦 主な事項
1917年 マウントマッキンリー国立公園(Mount McKinley National Park)設立(2月26日)
1922〜1938年 カンティシュナまでの公園道路(現在のツアーバスルートで唯一の公園道路)建設。建設工事は国立公園局の予算を用いてアラスカ道路委員会が実施。
1878年 デナリ国立記念物(Denali National Monument)が、大統領の公告(Proclamation)により設立される(12月1日)。この他、同時期に行われた公告による国立記念物設立により、アラスカ州内での資源開発に歯止めがかけられる。
1980年 アラスカ重要国有地保全法(ANILCA)が制定される。同法により国立公園の区域は拡張され、ハイイログマ、オオカミ、カリブーなどの大型哺乳類の生息環境を保全するために十分な面積を有するデナリ国立公園及び保護区(Denali National Park and Preserve)が設立される。
1986年 国立公園の総合管理計画(General Management Plan)が策定される。同計画では、新たな北側アクセス道路の建設が適当でない旨記載されている。
1992年 カンティシュナへの代替ルートに関する検討委員会が設立され、砂利道の建設は適当でないとの結論に達するが、鉄道もしくはモノレールの建設については今後の検討にゆだねられることになった。
2003年 アラスカ州知事が、デナリ国立公園内の代替ルート建設はアラスカ州の観光振興上不可欠と発言する。地元州政府は、現在も道路建設のための働きかけを活発に行っている。

 「同じアクセスルートでも、隣接するデナリ州立公園側からのいわゆる『サウスアクセスルート』には公園も前向きです」
 サウスアクセスルートは、南側に隣接する州立公園側から国立公園に入るためのルートだ。州立公園側からならマッキンリー山が見える。現在の国立公園入口からはマッキンリー山が見えないため、どうしても利用者が公園の核心部に入り込んでしまう原因になっている。また、入口が2ヶ所になれば、利用を分散することも期待される。
 さらに、近傍のトルキートナ(Talkeetna)には空港もある。国立公園のエントランスとしてはとても条件がいい。
 「アクセスルートについては、1986年に総合管理計画(General Management Plan: GMP)にも追加されています。現在は調査中で、開発構想計画(Development Concept Plan)とその環境影響書案(Draft Environmental Impact Statement: DEIS)を作成し、パブリックミーティングなどを行っているところです」
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