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No. アメリカ横断ボランティア紀行(第21話) アラスカへ(その3)
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Issued: 2009.06.11
アラスカへ(その3)[5]
 目次
バスツアー
アイルソンビジターセンター
バスツアー
写真12 国立公園のツアーバス

 インタビューの翌日は、いよいよ公園の見学の日だ。片道85マイル(約140キロメートル)、約11時間のバスツアーは、公園内に1本だけの車道を、公園核心部のワンダーレイクというところまで往復するバスツアーだ。このツアーはいつも人気でなかなか空きがないが、シーズンオフだったため何とか予約がとれた。
 朝7時、ビジターセンター裏のバス停に集合する。私たちが一番最初だったが、続々乗客が集まってくる。あたりはまだ薄暗く、かなり寒い。
 バスがやってきた。国立公園らしい緑色のボンネットバスだ。車両番号は「252」。同じようなバスがたくさん走っているので、間違えて別のバスに乗ってしまうと大変なことになる。
写真13 針葉樹がまばらになってくる

 座席はバスの両側に2列ずつ並んでいる。少し迷ったが、右側の一番後ろに座ることにした。後ろの窓から風景が見えるのではないかという予想からだったが、これが誤算だった。
 乗客は30名ほどで、バスの中は満員だ。ほとんどが白人の高齢者だ。
 乗り込むとすぐに暖房が入った。暖かくなってきたが、音がかなり大きい。運転手が何やら話しているが、後部座席ではその声がほとんど聞き取れない。
 程なく、朝日が昇り始めた。
 森林火災の靄も晴れて、空気も澄んでいた。しばらく走ってタイガ地帯を抜けると、左側に雄大なマッキンリー山が姿を現した。雲ひとつない晴天に白い大きな山塊がそびえている。ドライバーはしばしバスを停車してくれた。
 残念なことに、マッキンリー山はバスの左手に見える。右手はすぐに山の斜面で、風景に広がりがない。野生生物が出てきたら間近に見えるのではないかと考えて右側の座席にしたのだが、その日はあいにくなかなか動物が出てこない。
 「あなたたち、もっとこっちにきて写真を撮りなさい」
 幸いなことに、左隣の老婦人がしきりと勧めてくれる。私たちも遠慮なく写真やビデオを撮影させていただくことにした。車内は和気あいあいという雰囲気で、皆手に手にカメラや双眼鏡を提げて、バスの中を行ったりきたりしている。
 バスはまた走り出した。道路はタイガを抜け、ツンドラ地帯に入ってきた。一面紅葉したツンドラがじゅうたんのように広がっている。
 次第に道路の位置が高くなり、左側は急な斜面になってきた。道路の左側には、はるか下の方に広々とした河川の氾濫原が広がる。
 車道の入口から15マイル(約24キロメートル)の地点、サルベージ川にかかる橋を通り過ぎた。橋をわたったところにゲートがあり、職員が駐在している。このゲートから先は一般車の通行は禁止されている。
 ゲートを過ぎると道路はさらに細くなり、砂利道になった。もうもうと巻き上がる砂煙が車内にも舞い込んでくる。後ろの窓からの景色もすっかり茶色にかすんでしまい、私たちの狙いはすっかり外れてしまった。ガイドブックには左側の前の席がよいと書かれていたが、おそらくそれが正解だったのだろう。最後部席は乗り降りに時間がかかるので、バスで一番若い私たちが座る席としては悪くない気もする。
 砂利道に入ると、バスがすれ違うたびに1台が停車するようになった。それだけ道の幅が狭い。
 相変わらず天気はよく、バスの左側にはどんどんマッキンリーが近づいてくる。ものすごい迫力だ。
 バスがゆっくりと停車した。バスのエンジンが止まった。
 「グリズリーです」
 その日初めての動物に、バスの中は大騒ぎだ。グリズリーベアー(ハイイログマ)は、そんな騒ぎを気にする様子もなく、バスのすぐ近くで、鼻を地面にすりつけるようにしながら何かを食べている。ベリーなどの実だろうか。近くでみるとなかなか迫力がある。
写真14 グリズリーベアー
写真14、写真15 グリズリーベアー
写真15 グリズリーベアー
 
 グリズリーがバスから遠く離れるまで待ってから、バスが走り出した。
 「あれ、何かしら」
 妻が、ゆっくりと走るバスの右手の方を指差す。ツンドラの中に、小さな動物が立ち上がってこちらを見ている。地リスだった。バスはそのまま走り抜けた。
アイルソンビジターセンター
 公園入口から66マイル(約106キロメートル)、アイルソンビジターセンター(Eielson Visitor Center)に到着した。ここで、40分ほど休憩だ。
 「わあ、すごい!」
 ビジターセンターの前には、マッキンリー川の支流が作り出した広大な氾濫原と、その向こうにそびえるマッキンリー山などの険しい雪山が連なる。道路の反対側は、ツンドラに覆われた斜面だ。皆、思い思いに写真をとったり、散策したりしている。
写真16 アイルソンビジターセンター
写真16 アイルソンビジターセンター
写真17 アイルソンビジターセンターを谷側からみたところ。道路側に比べると施設がずっと大きく見える。
写真17 アイルソンビジターセンターを谷側からみたところ。道路側に比べると施設がずっと大きく見える。
 ビジターセンター自体はごくごく小さいもので、ほとんど展示もない。狭い休憩室内のベンチには、カリブーの角が無造作に置いてあったりする。簡素なトイレが併設されているが、売店もなく、バックカントリーらしい最小限の施設となっている。
 このビジターセンターの目玉は何と言ってもその展望だ。展望デッキや、テラス状のスペースにあるテーブルベンチからは、ゆったりと目の前に広がる原生的な風景を楽しむことができる。私たちも一通り写真を撮影した後、持ってきたサンドイッチを広げて昼食をとることにした。こんなところで食事ができるだけで、大満足だった。
写真18 ビジターセンター付属の展望台
写真18 ビジターセンター付属の展望台

写真19 道路側から見ると、建物は小さく見える
写真19 道路側から見ると、建物は小さく見える
 
写真20 ビジターセンターの周囲にはいたるところに踏み跡がついている。一部は通行が禁止されている
写真20 ビジターセンターの周囲にはいたるところに踏み跡がついている。一部は通行が禁止されている

写真21 ビジターセンターの山側の風景
写真21 ビジターセンターの山側の風景
写真22 アイルソンビジターセンターからの眺め。雄大な山脈と氾濫原が一望できる
写真22 アイルソンビジターセンターからの眺め。雄大な山脈と氾濫原が一望できる
写真23 バスツアーの折り返し地点にあるワンダーレイク

 アイルソンビジターセンターを出ると、道路沿いに大小の沼が見えてきた。地形も少し緩やかになってきたようだ。
 「左手にムースがいます」
 バスが静かに路肩に停車する。1頭が、車道からそう遠くない茂みの中に見え隠れしている。ウマのような感じだが、鼻が少し長い。バスの乗客は皆ムースに釘付けだ。
 「もう一匹いるぞ」
 後ろの方からもう一頭ムースが現れた。
 「こちらはオスですね」
 皆、双眼鏡やカメラをそれぞれ覗き込む。ふと気が付いたのだが、このバスはまるで自然の中のサファリバスのようだ。乗客は確かにデナリ国立公園の核心部にいるのだが、バスから降りることはなく、ほとんどバスの車内から動物を観察している。確かに自然への影響も小さいし、利用者の満足度も高い。アメリカの利用者管理の典型は、意外とこのようなバスツアーにあるのではないだろうか。
 終点のワンダーレイクに到着したのは午後1時になっていた。この青い水をたたえる湖は道路の起点から85マイル(約140キロメートル)の地点にある。湖面の周りをブラックスプルース(トウヒの一種)がぐるっと取り囲んでいる。出発から6時間弱が経っているのだが、あっという間に感じられる。
写真24 午後になると景色が霞み始めた

 湖に達する歩道はツンドラ地帯の中に続いている。
 「これ野生のブルーベリーかしら」
 しぼんでしまっているが、色や大きさからするとおそらくブルーベリーだ。そのほかにも赤いきれいなベリーがついている。途中でてきたグリズリーもこういう木の実を食べていたのだろう。見かけは同じように見えるが、ツンドラはこうした異なる潅木がモザイク状に組み合わさってできている。
 帰りの行程は早い。今度はバスの右側、私たちの座っている方が谷側になった。手前の深い谷の向こうに雄大なアラスカ山脈が連なっている。ところが、午前中と打って変わって風景はすっかり霞んでしまっている。フェアバンクス周辺の森林火災の煙が流れ込んできたようだ。
写真25 原生地域の中を通るパークロード

 その日は夕方6時過ぎにツアーが終了した。11時間のツアーはあっという間に終了してしまった。帰りは、ビーバー、グリズリー、ドールシープなどが出てきてくれた。これだけ楽しめるものだからこそ、利用規制が受け入れられるのだろう。一般の利用者が規制区間に入ることはなかなかできないが、入ることができればすばらしい経験が待っている。ツアーは有料だが、自家用車を運転する必要はなく、いろいろな解説も聞くことができる。同乗のツアー客とのコミュニケーションや和気あいあいとした雰囲気もいい。こうした満足感が利用規制成功の秘訣なのだ。
写真26 パークロードの一部は一般車両にも開放されている

 フェアバンクスに向けて出発する朝、もう一度公園の車道をゲート手前まで行ってみることにした。車から降りると、ツンドラの潅木の中から鳥の鳴き声が聞こえてきた。前日と打って変わってあいにくの曇り空で、結局その日もカリブーには出会えなかった。
 デナリ国立公園ではあと4日でバスツアーも終了し、本格的な冬じまいの季節を迎える。私たちは後ろ髪引かれる思いでデナリ立ち去ることになった。デナリ国立公園は、私たちにとってもやはり「特別な場所」であった。
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